いつも二人で
――それにしても、逝くのが早過ぎだよ、君は……
後悔の思いとともに、今夜も妻の遺影の前にカクテルを供える。
酒好きの妻と下戸の僕。妻は社交的で、僕は内向的。
何もかもが逆の凸凹カップルだったけれど夫婦仲はよかったと思う。
僕は、妻のやりたいようにやらせてあげるのが愛情だとばかり思っていたので、妻の幅広い交遊やそれにともなう深酒も、彼女の自由にさせていた。
しかし結果的にはそれがよくなかった。妻は友達との飲み会の帰り道、ひとりで転び、打ちどころが悪くて亡くなってしまった。
ひと月半前のことだ。
僕が作れるカクテルは、簡単なやつ五種類くらいだ。自分でお酒を飲まないせいもあって、どれもまだ上手とは言えない。
このサイドカーというカクテルにしたって、ブランデーとホワイト・キュラソーにレモンジュースを混ぜただけの誰でも作れる物だ。
それでも生前の妻は「旦那の作るカクテルはまた格別だよねぇ」とグラスを両手でささげ持って、だいじそうに飲んでくれていた。
そういえば妻ときたら、僕と付き合い始めの頃はお酒に弱いふりをしていたのに、だんだん仲が深まるにつれて本性を出してきたのだった。
結婚後などは、一緒にバーに行くと僕にだけ強いお酒を頼ませておいて、自分は決まって女の子っぽい甘いカクテルを頼み、最後には「仕方ないなあ」という顔をして、下戸の僕のぶんまで全部飲んでしまうのだ。
見栄っ張りで、図々しくて、ちゃっかりしてて、でもそれがたまらなく可愛くて……。
そんな想い出に浸って目を閉じていた数瞬のうちに、グラスに注がれていた液体が一滴残らず消えていた。
――え? なんで……?
「ふふっ、天使の分け前よ」
顔を上げると目の前に懐かしい面影のひとがふんわりと浮かんでいた。
そいつは空のグラスを振ってにやにや笑っている。
――ああ、死んでからも変わらない、この図々しさは、間違いなく……
僕は目からこぼれ落ちそうになるものをこらえ、わざとため息をつく。
「少なくとも『天使』ではないよね?」
「失礼ねぇ。『天使みたいに可愛いよ』って言ってくれたの、もう忘れたの? 天使じゃなくても『名誉天使』よ」
「もしかして、お酒を飲み足りなくて戻ってきたの?」
「馬鹿ねぇ。あなたが寂しがってるかと思って」
「寂しがってなんか、いないよ」
「あら、この『サイドカー』のカクテル言葉、なんだっけ?」
「う……」
「ほらほら」
「――『いつも二人で』?」
「いつも二人で」
妻が勝ち誇ったような顔でほほ笑んだ。
――悔しいけど、しばらくは再婚できそうもないな。
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