人の金で焼肉が食べたい
「とゆうわけでぇー、人の金で焼肉が食べたい!」
Zoom画面の中の菜月が、唐突に叫んだ。
「いやどういうわけやねん?」
「ちゃんと話聞いてた?こないだ『人の金で焼肉食べたい』が商標登録されたらしいんよ!」
その話は俺もネットニュースで見て知っていた。たしかどこかのアイドルグループが『うちの楽曲のタイトルだから』という理由で商標を取ったらしい。
「それがどしたん?」
「ヒトの作った公共のネタを横取りして金儲けするなんて最低やん。商標ゴロやん!ありえへん!死ねばええのに!」
菜月は眉根を寄せて口をとがらせ、腹に抱えたクッションをボコスコ殴る。しかし彼女がここまで激昂する理由がよくわからない。商業利用しない限りは普通に使ってもいいという話だし。
「しょせんはヒトゴトやんか。なんでそんな怒ってんの?」
「ヒトゴトちゃうよ!見ーてーよこれぇ!」
菜月が画面の外から持ってきたのは黄色いTシャツだった。真ん中に『人の金で 焼肉が 食べたいわ』と3行に渡って上手くもない毛筆体で書いてあり、その下には間の抜けた牛のキャラが「うもー」と鳴いている。
はい、ダサい。
「これこないだsuzuri使って自分でデザインしたんよ!絶対人気爆発やと思たのにー!もうボツにするしかないやんかー!」
suzuriというのは素人でもTシャツや文具などを自由にデザインして販売できるサイトのことだ。
じゃあこのヘタウマな文字も牛もお前か。
いやーでもこのダサさ、売るのだいぶ、無理あるやろ。
「……てゆうか、お前もヒトのネタで商売しとるんやないかい!」
「あたしが目ぇつけたときはまだよかんたのよ!パブリック・ドメインよ!エニグマの『リターン・トゥ・イノセンス』よ!」
パブリック・ドメイン、つまり公有著作物ってか。あれな、台湾の先住民族の歌をそのままサビに使っちゃったエニグマの曲な。あれ確かエニグマさん、あとでめっちゃ叱られて、謝ってたぞ。願わくば、お前もそろそろ、誰かに叱られてくれ。
菜月は俺と同級生。近所に住む幼馴染だ。
実は彼女は昔からこんな感じだ。ガサツで雑で、儲け話に目がなくて、こうと決めたら誰にも相談せず、後先考えずに突っ走る。
たまに結果がついてくるときもあるが、だいたいはこんな具合の悲しい結末になるのだ。
菜月、そこやぞ。そういうトコやぞ。友達グループの中でお前と俺だけがイイ歳になるまでずーっと相手ができへんかったわけは。
俺はそう口に出しかけてぐっと飲み込んだ。
ストロングゼロの缶を握りしめた菜月が、再びぼやき始める。
「とゆうわけでぇ、デザインに全集中しとったから、今月ぜんぜんバイト入れてなくってお金がないんよー!」
「知らんがな」
「ほんでな、焼肉にやられた心の傷をいやすにははやっぱり焼肉しかないなぁーって」
「誰うま……いやうまない!そもそも焼肉にやられたわけやないし……」
「ちなみに蓮くんは昨日バイト代出たんやろ?翔太くんに聞いて知っとるんやで」
翔太は同い年の友達グループの一人だ。
「あれは……ダメ!別の用途があるから絶対ダメ」
彼女向けの誕生日プレゼント代だし。
「ケチー!」
お前が言うな。
「それに先々月、金のあるときに焼肉にさそたらお前『焼肉に二人で行く男女は周りから肉体関係アリの目で見られるから、蓮くんとは絶対嫌や』ってゆっとったやんか」
俺はそのとき若干傷ついたので、しっかり覚えていた。
菜月は俺から目線をそらし、ポリポリと頬を掻いている。
「いやー、いつまでも隠しておくのもつらなってきてなぁ。そろそろカミングアウト?する頃合いかなーって」
「ええんかい!」
「せやから焼肉おごって!?」
「いやそれはダメ」
あまりにも友達付き合いの期間が長いと、そこからいざ恋人同士になったとしても、まわりにそれを言うのはやはり恥ずかしいものだ。
それがあって俺と菜月はここまで黙ってきてたのだが、翌日覚悟を決め、みんなにグループLINEでカミングアウトした。
友達グループからは祝福の声が上がり、交際記念お祝いパーティをリモートでやってくれることになった。
今日、みんなのおごりで買ってくれた食材が、俺のところと菜月のところに届いた。なんと神戸牛だ!
どうやら今回だけ、俺たち二人は人さまのお金で焼肉が食べられる身分になったみたいだ。
さて、来週は菜月の誕生日。そろそろプレゼントを選びに行こうか。
……Tシャツ以外で。
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