義手

 気がついたとき俺は、自分の両の手が頭の上で縛られており、その下に、ひんやりとした冷たい鉄の棒が置かれているのを感じた。

 耳のうしろには荒い砂利の感触。頭や首にとがった石があたり、そこだけが鈍く痛む。


 立ちあがろうともがいてみたが、腕だけでなく足の自由もきかない。どうやら荒縄で縛られて地面に転がされているようだ。

 周囲は漆黒の闇夜。少しでも状況をつかもうと、必死にボヤケた視界を夜に慣らす。


「あら、お気づきになりましたの?お兄様」

 足もとの、すこし離れたところで鈴を転がすような声がした。声の向きに身をよじると一人の少女が目にはいった。


 清楚なワンピースを着て、古風な模様のパラソルを開き、折りたたみのディレクターズチェアに腰かけてこちらを見ている。


「お兄様ったら、前よりふくよかになられたのかしら?

 ここまで運ぶのに苦労いたしましたわ。

 も少しダイエットされたほうがよろしくてよ」


 こちらをうっとりとながめながら、状況にふさわしくない、歌うような口調で少女が言う。

 ノースリーブからのぞくスラリとした白い両腕には、しかしヒジの少し先に、目だつ、無粋な分割線があった。

 俺には見慣れた義手。志津……俺のいもうと。


「志津、おまえの筋電義手には、まだ人を運ぶ力は無かったはずだ!」

「あらお兄様。あの科学者なら色に落ちましたわ。一晩寝てさしあげましたら、義手の出力を最大まで上げてくださいましたの。本当、良い人ね」


「なぜこんなことをする!?」

「あら?わたくしの手をこの様にしたのは、幼き頃のお兄様ではなかったかしら?

 ビワの実を取りに二人で木にのぼって……

 いっしょに山から落ち……

 お兄様は無傷でしたのに、わたくしだけがこの両腕を……」


「すまない……」

「それはかまいませんのよ。本当に許せないのはそのあと。

 わたくしの気持ちを知りながら、わたくしを離れに幽閉なさったり、わたくしには内緒で、お兄様とあの女との祝言(しゅうげん)のお話を進めておしまいになるなんて……わたくしどれだけ……」


「悪かった……」

「善いのよお兄様。もうぜんぜん善いの。

 だってわたくしたち、これから二人で一対の『サモトラケのニケ』と相成れるのでございますから……」


――ガタッガタン……ガタッガタン……

 聞き覚えのあるリズミカルな音が、縛られた両手の下の線路に伝わる。向こうから列車の灯りが近づいてくる。


 そこで俺の意識は途切れた。

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