僧侶殺人事件

 私の名は法津(ほうづ)。私立探偵だ。自分で言うのもなんだが、数々の難事件をこの灰色の脳髄で解決してきた。

 一昨日も宿敵のキザな天才犯罪コンサルタント、森秋(もりあき)教授と、雷葉原(らいばっはら)の滝で人知れず死闘を演じたばかりだ。


 対決の末、私と教授は二人で崖にぶら下がる形となった。私は必死の思いで蔦にぶら下がりながらヤツの体を蹴って蹴って蹴りまくってやった。

 教授は断末魔の叫び声を上げて滝壺に墜ちていった。

 ザマを見ろだ。常に悪は滅び、正義は勝つのだ。


 そのときの怪我も疲れもまだ癒えないうちに、今日も知己の礼州戸(れすと)警部に現場の山中に連れてこられている。まったく因果な商売だ。


 春の日差しを受けてキラキラ輝く川のほとりには、遺体が一つうつ伏せで横たえられていた。全裸の男だ。頭はつるつるに剃髪しており、そばには僧の着る袈裟(けさ)が一式畳んであった。


「法津先生、ここを見てください」

 私は警部が指差した遺体の後頭部をつぶさに見てみた。無残な傷がぱっくり開いている。

「この裸のホトケさんは本物のホトケさん……おっと、修行中の坊さんだったらしいんですが、どうやら一昨日、上から落ちてきた別のホトケにぶつかって亡くなったようなんです」

「ほう……」 


「ただねぇ……落ちてきたほうは上から下まで英国製の生地のオーダースーツ姿でビシーッと決めて、片眼鏡までかけてましてねぇ。こんな山ん中で滝行中の坊さんの上に降ってくるにしちゃあ、まぁ恐ろしく不自然な風体で……」

「……え?」


 少し離れたところには、鑑識に写真を取られているもう一つの遺体。スーツのあちこちには足蹴にされたような靴跡が無数についている。

 川の上流を見上げると大きな滝が見えた。まさか……この場所は……ううむ……。


 私の名は法津(ほうづ)。今、私の灰色の脳髄が高速で回転を始めたところだ。この事件は、私が命に代えても、必ずや、絶対に、迷宮入りにしてみせる。

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