交錯

 あの人は、私が日記を見てしまったことを知らない。


 あの人は、あの女に心を奪われてしまっていたことを 私には言わない。



 私は、

 あの人の実習が終わる頃を 見計らって

 家に来て

 掃除をして


 そして、日記を見てしまった。


 何事もなかったかのように、

 ご飯を作って。


 帰ってきたあの人を喜ばせたかったのに。

 あの人は、

 嬉しそうな表情は 1ミリも見せずに。


 何故、居るのだと 私を責めて。


 泣きたくなる私は、

 涙をこらえて

 じっと 黙って 待った。



 お互いに

 会えなかった時間を埋めるように


 いつものように


 一緒に食事をして、

 一緒にシャワーを浴びて、

 ひとつの布団の上で絡み合って、

 求め合って

 確かめ合って


 幸せな時間を過ごすはずだったのに。



 その夜は、

 静かな 食事の後で


 あの人は私を寮へと、送り届けた。


 道中、何も言わない。


 何も言えない。



 ふたりの間に わだかまりが

 もわっと 顔を出し

 ぺろっと 舌を出し

 にやっと 口角を上げて


 真っ暗な 夜道に

 自転車のライトのわずかな光が

 頼りないタイヤのきしむ音ともに


 私を あの人の下宿先から 遠ざけた。







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