第4話 自惚れてなんていないから。
学校が終わって、夜。
お風呂から上がった私は部屋で髪を乾かしながら、今日あったことを思い返していた。
川上くんに本を踏まれて、表紙にくっきりと足跡が残っちゃったのは凄く悲しかったけど。その後渥美くんと、小説の話ができたのはよかったなあ。
今まで知らなかった彼の一面を知ってビックリしたよ。
思えば男の子とあんなに喋ったのって、いつぶりだろう?
小学生の頃は本を読んでいたら、男子からは暗いやつって言われてバカにされてたから。
変なの。面白いから読んでるだけなのに、どうしてちょっかい出してくるかなあ。
けど渥美くんはそんなこと無くて、お話の感想を熱く語っても全然バカにしたり引いたりしなかった。
優しかったなあ、彼。
あ、そうだ。忘れないうちに今日あった事を、ネタ帳に書いておこう。
私はカバンから、手のひらサイズのメモ帳を取り出す。
これは日々の生活の中で起きた出来事や、面白いと思った事を書いておくためのネタ帳。
どうしてそんなものを書いているのかって? それはね、これらのネタを使って、小説を書くためだよ。
小説を書くのは、私の密かな楽しみ。そして書くためには、話のネタが必要なの。
だから私は、日々あった面白そうな出来事を、常に記録しているの。そして使えそうなら小説に使う。こうすることで、今まで書いてきたんだよ。
ネタ帳には他にも、前に書いたバスケ少年アキラのプロフィールなんかも書いてあって、人に見せるのはちょっと恥ずかしい内容になっている。
まあ、見せる相手なんていないんだからいいけど。
そんなネタ帳に、今日の出来事を書き加えた。
【スポーツが得意なイケメンの男の子が、実は女子に人気の小説が好き】
この設定、結構ギャップ萌えしていいかも。
現に渥美くんから打ち明けられて、可愛いって思ったし。
いつかこんな設定のキャラクターを使った小説を、書いてみたいなあ。
あ、でもそれだと、渥美くんがモデルってことになっちゃうよね。勝手にモデルにするのは悪いから、あくまで参考にする程度に抑えておくよう、気を付けなくちゃ。
だけどそしてそこまで考えて、ふと思った。
渥美くんは私が小説を書いてるって言ったら、どう思うだろう?
渥美くんも本読むのは好きって言ってたけど、だったら書いてるって知っても、笑わないでくれるかなあ。
あの時の、男の子達とは違って……。
不意に思い出したのは、私がまだ小学生だった頃の苦い思い出。
あれは5年生のある日の事。当時私は既に小説を書き始めていて、その時はバスケ少年アキラを主役とした小説を書いていたのだけど、それをクラスの男子に見つかって、読まれたの。
私は当時も今もスマホを持っていないから、原稿用紙に書くという超アナログな方法で小説を書いているんだけど。小学生を対象とした小説のコンテストに応募したくて、あの頃は毎日頑張って書いていたなあ。
そしてあの日、休み時間も書こうって思って書きかけの小説を持ってきてたんだけど、それがいけなかった。
教室の自分の席で作業をしていたら、それに気づいた男子達が面白がって、原稿を取り上げたのだ。
まだ書きかけの、クラスの誰にも見せるつもりなんて無かったお話。
だけど取られて、読み上げられ、結果クラスの笑い者にされてしまったの。
こんなの書くなんて痛い、恥ずかしいやつだって。
きっと彼らはちょっとした悪ふざけのつもりだったんだろうけど、私は凄く傷ついて。それからしばらく小説が書けなくなったし、男子の事も苦手になったの。
もちろん、全部の男子がそんな意地悪なわけじゃないって、わかってるよ。
もっと昔は、ちゃんと仲の良かった男の子だって、いたんだから。もっともあの子はもう、遠くへ行っちゃったけど……。
とにかくそういうわけで、小説を書いてる事をからかわれたトラウマがあるんだけど。
渥美くんならそんな私を、笑わないでいてくれるかな?
『また今度、小説の話をしてもいいかな? 神谷さんともっと、たくさん話したいもの』
保健室で最後に言われた言葉と、優しい笑顔が甦ってくる。
渥美くんなら、もしかしたら……いや、ダメだ。
火照った頭をシャキッとさせるべく、パンッと両頬を叩いた。
何を考えてるの。渥美くんが小説好きなのは本当でも、私なんかと話したって、きっとつまらないじゃないよね。
なのに図々しく声をかけたりしたら失礼だもんね。
また話したいって言ったのだって、きっとあの場の勢いで言っただけ。自惚れちゃダメなのに、危うく調子に乗っちゃうところだったよ。
冷静に考えて、私と渥美くんが趣味の話で盛り上がるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないものね。
今日の保健室での会話は奇跡みたいなものだけど、奇跡は2度も起きない。きっと明日には、また席が近いだけの他人に戻っているはず。
良かったー、気づいて。危うく馴れ馴れしく、話しかけちゃうところだったよー。
「そうだよね。渥美くんが本気で私に、興味を持ってくれてるわけないよね」
髪を乾かし終わった私は、一人でそう結論付けたのだけど。
次の日、そんな予想は見事に裏切られるのだった。
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