第3話 王子様の意外な趣味
渥美くんに連れられて体育館を出て、現在私は消毒用のアルコールの香りが漂う保健室の中で、治療を受けている。
受けているんだけど……。
「神谷さん、足を出して。痛かったら言ってね」
「う、うん」
痛む私の足に湿布を貼ってくれている渥美くん。
保健室に来たはいいけど先生が席を外していて、渥美くんが手当てしてくれているの。
足に触れる、彼の手がくすぐったい。
私だって女子の端くれなんだから。渥美くんみたいな格好いい男子に触れられてドキドキしないはずがなく。心臓の音が渥美くんに聞こえるんじゃないかって心配になるくらい、バックンバックン言ってる。
あわわ、渥美くんに手当てされたなんてクラスの女子に知られたら、袋叩きにされちゃうかもー!
「よし、これで終わり」
「ありがとう。ごめんね、付き合わせちゃって」
「良いよ。それより神谷さん、さっきは本を台無しにしちゃったけど、大丈夫だった?」
「えっ?」
川上くんに本を踏まれた時の話だ。
またあの時の話をふられるとは思ってなかったから、ビックリした。
「表紙はよごれちゃったけど、読むのには問題ないから、気にしないで。そもそもあれは、渥美くんのせいじゃないじゃない」
「それはそうだけど。僕もあの本好きだから、気になっちゃって」
「え? 好きって、『アオハル・スノーガール』が?」
またもビックリ。というか、意外な気がした。
だってあれは、女子向けの恋愛小説だよ。もちろん男子が読んでもおかしくないけど、読んでる男子は少なさそうなのに。
と言うか、発売されたばかりなんだけど、もう読んだんだ。
「好きって、どんな所が?」
「うーん、やっぱりまずは、主人公の雪女かな。正体を隠して人間の学校に通ってるのも面白いし、同級生の男の子の事が好きで、だけどドキドキしすぎると体が熱くなって溶けちゃいそうになって。でもそんな問題を抱えながらも一途に相手の事を想う様子が、可愛いよね」
楽しそうに語る渥美くん。
こ、これは本当に読んでる。私も一字一句同じ事を思ったもの!
「じゃ、じゃあヒーロー役の男の子の事はどう思う?」
「あれも良いよね。クーデレって言うのかな、口数が多いわけじゃないけど、主人公が困ったり悩んだりしてると手をさしのべてくれて。分かりやすく好きって言ってくれるキャラじゃないけど、ヒロインのことを大切に思ってるって、読んでてわかるもの」
ニッコリと微笑む渥美くん。それを見て、頭の中のタガが外れた。
「そ、そうだよね! ちょっと分かりにくくても、むしろそこが良いって言うか。普段物静かだからこそ、ヒロインの事を大切に思うシーンは、ドキッてしちゃうよね!」
ここが保健室だってことを忘れて、大きな声を出す。
渥美くんはビックリしたような顔をしたけど、私の勢いは止まらない。
「あと雪女って設定を、しっかり活かしてるのもいいよね。手を繋いだりデートしたりする度にドキドキして、溶けちゃいそうになる所とか、正体がバレたりしないかってヒヤヒヤしたよ。人間と妖怪との恋は実らないってウジウジ悩んじゃうけど、そういう所を見てると人間と何も変わらないよって思えて好感が持てるし。キュンキュンしちゃうし、凄く可愛いの! 勇気を出して告白する所なんか、頑張れって応援したくなるよね。端から見たらどう見ても両想いなのに、どうして二人ともそれに気づかないんだろうってもどかしくて。けど早くくっついてって思う反面、もうちょっとこのくっつくかくっつかないかの絶妙な距離感を堪能したいって気もしてもう……はっ!」
一気に喋ってしまったけど、目を丸くしている渥美くんに気がついてハッとする。
や、やっちゃったー!
これは私の悪い癖。
普段は喋らないだの分かりにくいだの言われているけど、物語の話になると熱くなりすぎて、周りが引くくらい語っちゃうの。
渥美くん、さっきから黙っちゃってるし、絶対に変な子だって思われたよー!
ああ、凄く恥ずかしい。穴があったら入りたいなあ……。
すると案の定、渥美くんがクスクス笑ってきた。
「ふふっ、神谷さんって面白いね」
「ご、ごめんなさい。こんなの、変だよね……」
さっきまでの興奮はすっかり冷めてしまって、シュンと肩を落とす。
普段生活している時と、本について語るスイッチが入った時との温度差がありすぎるって、自分でもわかってる。
このせいで今まで何度も、笑われたり呆れられたりしているもの。渥美くんだってきっと……。
「え? 好きなものの話をするのが、どうして変なの?」
「ふえ?」
返ってきたのは、予想外の答え。
さらに渥美くんは続ける。
「全然変なんかじゃないって。それほど本が好きって事でしょ。それに僕も、本好きだしね。実を言うと、前から神谷さんとは話をしたかったんだ」
「わ、私と? どうして?」
「だって、いつも本読んでるじゃない。しかも読んでる本の傾向が、僕の好きな本と似てたからね。『お隣の吸血鬼くん』とか『ハライヤ!』とか、僕も読んでるよ」
「渥美くんも、ああいうの好きなの!?」
今挙げたのはいずれも春風文庫の、私が大好きな小説。
クラスの王子様は、意外と本好きだったの!?
ま、まさかこんな近くに、同じ趣味を持つ同士がいたなんて。
嬉しくて、ドキンと心臓がはね上がる。
「ほ、他には? 渥美くんのお勧めの小説ってある?」
「そうだねえ。深く印象に残ってるお話なら、一つあるかな」
それは何!? 焦らさずに教えてよー!
だけど、聞くことは叶わなかった。
話を遮るようにガチャリと保健室のドアが開いて、保健室の先生が帰ってきたの。
「あら、アナタ達どうしたの?」
「先生!? あの、体育の授業で、足を捻ってしまって」
「大丈夫? 治療は……もう終わってるわね。痛みが引くまで、休んでいくと良いわ。えーと、君は付き添いの子?」
「はい。授業があるので、もう戻りますね」
ああ、残念。
推し小説についてもっと語りたかったのに。
だけど帰る前に、渥美くんはこっそり耳打ちしてきた。
「また今度、小説の話をしてもいいかな? 神谷さんともっと、たくさん話したいもの」
吐息が耳に当たってくすぐったくて、ビクンと体が震えた。
顔を赤くしながらコクコクと頷いて答えると、渥美くんは満足そうに笑みを浮かべながら保健室を出て行ってしまい、後には私と先生が取り残される。
「それで神谷さん、足は大丈夫なの? おーい、神谷さーん」
「はい……大丈夫です」
先生に返事をしながらそっと自分の胸に手を当ててみると、今もまだドキドキしている。
渥美くんとは席が隣だけど、あんなに話したのなんて初めて。
と言うか、休み時間は私がいつも本読んでるから、誰かと話す機会なんて無いし、向こうも声をかけにくいのかもなあ。
でも話してみると気さくで喋りやすくて、怪我をした私を運んでくれる優しい男の子。女子から人気の理由がよーくわかったよ。
それに体を動かすのが好きなスポーツマンタイプだって思っていたけど、本も読むんだね。
何だか急に、親近感が沸いてきた。
もちろんぼっちの私と人気者の渥美くんとじゃ全然違うって分かってるけど、また話をしたいって言ってくれた事が、凄く嬉しかった。
私のぼっち生活は長くて、一人でいるのも全然平気だけど。
あんな風に誰かと推しの本について語るのも、楽しいかも。
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