第1話 ぼっちな私の密かな趣味
季節は6月。
中学校の1年2組の教室で、私、
外から聞こえてくる雨の音をBGMに、ページを捲る。
今読んでいるのは『アオハル・スノーガール』っていう、雪女の主人公が人間の学校に通って青春を謳歌する小説。
春風文庫っていう小中学生に人気のレーベルから発売されたばかりの本で、昨日買ったんだけど学校にまで持ってきちゃった。
今読んでいるのは、主人公の雪女ちゃんがヒーローの男の子と一緒に下校するシーン。
好きな男の子と二人で一緒に帰るなんて、女子なら誰もが憧れる、胸キュンシチュエーションだよね。
はぅー、素敵ー。キュンキュンするー。
お話の中の雪女ちゃんはドキドキしすぎて溶けちゃいそうになってるけど、読んでる私まで溶けちゃいそうだよ。
甘い雰囲気を堪能しながら、ゆっくりとページをめくっていく。
本を読んでいる時は私にとって、世界で一番幸せな時間。
そんな至福の一時を堪能していたんだけど。
ガタンッ!
不意に誰かが勢いよく机にぶつかってきて、拍子で手にしていた本を放してしまい、バサリと床に落ちる。
きゃー! わ、私の本がー!
至福の時間は呆気なく終わってしまて、だけど悲劇はまだ続く。
私が本を拾うよりも先に、伸びてきた足が。表紙を踏んづけてしまったの。
ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁっ!
心の中で悲鳴を上げたけど、現実では唐突すぎて声を出す事ができない。
一方、本を踏んづけた張本人は。
「わ、誰だよこんな所に本置いたの?」
本を踏んだのは、同じクラスの男子、川上くん。
慌てて足をどかしたけど、表紙にはくっきりと上履きの跡が残っている。
どうやらふざけて騒いでたせいでぶつかったみたいだけど、私は足跡の残った文庫本を見て悲しい気持ちになる。
するとその時、転がった本に手が伸びてきた。
「何やってるの。まずは神谷さんに謝りなよ」
本を手に取ってそう言ってきたのは、さらさらした髪の穏やかな雰囲気の男の子、
私の隣の席の男子で、知的で可愛いげのある風貌から、女子がよくカッコかわいい。王子様みたいって言っている男の子。
渥美くんは本についた汚れを払おうとしたけど、しっかりついた跡は取れずに、申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、こんなにしちゃって」
「平気……大丈夫だから」
ショックだけど、そもそも悪いのは渥美くんがじゃないし。
けど渥美くんはまだ申し訳ないのか、「でも」と言ってきたけど、川上くんが口を挟む。
「もう良いだろ。本人が良いって言ってるんだからさ」
「ちょっと川上。お前も謝りなよ」
「あー、悪かったよ。これでいいだろ?」
なんだか面倒くさそうな、投げやりな謝り方だったけど、文句を言ったところで起きてしまった事はなくならない。
本当は宝物が踏まれてショックだったけど、川上くんだってわざとやったわけじゃないものね。
自分を納得させながら、渥美くんから本を受けとる。
「本当にごめんね」
「もう良いから。ありがとう」
渥美くんはまたも謝ってきたけど、だから渥美くんは関係無いって。
けど本を受け取ると、「渥美くん優しいー」、「神谷さんいいなー」なんて女子の声が聞こえてきた。
よく見たら、教室にいた何人かの女子がこっちを見てる。
大方、渥美くんに優しくされて羨ましいなんて思っているんだろうけど、良くないから。
あの子達にとっては、本を踏まれただけで王子様から優しくされたんだから、儲けものなのだろうなあ。
実際渥美くんは私から見てもイケメンだとは思うし、悪い気はしないってのは分かる。分かるんだけど。
私にとって、本は大事なものなの。どんな対価があっても傷つけられたらやっぱり嬉しくはないんだけどなあ。
けどそれを言ったところできっと分かってもらえないから、黙っておくのが一番……って、こんな風に自己主張しないから、私は何考えてるか分からないって言われるんだろうなあ。
昔から何度も言われてきたことを思い出して、一人で勝手にへこんじゃった。
何をやっても、無表情で考えが読めない。自分ではそんなつもりはないのに、どうやら周りからは、私はそう見えているみたい。
きっとこんなだから、未だクラスに友達の一人もできないんだろうなあ。
まあ、一人にはもう慣れてるんだけどね。
神谷莉奈12歳。読書が趣味の、ぼっちの中学1年生。
趣味は本を読むこと。休み時間は大抵本を読んでて、図書室の常連だ。
あともう一つ。クラスの誰も知らない秘密の趣味は……小説を書くこと、かな。
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