オンディーヌ

 ゴーレムが現れたのを見た護衛要員とエメル、ノイシャらは一瞬、唖然としている。一方、襲撃犯たちは一転、強気な発言。

「来たか! 無敵のゴーレム」

「やった。これでお前らも終わりだぜ!」

 口では威勢のいいことを言いつつ、イビル・トラップで身体を損傷したり、戦闘で傷を負ったりしている彼らはコソコソ逃げ出す。


 ちょっと待てよ。さっき、ここにいる魔法士には『魔法無効化イモビライズ』をかけておいたよな。ということは、まだ少なくとも1、2名の魔法士がどこかに隠れていてゴーレムを操っているわけだ。


 ゴーレムを見て、怯まずに立ち向かうダニエラ。すごいな。

 しかし、ナイフや、ましてやパンチなどが効くわけもない。ゴーレムが片腕をブンッと振り回すと簡単に振り払われ、10メートルくらい吹っ飛ばされてしまう。受け身をうまく取ったので怪我はないように見えるが……。


「エメル、ダニエラに言ってくれ。ゴーレムはこっちで何とかするって」

「はい。ダニエラーっ! こっちでゴーレムは何とかするからーっ!」

「そうか! わかった!」

 そう言うとダニエラは切り替えて、逃げようとしている賊を追いかける。


 あ。ストラスが出てきたな。何をする気だ?


 ストラスは例のカンフーの達人みたいな服。

 手を前にかざすと、手のひらから膨大な水の奔流が吹き出し、巨大な蛇のようになってゴーレムに巻き付く。おお、ウォーター・サーペントだな。普通のゴーレムならこれでひとたまりもないのだが、どうだろう?


 ゴーレムは水の勢いに多少ふらついたが、特に大きなダメージを受けている様子はない。とすると、これはエスファーデンの砦で見た、強化型のゴーレムだ。こいつはヤバいな。


 ストラスは次に両腕を上にあげて、ロック・スウォームを繰り出す。岩石を次々に叩きつける攻撃だ。さすがのゴーレムも、岩が命中した箇所は凹んだり、欠けたりしているが、見る見るうちに再生して行く。

「ちょっと、デレク、あれ、ゴーレムよね? まずくない?」とエドナ。

「ええ、普通ならまずいですが、まあ、何とかします」


 ストラスの魔法のレベルは4。闇魔法のデモニック・クローまでは使えるが、ヘル・ケイヴィングは使えないだろう。セーラの情報によると、デモニック・クローか何かで頭部や胴体にヒビを入れて、塩水を流し込むといいはずなんだが、さすがに塩水は手元にないな。


 さて、俺が出て行ったら何とかできるけど、どうするかなあ。


 馬車の前方から来たゴーレムはストラスが食い止めているが、後方のゴーレムは遅い歩みながら馬車に近づいてきた。


 俺が強力な魔法を使ったと思われないように、まだ試作段階だけど、を目眩し的に試してみるか。同時に、色々な小細工も必要だろう。


「ジャスティナ、ディックくんを馬車の外へ出して」

「え? あ、はい」

「エメル、ディックくんがゴーレムに無謀にも立ち向かうのをサポートする、って感じにできるかな?」

「あはは。まあ、やってみますよ」


 ディックくん、剣を抜くと馬車の後方から迫ってくるゴーレムに対峙する。しかし、構えからして全然勝てそうな気がしない。うんうん、そんな感じでお願い。


 俺の方は、『変装ディスガイズ』で別人の顔になって、エメルとディックくんのそばへ転移。

「何やらお困りの様子。助太刀しよう!」


 思わす吹き出しそうになっているエメル。こらこら。

「あなたはどなたですか?」

 いい質問だ、待ってたぞ。


「私はハーロックと名乗る者だ。ゴーレムを操る悪の組織に鉄槌を下そう」

「ハーロック様ぁ!」とエメルが声援を送ってくれる。


「出よ、オンディーヌ!」


 ゴーレムの正面に、水もしたたる巨大な水のお姉さんオンディーヌが出現。


「う、わ、あ」と見上げて驚くエメルと護衛要員たち。


 これは例のランプの精のプログラムをいじって、人体を水のテクスチャで表した立体映像である。ちなみに、モデルはランプの精のデータの使い回し。リズやセーラのモデルを使うことも考えたが、本人に怒られそうなので断念。ゴーレムに対抗できるように、大きさはちょっと大きく、3メートルくらいにしてみた。


 しかし、実際に出してみるとでかいなあ……。あれ? 巨大なお姉さんって、もしかしていいかもしれない。

 が好きな人がいるというのは優馬も知っていたけど、特に関心はなかった。だが、巨大なお姉さんを実際に目の当たりにすると、その存在感というか、母性を感じさせる安心感というか、何か今まで知らなかった感情が芽生えそうだ。


 いやいや、そんなことを考えている場合じゃないぞ。

 水のお姉さんオンディーヌ自体は単なる立体映像なので、ゴーレムと戦うこともできないし、魔法を出すこともできない。


「またデレクは変なもの作ってるし」

 イヤーカフからリズの声がする。カラスか何かと感覚を共有して様子を見ているのだろう。

「なかなかいいだろ?」

「面白いけど、攻撃はどうすんの?」

「まあ、俺がするんだけど」

「は?」


 水のお姉さんオンディーヌの足元に立ち、そして、攻撃!


溶解ディゾルヴスライム・サーペント!」


 ホムンクルスのウルドが教えてくれたが、強化型のゴーレムは『強化繊維ゴーレム』といって、植物の繊維と同じ成分のセルロースで体組織を構成している。そして、女性の服を溶かすスライムの粘液には、セルロースを急速におかす物質が含まれている。こっそり改良しておいたスライムの魔法がこんな所で役に立つとはね。


 大きな蛇のような粘液がゴーレムの身体全体に巻きついて締め上げると、ゴーレムは粘液に触れている部分から脆くなってボロボロと崩れて行く。再生もできない。

 やがて単なる土と岩の集まりになったゴーレムはもう動かない。ゴーレムの核はホムンクルスか何かだそうだが、それもスライムの溶解液でやられてしまったらしい。


 もう1体。

 巨大な水のお姉さんオンディーヌと一緒に車列の先頭に向かい、同じように溶解液で攻撃。呆気なく崩れていくゴーレム。

 護衛の隊員から「おおーっ」という声が上がる。


 ストラスが水のお姉さんオンディーヌと俺の方を見ている。

「何だこれは。面白いことをするやつだな。つくづく感心したよ」

 どうやらコメントしているのはベリアルである。


 崖の上に戻る。

「消えよ、オンディーヌ」

 水のお姉さんオンディーヌは消え失せ、残されたのはゴーレムだった土の山。


 さて、近くにゴーレムを操っていた魔法士が少なくとも1人いるはずなんだが。残念ながらすでに逃げたのか、姿も見えない。だが、魔法のログを見れば名前くらいは把握できるはず。


 リズからコメント。

「結局デレクが攻撃するんだったら、あのおっきなお姉さんはいらないよね?」

「いや、はたから見てたら誰があの魔法を出したかは分からないんじゃないかな?」

「えー。明らかにデレクじゃん」

「そ、そう?」

 でもやっぱり、おっきな水のお姉さんオンディーヌは魅力的だぞ。


 やがてダニエラたちが、逃げようとした襲撃犯の何人かを捕縛して戻ってきた。人数が多かったので大半に逃げられてしまったようだが、偉そうな口をきいていたジャリバは捕獲できた模様。


 ディックくんを帰還させ、エドナたちの馬車に駆け寄る。

「もう大丈夫です」

「ああ、良かったわ。デレクがいるから大丈夫とは思っていたけど、あんなモンスターが出てくるとは思いもよらなかったわ」

 フリーダは驚きのあまり言葉も出ない様子。

「大丈夫ですか?」

「あ。ええ。ありがとうね、デレク」

「いえ、今回、理由は分かりませんが狙われたのは俺みたいです。ご迷惑をおかけしました」

 アルヴァは目を輝かせている。

「すごいや、デレク兄ちゃん! ゴーレムも凄かったし、あんなおっきな水みたいな女の人は初めて見たよ」

「あはは。喜んでもらえて嬉しいよ」


 さて、警ら隊に引き渡す前に、ジャリバに話を聞いておかないとな。

 『尋問上手』を起動。


「ジャリバとやら。フルネームを教えてくれるかな?」

「ジャリバ・ホロウェイ」

 ぶっきらぼうに答えるジャリバ。

「『ラシエルの使徒』の一員ということでいいのかな?」

「まあ一応。それほど熱心なメンバーじゃないが、こういう荒事は得意だからね」


「今回は誰からの指示だ?」

「ははは。そんなことを喋るわけないだろう? ラカナ公国の幹部をやってるナシュコ・ストットムってお方だがな」

 そばで話を聞いているダニエラが、なるほどというような反応をしている。

「俺を拉致してどうしようっていうわけ?」

「さあねえ。詳しいことは知らないね。まあ、『不確定要素』と呼ばれている人物が聖体のことを詳しく知っているらしいから、締め上げて情報を得たいというところだろう」

 締め上げるのかよ。やめてくれよ。


「今回の襲撃の詳細な計画はストットムが立てたのか?」

「多分そうだね」

「ストットムにさらに上から指示が来てるってことはない?」

「多分、ストットムさんの思いつきじゃなくて、上から指示があったと思う」

「あのゴーレムだけど、誰が操作してたのかな?」

「あれは傭兵だと聞いてる」

「へえ。『ラシエルの使徒』のメンバーじゃないのか」

「違うね。ストットムさんの上の人が連れてきたんだと思う。2人いたけど、見たことのない奴だったね」

「どこの傭兵団かな?」

「さあ、そこまでは知らないね」

「今回は最初からゴーレムを出す予定だったのかな?」

「いや、あんたはたいして強くないって情報があったから、そもそも20人もいらないだろうって話だったんだが、護衛がもっと大人数だった時や、すごい魔法士がいた時に備えて、まあ多めに20人。だけどストットムさんの上の人が妙に心配してて、傭兵2人をさらに付けてきたわけ。それで安心してたんだけど、まさかあんな変な助太刀が入ってやられるとか思わないもんなあ」


「その、俺がたいして強くないって情報はどこから来たのかな?」

「ストットムさんに聞いたよ」

 ふむ。ちょっと微妙な気持ち。

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