ガパックの夜

 別の馬車に乗っていたローザさんやディアナたちも、騒ぎが収まったのを見て馬車から降りてきた。

 ローザさんが俺を問い詰める。

「なんでデレクが狙われてるのよ?」

「俺がプリムスフェリー家の後継問題の会議であれこれ証言したので、プリムスフェリー家の秘密の財宝のありかを知っていると勘ぐってるんじゃないでしょうか」


 『ラシエルの使徒』とかの関係者でない限りは「聖体」などという正体不明なものの説明をしても理解はしてもらえそうにないからなあ。


 ローザさん、財宝というキーワードに敏感に反応する。

「秘密の財宝? へえ。そんなのあるんだ」

「あ、あたし知ってますよ」

 ディアナはラカナ育ちなので、そういう噂を知っているらしい。

「一子相伝でプリムスフェリー家に伝わるお宝があるんですって」

「へえ。でもそれなら当主のアルヴァくんに伝わってるはずだよね?」

 ここは否定しておきたい。

「いえ、そんなものはなくてですねえ。そもそもがガセネタか、そうでなければ、きっと長い年月のうちに失われちゃったんですよ」


 ローザさんはどうにも気になるらしい。

「デレクは知らないの? 本当に?」

「知りませんって」

「怪しいなあ。レイモンド商会を作る時の資金も妙に潤沢だったし、最近ちょっと金回りがいいみたいだし」

「いえ、穀物の取引とか難民関係で地道に商売してるだけですよ。チジーが」

「まあいいや。つまりはこの騒ぎはデレクが原因ということよね? 怖い目にあったからご飯は奢ってもらおうっと」

「あ、そうですね。それは大賛成です」とチジーも横から言う。

「はあ。まあそのくらいなら……」

「新しい春のドレスも作っていい?」

「それは自分で支払って下さいよ」


「ところで、あの助太刀にきた方はどこへ?」とフリージアがキョロキョロしている。

「うふ。フリージアは真面目でいいねえ」とローザさん。

「え? どういうことです?」

 するとエステルが説明してくれる。

「ハーロックさんは、ゾルトブールやエスファーデンで犯罪組織と戦って、困っている女性を助けてくれる方なんですよ。正体不明で神出鬼没と聞いてるわよ」

「へー。そうなんですか。そんな方がどうして私たちを助けて下さったんでしょう? たまたま通りかかったのかしら?」

 俺も必死に誤魔化す。

「きっと、犯罪組織に目星を付けて探っていたんだよ(ちょっと動揺している)」

「ふーん」

「ふーん」とニヤニヤしながらローザさん。俺で遊ぶの、やめて。


 護衛要員の隊長がエドナと相談している。隊長はがっしりした筋肉系で眉毛が太い。ガスリーさんと言うらしい。

 付近に賊の乗って来た馬や馬車が見つかったので、ガパックに向かって急使をたてる一方、捕縛した賊は馬車に乗せ、車列の最後尾からついてくるということになった。

「捕縛された仲間を奪い返しに来ないかしら?」

「可能性はありますが、我々の車列を2つに分けるのは警備がそれだけ手薄になりますので逆効果です」とガスリーさん。

「そうね、逃げた者たちにはかなりダメージがあるように見えたし、無駄に犠牲を増やすこともしないでしょう」


 事態の収拾に1時間以上時間を取られたのと、最後尾から余分な馬車が1台付いてくることになったのが予定外だったが、夕方にガパックに到着。


 宿泊先は例のVIP用に用意しているという宿。


 到着すると、サメリーク伯爵家の家臣、エイドリアンがエントランスで待ち構えていた。


「ああ! エイドリアン!」

「怪我はないかい、ローザ?」などと言いなが抱き合ってキスなどしている。なんだかもうすっかり婚約者だな。


 エドナには威儀を正して挨拶をしている。

「我らが領内におきまして暴漢に襲われたとの知らせを受けました。大変申し訳ございませんでした。お怪我など御座いませんか」

「お気遣いありがとう。私たちは平気ですわ。それに、狙われたのはデレクらしいですから、サメリーク家は気にしなくていいと思うわ」とこちらをチラッと見るエドナ。いやいや、全然よくないですけど。


 エイドリアン、俺の方に近づいて来るとにこやかに挨拶。

「やあ、デレク。久しぶり」

 しばらくぶりに街で出会った高校の同級生みたいな馴れ馴れしさである。まあいいけどさ。

「やあ、ナタリーさん。あの件以来ですが、どうされていましたか?」

「ええ、今は聖都のテッサード家のお屋敷でお世話に……」

「ほほう」とニヤニヤするエイドリアン。きっと何か誤解している。


「本日はこちらの宿でディナーを用意しておりますが、失礼ながら私も参加させて頂いて構いませんでしょうか?」

 エドナは楽しそうに笑う。

「ラドフォードさんはローザさんとお付き合いされていると聞いていますし、珍しい客人とお話ができるのは願ってもないことですわ。いいわよね、デレク」

「ええ。構いませんよ」


「エドナ様、アルヴァ様は明日もご宿泊と伺っておりますが、当主のライアンとの席を用意することも可能……」

 エイドリアンがそう言いかけるとエドナ、慌てて片手で制止する。

「それには及びません。今回は私的な旅行ですので、身内だけでゆっくりしたいわ」

「左様ですか。了解致しました」

 うん。そんな話になったら、デレクも来い、と声がかかるに決まってる。


 襲撃者の後始末などは警ら隊に任せて終わりだが、ゴーレムが出たとか、ハーロックを名乗る謎の人物が助けてくれたとかいう話をしないとしょうがないわけだ。

 ガスリー隊長が説明するのを、警ら隊の隊員は驚いて聞いている。

「え。ゴーレム……ですか?」

 そんなもの、ダンジョンにでも行かない限り、見る機会はないよな。

「それをハーロックという人物が巨大な水のような女性を使う魔法で……」

 なんか仕事を増やしてしまったみたいで申し訳ない。事件の報告書は意味のわからんものになりそうだな。


 到着が遅れたので、温泉は後回しでまずは食事にしようという段取りになる。

 いやあ、さすがに腹が減ったね、なんて考えていると、ディナーの会場に行く前にエイドリアンとローザさんが俺を廊下の隅に呼び寄せる。

「何か?」

「実は、ローザに聞いたんだけど、ウマルヤードの大使館の地下から助けてくれたのはデレクなんだって?」

「え。えーと……」

 チラッと見るとローザさんもいつになく真剣な眼差し。

「ローザさんはそう言ってますけど……」

「いや、あまり公にしたくない事情もあると思うけれど、私たちの救出に関わってくれていたならどうしても礼は言っておかねばならないと思ってね。本当に有り難う」

 そう言って深々と頭を下げるエイドリアン。

「はい、えーと、……無関係ではなかった、程度にしておきますか。とりあえず頭を上げて下さいよ」

「今後、私もローザも、デレクのことは無条件で支援するつもりだから、遠慮なく言って欲しい」

「それは有難いお申し出ですが、私としては今まで通り接してもらえるのが気楽でいいんですけど」

「うん、わかった。しかし、この恩義は決して忘れないよ」


「あの事件では、従者の方が亡くなったりもしていますよね」

「うむ」

「詳細については申し上げられませんが、ラカナ公国側に100%味方するものでもないというか、もしかして事件に関係する私の振る舞いが不愉快に感じられることもあるかも知れません。ですが、私としては間違ったことはしていないつもりで……」

 俺が気にしているのは、オーレリーことメディア・ギラプールの処遇についてのこととか、その後のエスファーデン王国への対応などだ。

 俺が遠回しに色々言おうとするのをローザさんがさえぎる。

「分かってるわ、デレク。でも、命を助けてもらったことに替えられるものなんかないでしょ。私たちとあなたは普通の友達という以上のつながりでいたい、という言い方ならどうかしら?」

「なるほど。分かりました」

 エイドリアンとガッチリ握手。


 さて、ディナーの席。

 エイドリアン、いつもの様子に戻って言う。

「久しぶりに再会したデレクには、武勇談を色々聞かせてもらいたいなあ」

「え? そんな話は……」

「いやいや、色々聞いてるよ。たとえば、ナリアスタ大統領の誘拐事件。あの場にいたんだろう? それどころか、狙われたのはデレクだって話じゃないか」

「あー……」

「デレクは直接関係しているかどうか知らないけど、聖王国にいたら僕らよりも色々なことを知ってるだろう? たとえば13番地事件というやつとか、つい先日のニールスでの事件とか」

 うわ。ちょっと勘弁してくれないかなあ。


 いつもながら、エイドリアンが手配してくれる食事は絶品である。エドナやナタリーはじめ、同行者一同、大いに満足の様子。そして酒も美味い。

 俺は遠くからストラスが飲みすぎないか見守っていたが、どうやら言いつけを守って節度を守っているように見える。よし、偉いぞ。


 それにひきかえ、ジャスティナは飲み過ぎではないだろうか。

「ねえ、飲み過ぎじゃない?」

「全然大丈夫ですよ。はははは」

「ほら、ノイシャやエメルはそんなに飲んでないよ?」

「え、だって……、あ、なんでもないです」

「ストラスがこのあと、不用意に共同の浴場に行ったりするとまずいから、何か対策を考えて欲しいんだけど」

「ここって混浴でしたっけ?」

「そうだね」

「護衛の人たちは別棟に宿泊で、お風呂も別ですよね?」

「うん、そう聞いてるけど、エイドリアンはどうするんだろう?」

「さっき聞いた話だと、ローザさんと一緒に自分の宿に帰るらしいですよ」

「そうなのか」

「ということは、男の人はデレク様とアルヴァ様だけですよね」

「でもほら、『不屈の指輪』を渡してあるのは俺の同行者だけだろう?」

「なるほど。女性でも裸のストラスと一緒になったらどうなるか分からないよ、と」

「そういうこと」

「それは別に構わなくないですか?」

「えー」


「そもそも、デレク様の部屋はエドナ様、アルヴァ様と一緒じゃなかったでしたか?」

「あ、そうだっけ?」

「アルヴァ様はどうするんでしょう?」

「ちょっとエドナさんに聞いてみる」


 いいお酒と美味い料理でご機嫌そうなエドナに聞いてみる。

「あのー。ここの浴場って混浴なんですけど、アルヴァは誰とお風呂に入ることにしますか? 俺と一緒に入りましょうか?」

 すると意外な答え。

「同行している侍女と一緒に入ってもらうつもりよ」

「は?」

「まだ女性の裸を気にする歳でもないし。……なあに? デレクはあのくらいの歳から色気づいてたのかしら?」

「うーん。正直、覚えていませんけど」

「前にもリズなんかと一緒にお風呂に入ってたし、全然平気よ」

 あー。確かにそんなこともありましたなあ。


 またジャスティナと相談。

「ということは、『不屈の指輪』を持っていないプリムスフェリーの女性陣はアルヴァと一緒に入浴するということだから、そこにストラスが混ざらなければ最悪の事態は避けられそうかな?」

「ふふふ。最悪な事態って、デレク様的にどんな事態なんです?」

「いや、口では説明できないような事態だよ」

「ほほう。たとえば、女性同士だけどそういう部分を触り合ったり、さらに……」

「こらこら。口で説明したらいかん」


「じゃあ、他の人が入ってない時にあたしがストラスと入ります」

「任せて大丈夫?」

「まあ、最悪、子供ができるようなことはないでしょ?」

「そりゃそうだけど」

 ちょっと不安。

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