ガパックへ向かう
朝。隣のベッドに伏せたままエドナが言う。
「あー。……ごめんなさいね。やっぱりひとりで寝るのは寂しくてね」
「はい」
「誰かの寝息がそばにあるって感じながら寝ると、すごく安心できるのよ」
確かに、ひとりで寝る部屋は寒々としているかもしれないな。
「アルヴァは?」
「あの子はもうお母さんと一緒に寝るって歳じゃないわ」
「なるほど」
エドナは穏やかな笑顔で微笑みながら礼を言う。
「ありがとうね。とてもリラックスできたわ」
しかし、頻繁にそんなことをしていたら、そのうちに間違いが起きるんじゃないかなあ。危ない、危ない。
さて、手早く朝食を取り、準備ができたらまずはラカナ市へ向けて出発。
エドナとアルヴァ、それにフリーダと侍女たちで1台の馬車。そして護衛や御者の交代要員などを乗せた馬車が1台。俺たちの2台と合わせて4台である。さらにダニエラたちも離れて付いて来ているのであろう。
エドナが出発前に言っていた。
「ジュリエル会のダニエラって女の子が来てね、ラカナ国内ではジュリエル会は暴力沙汰は起こせない約束ですが、護衛のためなら構わないという許可を下さい、だって。いちいちそんなこと言わなくてもいいと思うんだけどね」
「いや、ダニエラは真面目なので」
「うふ。そうみたいね」
俺の馬車は今日はナタリーとストラスとジャスティナ。
「昨日はデレク様は部屋におひとりだったんですか?」とナタリー。
「うん。ここ最近の事件とかをエドナさんに報告してた」
まあ、嘘ではない。
「エドナ様、まだまだお若いですよねえ」とジャスティナが言う。
「そういえば、昨日の夜、しばらくジャスティナはいませんでしたけど、どこへ行ってたんです?」とナタリーが追求する。
「あ、えっとねえ、リズが用事があるからって迎えに来てたみたいだぞ」とフォローしておく。
「そうそう。ちょっと洗濯の手伝いとか」
「ふーん」
別に秘密にすることもないんだけど、希望する全員を同時に招待するほど研修所の風呂は広くない。まあ今夜は温泉の予定だし、いいよね。
「ところで、今日のストラスの服だけど……」とジャスティナ。
ナタリーが作った、カンフーの達人みたいなやつである。
「スッキリしてていいでしょう?」とナタリー。
「寒くないですかね。どう? ストラス」
長袖のような半袖のような微妙な長さの袖と防寒など考えていなさそうな仕立ては、見た目には確かに少し寒そうだ。
「寒くはないけど、何かこう、スースーする感じ?」
「上に何か着た方が良くないかな?」
ストラスが普通に会話をしているのを見ると、なんか和む。
午前中の比較的早い時間にラカナ市に到着。ちょっと休憩して、再び出発。このままのペースなら昼食はノーブルスヒルで取ることになるだろう。
少し進んだところで、先を行くエドナたちの馬車がスローダウンして停車する。
「あれ? どうしたんだろう」
御者をやっているエメルがやってきて教えてくれる。
「フリーダ様のお知り合いのテンスリード商店というところの馬車と偶然出会って、ちょっとお話がしたいのだそうです」
あ。テンスリード商店か。ノーブルスヒルで騒乱が起きた時に世話になったな。俺もちょっと行って来よう。
馬車から降りて前方に向かうと、日に焼けた目の大きなアル・テンスリード氏が馬車の窓から顔を出したフリーダと話をしている。フリーダはにこやかな表情ながら、時折涙を拭っている。
「この前、孫のレイラとジェニファーが尋ねてくれてね」
「それはよう御座いましたなあ」
「アル、ペールトゥームにも店を出さない?」
「え、そうですねえ」
「息子さんがいるでしょ? 店があったら
「あはは。それは魅力的ですね」
「どうも今日は!」
「あ、あの時の。えっと……」
「デレクです」
「はいはい、いやあ、奇遇ですね」
「あの時はお世話になりました」
テンスリード氏はガパックから商品を仕入れてラカナ市に戻るところだそうである。
「ノーブルスヒルもだいぶ元通りになりまして、今は平穏なもんですよ」
「それは何よりです」
テンスリード氏と別れて再び車列は進み、やがて昼を少し過ぎた頃にノーブルスヒルに到着。奴隷魔法が消滅した直後に起きた騒乱の時、ノーブルスヒルには殺気立った労働者がたくさんいた。今はもうそんなこともなく、普通ののどかな街である。
昼食に立ち寄ったレストランは、以前、ミルバーグ男爵と利用した同じレストランだった。あの時はエドナの行方がまだ不明で、第1の目的がバートラムの生死の確認だったなあ。男爵は道すがら勇者と魔王の戦いについて熱く語っていたが、あの頃はまさか天使と悪魔が裏で繋がっていたなんて思いもしなかったよ。
馬車の列は順調に進む。昼を過ぎて、気温も上がってきた。このままのペースなら、夕方までには問題なくガパックに到着だ。
午後はストラスが御者をしているが、カンフーの達人の衣装ではさすがに寒いだろうというので、ナタリーがコートを1着貸してくれている。
ノーブルスヒルから少し行くとつづら折りの山道。やがて途中から、新しくできた切り通しの道に入る。
馬車に同乗しているエメルが言う。
「前にここで襲われたことがありましたね」
「ああ、あの時はエメルが馬車をうまく操作して切り抜けたよなあ」
そんなことを思い出話をしていると。
馬車が止まる。
「前方に不審者です」と御者のストラスの声がする。
「え?」
「やだなあ、またでしょうか?」と言いつつ、エメルが馬車から降りる。
窓から顔を出して見ると、前方に顔を覆面で隠した、怪しい風体の連中が10名ほどもいる。おいおい、多いな。
どこからともなくダニエラがやって来た。
「デレク様。前後を挟まれています。馬車からお出にならないで下さい」
「う、うん。相手は何? 盗賊?」
「まだ分かりません」
馬車から出るなと言われたものの、遠巻きに様子を見てみたい。弱っちいデレクを演じさせたら天下一品のディックくんを召喚。
「ジャスティナ。馬車にいて、ナタリーと、あとそれなりにディックくんを守ってくれるかな」
「はいはい。お任せ下さい」
俺は切り通しの崖の上あたりに転移。エドナにイヤーカフで話しかける。
「えっと、今、崖の上から見ています。前に10人、後ろにも10人といったところです」
「やあねえ。デレクと出かけると襲われることになってるのかしら?」
「そちらの護衛は何人ですか?」
「こっちは4人ね。普通ならちょっと心許ないけど」
「フリーダ叔母さんとアルヴァをお願いします。馬車からは出ないで下さい。危険が及ぶようならリズに頼んで避難してもらいます」
「了解」
イヤーカフでリズに連絡。
「ノーブルスヒルとガパックの間で賊に襲われてる」
「え、またそこなの?」
「念の為に、アミーとシトリーが出動できるようにお願いしておいて。それと、エドナたちが避難する可能性もあるので転移する時はよろしく」
「了解」
さて、どうしよう。場合によってはまたフェンリルくんにお願いしようか? 色々な可能性を頭の中でシミュレートする。
まず、相手の情報を『
馬車の前方に立ち塞がった男のひとりが、でかい声を張り上げる。
「そちらはプリムスフェリー家、および聖王国のデレク・テッサード殿の一行とお見受けする。こちらの要求はただ1つ!」
ふむ。何ですか?
「デレク・テッサードの身柄をこちらに渡せ!」
はあ? ……俺?
「デレクの身柄さえ渡してもらえば、残りの方々に手荒な真似はしない。こちらは20名、一方そちらの護衛はせいぜい7、8名であろう? 無駄な抵抗はしない方が身のためだ。プリムスフェリーの当主に万一のことがあったら大変ではないのかな?」
なんか勝手なことを言ってるなあ。
プリムスフェリー側の護衛の隊長が剣を構えながら言う。
「そんなことができるわけがないだろう。そもそも、お前たちは何者だ!」
そうそう。お前ら何者だよ。
「その質問には答えられないな。知る必要もあるまい。無駄な戦いはこちらも望まないのだが、どうするね?」
万全の態勢で包囲しているから、戦ったとしてもお前らに勝ち目なんかねえんだよ、バーカ、バーカ、という余裕の発言ですな。でももう魔法は使えないんだぜ?
そこへダニエラ登場。
「貴様ら、『ラシエルの使徒』の者であろう?」
そして、賊の首謀者と思われる男を指差して言う。
「お前はジャリバだな。あちこちで騒ぎを起こしている不届き者だ」
「ほう。俺のことを知っているとは、勉強家だな、お嬢ちゃん」
相変わらず余裕のジャリバ。顔の覆面を取るとヒゲ面の濃い顔立ち。腰から長いナイフを取り出して構える。
「じゃあ、やって見るかい?」
ジャリバ、ダニエラが一見小柄で華奢に見えるのですっかり見下している。いやいや、それは命取りだと思うよ。
ダニエラも小ぶりなナイフを取り出し、たちまち戦いが始まる。
それを合図に、周りを取り囲んでいた賊も一斉に馬車の方へ走り寄って来る。
こりゃいかん。
純粋に物理的な攻撃をしてくる連中を何とかしないと。今日は弓矢の攻撃はないみたいだから、この前ザグクリフで襲われた時よりもマシかな?
ダニエラと戦っていたジャリバは口ほどにもなく、呆気なく傷を負わされて左腕から出血。右手だけで何とか防御しているものの、すでに勝負はついた感じ。余裕の発言をしておいて負けるって、カッコ悪いよねえ。
さて、こちらも。
「
さっき名前を調べた連中全員に、イビル・トラップ、つまり身体が硬直する魔法をかける。無理に動こうとすると身体に損傷があるという酷い魔法だ。
襲撃してきた賊は、途端に動きが鈍る。そこに護衛要員とエメル、ノイシャが攻撃。これはもう勝負あったかな?
敗色濃厚のジャリバ、周囲を見回して焦っている。
「何だこれは。あり得ん。くっそー」
ダニエラの攻撃から必死の様子で逃げ出すと、でかい声で叫ぶ。
「やむを得ん! あれを出せ!」
すると突然、切り通しの道の前後から、何か巨大なものが現れた。
ゴーレムである。
え? ゴーレム? なんで?
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