あぶない大人の夜

 ディナーの後、魔王軍のこととか、プリムスフェリーの秘法のこととかをエドナにも知らせておいた方がいいかな? そう考えてエドナの部屋へ行ったら、アルヴァに勉強をさせている最中。

「ごめんね。寝る前に書取りをさせることにしてるから」

「あ、じゃあ1時間くらいしたらまた来ます」


 せっかく少し時間ができたので、研修所の風呂で温まろう! ガフォー峠は寒かったからなあ。

 魔法管理室へ行ったらリズが真っ赤なソファーでゴロゴロしていた。

「あれ? デレクはどうしたの? 今日はエドナ母さんの所よね?」

「今日は遺跡を探すためにジャスティナと一緒にドラゴンに会ったりしたんだけど、ガフォー峠あたりで超絶寒い思いをしたので、風呂に入りたいんだ」

「そっか。ちょうど今お湯を張ってるところだから、デレクが先に入りなよ。……で、ジャスティナは? 一緒に寒い思いをしたんでしょ?」

「……そうだな。じゃあ俺の後で入ってもらおうか」


 思えば、この時に油断があったのだ。……いつものことだよな、知ってた。


 ちょっと熱めの湯を張った浴槽に入る。

「あー。……幸せ」

 目をつむって、しばらくぼーっとする。

「うー。……幸せ」


 ガラっと浴室のドアが開いて、リズが入ってくる。

「なんだよ、リズは後で入るんじゃなかったの?」

「デレクが先に入ればいいとは言ったけど、デレクの後に入るなんて言ってないでしょ?」

「えー。そうだったかな」

 いつものような言い合いをしていると、予想外の人物の声がする。


「えへ。デレク様、ご一緒させて下さい」

 ジャスティナである。もうすっかり裸で、形のいい大きな胸が揺れている。

「あれ?」

「リズさんに連れて来てもらいました」

「寒い思いをしたジャスティナを放っておくのは可哀想だよねえ」

「そうなんですよぉ。今日はもう寒くて死ぬかと思いました」

 そう言いながら、遠慮なく浴槽に入ってくるジャスティナ。うわ、タオルで隠すとかしろよ。

「うはー。これは天国っすね」


「ちょ、俺の後で、って言わなかったっけ?」

「ほら、後から入って来たでしょ。問題ないよ」と屁理屈をこねるリズ。

「普通はそういう意味じゃないよね?」

「いいじゃん。どうせ2人でこっそり温泉に行ってるんでしょ?」

「あれ? リズさんは知ってるんですか?」

「うん。知ってるよ。もっとデレクと色々仲良くしたらいいよ」

「えへへ。お許しが出たのでもっと仲良くさせて下さい」

 そう言って浴槽で俺にしがみつくジャスティナ。

 ちょ、ちょっと。胸の何かが俺の肌にぐりぐり当たってませんか?


 リズとジャスティナに挟まれる形になる。女の子の肌はプルプルしているなあ。

「今日はねえ、デレク様はナタリーとキスばっかりしててですね」

 リズに告げ口をするジャスティナ。

「ほほう」

「いや、あれはほら、エメギドと感覚共有をしている時に……」

 いきなりリズに唇を塞がれちゃう俺。

 俺が何も言えなくなったのをいいことに、あちこち触りまくるジャスティナ。


 唇を離して、今度はリズがジャスティナに言う。

「この前はねえ、セーラとヴィオラと一緒にお風呂に入ったのよ」

「うは。ヴィオラはでしょ?」

「うん、圧倒されるわよね。デレクなんかもう目が真剣でねえ……」

「ちょ、ちょっとやめてくれないかな」

「やめてあげない」


 すっかりのぼせ気味で風呂から出る。確かに身体は温まったが、多少の疲労感。


 で、約束通りエドナの所へ。

「あら? デレクったらいい匂いね。さてはお風呂に入ってきたでしょ?」

「今日は山へ行ってめちゃくちゃ寒い思いをしたもんですから」

「ふーん。いいなあ、お風呂。あたしにも声をかけてくれたら良かったのに」

「あ、気が回らなくてすいません」


 突然、何かを思いついて表情が明るくなるエドナ。

「そうだわ! 明日はどうせガパックで一泊するんでしょ。あたしも行くわ」

「え?」

「おばさまも誘って、みんなで温泉! これはいい思いつきね。そうしましょう」

「あの……」


 エドナ、困惑する俺を尻目に、メイドをひとり呼び寄せると明日のガパック行きについて早速話を始める。

「まず、ガパックに至急連絡を入れてね。あたしたちはせっかくですからガパックで2泊しましょう。警備はいつものように。明後日の打ち合わせ? あたしはいなくても大丈夫よね?」などと言っている。

 こちらに向き直ってニッコリ笑うエドナ。

「ちょっと自分の部屋で待っててくれる? フリーダおばさまにも確認を取ってくる必要があるわよね」


 確かに明日の朝、早めに出発したら夕方にはガパックに到着できる。まあ、楽しそうだし、いいか。


 割り当てられた部屋に戻る。こういう客用の寝室の常としてベッドは2つある。どっちを使うかちょっと迷うわけだけど、今日は入り口に近い方にしようかな。

 ベッドでゴロゴロしていると、エドナが上等そうな酒のボトルを持って来た。

「うふふふ。明日が楽しみね。さて、デレクの話を聞きましょうか。まずはちょっと飲みなさいよ」

 棚からグラスを2つ出して来て酒を注ぐと、ソファーに俺とくっついて座るエドナ。まあ、いつものことながら女性の体温を間近で感じるとちょっとドキドキする。そして横に座ったエドナの方を見ると、まろやかな曲線を描く胸の谷間がどうしても目に入る。わざとかな?


「さて、どこから話をしたらいいのかな。えっと……。ニールスの街が海賊の支配下に置かれそうになって大変だったのは知ってます?」

「ええ、聖都から来てる新聞で読んだわよ」

「あの一件、実は俺がモスブリッジ家やシャーリーを助けてまして」

「ははーん。なるほどね。しかし、よく頑張ったわね」

 ちびちびと酒を飲みながら話を聞くエドナ。


「その時にモスブリッジ家のヴィオラと随分協力したんですが、その後、所領の山の中に魔獣のラボラスが出没するというんで、ヴィオラと一緒に討伐に出かけました」

「……その話、長い?」

「あ。すいません、実はラボラスは重要じゃなくてですね……」


 ヴラドナ峠で遺跡を見つけて入ってみた話をする。

「それが実は魔王軍の拠点のひとつなんですが、魔王の討伐後にも消えずに残ったままになっているというんです」

「はあ?」

「で、四天王のひとり、ベリアルとその部下がまだそこにいることが分かりました」

「ええええ?」

 エドナ、手に持ったグラスを取り落としそうになる。


「まだいる? そこに? じゃあ、出てきて暴れたりするの?」

「いえいえ、それがですね……」

 ベリアルは人間に危害を加える意味を喪失しているらしいこと、もし可能なら他の遺跡も含めて消滅させてくれないかと依頼されていることを説明する。


「本当かしら?」

「少なくとも300年間、そこでじっとしていたのは確かなようなので」

「300年。へえええ」

 エドナ、グラスの酒をグイっと飲む。


 さらに、勇者と魔王の戦いは筋書きが決まっていること、天使と悪魔で相談して魔王軍の戦力を調整していたことを説明する。

「それ、おかしくない? 魔王は負けるために戦っていたことになるけど?」

「いえ、その通りです。お話や演劇に出てくる悪役が、最後には正義の味方に倒されることになっているように、勇者は患難辛苦を乗り越えて魔王を倒す、逆に魔王軍は虐殺の限りを尽くした挙句に倒されるということになっているんです」


「ちょっと待ってよ……」

 エドナは立ち上がってグラスに酒を注ぎ、俺の向かい側のソファに深く座り直す。

「何万、いえ、何十万という人が死んでるのよ? どういう意味があるの?」

「それは俺にも分かりませんし、天使にも、悪魔にも分かってはいないと思います」


 また、グラスの酒を一口飲むエドナ。

「うーん。意味が分からないけど……。その話をあたしにするということは、ラカナ公国とかプリムスフェリー家に関係するってこと?」

「はい。勇者と魔王は何度となく戦っていますが、そもそも普通の人間である勇者が魔王に勝てるかと言ったら、並大抵のことではありません」

「そりゃそうよね」

「そこで天使と悪魔とで相談して特殊な魔法を開発し、それを神官フィリスに託したというんです」

「ほう」


「それが『プリムスフェリーの秘法』なのだそうです」

「え!」

 驚いて俺の顔を凝視するエドナ。


「魔法、なの?」

「そう聞いています。死にゆく勇者の記憶とスキルを、新しい勇者にコピーする魔法だそうです」

「……何ですって? そんな魔法が?」

「ダズベリーに『勇者の死』という絵がありましたが、あれがその魔法を使う状況を描写しているんだと思います」

「ああ、あったわね……」

「その魔法で何人もの勇者の記憶とスキルを継承した末、ようやく魔王を倒すことができ、そしてそれがプリムスフェリー家に伝わっていたはずだというのです」

「うーん」


 足を組み直し、少し上を向いて考えているエドナ。

「……しかし、今から魔王を倒す必要があるわけじゃないから、そんな魔法を子孫代々に伝えて行っても、ねえ」

「まあ、そうですね」

「バートラムは、あるいはお祖父様は知っておられたのかしら?」

「ディケンズ内務大臣のおっしゃるには、消去法で、知っているとしたらバートラムさんしかいないだろう、と」

「バートラムの指輪、というか今はペリに返したけどあの指輪には……」

「特に何もありませんでした」

「じゃあやっぱりプリムスフェリー家としては失われたということになりそうね」


 ただ、魔法システムの中にはまだ残っている可能性がある。今後の調査は必要だろう。


「ところで、今日、デレクが連れてきた女の子の中に、妙にエロい感じの子がいたでしょう? あれは誰?」

「あれが、さっき話をした悪魔ベリアルとの連絡員でストラスと言います」

「え? じゃあ、悪魔なの?」

「はい、サキュバスだそうです」

「へえー。サキュバス! さっきの食事の時にも思ってたのよ。ずいぶんと肉感的というか扇情的な雰囲気の子がいるなあ、デレクったらナタリーよりもあんな感じの女の子がいいのかしら、って」

「そういうことじゃなくてですね」

「サキュバスってことは、デレク、もしかして……」

「いやいや」


「あら、デレクはちっとも飲んでないじゃない」

「夕食の時にも少し飲んでますし」

「ほら、せっかくだから注いだ分くらい飲みなさいよ。上等なお酒なのよ?」

「はい、では」


「さて、明日は早いし、今日はもう寝ましょうか」

「はい」

 と言ったわりにはエドナは引き上げる様子がなく、残った酒を飲み干している。


「えっと?」

「あ。あたし、今日はここでデレクと寝るから」

「え?」

 なんでそうなる?

「あら。知ってるわよ。ノイシャやエメルとは一緒に寝てるみたいじゃない」

「うーん、確かにそうですけど」

「やあねえ、別に一緒のベッドでをしようってわけじゃないわ」

「えー。本当ですか?」


 そんな俺に構わず、部屋の明かりを消すエドナである。

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