チェグボル

 禿山はげやまの遺跡に転移してみると、ガフォー峠ほど寒くない。

「あっちは風がとにかく凍るように冷たかったからなあ」

「さっきみたいに寒かったらすぐ帰るつもりでした」とジャスティナが言う。


 山からはユラカナ川が西の方角へ流れていく様子が見えるが、ラカナ湖までは霞がかかっていて見通せない。それ以外は周りのより高い山々しか見えない。


「やあ、デレク」とストラスの口調が変わる。ベリアルだな。

「チェグボルの様子を見に行くと聞いたのでね」

「いいですよ。でもご覧のような有様です」

「ふーむ。これは想像以上に崩れてるなあ」

「本来なら地下に本部があったということですか?」

「ワシもここの構造は詳しくないが、恐らくそうだろう」


 地上にあった建造物がすっかり崩れているので、地下があるのかどうかも分からない。数年前にザグクリフ峠が不通になるような地震もあったし、過去300年間に何度も大きな地震はあっただろうな。


「ちょっと岩をどけてみます」

 重力を操る『無重力ゼロ・グラヴィティ』を使って、岩を動かす。

「ほう、これは便利だな」

「でも、物体の質量がなくなるわけではありませんから、動かしたり逆に止めたりするのには力が必要です」

 数トンもあろうかという馬鹿でかい岩は容易には動かせないので、デモニック・クローで断裂を入れて小さくしたりする。

「デレク様、ドカンと爆破したら?」とジャスティナが言う。

「そんなことしたら、遺跡まで吹き飛ぶかもしれないじゃないか」

「あ、そっか」


 十数分も作業をしたら、地下へ続くと思われる階段が見えてきた。何とか通れるだけのスペースを確保して、階段を降りてみることにする。

「内部まで埋まってしまっていなくて良かった」

「さっきの大きな石の柱なんかが入り口を塞いでいたおかげでしょうかね」


 階段は意外に深く、下るにつれて次第に暗くなる。ホーリー・ライトで周囲を照らしながら用心深く進む。

 階段を降り切った所がホールのようになっていて、そこから先へ暗い廊下が伸びている。廊下の左右には部屋があるらしい。

 廊下は途中で枝分かれしているが、とりあえず真っ直ぐ進む。すると、ヴラドナの遺跡のように廊下の突き当たりに広い部屋がある。


 部屋の中は当然真っ暗なので、『夜間照明ナイト・ライトニング』を使って部屋全体を明るく照らしてみる。部屋の全体が明らかになり、ベリアルが「ほう」と短く感嘆の声を上げる。

 ヴラドナの広い部屋と広さも内装の感じもよく似ている。広い部屋の中にはイスや机も残されているものの、やはりかなり風化が進んでいる。本棚はあるが、本は1冊もない。すべて消え失せたのか、そもそも悪魔は本など読まないのか。


 前回同様にあちこちの戸棚などをガタガタと探しているジャスティナ。

「ああ! デレク様。宝石箱ですよ」

「え?」


 少々砂埃すなぼこりで汚れているが、確かに貴族が使うような宝石箱である。魔王軍由来のものはどうやら消え失せているので、これは人間が作ったものだろう。

「我々悪魔は人間の宝石の略奪などはしないのだが」とベリアルが言う。

「これ以外には何もありませんよ」

「確かに、略奪品だとしても、宝石箱が1つだけあるというのも奇妙だな」

 ただ、鍵がかかっていて開かない。揺すると中に何か入っている感じはする。


「これ、持ち帰って中身を確認してもいいですかね?」とベリアルに聞いてみる。

「いいんじゃないか?」とそっけない返事。あまり興味はないらしい。

 一応、関係者がいいと言っているので持ち帰ることにしよう。

「宝石が入ってたら1つ下さいよ」

「はいはい」


 そのほかに目ぼしいものもないので、さっきの廊下の枝分かれに戻って探索を続けることにする。しかし。

「あれ?」

 廊下を右に曲がってみると、ちょっと進んだ所でいきなり石造りの廊下が途切れて、面前に岩肌が剥き出しになっている。反対側の廊下に進んでみる。今度は下りの階段があるがこれも石段を下る途中で突然途切れて岩肌が行く手を遮っている。

「これは崩れたんですかね?」

「いや……」

 少しあたりを調べてみる。崩れたとしたら岩や石材が転がっているはずだが、何も見当たらない。ここからスッパリと何も無くなっているような感じだ。

「何だろうな、これ」


 遺跡の奥深くまで探検する気で出向いて来たのだが、1つのフロアを調べただけで終わってしまった。

「今日はまだ時間はあるか?」とベリアルが聞く。

「はあ。まだ午後2時前といったところでしょうから余裕ですが」

「エルフォムの遺跡を見に行くことはできるだろうか?」

「そうですね、どうせ行くつもりでしたし、行ってみますか」


 まず、麓のエルフォムの宿場近くに転移。遠くに見える丘の中腹に石造りの建物があるので、そこを目指して、まずは俺だけで『目視転移ショートリープ』。次に、丘の中腹くらいの人気ひとけのない雑木林にジャスティナとストラスを連れて来る。

 人々が遺跡のある場所を目指して歩いているようなので、それに加わって坂を登る。


 しばらく行くと簡単な木の門があって……。

「げ、入場料を取ってやがる」

「ありゃありゃ。でも、普通の人たちは古代の神殿跡か何かだと思ってるんでしょ?」

 本当にそう思っているのか、あるいは魔王の居城跡とか言うと怖がられるから隠しているのか、それは分からない。

「まあしょうがないなぁ」

 ちょっとした入場料を払って、遺跡の中へ。


 ここは石造りの建物がちゃんと残っていて、アーチをくぐって中へ入ると石畳の広いスペースがある。太い石の柱が何本も立ち並び、その間をアーチ状の構造で結んでいる。

「へえ。ちょっと他の遺跡とは感じが違いますね」


 ただ、ここも地下へ向かう階段はある。観光名所なので、ちゃんと明かりが灯されている。石造りの階段を降りていくと、少しホールのようになっていて、廊下がある。

「この辺りの作りは一緒な感じだな」


 ところが、廊下の途中で突然岩肌が現れて、そこから先がない。チェグボルで見たのと同じような感じである。廊下の左右には部屋があるので、その中も見てみる。こちらも、部屋の真ん中あたりに突然岩肌が現れている。


「建造物が次第に消えて、元々存在していた岩が現れる、というプロセスが途中で止まったとしたら、こんな感じ……かな」

「なるほど。確かにそうなのかもしれんな」とベリアルもこの様子に驚いている。

「ドラゴンの言う『消え残り』という表現のように、魔王の敗北と共に遺跡も消え始めたのに途中で止まった、みたいに見えますね」


 親に連れられて来たのだろうか。2人の小さい男の子があたりを駆け回っている。平和なものである。


 石の階段を上って行くと、さっきは気づかなかったが地上の建物の内側に何か文字が書かれている。

「あれは何ですかね?」

 ベリアルが途中まで読み上げる。

「魔王陛下ズメイ……ちょっと薄くなっていて読めないな」

「あれはイソシオニアンではなさそうですね」

「あれは天使と悪魔の共通語の文字だ」

「へえ。そんな文字があるんですか」

 そうか。優馬の世界のコンピュータで、つまりUnicodeの範囲で扱えるように表記を工夫したのがイソシオニアンだったな。


 遺跡から下を見渡すと、大きな弧を描いて流れ下るボームス川の様子がよく見える。身体いっぱいに午後の日差しを受けると暖かさを感じる。

「ここは寒くもなくて、いい感じですねえ」とジャスティナが言う。


「まだ時間はあるか?」とベリアルが聞く。

「へ?」

「スノゴブルも見てみたいのだが」

 ジャスティナはもう帰りたそうな顔をしているが、まあ、物はついでだ。スノゴブルに何もないことは分かっているしな。


 と言うわけで、再度転移してスノゴブルへ。ここは再び山の中で寒い。

 一度来てはいるものの、地下の隅々まで見て回るとそれなりに時間がかかる。

「ここは建造物が消えたような痕跡は特に見つからないんですけど」

「そのようだな。地下3階までちゃんと残っている」


 やっと出口まで戻って来るとベリアルが言う。

「さて、あと残りは2つだが」

 げげ。

「さすがに今日は寒かったので、ちょっと間を置いてからにします」

「そうか。その時はまた頼む」

「はい」

 ……なんか、ベリアルは楽しんでないかな?


 やっと解放されて馬車に戻ると、もうペールトゥームの街に入っている。

「もう、デレク様がなかなか戻って来ないからヤキモキしました」

「ちょっとね、念入りに調べることがあって」

 まさか悪魔に引き止められていたとも言えないのでねえ。



 ペールトゥームのプリムスフェリーの館に到着。


 エントランスまでエドナとアルヴァが迎えに出てくれている。

「まあまあ、よく来ましたね」

「デレク兄ちゃん、こんにちは」

「今日は1泊だけなの? 残念ねえ」

「月末に父上が聖都に来る予定もあって、のんびりもしていられないのです」


 アルヴァにはちょっとしたお土産がある。フライング・ディスクである。

 古紙を紙粘土の要領でパルプ状にしてから2枚の皿の間に挟んで乾かし、ニスを塗って作ってみた。適当に作ったが、結構良く飛ぶ。

「それっ!」

「うわ! 何これ、すごーい」

 アルヴァも何度か投げてみて、早速コツを掴んだようである。

「友達と投げ合いっこしたら楽しいぞ」

「うん、ありがとう!」


 その様子を見ていたローザさんが早速食い付く。

「何よあの楽しそうなやつは」

「空飛ぶ円盤ってやつだな。紙で作ってあるからあまり長持ちはしないかも」

「いやいや、子供のオモチャとして売り出すなら安い方がいいわ」

「フチの部分がぶつかった時に傷になるから、外周に鯨のヒゲみたいなちょっとした素材を使ったらいいかもしれないな」


 ナタリーやディアナもやって来てエドナに挨拶している。

「今回は実家のゴーラム商店にデレク様がご挨拶に行って頂けるそうなんです」

「あら、いいわねえ。うんうん。ナタリー、大事にしてもらってる?」

「はい。毎日とても幸せです」

「……あっちの方は?」

「まだちょっと」

 ……何をコソコソ話しているのか。


 部屋を割り当てて荷物を運んでくれたというので行ってみると、一人部屋。お、これは今日はここで寝たらいいかな?


 そのうちにディナーの用意ができたとメイドが知らせてくれる。食堂に行くとフリーダとルイーズも待っていた。

「お久しぶりです。お元気そうですね」

「ええ、お陰様でね。そうそう。一月ほど前になるけど、レイラとジェニファーが尋ねて来てくれたのよ」

「そうなんですか。それは良かったですねえ」


 レイラとジェニファーは故カルワース男爵の娘で、フリーダの孫にあたる。

「二人ともラカナ市で暮らしているそうよ。とりあえず無事で良かったわ。家族に会って話ができるというのが、年寄りには何より嬉しいことでね」


 あえて触れなかったが、レイラとジェニファーの話しかしないということは、同じく孫のグリフィスから連絡などはないのだろう。彼はまだ『ラシエルの使徒』の幹部なのだろうか。何か虚しいな。


 大人数で食べるディナーはやっぱりいい。

 アルヴァも嬉しそうである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る