ダガーヴェイル奥地

 ヒナと通話するイヤーカフはオンにしてある。ベリアルに確認するためと、ヒナに聞かせるために復唱する。

「ダガーヴェイルの山中にスノゴブル、デュプール湾ぞいにダギバード、ミドワード王国との国境にイボクノー、レゴラム山脈とルビンスク山脈の間にチェグボル、ですか」

「そうだ」

「他の四天王とか、魔物はもういないのですか?」

「うむ。魔王陛下が倒された直後から、次々と念話が通じなくなってな。チェグボルを守るアモン、イボクノーを守るカイム、スノゴブルを守るバエル。彼らはもうおるまい」

「その遺跡に行ってみてもいいでしょうか?」

「もう魔物も悪魔もいないだろうから問題あるまい。もう痕跡程度しか残っていないかもしれんが、最悪、ドラゴンなら場所を知っているのではないかな?」


 引き続き、ベリアルに質問してみる。

「勇者との最後の戦いはどこで行われたんでしょう?」

「今、ラカナ市と呼ばれているあたりだな。まず、ガフォー峠の戦いで勝利した軍と、ボームス川を攻め上った軍が魔王陛下のおられるエルフォムを挟撃しようとしたのだ。その時に、チェグボルで温存されていた魔王軍が出撃して逆に勇者軍を挟み撃ちにし、それで今のペールトゥームのあたりで大量の戦死者が出たわけだ。ここで戦いが繰り広げられる中、ついに魔王陛下と勇者の一騎討ちがあり、勇者が勝利した。これが最後の戦いだ」

「なるほど。こちらに伝わっている戦史ではガフォー峠の戦いやペールトゥームでの英雄的な死闘といった個々の戦いの様子は伝わっていますが、そのような流れになっていたとは初めて知りました」

「お、そうか。ふむ。ワシはドラゴンの視点で戦況を把握できていたからな」

 ベリアルはちょっと得意そうである。


「魔王が倒されてから、魔物や拠点などが次々に消滅していったのでしょうか?」

「そうなのだ。天地を揺るがすような大音量というか、あれは何か空間自体が何かと衝突して粉々に砕け散ったような衝撃があってな。ワシは部下と最後の時間を迎えようとヴラドナの拠点に戻った。その間にも、周囲では悪魔や魔物たちが次々と光る黒い霧になって消えて行ったよ。拠点に戻り、魔王陛下が敗北したことを配下に伝え、消滅の時を待ったのだが、なぜかヴラドナの拠点は消えなかった。理由は今でも分からん」


 よし、教えてもらった拠点について調査してみよう。


 ベリアルとの会話を終えて、ヒナに確認してみる。

「今の会話に出てきた拠点の名前は、スグルやリリスたちの会話にも出てくる?」

「はい。頻繁に登場します。拠点を守る悪魔は自ら巨大なモンスターを操ることができるほか、戦地に赴いて魔獣を指揮したり、ゴーレム兵などを召喚する役割を担っていた模様です」

「えーと、スノゴブルという拠点というか遺跡の位置は分かる?」

「はい、先ほどの会話の位置関係の通りだとすると、ダガーヴェイルのフォートンの町から東へ50キロ、バシリコットからなら南東へ30キロ弱といったあたりです」

「ジャスティナ、そんなあたりのことは知らないよね」

「ケシャールからは国境の向こう側ですからねえ。でも、バシリコットにはこの前行きましたし、これは行ってみるしかありませんね」

「えー。寒くないかな」

「またまたぁ。もうすっかり行く気なんでしょ?」

 うん。


 時刻はまだ昼を少し過ぎたばかりで太陽も高い。行くなら今だ。特に危険はなさそうだし、行くだけ行ってみよう。

 ディックくんを召喚。

「ストラス、これは俺の身代わりだけど、体力もないし、もしこの前みたいに敵が襲ってきたら守ってあげて欲しいな」

「了解です」

「あと、簡単な質問とか日常会話はできるはず……、あ。翻訳のネックレスが必要だな。ジャスティナのを貸してあげてくれる?」

 ディックくんにネックレスをしてもらう。

「ストラス、ディックくんに何か聞いてみてよ」

「はい。……好きな食べ物は何ですか」

「上等な牛のステーキです」

 これなら大丈夫そうだな。ストラスはあまり変な質問はしないだろう。きっと。


 早速、ジャスティナと共にバシリコットの村へ。

「うー。寒いな」

 あたりは冬枯れの草原と山ばかりだが、ちらほらと人家が見え、牛を使って畑を耕しているらしい様子も遠くに見える。そろそろ春の種蒔きの準備かなあ。


 距離と方角が大体分かっている時は『遠隔探針リモートプローブ』を使えばいい。ただ、山の中で木々に埋もれていたら、遺跡が数メートル先にあっても分からない可能性はある。とりあえず大体の場所に移動してみよう。


 移動した先は、人跡未踏かと思われるような深い山の中。日陰はまだ雪が深く残っている。そして寒い。

「うわ。こりゃ……」

「でも、拠点があったとしたら頻繁に出入りされていたでしょうから、何となく道の跡とかが残ってるんじゃないですか?」

「確かにねえ。でも300年前だからなあ」


 飛行魔法で2人揃って上空へふわふわと昇ってみる。上空は一層寒い。

「デレク様、ちょっと抱っこ」

 ジャスティナにぎゅっと抱きしめられる。う、確かにこっちの方が多少温かい。そして、2人で抱き合いながら空中をふわふわ漂うのは何だか気持ちがいい。

「寒いけどいい気持ちかも」とジャスティナ。

「本当だなあ。浮遊感がいい感じだねえ」

 突然、唇を重ねてくるジャスティナ。

「ふたりだけの時はキスしてもいいって約束でしたよね」

 キスしながら空中をふわふわ漂うのも、開放感と陶酔感があっていい。


 ……何しに来たんだ、デレク。


 ふと下を見ると、山の斜面に雪の跡が作る直線や曲線があるのに気づく。

「あ! あれってもしかしたら……」

「そうですよ、あれは昔の道の跡ですね」


 雪が残っていたおかげで、300年前の通り道の微妙な凹凸が目に見えるようになったのだろう。しかも、上空から見ないと分からないに違いない。まるでナスカの地上絵を発見したみたいな感じである。


 道の跡を注意深く目で追うと、山の中腹に平たい場所があって、どうやらそこに何かがあるらしい。降りてみよう。


 降りたってみると、テニスコートほどの面積の平坦な場所がある。足元には、元は石畳だったのであろう平たい石が敷き詰められているが、すでにガタガタに歪んでいてかえって歩きにくい。あちこちの隙間から木が生えたりもしている。

 山の斜面の方を見ると、縦横それぞれ5メートルくらいはある大きな石の門がそそり立っている。石の扉が門を塞いでいるが、全体に風化が進んでいるせいか、左右の扉の真ん中が50センチくらい開いている。ここから中へ入れそうだ。


 覗くと中は真っ暗。

「おーい」

 呼んでも何の答えもない。

「入ってみるけど……。どうする?」

「もちろん一緒に行きますけど、クマとかが冬眠してたらやだなあ」


 内部に入り、ホーリー・ライトで周りを照らすと、石造りのトンネルになっていて、山の奥へまっすぐに入っていく感じである。中は土の匂い。誰かが生活しているという感じは全くしない。

 注意深く中へ進むものの、ヴラドナの遺跡のように死体が転がっていることもないし、魔物が出てくるわけでもない。

「何にもありませんね」

 ジャスティナは例によって俺の腕を取って、胸に押し付けた体勢である。


 しばらく進むと、立派な廊下のような作りになり、廊下の左右には部屋の入り口と思われる黒い入り口が見える。木の扉があったのだろうが、朽ちて落ちている。

 1つの部屋の中を覗いてみるが、錆びついた剣や朽ち果てた鎧がいくつかあるだけ。

 廊下の突き当たりに階段があり、下にも同じようなフロアがある。フロアは全部で3つ。一番下のフロアへ行ってみると、ここにはヴラドナの遺跡で見たような大きな部屋もある。広い部屋の奥にはさらに部屋がひとつあり、作戦会議で使うような大きな机などが置かれている。


 あちこちに机やイス、棚やタンスなどの家具などもあるが、全て劣化してしまっており、使い物にはならない。

「魔石とか魔道具みたいなものも残ってないんですね」とジャスティナが言う。


 前にマリリンが言っていた通り、魔王軍が装備していたものは、魔道具なども含めて全て魔物たちと一緒に消え去ってしまったのだろう。

「でも、ロックリッジ家にはゴーレムを召喚する魔道具が残っていたし、何かが残されている可能性はゼロじゃないよな」

「何か略奪品みたいなものはないのかな?」

「魔王軍の役目は人間を殺すことだそうだから、金品を集めるとか、女性をさらってきてようなことはないと思うよ」

「へえ。ちょっとイメージと違いますね」

「そういうイメージは後世の物語が作ったんだろうな」


 諦められずにあちこちの引き出しなんかを開けていたジャスティナが何かを見つける。

「指輪を見つけました」

「おや」


 鑑定してみると、ゴーレム召喚の指輪である。しかもちょっとサイズがでかい。

「これ、俺が預かってていい?」

「えー。あたしが見つけたんですけどぉ」

「でもサイズがデカくないか?」

「確かに……。ゴーレムを召喚するアテもないし……。あ、その代わり、温泉に行きましょう! こんな所に来たらすっかり身体が冷えました」

「え? ……のことだよね?」

「えへ。もちろん!」

「……寒いよ?」

「お湯に入ったら絶対に温かいですよ」


 雪景色を見ながらの露天風呂という誘惑に負けて、ユフィフ峠の例の温泉へ。

 あたりには雪がかなり残っており、沢を流れ下る水音以外には何も聞こえない。この時期、こんな山の中まで雪をかき分けてやって来る酔狂な人はいないようだ。

 ここは温泉が川となって沢を流れているので、ちょうどいい湯加減の場所を探さないといけない。泉邸に戻ってタオルなどを取ってくる間に、ジャスティナがちょうどいい湯加減の場所を見つけてくれていた。


 そそくさと服を脱ぐが、あたりは雪が残っている。肌を刺すような寒さ!

 慌てて湯に浸かると、これがまた天国のようである。

「うわー。……控えめに言って、極楽」

 ジャスティナもザブッと入って来る。いろんな所が目に入るけど、まあいいや。

「ふー。これはいい気持ちですね」

 当たり前のように肌を重ねて来るジャスティナ。あ、えも言われぬ弾力と肌触りがかなりやばい。そして長いディープキス。


 時折吹く寒風が首から上を凍えさせるが、首から下は温泉の熱でポカポカである。そして目の前には雪の積もった山肌、遠くには少し春めいてきた平原が見渡せる。ああ、これは実にいい!


 ジャスティナが俺の目をじっと見つめながら言う。

「ストラスに抱きつかれた時とどっちがいい気持ちです?」

「もちろんジャスティナの方が気持ちいいです」

「嘘ついても分かりますよ」

 ……あ、そこはダメって。

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