6つの拠点
ディナーの席ではその後、テッサード領の穀物の収穫量が過去最高になりそうだとか、ザグクリフ峠の通行を再開してからドリュートンに活気が戻ってきたとか、そんな話をして過ごす。
ただ、ディナーの間中、テッサード家のみんなも、給仕をしているメイドたちも、明らかにストラスのことを気にしている。
ディナーの後、やっぱり親父殿がやってきて耳元で言う。
「デレク、あのお嬢さんは一体誰だ? 妙に、というかむしろ甚だしく存在感があるんだが」
「あのーですねえ、モスブリッジ家のゴタゴタの後、少しあちらへ手伝いに行ったのですが、そこで魔法の研究をしているという御仁にお会いしまして、その方の助手をしているストラスといいます。師匠の代理としてゾルトブール方面に調査に行くようなわけで……」
「ふーむ。貴族の家柄の方ではないのだな?」
「え? はい」
「なら、最悪まあ、あれかな。面倒は起こすなよ」
そう言って親父殿は去っていったが……。
ん? ストラスがあまりにアレだからデレクはうっかりそんな関係になってしまう可能性がかなり高そうだけど、相手が貴族の家柄ではないなら、まあ、最悪なんとでもなるかなあ、って話、ですかね?
いやいや、ストラスは子供ができないそうだから大丈夫ですよ。
……という話でもないよな。
さて、宿泊の部屋割りである。4人部屋を2つ用意してもらっているので、一方にストラス、ディアナ、ジャスティナの3名としてみた。『抑圧』のスキルがあるディアナが一緒だし、ジャスティナにも「不屈の指輪」のコピーを渡しているから大丈夫だろう。
ケイは今夜は非番だそうなので、レプスートに転移してセーラに会おうという話になる。留守番役のダークくんを召喚。
「何。デレクが2人?」
「
「うひゃ……」
「ちなみに力も弱いし、魔法も一応使えるって程度。俺の記憶は持ってるから、ケイのことも知ってるし、簡単な受け答えはできる」
「へえ……」
いきなりケイがダークくんに質問。
「ねえ、メロディのことを知ってる?」
「はい、年上のきれいなメイドのお姉さんで、ずっと大好きでした」
「うははは。こりゃいいや」
「ちょ、変な質問するなよ」
「いやいや、本物より正直でいいなあ」
例によって、お世辞と本音の境界線が分かっていないダークくんである。
ダークくんに留守番を任せて、ケイと一緒にセーラの部屋へ転移する。
「あ。ケイじゃない。久しぶりねえ」
「セーラも元気そう。へー、ここがレプスートかあ。確かにちょっと暖かいね」
さて、ケイには例の遺跡に出向いて聞いてきた話を伝えておこう。
「え。まさか四天王が生きてるって……」
さらに、リリスとフィリスの話は衝撃だったようだ。
「そうなのか……。物語では勇者に献身的に尽くした神官フィリス、ということになってるよね。実際には、魔王軍と勇者の戦いがあらかじめ決まっている筋書き通りに進むように裏工作をしてたってことか」
「そういう役割を担ってこの世界に現れた存在だから、むしろ当たり前と言えなくもないけど」
「でも、戦って死んでいった人たちにとってはとんでもない話だよ」
「本当にその通りよね」とセーラも内心ではかなり憤慨しているようだ。
「さて、今日ヴェパルから聞いた話なんだけど……」
ガフォー峠の戦いの件と、貴族の所領の大体の場所が分かった件である。
「そっか。やっぱり仮説は正しかったわけね」とセーラはうなずきながら言う。
「しかし、文献の裏付けがあるわけじゃないから人には説明できないよ」
「進む方向が間違ってなかったってだけでも勇気づけられるわ。……あ、デレクがゾルトブールから持ってきた文献を、もう一度精査したら何か出てこないかしら?」
「それはあるかも。あと、プリムスフェリー家の書庫にある蔵書も整理されないままで放ってあるからなんとかしたいな」
魔王の関係で謎として残っている点を整理してみよう。
「目下の謎は、まず第1に魔王がなぜ、どういうきっかけで現れたのか。第2に魔王が倒されたにも関わらず消え残っている悪魔や遺跡があるのはなぜか。第3に魔王の討伐の後で、執拗に歴史からその名前を消されている貴族がいる理由は何か」
「そんなところね。メローナ女王が関心を寄せている最大の問題は、魔王の出現の秘密なんだけど、遺跡の悪魔から何か情報は得られてないの?」
「悪魔たちが現れた時にはすでに魔王は存在していたそうだ。だから魔王がどういう理由で出現したのかは知らないと言ってたな」
「うーん。本当かなあ?」
「あ、そうそう。エルフォムにある遺跡が、魔王の居城跡だと言ってた」
「へえー」
「エルフォムは通ったことがあるし、そのうち実際に見にいってみようかと思ってる」
「でもすでに観光名所なんでしょう?」
「しかし見たこともないというのも、ね」
そのあとはニールスでのあれこれや、メロディの最近の様子、レプスートの名物などの話題に花が咲く。
セーラは地方の視察というか見学旅行に出かけるらしい。
「明日から2日間の予定で、レプスートからちょっと離れた内陸のロペヤックという町を訪問することになってるのよ。昔風の街並みがそのまま残ってて、あとは織物とか工芸品とかの生産が盛んだそうよ」
「へえ、馬車で移動だろうから、ちょっと大変そうだな」
「ケイもそのうち、2、3日休みが取れたらダンジョンに行くとか、温泉に行くとか、デレクにねだったらいいと思うわ」
「そうねえ、ちょっと考えておく」
翌朝、朝食を食べながら親父殿と話をする。
「ゾルトブールまで行って、帰りはどうするんだ?」
「行きはラカナ公国のルジルを通って王都のウマルヤードまで行くつもりですけど、帰りはアーテンガム、ベンフリートを通ってランガムに抜けるという道を通ってみようかと思ってます。あちらは通ったことがありませんので」
「なるほど、スカーレット辺境伯領を通る道か。それで、ワシは20日には聖都に到着する予定だが、そっちには間に合うのか?」
「大丈夫だとは思いますが、最悪、お披露目のパーティーを24日に予定していますからそれまでには」
「まあ、聖都には知人もいるし、勝手にやっておるから心配はいらんぞ」
「はい。道中お気を付けて」
昨日から親父殿の様子を注意して見ているが、それほど体調がどうということはなさそうで一安心である。
1泊だけという慌ただしい滞在だったが、ダズベリーを出てペールトゥームを目指す。今日も御者はストラスと、ノイシャ。ストラスは相変わらずヴェパルと感覚共有しているらしい。
馬車に同乗するのはナタリー、エメルとジャスティナである。
「エメルは昨日はコンプトンさんの所に泊まったんだろ? メロディはどんな様子だった?」
「ちょっとばかり久しぶりでしたが、すっかり『若奥さん』でした。でも、まだまだ新婚さんって感じでねえ、えへへへ」
「どんな話をしてきたんだ?」
「他愛のない話ばかりでしたけど、あそこのお
「あー。コンプトンさんはあの歳でまだ一家の中では最強だそうだからな。……まさか稽古をつけてもらったり?」
「さすがにそこまでは」
「ジャスティナは、テッサードの屋敷は初めてだったよね?」
「ええ、緊張しましたけど、普通にフレンドリーな感じで良かったですね」
「辺境伯ってだけで、その辺りの商家なんかともそれほどは違わないと思うよ。ただ、何かしらの行事とかは格式ばってて、俺はそういうのが面倒で嫌なんだよなあ」
「お兄様のところのお子様が男の子だったら、デレク様はどうなるんです?」
「別にどうもならないけど……。ダガーヴェイルが経済的に発展したら領地として任せてもいいぞ、って親父殿には言われてる」
「いいじゃないですか、それ」
「でもどんな風になるか、現状ではイメージが湧かないよなあ」
そして現在の王太子が王位を継いだら、何を言い出すか不安である。
昼にはドリュートンに到着。前に来た時は寂れた感じがしたが、新しい店や宿がどんどんできている。
昼食を食べながらローザさんと話をする。
「ドリュートンも盛り返してきたし、スワン川の拡幅工事も順調に進んでる。ここで温泉が目玉のひとつになったらさらに魅力的よね」
「温泉の湧いてる場所は見てきました?」
「行って来たけど、ちょっと人里離れてるわねえ。まずはあの近くに温泉宿を作って知名度を上げることを考えてるわ」
「じゃあ、馬車くらいは通れる道を通さないといけないですね」
「それはマイルズ様にもう相談してあるから見通しは立ってるわ。あそこにテッサード家の別荘を作ってもいいな、っておっしゃってる」
「へえ……。資金はどうなるのかな」
「ザグクリフ峠の開通のために用意してたお金がまだ余ってるんだってさ」
「あー」
当初、再び通れるまで10年とか言われていたのが、あっさり開通したからな。
「ドラゴン様サマってことかしら」
「そ、そうですね」
午後は峠越え。御者はストラスからエメルに交代。
日陰になっている所には雪がかなり残っていて、風が寒い。木々の向こう側にスワニール湖が見えるが、やはりこの季節の風景は寒々としている。
ローザさんがナタリーと話をしたいというので、俺の馬車はジャスティナとストラスだけになる。
「昨日の夜は、ジャスティナはストラスと一緒でどうだった?」
「やっぱり目が合ったりするとドキドキというか、相手は女の子なんだけど何かたぎるものがあるというか」
「ふむ」
「デレク様はポルトムで抱きつかれてたじゃないですか」
「あー。あれはねえ、実に危なかったね」
するとストラスが言う。
「すいません、あたしは覚えてないんですけど」
「お酒を飲み過ぎたんだよ。これからは記憶がなくなるほど飲んじゃダメ」
「はい」
「ところでせっかくだからヴェパルかベリアルさんと話をしてみたいんだけど、できるかな?」
「はい。ちょっとお待ち下さい。……やあ、ベリアルです」
例によって、声はストラスだが口調はベリアル。
「魔王軍が消え残っている件ですが、まだこれといった情報は得られていません。ヴェパルさんにも色々教えてもらって、ヒントになりそうなものはあるんですが」
「そんなに急いで何かをしなければならないこともない。何といっても我々は300年もこうしているのだからなあ。ははは」
「はい……。それで、エルフォム、ヴラドナの他にはそういう拠点はあったのですか? そこが消え残っているなら痕跡を探してみたいのですけど」
「ふむ。そもそも魔王軍の侵攻は聖王国を主な攻撃目標としていたのでな、拠点は聖王国を取り囲むように6ヶ所出現したはずだ」
「場所は分かりますか?」
すると、ベリアルはかなり具体的な話を始めた。
「うむ。2ヶ所がエルフォム、ヴラドナだろう? もうひとつ、デレクがダガーヴェイルと呼んでいる地方の山の中にスノゴブルという拠点があって、この3ヶ所を地図上で結ぶと大きな正三角形ができる」
「え?」
「さらに、この正三角形に重なるようにもう1つの大きな三角形を描いて六芒星を作ると、その頂点に別の3つの拠点がある。デュプール湾の海岸線のあたりがダギバード、ミドワード王国との国境の山の中がイボクノー、それからレゴラム山脈とルビンスク山脈の間にチェグボルがある。これが主要な6拠点だ」
そのような拠点と地理的な関係は初めて聞いた。
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