ガフォー峠の戦い

 翌朝。

 少し酒が残っている気もするが、なんとか起きて、ジャスティナとエメルに出発の準備をしてもらう。彼女らの準備ができるまでの間に、頑張って翻訳のネックレスをいくつか作る。これで人数分は確保できたかな。


 ポルトムの宿に戻ってみると、部屋の中は酔っ払いの匂い。ほぼ全員、雑魚寝ざこねというか、寒いせいでそこここに固まって寝ている。

「ほら! 起きて!」

「まだ眠いぃ」「うー、頭痛い」「もうちょっと寝かせて」

「おはようのキスがないと起きれないです」「もう一泊しましょうよ」


 床やベッドでのたうつ女性陣は深海生物かスライムの群生のようである。

 なんとなくあちこちがはだけているようにも見えるが色気すら感じない。


 エステルはどうしているかと見ると、ひとりだけシャキンと起きている。

「おはようございます!」

「げ。……元気だね。昨夜は結構飲んでたような……」

「あのくらい何でもありませんよ」

 うわあ。ここにも魔物がいたよ。


 恐る恐る隣室のストラスの様子を見に行くと、案外普通。

「昨日、酔っ払ってたよね?」

「そうですか?」

「お酒、あまり強くないのかな?」

「お酒、初めて飲みました。いやあ、美味しいですね」

 え?

「きれいな声で歌を歌ったりしてたよね?」

「うーん。そんな気もします」

「俺に絡んで来たりしたけど……」

「そうでしたっけ?」

 あれ? 覚えていないのか。……酒乱確定。飲ませたらあかん。


 かなり酒臭いシトリーとサスキアを聖都に送り届けて、代わりにジャスティナとエメルを連れて来る。

「うわ。なんか酒臭いな」とエメル。

「これはデレク様、何かを起こそうとかしてませんか」

「そんなわけないだろ。俺はちゃんと帰って寝たぞ」

「まあ、そういうことにしておきましょうか」

 確かに事故寸前まで行ったが、それは秘密だ。


 なんだかぼんやりしているノイシャの代わりに、エメルとストラスが御者。


 出発する前にストラスが話しかけて来た。念話でヴェパルから連絡のようだ。

「デレクさん、ヴェパルです。ストラスが御者だそうですので、街道の景色を一緒に眺めたいのですが、いいでしょうか」

「いいですよ。300年前はさぞ荒廃していたでしょうけど、今はのどかなものですよ」

「ありがとう。うふ」


 今日は、ナタリー、ノイシャ、そしてジャスティナと 馬車に同乗。

 ノイシャは馬車が揺れるたびに気分が悪そうである。

「飲み過ぎだよ」

「でもー、ちょっと盛り上がっていい感じでしたしぃ」


 さて、今日の夕方にはダズベリーに到着の予定だが、今回はちょっと人数が多い。屋敷には何人厄介になっても大丈夫かな? イヤーカフでケイに聞いてみよう。


「デレクだけど、夕方までにはダズベリーに着く予定。ローザさんの関係者とかもいるんで、全員は屋敷に泊まれないかなあとか思ってるんだけど」

「えっとねえ、こちらでは一応、4人乗りの馬車2台くらいかなあ、という想定で8人分の宿泊は大丈夫みたい」

「う、俺も入れて11人いるんだけど」

「そういうことは早く言ってよね。……えっと姉さんはそもそもゲストじゃないから、夕食は用意してもらうけど、宿泊は別にいいよね。デレクは自分の部屋があるから、あと1人をどうするか、かしら。お屋敷に泊まらない人は姉さん含めてコンプトンの家に泊まってもらえばよくないかな?」

「じゃ、ローザさんと相談するよ」


 何人かが少しばかり二日酔いだというので、途中でちょこちょこと休憩を入れながら進む。スワンランドには昼を少し過ぎたくらいの時間に到着。


 昼食を食べながら、宿泊場所について相談すると、ノイシャとエメルがコンプトン家に宿泊したいと言う。

「テッサード家には前回もお世話になりましたし、久しぶりにメロディに会って話をしたり、若妻ぶりを見てみたいです」

 というわけで、ローザさんとノイシャ、エメルがコンプトン家で宿泊と決まる。


 イヤーカフにヒナから連絡がある。

「ヒナ・ミクラスです。お知らせがあります」

「はい、何?」

「数週間前からゴーレムの育成が行われており、つい最近、2名の魔法士がゴーレムの召喚魔法を使い始めています。この2名はこれまでに名前が上がっている者ではありません」

「ふむ。ゴーレムの育成をしているのはこれまでと同じ人?」

「そうです。つまり、試練をクリアしてゴーレムの幼体を入手できているのは、以前と同様に1名しかいないと考えられます」

 ということは、エスファーデンにゴーレム兵を追加投入するのかな? あのゴーレムはかなり無敵っぽいが、魔法士がやられちゃったら動けない。

 しかし、反王家側にそういう魔法士が何人もいたとは考えにくいから、やはり何か傭兵のような組織が関与している可能性はある。そのあたりはシアラに調べてもらうといいかな?


 午後は御者をストラスからノイシャに代わってもらおうかと思ったら、ストラスと感覚を共有しているヴェパルが、街道の様子をもっと見たいと言っている。


「全然田舎の風景ですけど、いいんですか?」

「いいのいいの。この辺りは昔、激しい戦いがあったあたりでね。すっかり畑なんかになっちゃってて、見てて面白いのよ」

「そんなもんですか」


 ついでに聞いてみよう。

「ガフォー峠の戦いってのがあったじゃないですか」

「そうそう! このあたりから北の山地にかけてね。いやあ、激戦だったわよ」

「あれは魔王軍が北から南へ向かって攻め込んだんですか?」

「そうよ。ラカナ湖のあたりから聖王国へ攻め込もうとしたんだけど、ザグクリフ峠とミザヤ峠は守りが堅かったから。ミザヤ峠ではあのドラゴンのオガイアムが大暴れでねえ、ブレスで山をぶち抜いたりさあ」

「あ、あれってやっぱりドラゴンがやったんですか」

「そうそう」

「スワニール湖を作ったのは誰です?」

「うーん。大乱戦だったから、誰が、と言うのはあたしにはよく分からないわねえ。ガフォー峠から街道に向けて、ベリアル様がブレスを撃ってたし、ゼキナスも対抗してヘル・ケイヴィングだのエンジェル・ハンマーを連発してたし」

 なんだ、じゃあ犯人はほぼベリアルじゃん。


「その当時、ラカナ湖のあたりにムーンフォード家という貴族がいませんでした?」

「はいはい、いましたね」

「スフィンレック家、デュハルディ家とかはご存知ですか?」

「スフィンレック家はミザヤ峠の戦いに出てきてたわね。あのあたりの貴族だと思うわ。デュハルディ家はラカナ湖より西、ウマルヤードよりは東あたりかな」

「いやあ、ためになります。ところで、ヴラドナの遺跡には四天王のベリアルさんがいたわけですけど、エルフォムの遺跡は……」

「うん、あれこそが魔王陛下のおられた居城跡よ」

「へえー」

 それは一回は行ってみないといけないかな?


「ところで昨日の夜、ストラスがお酒を飲んで酔っ払ってたんですけど」

「あら、いいじゃない」

「ストラスはお酒は初めてだとか言ってましたけど、そうなんですか?」

「そうねえ。悪魔もお酒は飲むし、飲んだ時は美味しくていい気持ちだけど、人間との付き合いがあれば飲むって程度ね」

「進んで飲もうとか思わないんですか?」

「思わないわね。飲み終わったらそれで終わりでしょ?」

 ……悪魔って人間を堕落させるみたいなイメージだったけど、本人たちは案外禁欲的なのか? 単に人間のレベルの楽しみごとに興味がないのかもしれないが。


 さて、今朝方までは薄曇りで寒かったが、午後は日が出てきて暖かくなってきた。

 順調に馬車を走らせて、夕方にダズベリーに到着。


 エントランスに執事のブラントさんが待っていてくれる。

「遠路お疲れさまでした。旦那様がお待ちです」

 ジャスティナたちには荷物などを下ろしてもらって、その間にローザさん、チジー、フリージア、さらにナタリーと一緒に食堂へ通される。


「おお、よく来たな。今回はゾルトブールへの旅の途中と聞いているが?」

「はい。昨年ガパックで偶然にも助けることになったシャデリ男爵の名誉回復のお祝いに向かいます」

「そうか。ゾルトブールもかなり大変だったようだが、奴隷制度も廃止したそうだし、これからは交易なども進めて行きたいものだな」

「それでこちらが、シャデリ男爵のところの侍女だったナタリーです。今は聖都の屋敷で働いてもらっていますが、一緒にシャデリ男爵に会いに行く予定です。ナタリーは実家がゴーラム商店ですので、そこにも顔を出して挨拶するつもりです」

「ほう。ゴーラム商店か。ここダズベリーにいても時折名前を聞くほどの豪商だが、そこの娘さんか」

 ナタリーが親父殿に挨拶する。

「ナタリー・ガーネットと申します。デレク様は命の恩人でもあり、現在はお屋敷で親しくお仕えさせて頂いております。本日はお父様にお目にかかれて大変感激しています。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます」

「うんうん。デレクはこのところ、何かと女の子ばかりと縁ができているようだが、いや、ゴーラム商店の娘さんとはな。デレク、大事にしてあげるのだぞ」

「あ、はい」

 なんだか妙な雲行き?


「で、私はこのチジーと共同で穀物の取引をするための商社を立ち上げたのですが、この度、セーラがスートレリア王国に出かけているのを良いきっかけとしまして、聖王国とスートレリアとの交易を拡大したいと考えています。そこで、既にスートレリアに販路を持つゴーラム商店に、チジーとローザさん、さらにこちらのフリージアと一緒に挨拶に参ります。フリージアはミドマスを中心に手広く交易をしているプロデリック家の方でして……」

「プロデリック家なら知っておるぞ。ワシが聖都にいた頃に学院にプロデリック家から来たという男がおったなあ。あれは……ジェレミー、だったかな」

「あ、ジェレミーは私の父です」

「お! そうなのか。それは奇遇というやつだなあ。そうかそうか。もし父君に会うことがあれば、マイルズがよろしく言っていたと伝えてはくれんか」

「はい、承りました」

 まさかフリージアが親父殿の知り合いの娘さんだったとは。


 その後、全員でディナー。

 お腹の大きなセリーナとアランも幸せそうである。普段は警備担当のケイも今日はローザさんと一緒に食事。


 アランが言う。

「新聞によれば、ニールスのモスブリッジ男爵家で大変なことがあったようだな」

「そうそう。海賊がロングハースト男爵を丸め込んで、モスブリッジ領を手に入れようと画策したらしいんだけどね」

「チェスター公爵家のシャーリー殿が素晴らしい活躍だったそうだが?」

「シャーリーとブレント男爵家のマーカスが自ら乗り込んでモスブリッジ家の危機を救ったそうですよ」

 話を聞きながらジャスティナとエメルがニヤニヤしている。


「しかし、大きな声では言えないが、王位の継承問題にも影響しそうな話ではあるなあ」と親父殿。

「お父様、それは言っているも同然ですわ」とセリーナに注意されている。

 もちろん、現在の王太子よりもシャーリーを推す声があるという話だ。そういう話は迂闊に口にしてはいけない。かなえ軽重けいちょうを問う、ってやつだな。

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