デレク、最大のピンチ!

 ミノスからポルトムまでの馬車は、ナタリー、サスキア、それにエステルと同乗。


 エステルがサスキアに話しかける。

「サスキアさん、エスファーデンの麻薬農園にいたんですって?」

「そうですけど、でもあたしは労働者じゃなくて、監視役でした」

「あら。ディムゲイトの麻薬農園とは管理の方法が違うのかしら?」

「いやいや、同じですって。実はあたし、上司に騙されて連れて行かれて、縛り上げられてですねえ……」

 その「上司」というのが国王だということは隠しているが、例によって饒舌にサスキアが喋る喋る。


 そこにナタリーも加わった3人で、出身地の結婚式がありえないだとか、あのレストランの支配人がオーナーのお嬢さんに手を出したらしいとか、最近流行のヘアスタイル、下着のシミの落とし方、聖都の美味しい店、可愛いブラはどこで売っている、などなど、ガールズトークが止まらない。一方、俺は正直、いたたまれない感じ。


「あの、俺、ちょっと席を外しててもいいかな?」

「えー。ダメですよ。せっかく一緒の旅行なのに」とエステル。

「そうだわ。そろそろ春ですから、またみんなでデレク様の大好きなミニスカートを履いてみましょうか」とナタリー。

「え? とりわけ好きというわけじゃ……」

「いやいや、年末にアミーがミニスカートを履いた時は視線が釘付けでしたよね」

 しっかり観察されていたでござる。


 サスキアが麻薬農園で国王に縛られた時のことを思い出す。

「そういえば助けてもらった時、あたしってミニスカートでしたよね?」

 あ。俺も思い出したぞ。

「赤いチェックのミニスカート……」

「なーんだ。ちゃんと覚えてるじゃないですか」

「う」

「あの時、あたしは縛られてておっぱい丸出しで、しかもパンツも履いてませんでしたよね。魔法も使えなかったし。正直、あのまま連れて帰って何かしようとか思いませんでしたか?」

「いや、あの時はエメルとか他の人も見てたし」

「じゃあ、もしも誰も見てなかったら何かしたんですね?」

 サスキアが妙に絡んでくるのを、ナタリーとエステルがニヤニヤして聞いている。


「いやいや、麻薬農園に囚われている人を助けに行ったのに、そんなよこしまなことはしませんよ」

「麻薬農園とか関係なく、その辺の道に落ちてたら?」

「そんな女の子が落ちてるって状況はきっと何かの罠だな」

「えー。可哀想だから拾って帰って、せっかくだから可愛がってあげましょうよ」

「何、その安い小説みたいな話」

 するとエステルが食いついてくる。

「あ、そんな小説が確かあったわよね?」

「そうそう、シトリーがそんな本が好きでねえ」とナタリー。

「でも、拾って帰ったのは女の子じゃなくて可愛い男の子じゃなかった?」

「そうそう。男の子だったら犯罪じゃないわよねえ」

 いえ、犯罪だと思います。


「デレク様も何か面白い話をして下さいよ」とサスキアが無茶振りをする。

「えー?」

 俺が面白いと思うのは魔法のアレンジとか、プログラミングのテクニックとかくらいなんだけどなあ。

「特に面白い話もできないので、じゃあ、代わりと言ってはナンだけど……」

 場をつなぐために『精霊のランプ』なんかを久々に出してみる。

「何ですか、このランプ」

「手を触れて、『火の女神様、精霊をお遣わし下さい』って詠唱してごらんよ」


 ナタリーが詠唱すると、いつものようにランプの芯穴から青い光がゆらりと出現し、小さな女性の姿になる。

「うわぁ。すごいですね」

 ランプの精はナタリーににっこり笑いかけて一言。

「密かな計画を成功させるには、少しずつ前進して大胆に決断することが重要よ」

 ランプの精は再び炎のようになって消えていった。


「ほほう。なるほど。含蓄がありますねえ」とナタリーは感心している。

「いや、あのー、あまり意味のないことをランダムに言うだけなんだけど」


「じゃ、次はあたしね。『火の女神様、精霊をお遣わし下さい』」

 エステルが詠唱すると、再びランプの精が現れて言う。


「ウソをうまくつけない人は、秘密を守り切ることもできないのよ」


 エステル、ちょっと考えている。

「なるほど……。秘密のためにはたくさんの嘘も必要ってことですかねえ」

「あの、あまり深刻に考えなくていいよ」


「はい、最後はあたし」

 サスキアが詠唱すると、ランプの精が現れて言う。


「男の子はね、こっちを見ているうちに声をかけないとダメよ」


 あれ? これって随分前に俺に向かって言った文句と一緒だよな?


 サスキアがちょっと考えている。

「これってどういう?」

「いや、特に深い意味はないけど。……あ、そういえば、騎士隊とパーティーをするとか言ってなかったっけ?」

 オーレリーが、サスキアに出るなと言われたとぼやいてた、あれだ。

「あ、知ってましたか。2週間ほど前かな? しましたよ」

「ほほう。どんな感じだった?」

「えっと、チジーさんがレイモンド商会から補助を出してくれたので、会場にレストランを借りて。それぞれ20名くらいは出たかな」

「結構盛況じゃないか」

「ええ、なかなかいい感じで、第2弾もそのうちにしようという話になってます」

「騎士隊の隊長には内緒と聞いてるけど、大丈夫か?」

「今回、マーカスさんのご友人が色々面倒を見て下さったんですけど、その方がおっしゃるには、どうやら黙認してくれているみたい、だそうです」

「それは有難いな」


 ポルトムに到着。

 ホテルに部屋を取ってから、しょっぱい料理を避ける意味からも、ちょっと良さそうなレストランで夕食。


 夕食の席で全員に言う。

「シトリーとサスキアはとりあえずここまでで、明日からはエメルとジャスティナが合流してくれる予定なんだ」

「そうなんですか。エメルとジャスティナはどこに?」とフリージア。

「えっと、こっちの方に別件で来てもらってるから……」

「ふーん」とちょっとニヤニヤしているローザさん。


「じゃあ、今夜はささやかながら二人の『ご苦労さまパーティー』をしなければなりませんね」とチジーが言い出す。

「え? 何をするんだ?」

「とりあえず、飲みましょう」

「おお、いいな。賛成だ」とサスキア。

「うん。まあ、少しくらいなら……」

 酒と料理を追加で頼んで、そのまま飲み会に突入。


 すると、エステルが結構飲む。

「おお、いい飲みっぷりだな!」とサスキアが煽る。

「そんなに飲んで大丈夫?」とチジーも心配している。

「うふふ。人のお金で思う存分飲めるって最高ですよねえ」

 エステル、ちょっと酔ってる? なんか、近寄ってきてグラスに酒を注いでくる。

「ささ、デレク様もググッと」

「え、俺は、その……」

「おやあ? 一昨日の醜態を挽回するチャンスですよぉ?」

「えー? 関係ないよね」

「いえいえ、ここはグッと行きましょう!」とフリージアが言う。ううむ。フリージアもだいぶ馴染んできたのはいいのだが。

 エステル、俺の隣に座って抱きついてくる。身体が熱い。

「飲まないなら、口移ししてあげましょう」

「ちょ、ちょっと待て。飲むから」

「えへへへ」


 ちょっとした飲み会、のつもりだったのだが、全員、かなりグイグイ飲んでいる。結局、俺も勧められるままに随分と飲まされる。


 ※ お酒は適量をほどほどに。無理強いや一気飲みはいけません。この飲み会が業務の範囲であれば、デレクくんは上司として部下にお酒のマナーを注意してあげないとダメですよ。


 しばらくして全員が結構出来上がった頃、はっと気づくと、ストラスもかなり飲んでいるようである。

「ストラス、大丈夫?」

「うふ。うふふ。大丈夫、大丈夫。デレク様、大丈夫?」

 あれ? なんだか様子がおかしくないか?


 突然ストラスがすくっと立ち上がると、オペラ歌手かと思うような声量で歌い出す。思わず聞き惚れるような美しい声である。

「アイヴィー モヨクァナー アイヴァク スェテューム デラヴァ ビッターテ オリップス ラテスオ ブラッデ オ ラヴ……」


 レストラン中に響き渡る歌声。

 あっけに取られる我々。そしてレストランの中の人々。

 半ば呆然としつつ、心地よい歌声に聞き惚れていると、我々も含め、レストラン中の人々の様子がおかしい。


「あ、やばい」


 俺は「不屈の指輪」をしているせいか、精神状態の変化はほとんど感じなかったのだが、他の人々は次第にトロンとした目になって、いきなり熱烈なキスを始めたカップルもいれば、力が抜けたように床に座り込んでいるウェイトレス、何やら股間あたりをモゾモゾしている人もいる。これはまずい。


「ストーップ! ストップ! ストラス、もういいよ」

 ストラスに近寄って肩に手をかける。

「えー。ここからがいいところなんですぅ」

 俺を見つめる金色の瞳が妖しい。「不屈の指輪」をしているのにクラクラする。

「でもほら、ここには他にお客さんもいるし、ね?」

「うふ」


 俺の方に向き直ったストラス、いきなり俺に抱きついて濃厚なキス。頭をガッチリ押さえられていて逃げられない。


(うわああああ)


 やばい、やばい、やばい。


 ストラスの舌が俺の口の中を舐め回すたびに、脳を内側から舐められるような痺れにも似た甘美な感覚が襲う。互いの舌が絡み合うと、全身を上から下まで舐め取られるかのようだ。力が抜けていく。


 ……。うん。俺、このままストラスを押し倒して、で、あそこにあれを……。


「は! いかん!」


 デレクくん、最大のピンチ!


 1024%の正気と256%の勇気を奮い起こして、ストラスの唇を引き剥がす。


 以前、セーラに「魅力の指輪」を使われて屈服しそうになったが、正直言って、今回はその10倍くらいヤバい。はっきりとは言わないが、あそこの状態も超絶やばい(※個人の感想です。効果には個人差があります)。


「えー。デレク様ぁ、いいじゃないですかぁ。ねえってばあ」とストラス。これはもう、酔ってるよな。


「はい! もうお開き! 終わりだよ。宿に帰るよ」

 グダグダでぐにゃぐにゃなメンバーを無理やり立たせてなんとかレストランから出る。レストランの支配人には、迷惑料の意味も含めてかなりのチップを渡しておく。


 あー。やばかったあ。


 教訓。ストラスにたくさん飲ませてはダメ。


 宿は2部屋が取ってあったものの、もう面倒なので1部屋に押し込めて、ストラスだけ別室。

 で、俺は魔法管理室に転移。

 ふー。……個室の(以下略)。


 そのまま管理室の真っ赤なソファに横になってうっかり寝てしまう。


「あれー? デレク、酔っ払ってる?」

 リズの声がする。

「あ。……うん」

 はっと我に返る。

「え、もう朝?」

「いや、まだ真夜中くらいだけど」

「あー。やばかったよ……」


 レストランでの顛末を説明。

「もうね、あのままあそこで始めそうになっちゃったよ」

「うふ。それはそれは。デレク、偉かったねえ」

「だろう?」

 リズがちゃんと褒めてくれるので、とても嬉しい。しかし、サキュバスの能力は恐ろしいな。あのまま踏み込んでいたらどうなっていただろう?

 で、今度はリズが抱きついてきたりする。

「んふふふ。……あ、お酒くさいな。……おやすみ、デレク」

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