恐るるに足りず

 セーラの資料の分析とその結果から導かれた仮説に感心する。

「なるほど、穀物の取引量か。ただ、魔王討伐の前後で混乱もあっただろうから、確実にそうと決まったわけじゃないよね?」

「そうなのよ。ゴーラム商店が戦前、戦後を通じて継続的に取引をしていたか検証できないという点が一番弱いわね。それから、国替えで貴族が所領を移るということもあるわよね」


「ラカナ公国が建国される前は、どこに国境があったんだろう?」

「今のプリムスフェリー家の所領と、ラカナ湖の周囲くらいまでは聖王国だったはず。あとはゾルトブール王国ね」

「なるほど」


 魔王軍出現前のことはクラリスが知ってるかな?

「ゾルトブールの昔の貴族について、クラリスに聞いてみたことってなかったと思うんだけど、何か知ってることはある?」

「えーとねえ、スフィンレック家というのは聞いたことがあるわ。有力な貴族だったはずよ。領地の場所までは分からないけど、聖都の貴族と頻繁に連絡してた記憶があるから、地理的に比較的近くにあったんだと思うわ」

 そうだった。定型詩のゴーストライターを依頼してたな。


「ムーンフォード家と、デュハルディ家も?」

「うーん。デュハルディ家はあまり記憶にないから分からないけど、ムーンフォード家って、聖王国の貴族のはずよ」

「え? そうなんですか?」


 クラリスが歴史的な経緯を教えてくれる。

「今のラカナ湖のあたりって、あたしの暮らしていた時代より少し前まではかなり未開の地でね。ゾルトブールと聖王国のどちらの領土というわけでもなかったのよ。でも、ラカナ湖の周囲は平坦な土地が広がっていたから、そこを開拓するために聖王国から派遣されたのがムーンフォード家の初代当主ね」

「どうしてゴーラム商店と取引が多いのかしら?」とセーラ。

 それは俺が答えられる疑問だ。

「ラカナ湖からはちょっとした山を越えるだけでゾルトブール側へ抜けられるけど、聖王国側へはザグクリフ峠のようなかなり険しい山を越えないといけないからだよ」

「なるほど。どうやらムーンフォード家が現在のプリムスフェリー領のあたりを治めていたってことね」

「それと、スフィンレック家も聖王国と距離的に近かったらしいから、セーラの仮説はほぼ正しいのかもしれないな」


「それにしても、改めて考えてみるとラカナ公国を建国した、いわゆる英雄たちがどこから来たのかは、はっきり言って不明よね」

「大魔導士ゼキナスがプリムスフェリー家、大剣の戦士スィーロンがグランスティール家、大盾の戦士ナーマンがサメリーク家のそれぞれの初代当主と言われているけど」

「でも、英雄がひとりいても、いきなり貴族領の統治はできないでしょ?」

「とすると、すでにその土地にいた家臣団をそのまま継承した、のかな?」

「可能性は高いわねえ」


「ぶっちゃけ、サメリーク家とか、グランスティール家の当主が知ってたりしないのかしら?」

「うーん。公式の記録から全て抹消されているんだし、知ってても教えてくれるか怪しいなあ。プリムスフェリー家ではそんな種類の話は聞いたことがないから、忘れ去られている可能性もあるね」

「こっそり教えてもらっても、『他言無用』とか言われたら公式には聞かなかったのと同じよね」

「ははは、本当だな。でも、その辺りが、スグルの残した記録にあるかもしれないし、案外、ベリアルやヴェパルが知っているかも」

「それは調査の必要があるわね。でも……」

「ん?」

「悪魔に聞いたら分かりました、なんて、メローナ女王に報告できないわよ」

「あはは。そりゃ確かにその通りだ。文献やその他の証拠が欲しいな」


 セーラが、改めて魔王軍の「消え残り」について感想を述べる。

「しかしまあ、ベリアルやストラス、それにそのヴェパルも300年も遺跡の中にいたってことでしょう? そのことを考えると気が遠くなるわ」

「そうなんだよな。ストラスに聞いたら、毎日、食事の用意、掃除、洗濯、とか言ってた。ただ、飽きるという概念は希薄らしい」


「以前にこういうことを書いていた人がいるんだけど、それはね、もしも不死とか並外れた不老長寿の存在がいたら、その存在は長い年月の末に聖人のような完璧な人格か、そうでなければ悪魔のような冷酷無比な人格を持つに至るに違いない、って言うのよ。その点、ストラスなんかはどうなのかな?」

「うーん。多分だけど、人間とは『自我』のあり方が違うんじゃないかと思う。将来のビジョンみたいなものを持たない点は泥人間スワンプマンに近いけど、新しいものに興味はあるようだし、雑談にも乗ってくるし」


「今、ストラスと一緒に旅行中なんでしょう? 大丈夫?」

「えっと、何が?」

「もちろん、誘惑に負けたりしてないわよね、という意味よ」

「それは色々対策を講じてるし」


「でも彼女、上手にウソをつく、ということはできなそうよね」

「あ、そうだな」

 セーラの観察眼は鋭いな。

「だから、デレクもウソはついたらダメよ」

「……うん」



 さて、翌日。

 今日はフルームからミノス、そしてポルトムまでの予定。今日は天気が悪く、時々みぞれ混じりの雨が降ったりして寒い。

 今日もちょっと馬車から抜けて、例の「議事録」の整理なんかをしたい。同乗しているナタリーはストラスとずっと一緒で申し訳ない。

「ごめん、ちょっと魔法関係で……」

 するとナタリー、ニッコリ笑って言う。

「『遠くを見る魔法』の約束、忘れてませんよね?」

「う、うん」


 さて、魔法管理室。

 走らせておいたスクリプトはもう終了していた。秘密のボリュームに格納されていた全てのビデオについて、内容を書き下したテキストと、その要約のファイルが生成されている。

 まず、会話部分が長いものと、そうでないものを分けてみる。会話があまりないものはリリスやフィリスの様子をずっと撮影しているだけのものだったり、まあ、に励んでいるものだったりである。

 問題なのは、会話部分が長くても、途中からに移行しているビデオもあるという点である。さて、どうしよう。


 ちょっと考えたが、結局、テキスト部分をヒナに読んでもらうことにした。全ての内容を網羅的に理解できるだろうし、どのファイルがなのか分かったら、それを排除すればいい。

 これで、しばらくしたらヒナはスグルと天使、悪魔の間でどんな相談が行われていたかを把握できる存在になるわけだ。すごいな。

 逆に考えると、人間だったら、の記録を延々と読まされるなんて仕事には耐えられないだろうなあ。


 昼になってミノスに到着。

 レストランで名物のチキン焼きヌードルを食べるが、やっぱり味付けがしょっぱい。他のメンバーもミルクやお茶を飲みながら食べている。

「これ、聖都の『チキン・ザ・ヘブン』にも似たような料理があるんですけど、こっちの方が甘くて味付けが濃いですね」とサスキア。結局はご当地名物のいわゆるB級グルメってやつかな?

 しょっぱい料理の後はデザートに決まってるでしょう、という全員の総意で、ケーキやらプリンを追加することに。


 他のメンバーにはちょっとくつろいでいてもらって、俺はその間に宝石を買い足しに出かけたい。

「あ。あたし、一緒に行きたいです」とシトリーが名乗りを上げる。

「あたしは今日で一応任務が終わりなので」

「そうだったな」


 小雨まじりの寒い風が吹く中、迷路のようなミノスの街へ。

「この寒い中、道端に座ってる子供がいますね」

「親と一緒にミノスに出てきたけど、仕事がないとか、そんな境遇だと思うよ。もしかしたら子供たちだけで暮らしているかもしれない」

「可哀想ですね」

「そうなんだけど、解決策ってなかなか見つからないよなあ」

 強制的に排除しても問題解決にはならないし、教会がやっているような食糧の配給を公式に始めたらそれに依存してしまいそうだ。周辺からの人口流入に拍車をかけるだけかもしれない。一方、子供たちが犯罪に走ったり、犯罪に巻き込まれるのも困るよなあ。


 さて、宝飾工房「ラッセル&シーガー」へ。今日は親方はいなかったが、この前の経験をもとに、アクアマリンとゾイサイトのペンダントトップやブローチをかなりの数買い込む。これで翻訳の魔石を人数分は十分作れるだろう。


 レストランに戻る。

「うー、寒かったあ」

 コーヒーを1杯飲ませてもらってから、改めて出発。


 馬車に乗り込んでしばらくすると、泉邸にいる園芸部アプサラスのパトリシアから連絡が入った。

「デレク様。パトリシアですが、ちょっとご報告があります」

「おや、珍しいね」

「一昨日ですが、盗賊団に襲われましたよね?」

「よく知ってるね」

「リズ様にお聞きしました。その件なんですが、どうやらランガムに拠点がある親衛隊が関係しているらしいです」

「え? どういうこと?」


「ランガムの親衛隊の動きについては、現地にいるイシュカたちが情報を収集しているんですが、そこから連絡がありました。今日の昼すぎのことなんですが、隊員たちの間でこういうやりとりがあったそうです」

 パトリシアが内容を読み上げてくれる。


 『例の作戦は?』

 『そそのかして襲わせてみたらしいが、見事に失敗だそうだ』

 『デレクはそんなに強いのか?』

 『いや、事前の情報通り、魔法の能力は高くなさそうだ。それよりも護衛の女が意外に強かったのと、別の一団が助太刀に入ったのとで、あっけなく』

 『ということは?』

 『デレクひとりだけなら、恐るるに足りず、ということだ。そう報告しておけ』

 『了解』


「何だろうな、この内容」

「親衛隊が、何らかの関係のある誰かに、デレク様を襲わせるように仕組ませたものの失敗した、ということのようですね」

「ふーむ」

「さらに、それは誰かに報告すると言っていますから、この企みもその誰かの意図に従っていると考えられます」

「なんか嫌な感じだなあ」

「しかし、デレク様のことは過小評価しているようですね」

「あ」

 ディックくんが、賊に襲われてビビりまくったからか。


 ダニエラが言っていたように、本当に監視していた奴がいたってことになる。そして結果的にディックくんの『名演技』が良かったということ?

 なんだろうなあ。

 そして、その報告を誰に上げるんだ?

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