ビデオから議事録
翌朝、眠いのをこらえて朝食。
ストラスだけ別室で、サスキアとエステルはこちらの部屋のベッドで寝たらしい。それ以外の全員はその辺で座ったまま寝ていたりしたので、何となく寝不足な顔。
「しまったなあ、どうせ寝るならデレク様をベッドに引きずり込むんだった」とノイシャが危ないことを言っている。
「次回のチャンスに備えて、戦略を練っておいた方がいいわね」とシトリー。
どんな戦略だよ。
イヤーカフにリズから連絡。
「あ、デレク。朝起きたらデレクが泉邸に戻ってないからさ、ストラスに食われちゃったかと思って」
何その表現。
「バッツ・インの離れで寝たけど全然大丈夫」
「まあ、のめり込むようなことにならなければ、どっちでもいいんだけどね」
「そう、なの?」
リズからの連絡だと察したシトリーが言う。
「デレク様、リズ様に報告しなくていいんですか?」
「え? 何を?」
「昨日、誰かさんとこっそりデートに出かけてて、そのせいで醜態を晒すことになった件ですよ」
「ちょ、黙っとけよ」
「え、何? その楽しい話」
しまった、聞こえていたか。
しょうがないので概要をかいつまんで説明すると、リズはイヤーカフの向こうで爆笑している。
「うひゃひゃ。そりゃあタイミングが悪かったねえ」
「でも、ダニエラは俺の演技だと思ってるらしい」
「そりゃまた、真面目なダニエラらしいね」
準備を整えて出発するものの、午前中は揺れる馬車の中で爆睡である。御者はサスキアとストラスに任せて、ノイシャは俺に抱きついたままでやっぱり爆睡。
昼に次の宿場のリンキードに到着。リンキードでは何回か昼食などを食べているが、今回はローザさんがいい食堂を知っているというので連れて行ってもらう。
そこはうどんというか、きしめんのような平打ち麺と野菜を煮込み、スープと一緒に食べるというもので、つまり、甲州名物の「ほうとう」だな、これ。寒い季節には確かに身体も温まるし、美味い。しかも値段も安い。
昼くらいになってやっと目が覚めてきた感じ。
すると今度は、ヴィオラから連絡がある。
「デレク、あのね、イヴリンがスートレリアから来てくれたのよ。もうねえ、抱き合って泣いちゃったわ」
「そっかあ。イヴリンもショックだっただろうなあ」
「ええ、でもこれからきょうだいで頑張っていくつもり。それでね、お父様のお加減がやはりよろしくないので、国王陛下にお許しをもらってグレッグが当主になるという方針で」
「グレッグは回復したの?」
「ええ、もうほとんど元通りよ」
「……あれ? グレッグって婚約とかしてたっけ?」
「それがまだなのよ。実はデルペニア王国の方とお話があったんだけど、ゾルトブールの内乱とかがあってちょっと進展がなかったのね。春以降にそちらの話も進むかもしれないわ」
ゾルトブールの件で話がストップするということは、もしかしたらデルペニアの王家か、伯爵家の関係者かもしれない。前のゾルトブール国王、故レスリー卿の妹がバッシュビー伯爵家に嫁いで、確か王太子の義理の母になってたはず。クッキーのレシピをもらって帰ったなあ。
「そんな感じで色々国王陛下にご報告申し上げることがあるから、今月末くらいには聖都に戻るかもしれないわ」
「了解。あまり頑張りすぎないようにね」
「ありがとう」
ひとしきり会話が終わると、ノイシャがボソッと言う。
「いやあ、色々な奥方から連絡があって大変ですね」
「な、何を言うんだ」
「うふふ」
午後はちょっと馬車から抜け出して、魔法管理室へ。例のビデオの議事録というか概要をAIにまとめてもらおうというわけである。
ヒナに相談すると、音声だけから議事録を作るアプリもあるが、映像も含めて状況を説明してくれるアプリもあって、そちらの方が誰がしゃべったかはっきり分かるように情報をまとめられるとのこと。
「まずはじめに、主要な人物の多くが登場するビデオをサンプルとして指定して下さい。そのビデオから、どの顔でどんな声の人が現れるのかを抽出しますので、それぞれの人物に名前を付けて下さい。あとは、その人物データを元に、他のビデオについても内容を説明するテキストデータを自動生成できます」
「へえー。最初のサンプルに登場しない人が後から登場したら?」
「それも人物データに追加可能です」
「音声だけで顔が見えない人は?」
「他の人がその人に呼びかければ分かりますし、音声だけからも解析できます」
「生成されたテキストを要約することもできるよね?」
「はい。ですが、内容に脈絡がないと要約ではなく、抜粋になる可能性があります」
この前見た範囲では映っていた人物は4人だけだったので、サンプルの解析は簡単に終わる。さて、まずは普通の会議というか、話し合いのビデオの要約を作ってみよう。
ビデオの解析なので時間がかかるかと思ったが、案外早く終わる。もしかしたらこのコンピュータって、めちゃめちゃ性能が高くない?
内容を確認すると、ちゃんと誰が何を話したか、という記録、つまり議事録になっている。これは素晴らしい!
じゃあ、ちょっとアレなビデオをこれで解析したら、一体どんなテキストが出てくるのだろうか。やっぱりちょっと気になるじゃん。
ちょっと周囲を見回して、管理室に誰もいないことを確認。
解析開始。……あっさり終わる。さて、内容だが。
……単なる『行為』と『音声』を淡々と列挙しただけである。うーん、なんにも面白いことがない。つまり、登場人物の内面や、情感、状況の描写までは無理だからだろうなあ。
しかし、そういったビデオの内容を要約してもらうと、「○行為が15分続く」程度になる。これはこれで、情報を選り分けるのに、実に役に立つ。
というわけで、例のボリュームに格納されていたビデオについて、順番に議事録と要約を作成するスクリプトを記述して走らせておく。画面にはパスワードが必要なスクリーンセーバーを起動しておこう。よしよし。
そんな作業をして、また馬車に戻る。馬車にはナタリーとストラス、そしてシトリーが待っていた。
「今日はお買い物ではないんですね」とシトリー。
「極めて真面目かつ有用な情報を抽出する作業に没頭していたのだな」
「デレク様がそういう物言いをする時って、だいたい怪しいことをしてきた時のような気がしますよね」
……。的確な指摘である。
夕方まで馬車の中でのんびり話をしたりして過ごす。
「ストラスはあそこでどんなことをして過ごしていたんだい?」
「食事の用意、掃除、洗濯、トレーニング、武器の手入れ、とかですね」
「毎日だと飽きない?」
「飽きるという概念はよく分かりません。興味を失うということですか?」
「それと、やりたくなくなるという感覚も含むかな」
「そうですねえ。何か新しいことが見つかればやってみようと思いますが、毎日の繰り返しは必須ですからやりたくなくなるとは思いません」
「もしこのまま遺跡の外で暮らすとしたら何をしてみたいかな?」
「あたしの本来のつとめというのを体験したいと思いますが……」
あ、そうでしたね。
「……その他には特にこれといってありません。強いて言えば、何か美味しいものを食べたりしたいですかね」
なんか独特だ。300年、毎日同じことをしていても平気なのは歳をとらないからなのかもしれない。一種、
今夜はフルームで一泊。このフルームやミノスは食事がしょっぱいんだよなあ。
夕食を終える頃、セーラから連絡。
「ちょっとここ数日の成果を報告したいから、泉邸か魔法管理室で話をしない?」
「じゃあ、泉邸で」
さっき走らせておいたスクリプトはそろそろ終わってるとは思うけど、セーラに見せるのはファイルの整理をしてからだな。
レプスートに身代わりのヴィクトリアを置いて、セーラを連れて泉邸へ。
リズとクラリスにも来てもらう。
「まず、俺の方からセーラに報告がある」
ヴラドナの遺跡に呼ばれて、スグル・ロックリッジの2番目の妻だったヴェパルの話を聞いたことを伝える。
「何ですって? ということは、300年前にスグルの周囲で何があったのか、知っているってことよね?」
「それどころか、リリスとフィリス、それに悪魔であるヴェパルを交えて、魔王軍の戦力とか戦い方について相談を繰り返していたという事実がある」
「神官フィリスが?」とセーラは驚愕している。
「それともうひとつ。『プリムスフェリーの秘法』の正体が明らかになった」
「秘法?」
それが実は勇者が魔王に立ち向かうために開発された、実に非人道的と思える魔法であることを説明する。
「何てことかしら……。次々に死んでいく勇者の記憶を継承するって……」
セーラもしばし絶句している。
「そういう気が滅入る話だけじゃなく、魔法管理室にあるコンピュータからスグルが残した情報が多数発見できた。魔王軍の出現から勇者の勝利までに至る経過が比較的正確にたどれる可能性があるんだ」
「そっちはすごい成果ね。内容の精査は進めてるの?」
「まだ全然なんだ。雑多な内容がごちゃごちゃしていてね」
雑多な中には『秘宝』もあるけど。
「さて、あたしの方からはね」とセーラが話を始める。
「ゴーラム商店の昔の帳簿を調べているって話をしたわよね?」
「ああ、スフィンレック家なんかの穀物取引の記録だよね」
「そうそう。それでね、魔王軍の出現で人口がかなり減ったとはいうものの、ゴーラム商店の取り扱っている量で言えば穀物の消費量は数パーセント減少した程度なのよ」
それでも、人口の数パーセントが死亡しているとしたら大規模災害どころではない。たとえば、人口100万人の都市で3%だとしたとしたら、3万人が死んだことになる。
「うん、それで?」
「スフィンレック家、デュハルディ家、ムーンフォード家は魔王の討伐後、取引量がゼロになるんだけど、領地にいた人たちはほぼそのまま残っているはずだから、代わりに同程度の取引をしている領地を探したら、その3つの家がどこにあったのかをだいたい推測できるはずね?」
「あ。そっか」
「結果は、戦後に建国されたラカナ公国全体の消費量が、その消滅した3つの家の分にほぼ匹敵することが判明したのよ」
「え?」
「つまり、失われた3つの家は現在のラカナ公国に存在していたらしい、ということね」
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