プリムスフェリーの秘法
「プリムスフェリーの秘法、ですって?」
「ええ」
「秘宝じゃなくて、秘法?」
「そうなんだけど……。あなた、プリムスフェリーの家系じゃないの?」
「残念ながら失われているみたいで」
「あらあら」
「それはどんなものなんですか?」
「ほら、勇者が次々に死んじゃうじゃない」
「はい」
「体術の試合とかだったら、負けたら次の試合までに弱かったところを鍛え直したり、相手の弱点を覚えておいて次はそこを攻撃したり、ってことができるけど、戦場での戦いで自分が死んじゃったらそういうのはできないじゃない」
「そりゃそうでしょう」
「だからね、『プリムスフェリーの秘法』という魔法は、これは蘇生魔法の一種だから禁忌魔法なんだけど、死んだ本人は生き返るわけじゃなくてね……」
「はあ?」
「勇者が死んだら、すぐに身代わりの新しい勇者を用意して、死んだ勇者の記憶とスキルを新しい勇者に引き継がせるのよ。これが『プリムスフェリーの秘法』よ」
えええ?
「記憶とスキルを引き継がせる?」
「そう。だから、勇者は負けたら死んじゃうけど、魔王陛下の戦い方のクセとか、通用しなかった戦法とか、有効だった攻撃とか、そういうのを次の勇者に引き継げるわけね。それから、色々なスキルがどんどん1人の勇者に蓄積されて行くことになるわ。そうやって何回か戦った末に、勇者が勝利したというわけなのよ」
「ええええ。そんなことって……」
絶句。
ベリアルが口を挟む。
「どうやらデレクは初耳のようだな。疑問に思うことがあれば言ってみるといい」
「では……。何人か目の勇者は、それまでに倒れた勇者の記憶を持って戦うというわけですか」
「そうね。転生者が他人の記憶を持っているようにね」
「俺なんかの場合は一人分ですけど、何人もの記憶、しかも死に際の記憶を抱え込んでいるって、ちょっと想像できません」
前の勇者たちの個人的なこと、楽しかったこと、悲しかったこと、他人には知られたくないこと、親しい者との別れ、そして死を目の前にした激痛や絶望さえもが延々と引き継がれて行くというのか?
「それは……。恐ろしい魔法ですね」
「この魔法はあたしとリリス、それにフィリスで考えたものなのよ。結局、あたしたちは人間じゃないからね」
ああ、そう、か。
「その魔法を使われる人間がどう感じるかという点には関心がなかった、と?」
「そうね。勇者が次々に死んで悲惨だとか、その魔法の対象となる人間は可哀想とか、そういうのは二の次。オクタンドル世界で定められた勇者と魔王の戦いのストーリーの通りに成り行きを導くことこそがあたしたちの存在意義なのよ」
「しかし……」
ベリアルも言う。
「オクタンドルに限らず、魔王と勇者が戦う物語は他にもたくさんあるとスグルに聞いたぞ。しかし、実際に戦ってみたら分かる。そんな反則級の魔法でも使わない限り、本来はただの人間でしかない勇者が魔王陛下に勝てるわけなどないのだよ」
「そう、かもしれません」
自然と、深いため息が出た。
勇者の戦いとはそんなものだったのか……。
ダズベリーの屋敷で見た、ランプリング作の絵画『勇者の死』を思い出した。あの絵には、勇者や神官フィリスの他に、役割が不明な人物が1名描かれていた。あの人物が次の勇者で、死にゆく勇者の記憶とスキルを引き継ぐ、まさにその場面が絵に描かれているということか。なるほど、そうだったのか。
「ところで……、戦いの最中はまだプリムスフェリー家は成立していませんよね?」
「ええ。だからその時は『勇者継承魔法』なんて呼んでたわね」
「その魔法がプリムスフェリー家に一子相伝の秘密として伝えられたわけですね。なぜでしょう?」
「そうねえ。次にまた魔王軍が現れた時のため、かしらね。伝えることに何らかの意義を見出したのでしょうけど、プリムスフェリー家の始祖である最後の勇者に聞いてみないと真意は分からないわね」
「それと、『プリムスフェリーの秘法』を新しい魔法として作ったということなら、実装したのはスグルですか?」
「ええ。そうよ。彼は、……そう、ウェブデザイナってやつだったらしいから」
「へえ……」
ウェブデザイナならスクリプトのプログラミングくらいは十分できるだろう。
「転生者としての記憶は誰の記憶か、聞いていませんか?」
「えっと。ユアサなんとか、だった気がする」
湯浅何とか、かな? 優馬の周囲にはそういう名前の人はいなかったなあ。
あ、そろそろ夕方だ。
「かなり有益な情報をお聞きできたと思います。今日のところはそろそろ失礼しようと思います。ありがとうございました」
すると、ヴェパルがすがるような表情で言う。
「あのね、あたしからひとつお願いがあるんだけど」
「何でしょう」
「あたしも、ストラスと念話で繋がって、外の世界を見たりしてもいいかしら?」
ん? ベリアルが念話を使える以上、ヴェパルが同じように連絡してきても特に問題はないように思うが?
「それは別に構わないんじゃないですか? 俺に確認する必要が?」
「ここと外の世界は別々みたいだから、外でのストラスのマスターはデレクなのよ。だから念話で繋いで感覚共有するには事前にデレクの許可が必要みたい」
「へえ。そうなんですか」
そういえば、ベリアルも念話で会話だけしていたように思う。
「そうじゃないと、ここの住人が好き勝手にストラスと感覚共有するようになって大変でしょ?」
「確かに」
それは気づかなかったな。
「では、感覚共有する前に念話で名乗って頂けると有り難いです」
「ええ、そうするわ。ちょっと楽しみね」
遺跡から外へ出ると、かなり暗くなっている。
俺は魔王軍との戦いの実際について知らされ、これまでとは世界の見え方が違うような感覚に囚われていた。
森の暗がりを見つめて、しばらくの間呆然としていたが、気を取り直してイヤーカフでノイシャに連絡する。
「ちょっと至急調べたいことができたから、ランガムではそのままディックくんを俺の身代わりにしておいてくれる?」
「はい、いいですけど、夕飯までには戻って下さいよ」
「そうだな、小一時間したら行くよ」
それぞれの宿場での食事は確かに楽しみだ。
いつも通りのノイシャの明るい声を聞いて、なんだかホッとする。
魔法システム管理室に転移。リズ、クラリスに来てもらう。
「どうしたの、デレク」
「ベリアルの所へ呼ばれてね。ヴェパルという悪魔と話をしてきたんだけど、ヴェパルはスグル・ロックリッジの2人目の奥さんだったらしい」
「ええ?」
「300年前よね?」
聞いてきた話を2人にする。
「リリスって天使なのにサキュバス?」
「それよりも俺がショックを受けたのは、天使と悪魔が実は敵対するどころか、戦力の調整とか、勇者の戦い方を相談していたことだ。天使にとっても、悪魔にとっても、大量の人間が死ぬことより、オクタンドルの物語の通りに魔王軍と勇者の戦いを進めることが至上命題だったと言うんだが……」
「あの、デレク」
リズがおずおずと言う。
「リリスやフィリスはそうだったかもしれないけど、あたしはそうじゃないよ。クラリスはどうかな?」
クラリスことペリも言う。
「あたしの役割は『規範文書』を人間に読んでもらうということだけで、魔王軍がどうのということは指示されていなかったわ。話を聞く限り、リリスやフィリスのやったことは人間にとっては許せないことに感じるでしょうね。でも、彼女らはそういう存在なので……」
「ええ、天使も悪魔も、ザ・システムの一部として働いているのですから、時に人間からは理解できないことをすることがある、と。それは分かっているつもりですけど、魔王軍の出現という、史上最大と言っていい破滅的な戦いの裏で実際にそういうことが行われていたというのがショックだったんですよ」
俺はさらに、『プリムスフェリーの秘法』の内容が判明したことを説明。
「そんな魔法が使われていたの?」と驚くクラリス。
「これも本当なら酷いというか
リズが言う。
「前は『秘宝』かと思ってたから、何か凄い、素敵な宝物なんじゃないかと思って期待してたのにねえ」
「そうなんだよなあ。しかも俺がその継承者かもしれない、とか思ってワクワクしてたんだけどなあ」
実際を知ると、気分は陰鬱になるばかりである。
「さらに、スグルの持っていた魔法管理システムのアカウントの、パスワードが判明しました」
「ええ、凄いじゃん」
「『プリムスフェリーの秘法』を実装したのはスグルらしいから、ソースコードとか、作業の痕跡が見つかるかもしれない」
「もしソースプログラムが見つかれば、他人の記憶とスキルをコピーする手段が分かるってこと?」
「実行するために何か条件があるのかもしれないし、記憶を操作するとしたら極めてリスクの高い魔法だと思うけどね」
「扱いは慎重にすべきね」とクラリス。
リズは乗り気だ。
「とりあえずログインしてみない?」
早速、コンピュータにログインを試みる。
「ユーザ名は admin8、そしてパスワードは……」
「うわ! 本当にログインできたね」
ログイン画面から別の画面に切り替わる。
「……あれ? これは何だ?」
今までの俺のアカウント、ヒックス卿のアカウントではデスクトップの画面の背景は単なる幾何学的な模様だったのだが、スグルのデスクトップ画面は女の子2人が並んで笑っている写真が壁紙になっている。
「なんだこりゃ。……あ、この左側はヴェパルだよ。うわあ……。さっき見たのと全然変わってないけど、これって300年前の写真ってことだよなあ」
「じゃあ、右側はリリスってこと?」
2人とも銀髪で、リリスは目が青い。リズやペリにも似ている感じ。
ヴェパルは魔王が倒された後はあの遺跡から出られなくなったらしいから、この写真は魔王軍がまだ存在している最中のものと言うことになる。
さて、スグルが『プリムスフェリーの秘法』を新たに実装したと聞いたが、俺の知っているAPIではそんな魔法は実装できない。ウェブデザイナの知識を持っていてプログラミングのできる人物だったとしても、システムに精通したガイド役がいなければ新しい魔法を作ることは難しかったはずだ。
早速、「よく起動するアプリ」の項目を探してみるが、AIチャットのようなものはない。とすると、リリスがシステムについてかなりの知識を持っていたということか?
ちょっと思いついて、俺のアカウントからはアクセスが禁止されているディレクトリを参照してみる。システムのリソースが格納されていると思うんだけど……。
「あ。内容が見える。これは見たことのない魔法みたいだ」
だが、イソシオニアン記法である。
「これ、何て書いてあります?」とクラリスに聞いてみる。
「あら。あたしもこれは見たことがないわね。このディレクトリはどうやら、感情攻撃魔法の実装に関する情報が入ってるわね」
「おっと」
これまでにもチラチラと見え隠れしていた感情攻撃魔法だが、ここに実装があったか。
「ということは……これは?」
「こっちは障壁魔法ね。それで……これが蘇生魔法みたいねえ」
リズも少々興奮している。
「デレク、これはすごいじゃない。これまで分からなかったことが一気に解明できるかもしれないね」
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