ストラス対策
スグル・ロックリッジのアカウントにログインできたものの、どんなAPIやリソースが使えるのかが分からない。
「どこかに解説や説明のドキュメントがあれば……。あ、そっか、スグルのアカウントの権限でAIチャットを起動すればいいのか」
自分で難解なテキストを読む必要はないのだった。
早速、これまでヒックス卿のアカウント権限で動いていたヒナのプログラムをコピーして、スグルのアカウントでも動かせるように設定しよう。
「
ターミナル画面にザザザっと流れて行く膨大なメッセージ。どうやら、新しく参照可能になったディレクトリに存在しているテキストを読み込んで、これまでの情報と整合が取れるようにデータを更新しているらしい。
しばらく待ったが終わらない。
そうそう。『不屈の指輪』を複製しなくっちゃ。
「へえ。『不屈の指輪』で、ストラスの色気が抑えられるのか」
「本人の色気を抑えるんじゃなくて、指輪をはめている人は色気のシャワーに対する傘を手に入れられるって感じだな」
「なるほど」
「ところで、ナタリーが出かけちゃってますけど、クラリスの身の回りのことは……」
「今はね、カリーナがやってくれているわ。カリーナもいい子よね」
「それなら安心ですね」
指輪を複製しつつ、雑談モードに入ったが、AIチャットのデータ更新が終わる気配がない。食事時には帰るという約束だったし、いったんランガムで夕食を食べてくるか。
「
転移すると、そこは宿の一室。ノイシャがパンツ1枚でベッドにゴロゴロしている。
「きゃあ。デレク様のエッチい」
「あ、ごめん」
すると、もう1つのベッドの上にいたサスキアが呆れたように言う。
「ノイシャはさっきからずっとその格好で待ってたから、別にデレクさんのタイミングが悪かったんじゃないですよ」
「あ、バラしちゃダメじゃん」
「何やってんだよ、寒いだろ?」
でもまあ、上半身の発達具合なんかは記憶に焼き付けるわけだ。いやいや、あくまでも不可抗力ってやつですよ。
「ディックくんは?」
「隣の部屋でナタリーとシトリーが色々な服に着せ替えて遊んでますよ」
「げげ。……連れてきてくれない?」
サスキアが連れ戻してくれたので、ディックくんは部屋にいてもらって、入れ替わって食事に出ることにする。
「あ。本物のデレク様だ」とナタリー。
「こら、それは言っちゃダメ」
「偽物はあそこが物足りないですよね」とシトリー。おいおい。
ローザさんとエステルが別の部屋から出てくる。
「あれ。デレクはさっきまで随分影が薄いというか、覇気がなかったけど、復活した?」
「え、あ。はいはい」
やっぱり何となく違いが分かるらしい。
とりあえず、作ってきた個数だけ『不屈の指輪』を渡す。
「これをはめてると、ストラスからのお色気攻撃がかなり防げるから試してみてよ」
「あらら。あれって攻撃なんですか」とノイシャ。
「えっと、何というか、生まれ持った特異体質みたいな?」
「まあとにかく、彼女が視界に入るたびに何だかムラムラしましたから、それが抑えられるならいいですね」とサスキアも言う。……ムラムラするのか。
全員でレストランに出かけて賑やかに食事をする。
で、やっぱり他の客の視線はストラスに釘付けって感じ。これは何とかしないといかんかなあ?
当のストラスは一心不乱に夕飯を食っている。『不屈の指輪』をはめた状態でその様子を観察すると、まるで子供のように可愛い。
正直、さっきまで気分が落ち込み加減だったが、みんなで夕食を食べたおかげでいつもの調子に戻れた気がする。
宿への帰途、ふと思いつく。ちょっと待てよ。ストラスに何か違う衣装を着せてみたらどうかな? ナタリーがディックくんで着せ替え遊びをしてたってことは、男物の何かを持ってきているんじゃないか?
「ちょっとナタリー。あの……」
「あら! いよいよ今夜、ですの? 待ち焦がれました」
「そうじゃなくてだね。さっきディックくんに何か着せてたって聞いたんだけど、あれは何?」
「やはりあたしの実家に行くまでに既成事実を作っておいた方がいいですよね」
「人の話を聞けよ」
ナタリーは「廃帝」の例のスケッチを参考に、個人的に色々な服を試作していたという。今回の旅のどこかで俺に着せようと企んでいたらしい。おいおい。
「えっと、これはお好きですか?」
「げ」
絶滅危惧種、学ランじゃないか。さすがにちょっと引く。
忍者みたいな黒ずくめの服やカンフーの達人みたいなのもあるし……。
「これはさすがに着ないぞ」
「可愛いでしょ?」
セーラー服は俺が着たら可愛くない。
「あ、これ」
例の有名アニメに出てくるナ○ック星人っぽい服がある。
「まあ。デレク様。きっとお似合いですよ」
「あ、そうじゃなくてね、ストラスに中性的な服を着せておいたらどうだろうと思って」
「あー。ストラスですか。確かに彼女は刺激的すぎますよね」
「と言うわけで、彼女を呼んできて、ちょっとこれに着替えさせてみようか」
「デレク様がお手づから?」
「いやいや、それはお願いするよ」
「遠慮なさらずとも」
「うっかり素肌を間近で見たりしたら本能を抑えられる自信がない」
「まあ! そんなケダモノのようなデレク様も是非拝見したいですけど」
「だからあ」
ナタリーとシトリーに頼んで、ストラスを着替えさせる。
しばらくして部屋のドアが開いて、「ジャーン」とシトリーが着替えたストラスを連れて来る。
「あ。結構いいんじゃない? これで、顔の下半分をフェイスベールみたいに布で覆ったらどうかな?」
「顔が半分隠れててこの服装なら、遠くからパッと見ただけだと、異国風の人だなあ、くらいの印象じゃないですかね」とシトリー。
「ストラスはこの服、どう?」
するとストラス、こちらのテンションとは裏腹に淡々とした調子で言う。
「服はどれでも、寒くなければいいです」
なんだか愛想がないというか、ファッションに興味がないというか。サキュバスたるものそんなことでいいのか、と俺が言ってもしょうがないけど。
再び魔法管理室に転移して、『不屈の指輪』をせっせと複製する。
気がついたらAIチャットのデータ更新が終わっていた。早速起動してみよう。
「こちらヒナ・ミクラス。チャットGTZです」
動作確認を兼ねて、この前、答えてくれなかった質問をもう一度してみよう。
「魔石の内容をそっくりコピーしたのに機能しない場合、原因として何が考えられるかな?」
「原因としては、その魔法を起動するのに必要な権限がない場合、術師のレベルが足りていない場合、情報が暗号化されている場合、ストレージIDや術師の固有IDを利用した登録や管理がされている場合、特定のプロパティが術者に必要な場合、などがあります」
なんだ。ちゃんと答えてくれるじゃん。
「天使の言語を人間の言語に翻訳する指輪はどうやってインストールされているんだろう?」
「はい。その指輪の魔法は、格納されている魔石のストレージIDをキーとして個別に暗号化されています。指輪の魔法を起動すると、まず登録確認を行うプログラムの復号を試み、成功すると翻訳魔法が使うグローバルなストレージに魔石のストレージIDをキーとした情報が書き込まれているかを調べます。その値が術者の固有IDと一致していれば、そこから第2復号キーを取得して魔法本体の復元を動的に行いつつ、翻訳機能の動作を開始します。一致しなければ動作しません。キーに対応する情報が存在しなければ登録を行います」
はあ? 何だかライセンスの縛りがややこしいソフトウェアみたいだな。
結局、一度誰かが指輪を使ったら、その指輪はその人専用になってしまうのか。ベリアルが出し惜しみしてるのはその辺りが原因かな。
ヒナに教えてもらいつつ探索して、翻訳魔法のソースファイルと、魔石に情報を書き込むスクリプトを発見。これさえあれば、魔石への書き込みは自動的に行えるようだ。実行してみよう。
「リズ、ちょっと来て」
「何かな?」
「翻訳の指輪のコピーができたと思うんだ」
「どれどれ」
「これ、使うと魔石はリズ専用になっちゃうけど」
「へえ。緑色の綺麗な石だし、構わないよ」
「じゃあ、後でネックレスにでもするか」
テストのため、この前と同じようにコンピュータに文章を読んでもらう。
「ノナヴリンプ シオガゥアバ ピオッククスュジンウ」
「あ。分かるよ。『飛行魔法の使用上の注意』って言ってる」
「やっと完成かあ」
「でも、ストラスに関係する人数分、魔石を作るのは面倒じゃない?」
「確かに」
「ソースファイルがあるなら、利用を制限している部分を取り除いたバージョンを作ればいいんじゃないかな?」
「まあそうだけど、それも少々面倒だなあ」
リズがそもそもな疑問を投げかける。
「そんな面倒な仕組みで利用制限をかけているのはどうしてかな?」
「天使や悪魔が何を相談してるか、周りの人に知られたくなかったから、かな?」
「そっかあ。さっきのデレクの話の通りだとすると、目の前で人がどんどん死んでるのに、魔王軍を強くするにはどうするか、なんて相談を天使と悪魔がコソコソしてるわけだもんねえ」
イヤーカフにセーラの声がする。
「デレクはお出かけなの?」
「いや、今は魔法管理室にいる。今日は文献の調査は?」
「3月に入ってから、メローナ女王は議会との折衝なんかで忙しいみたいなのよ。あたしも議会ってやつの見学とか、議員との懇談会なんかがあって」
「へえ。それもまた興味深いね」
「ナリアスタもこの前、選挙で大統領を選んだりしてたわよね? そっちと制度が同じというわけではないと思うけど、スートレリアの場合、一定の税金を払っている人が投票をして議員を選出するらしいわ」
「なるほど。まだ全国民に教育が行き届いているわけではないから、それも合理的なやり方かもしれないな。……男女の別はあるの?」
「いえ、男性でも女性でも、18歳以上で税金を払っていれば投票できるらしいわ」
「なるほどねえ」
「今日は疲れたからもう寝るけど、デレクの方に何か進展は?」
「あるにはあるけど、……ちょっとややこしいから明日にしようか」
「分かったわ。おやすみなさい」
天使と悪魔の実際、なんて話を寝る前にされたら、絶対に眠れなくなるよな。
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