リリスとヴェパル
昼食休憩が終わって、御者をノイシャからストラスに代わってもらう。
「前の馬車の後ろをついていくだけでいいから。万一何かあったらイヤーカフで教えてよ」とストラスに助言。
前の馬車を任せるサスキアにも言っておく。
「後ろのストラスは、こっちが喋る言葉は分かるから、何か伝えたいことがあれば普通に言ってもらえば大丈夫だ」
「了解です」
で、俺の代わりに初登場のディックくん。ナタリー、ノイシャ、シトリーには、ディックくんと一緒に馬車に乗っていてもらおう。
「受け答えは普通にできるけど、変なこと聞くなよ」
「ほほう。それは聞けって言ってますね?」とシトリーがいかにも何かをしでかしそうだ。
「あのなあ」
念のためにディックくんに口止めをしておくか。
「どの女の子が好きとか、そういう話にまともに答えちゃダメだぞ」
「はい」
「えー」
シトリー、ノイシャが不満顔である。
一抹の不安を残しつつも、再びヴラドナ峠の遺跡前に転移。今日はどんより曇っていてかなり寒い。
光で照らしながら暗い階段を下って行くと、今日は黒い甲冑の人物ではなく、トカゲ人間みたいなのが現れた。門番は日替わりで交代かな?
指輪を見せて言う。
「ベリアル殿に、デレク・テッサードが面会に参った」
すると、今日は先導して奥の部屋へ案内してくれる。終始無言。っていうか、トカゲ人間は喋れないのかもしれないな。
例の広い部屋へ。ベリアルがこの前と同じように座っている。
「やあ、デレク。こうして招きに応じて来てくれるとは、もはや友人と呼んでもいい間柄だな」
内心、悪魔の友人はちょっと、と思うものの、友人には親友から悪友まで色々いるからまあいいかなあとか思う。
「私としても、今や伝説の四天王のひとりと語り合えるなど、思いも及ばなかった巡り合わせに心躍る思いです」
「ふふ」
ベリアルが軽く笑う。こちらの挨拶が
「それでだ。先ほどの話にあったスグルと直接やり取りしたことがある担当者を呼んである。少々話を聞いてみようではないか」
ベリアルが合図をすると、部屋の暗がりから音もなくひとりの人物が現れる。天使を思わせるような銀色の髪を長く伸ばした、実にスタイルの良い女性である。
「これはデレク殿。私、ヴェパルと申します。随分前になりますが、魔王軍の戦力増強などに関する交渉役でした。お聞きになりたいことなどありましたら何なりと」
ベリアル、愉快そうに言う。
「ヴェパルはサキュバスというわけではないが、そちらの方にも長けておってな。スグルと直接交渉を重ねていたと聞いているぞ」
「はい、そんな交渉も重ねておりましたが、サポート役だったリリスとは互いに張り合うような関係でして。ふふふ」
「リリスって天使でしょう?」
「そういうことになっていますが、まあ、天使のような、悪魔のような、ですわ」
「は?」
「リリスはサキュバスですが、天使の属性も持っておりましてね。寿命が尽きてスグルを追うように亡くなっております」
「そうなんですか……」
そんな存在がいるとは思わなかったなあ。
あれ? 待てよ? マリリンの話だと確か……。
「伝承ですと、スグルには2人の妻がいたとされていますが」
「あ、そうですわね。毎晩のように、あたしとリリスを相手に、うふふふ」
げげ。
……スグルめ。うらやまけしからんな。
ベリアルが言う。
「まあ、そこのテーブルを囲んで、少しゆっくり話をしようではないか」
「はい、ありがとうございます」
部屋にあった丸テーブルのイスに腰を下ろすと、ヴェパルは真向かいの席にやってくる。サキュバスではないらしいが、色気が半端ない。ベリアルもやってきて、テーブルの斜め前のイスに腰を下ろす。近くに来ると、やっぱりデカいな。
さて、気を取り直して。
「ということは、ヴェパルさんは魔法システム管理室にも入ったことがあるということでしょうか?」
「ええ、そうね」
なんと。
「スグルは魔法システムというか、ザ・システムの管理人としてコンピュータを使っていませんでしたか?」
「はいはい。そのコンピュータを使って色々な設定をしていたはずです」
「具体的にはどんなことをしていたんでしょう?」
「さあ。あたしにはよく分かりませんねえ」
まあそうか。転生者でコンピュータが操作できないと、詳細は分からないか。
だが、ヴェパルは予想もしなかった情報を持っていた。
「あ。でも、あたしパスワードってやつを覚えてるわよ」
「えええ! 本当ですか!」
驚愕!
「うん。簡単なパスワードでねえ、『リリス&ヴェパル』だったはず」
「うわ……!」
そんな簡単なパスワードはセキュリティ上お勧めできないが、誰かがネット経由で攻撃してくるわけでもないしな。
それは帰ってから速攻で試してみなければ。
その時、ベリアルの後ろに控えていた女性(多分、悪魔)が、トレイに飲み物と簡単なつまみのようなものを入れて運んできた。
「この前はろくにもてなしもできなかったからな。口に合うかどうか分からんが」
「はい」
と言って手を伸ばしかけたが……。
「あ、ちょっとやめておきます。ごめんなさい」
「ん? どうかしたか?」
「大変失礼とは存じますが、古来……、と言っても転生者である私の記憶によると、ですが、冥府のような場所に赴いた際、そこの食物を口にすると現世に帰ることができないというのが、不思議なことに人類共通のルールのようなのです。ここが冥府であるというわけではないでしょうが、一応用心をさせて頂きたいのです」
するとベリアル、一瞬驚いたような表情を見せた後、実に愉快そうに笑う。
「あははは。なるほどな。その話は初めて聞いたが、……いや、ワシがデレクを
「失礼をお許し下さい」
「いや、良い。しかし、そうか。確かにここは『冥府』のような場所だな。そのような場所が本当にあるのかは知らぬが。ふふふ。……では話を続けてくれ」
「はい。では……。スグルはいわゆる転生者だったんだと思いますが、それについて何か言っていませんでしたか?」
「そうねえ。ゲーマーだとは言ってたけど……。あとはねえ、なんとかっていうゲームとか、アニメ? とかいうのが好きだって話を延々としてたわね」
「ゲームやアニメの名前を覚えてます?」
「興味がないから覚えてないわねえ。あ、でもクルスクの戦いとかパリは燃えているか、とかよく言ってたわ。あれ、何かしらね」
ああ。わかった。そういう系か。
「あと、仮想空間に閉じ込められて、負けたら死んじゃうゲームに参加させられるとかいうアニメ? が好きだとか?」
「へえ」
それって、あれか?
「あ、ちょっと思い出してきたわ。彼はそのアニメってやつなら、おっぱいの大きな女の子が好きだとか言ってたわね。主人公の妹なんだけどそこがまたいいとかなんとか」
ああ、確実にあれだな。……大体分かる俺って。
「ところで、勇者一行との接点はないんですか?」
「あたしはないわねえ。リリスの方はフィリスと頻繁にやり取りしてたみたい。天使同士だからね」
「フィリスという天使はどういう役割だったんですか?」
「あたしとリリス、それからスグルで戦力のバランスであるとか、使える魔法をどうするかを決めるわけでしょ? それに従って戦えるように、勇者に魔法やスキルを授けるというのがフィリスの役割ね。もちろん、勇者の前ではそんな裏事情は話さないわけだけど」
それって、勇者をひたすら支える健気なサポート役という、今までのフィリスのイメージとはだいぶ違うなあ。
「魔王軍が出現したから、フィリスやリリスがこの世界に派遣されたのでしょうか」
「そうね。特にリリスはあたしたちと同時に出現しているし、あたしと随分共同作業をしていたから半分は魔王軍みたいなものなのよね。で、スグルに異世界の誰かの記憶がコピーされたのは、魔王軍が出現した後のはずよ」
「勇者一行の大魔導士ゼキナスという人はどんな人ですか?」
「あの人はねえ、元々はちょっとレベルが高いくらいの魔法士だったんだけど、リリスがレベルの制約を解除して、いくらでも魔法が使えるように設定し直したのよ」
それって、今の俺と同じってことか。
「大剣の戦士スィーロン、大盾の戦士ナーマン、といった英雄たちは?」
「あの人たちは、魔王軍に対しての連合軍の指揮官という立場ね。それを魔法でサポートするのがゼキナス。魔王と戦うのは勇者。そんな感じよ」
「ドラゴンのオガイアムは、魔王軍の戦いぶりに腹を立てて勇者側に加わったと伝わっていますけど、その辺りはどうなんです?」
「いえ、そんな話じゃなくて、ドラゴンは元々魔王軍が現れた時に勇者側に加勢するという役割でこの世界に存在してるわけだから」
「あ、そんなことをドラゴンも言ってました」
「でしょう? だから、勇者側と魔王軍の戦力の釣り合いを見ながら、ちょっと遅れて参戦してもらったというのが正確なところね」
「今、伝承で伝わっている勇者の名前は何種類もあって混乱しているんですけど、どうしてなんでしょうか?」
「それはほら、魔王陛下が圧倒的に強くて、勇者が次から次へと死んじゃったからよ」
うひゃあ。やっぱり?
「でも、それってそのままだと永遠に勝てないことないですか?」
「そうそう。だからね、新しい魔法を作って、勇者側に、というかフィリスに禁忌魔法の一種を使わせることにしたわけ」
「え! 禁忌魔法ですか。……確か、蘇生魔法、障壁魔法、感情攻撃魔法、ですね?」
「よく知ってるわね」
「ダンジョンでホムンクルスに聞きました」
「あははは。なるほどね。彼らはあたしたちよりもさらに前からいるからねえ」
「となると、新しい魔法というのは蘇生魔法ですか?」
ヴェパル、思いもよらぬことを言う。
「いいえ。あら? あなた、知らないの?」
「へ?」
「プリムスフェリーの秘法よ」
ええええ?
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