甘美なる堕落
馬車に乗ってしばらく経つと話すこともなくなって退屈になるわけだが、折角時間だけはあるのでストラスに色々聞いてみたい。
「ベリアルが俺と色々話をしたい、と言っていたらしいけど、どうやって話をしたらいいのかな?」
「ベリアル様があたしと感覚共有してお話しします」
「え? 話もできるの?」
「はい、視覚、聴覚の共有のほか、共有している相手を操って会話ができます」
「それ、何だか怖いんだけど。操られている間ってどんな感じ?」
「念話で脳内で喋る感覚は分かりますか?」
「うん」
「その、相手の話す内容が自分の口から出る感じです」
「へえ……」
シトリーがそこで口を挟む。
「あのー、デレク様。ストラスと向かい合って話すと話しにくくありませんか? 隣に座ってもらったらどうでしょう」
確かに、馬車はガタガタギシギシいいながら進むから、対面同士で話をするにはそれなりに大きな声でなければならない。普通ならそれでいいのだが、ストラスの話す内容が分かるのは俺だけだから、シトリーとナタリーは聞いていてもつまらないだろう。
「そうだな。ちょっと、ナタリーと席を替わってもらおうか」
「あら。ではまた後で」とナタリーが腰を浮かす。
「えー。この次はあたしが隣がいいんですけど」などとシトリーが言う。
車内は狭いのでナタリーとストラスはすんなりと席を移動できない。馬車が揺れたはずみで立ち上がっていたストラスが俺の太ももの上に尻餅をつく。
「おっと」
思わずストラスを軽く支える俺。
「あら」
俺の太ももの上に、ストラスのお尻から太ももにかけての柔らかい感覚が、充実した質量とえもいわれぬ体温を伴って突然降ってくる。
(うわああ)
思わず声に出そうになった。ストラスはほんの数秒、俺の太ももの上に座っていただけだが、全身の性欲が一気に噴き上がるような感覚を覚える。そして、思わず抱きしめそうになるのを必死に堪える俺。
やばい。
サキュバス、やばい。
必死に平静を装う俺。ストラスがサキュバスであることは、シトリーとナタリーは知らないので、特に気にも留めていないようだが、俺の内心の動揺は凄まじい。
(これ、うっかりベッドに潜り込まれたりしたら、絶対拒否できないじゃん)
その先に待っているのは悪魔的な快楽か、甘美なる堕落か、それとも破滅か。
数秒間、呆然としていると、右側に座ったストラスが耳元で言う。
「どうかされましたか?」
うわ。これもまた頭と下半身がクラクラする。どうしようこれ。
すると少しストラスの口調が変わる。
「やあ、デレク。ベリアルです」
「あれ?」
隣にいて、話をしているのは確かにストラスだし、声もストラスのままなのだが、口調は男性のような感じ。
中身がおじさんだと考えると、高まったものが一気にトーンダウン。
「ストラスと仲良くやっておるかな?」
「いや、あのですね、確かに魅力的だけど、この人選ってもしかしてわざとやってますか?」
「んふふ? 何のことかな。私の部下の中で念話が使える、そしてできるだけ美しい悪魔を選んだだけのこと」
「ちょっとヤバすぎるんですけど」
「それは彼女にとっては最高の褒め言葉だろうな。本人に聞いておらんかな? 悪魔と人間の間に子供ができることはないので、関係を深めるのに何の心配もない。彼女も初めての体験だろうし、ぜひ、優しく情熱的に接して欲しい」
「いや、その……」
「ご希望とあらば別のサキュバスもそちらへ派遣しようではないか。どうかな?」
「いえ、とりあえず結構かと」
ストラスと同じような悪魔が身の回りに何人もいたら、毎日絶対にそれしかしない自信がある。
サキュバスの件はちょっと置いておいて、だ。
「ところで、頂いた翻訳の指輪でストラスと会話ができるのはいいのですが、会話できるのが私ひとりに限定されていて、他の者と意思疎通ができません。あの指輪をもう少し頂くことはできませんか」
「うーん。あれはこちらでもなかなか希少でなあ。デレクが複製を作ってくれると期待しているのだが」
「現在試行錯誤の途中ですが、うまく機能しないのですよ」
「そうなのか……。今、旅行中なのだろう? 旅行が終わるまでに解決できなかったらもうひとつ進呈しようか」
何か出し惜しみするなあ。こちらとしても、もう1つタダでくれ、と言っているわけだからしょうがないか。
「あの翻訳の指輪のように、魔法の指輪をそちらでも調整できるのですか?」
「いや、こちらにはそのような設備や技術はない。これまで、そういうことができるのはダンジョンの管理者だけと決まっていたが、最近、デレクが同じようなことを始めたわけだ。非常に興味深い」
「消え残っている遺跡もダンジョンの一種だと聞いたことがありますが?」
「一種といえばそうなのだろうが、ここは人間にサービスするような機能は提供しておらん。もっぱら魔物を生み出し、管理する機能が中心だ」
なるほど。
「私の役割は魔法システムの管理とされていますが、『呪い』や『スキル』についても情報が必要だと感じています。ティファレトのレコード、あるいはストーリーシステムに関して何かご存知ではありませんか?」
「ティファレト? ……ふむ」
ベリアルからの反応が少し途切れる。
「昔の話になるが、スグルという者が
「魔王軍の戦力の調整などを行なったと聞いていますが」
「うむ、そうだ。勇者と魔王軍は拮抗した戦力である必要があってな。ゴーレム兵などは後から増強したものだ」
その話は以前にマリリンから聞いたことがあるな。
「スグル・ロックリッジにお会いになったことは?」
「うむ。ある」
おっと。
「どんな人ですか?」
「至って普通の人間だったが?」
「疑問に思うのは、普通の人間だったとしたら、人間側に甚大かつ悲惨な結果をもたらすような戦力の調整は行わないのではないかと……」
「ふむ。そうかもしれんなあ。あ、待てよ」
ベリアルが何かを思い出したようだ。
「スグルは……、『ゲーマー』だと名乗っていたな。ゲーマーとは何だ?」
「え? ゲーマー?」
コンピュータやネットの概念も分からない相手にゲームのことを伝えるのはそもそも困難を極めるが……。
「たとえば、チェスや将棋の盤面の代わりに、戦士やモンスターが多数で戦う様子が見られるゲームを考えて下さい。ゲームですから、状況や戦力、戦う相手はさまざまで、それをいかに克服して勝利するかを楽しむわけです。そのような遊びがあって、それに極めて深く精通している、または四六時中そのゲームばかりしている人をゲーマーと呼ぶ、という感じです」
「ふーむ」
ベリアルからの反応がしばらく途切れる。
ゲーマーと名乗ったということは、スグルは「転生者」に違いない。魔法システムの管理をする人物は大体が転生者ということなのだろうか。
ベリアルが再び話し始める。
「スグルは何か浮世離れしたというか、この世界で現実に戦いが起きているということを切実に感じていない風だったな」
「え? だって聖王国をはじめとして、そこら中で戦闘や殺戮があったと……」
「いやいや。スグルはな、デルペニアの人間なのだ」
「あ!」
なるほど。南大海の島国であるデルペニア王国には魔王軍は現れていないはずだ。
だとしたら……。魔王対勇者の戦いを「よくできたゲーム」だと思っていた可能性はないだろうか。もしそうなら、魔王軍と勇者側の戦闘が、より拮抗した「面白い」ものになるように戦力の調整をして欲しい、と頼まれたら喜んでやりそうだ。
「なるほど……。今のお話は自分の中ですごく納得できました」
「そうか? ちょっと待てよ。その時にスグルと直接やりとりをした者がいるから話を聞いてみようか?」
「え! 是非! 是非ともお願いします」
「あー。呼び出しておくから、ちょっとこっちへ来ないか?」
「はい。あ、こちらはもうすぐ昼食なので、その後で伺います」
「待っておる」
そっか。300年ずっとあそこにいるということは、スグルだけではなく、勇者に直接会ったことがある悪魔や魔物が残っている可能性があるのか。
最初の宿場、フェアラムに到着。ここで昼食にする。
「もう。デレク様はストラスとよく分からない話を延々しているから」とシトリーにぶつぶつ言われる。
「すまなかったなあ」
途中でベリアルが出てきて口調が変わったことには気づいていないらしい。
今回は混成チームといった感じなので、それぞれに親しく会話をしたことのないメンバー同士もいる。まあ、2週間ほども一緒にいたら仲良くできるかな?
特に新顔のストラスは、その妖しい魅力が他のメンバーの興味を引いている。
ローザさんが寄ってきて言う。
「ねえ、デレク。誰、あの人。なんていうか、……情熱、というより情欲の塊が歩いているみたいなんだけど」
「ストレートに酷いですね」
「いや、もっと酷い言い方は色々あるけど。たとえば劣情とか煩悩とか性欲とか」
まあ、分からんでもない。
「あのですね、ニールスの方に魔法に詳しい人がいて、その人は出歩くことができないので、代わりに助手の人に来てもらっています。ストラスといいます」
「へえ……。デレク、何かヤバいことに関わってない?」
「え。うーん。関わらないようにしたいですね」
率直に言えば、現在この世界で一番ヤバい存在ではある。
朝はバタバタしていたが、エステルが改めて挨拶に来る。
「デレク様。少々お久しぶりといった感じですね」
「RC商会の仕事はどう?」
「以前にも交易の仕事はしておりましたので、大変楽しくやっております」
「それは良かった」
「ところで、あのストラスって人ですけど。何て言うか……。服をちゃんと着ているのに全裸でいるような危うい妖しさを感じますね」
「そ、そうかな」
感じ方は人それぞれのようである。
ディアナが寄ってきて言う。
「あのー。あのストラスって人から何とも言えない甘美なものが伝わってくる気がするんですけど」
「甘美?」
「そのー、あの、ですね。率直に言うと、夜になって色々したいみたいな、モヤモヤした感じです」
そう言ってちょっと顔を赤らめるディアナである。
「はいはい」
その時、ふと気づく。あれ? ちょっとストラスの色気成分が少なく感じる。もしかしたらディアナの『抑圧』のスキルが効いてるのかも。だとしたら……。
ストレージから「不屈の指輪」を取り出してはめてみる。
「あ」
ストラスが、普通に可愛い女の子に見える。おお。これはいい。
ということは、サキュバスは感情攻撃魔法のようなものを常に発散しているということになるのだろうか。
「不屈の指輪」なら複製できると思うから、いくつか作っておいたらいいかもしれないな。現状の様子を伺うと、女性同士でも何か起きかねない雰囲気だし。
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