転移できないんだけど
朝、起きるとリズが一緒に寝ている。ああ、そういう話だったよなあ。
「おはよう、デレク。……今日も元気かな?」
「あ、ちょっと。いや、その」
トレーニングを済ませてダニエラ、オーレリーたちと朝食をとっていると、ゾーイがやってきて言う。
「BFのプラガと連絡が取れました。今日の昼すぎ、クロチルド館で話をしようということになっています」
「お、ありがとう。じゃあ、一緒に行こう」
「はい」
「BFって、年末にも来ていた冒険者のことか?」とオーレリー。
「そうそう。正式にはバーリーフィールドというらしい。昔、ミドワード王国の内乱の時に傭兵をしていたので、その辺りの情報に詳しいそうなんだ」
「ほう。この前のシアラの話もあるし、あたしも話を聞かせてもらっていいかな?」
「いいよ。シアラも傭兵の情報を掴んでるから一緒に聞いたらいいと思ってるし」
するとダニエラが言う。
「ジュリエル会も傭兵団に関して情報を集めていますから、あたしもご一緒してよろしいですか?」
「ジュリエル会が?」
「ええ。ラシエルの使徒が海賊と組んで何かする際、武力を行使するには傭兵の力を頼むことが多いのです」
「へえ。それは嫌な組み合わせだなあ」
「ラシエルの使徒の本拠はエスファーデンにあると聞いたが?」とオーレリー。
「はい。フォリシスという町ですね。王国の西の方にあるらしいですが」
「フォリシス……。聞いたことはないなあ」
サスキアが少し知っていた。
「麻薬農園があったロールストンからさらに山の方へ行ったあたりだと思いますよ」
「ロールストンねえ。ユニガン川のそばの町だったかなあ。ロールストンですらよくある田舎町だったと思うけど、それよりも山の中か」
「そこに乗り込んで叩き潰すというのはどうだ?」とオーレリー。
「いやいや。そういうことをすると、かえってあちこちに分家とか亜流みたいなのが湧いて出てきてややこしいかもしれないぞ」
「そんなもんか?」
「敵対勢力がいるとかえって団結したり、どこかに潜伏して一層奇妙な思想に凝り固まったりすることもある」
「デレクは変なことに詳しいな」
……まあ、いわゆるカルトってやつだよ。
ニールスの件のついでだと思っていたヴラドナ峠で思いがけないことがあったものの、いよいよ明日からはゾルトブールへ向けて旅行に出かけたい。
「明日からダズベリー、それからゾルトブールに出かける予定にしてるんだ。サスキア、途中まででもいいから御者をお願いできないかな?」
「途中まででいいんですか? 構いませんけど」
エメルはニールスにずっといたから、数日は休ませた方がいいだろう。
すると、ダニエラがこんなことを言い出す。
「ラシエルの使徒が、再びデレク様を襲撃するという情報があります。聖都では騎士隊などの目もあって動きにくいので、地方へ出た時が危ないと思うのですが」
「ええ? まだ狙ってるの? 聖体の件はもう済んだと思ってるんだけど」
「いえ、デレク様はバートラム殿の遺した様々な情報や魔法を密かに引き継いでいるに違いないという観測があって、捕縛して聞き出そうという急進派が存在するようなのです」
「うわ、それは嫌だなあ」
サスキアがニヤニヤしながら言う。
「デレクさん、縛り上げられてキリキリ責められちゃったらどうします?」
「サスキアに言われると冗談に聞こえないんだけど」
サスキアは麻薬農園で実際に酷い目に遭ってるからな。
ダニエラ、真顔で言う。
「そういうわけで、あたしもその旅行には同行させて頂きます。もちろん、こちらで馬車なり馬の手配は致しますのでご心配なく」
「え!」
それは困る。
そんなことされたら転移が使えないから、旅の全日程をまともに馬車で移動しなきゃいけなくなるじゃないか。
「それはちょっと……」
「いえいえ。これはあたしに与えられた使命です。デレク様ご一行をお守りしますので安心して旅行を楽しまれればよろしいかと」
だからそれがさ、はっきり言うとありがた迷惑なんだよなあ。ダニエラが強いのは分かってるけど。
朝食の席での会話はそれで終わったが、さて、どうしたものか。
ジャスティナからイヤーカフに連絡がある。
「ヴラドナを出発して、ニールスに戻る途中です。今日の夕方までには到着の予定です」
「了解。じゃあ、夕方に迎えに行くよ。ところで、昨日はヴラドナで随分飲まされたらしいじゃない?」
「はあ。それでですね、ヴィオラが今朝から妙に上機嫌で怪しいんですけど、デレク様、ご存知ですよね?」
「え」
「昨日、3人とも酔っ払ったまま寝てしまったはずなんですけど、今朝起きたらヴィオラだけお肌ツルツル、髪も綺麗でいい匂い。これはあれですね」
「う」
「ヴィオラだけずるいなあ」
「あのー。セーラがさあ、ヴィオラと包み隠さず話がしたいって言うから……」
「ヴィオラだけずるいなあ」
「……うん」
弱いなあ、俺。
午前中、旅行中の仕事についてアデリタと打ち合わせをする。ちょっとアミーにも来てもらう。
「さて、紹介しておくけど、これが留守番役のダークくん」
「あ? うわ。デレク様が2人?」と予想通りの反応をするアデリタ。
「えっと、これは正体はモンスターなんだけど、俺と同じ知識を持っていて仕事をこなすことができるんだ」
「正直、ちょっと怖いんですけど」
するとアミーがニヤニヤして言う。
「大丈夫。アレが付いてないから女の子に悪さをしたりはしないよ」
「アレ、ですか。へえ……」
「だから股間を触ると本物かどうか分かるわけ」
「ほー。なるほど」
「こらこら。その話から離れろよ。あのね、見分け方としては『調子はどう?』って聞いた時に『ちょっと頭がボーッとします』とか『風邪っぽいです』とかいうネガティヴなことを言ったらダークくんだ」
「なるほどぉ。やってみますね」
「うん」
「調子はどうです?」と言いつつ、ダークくんの股間を触るアデリタ。
「うわ。ちょっと待て。そこは触らなくていいんだってば」
「え? 両方一緒にしたら確実かと思って」
「うはははは。確かにぃ!」と爆笑するアミー。
「そこを触りながら『調子はどう?』って、知らない人が見たら絶対怪しい関係だと思われちゃうじゃん」
「ククク……。それ。あたしもしていいですか。デレク様に」
「だーかーらぁ」
本題になかなか入れない。
「それでね、旅行中も溜まった仕事をこなす必要があるかもしれないじゃない。それか、馬車に乗るのに疲れて屋敷で息抜きをするとか」
「ははは」
「留守中、単純な仕事が溜まった時とか、俺の記憶や知識が必要な場合はダークくんをここに呼んで仕事を手伝わせることもできると思う」
「じゃあ、いつもの仕事もダークくんに任せたらいいのでは?」
「それがね、ダークくんは将来の展望とか、人との繋がりとかを考えるのが苦手なので、計画の立案とか人員の配置みたいな仕事を任せるのはやめた方がいい。そういう仕事が緊急で発生した場合は俺本人が対応する。代わりに、ダークくんを馬車に乗せておくことになるかな」
「なるほど」
「で、このことは、ここのメイドとクラリス、リズは知っているけど、他の人には言わないでね」
「分かりました」
ダークくんには帰還してもらって、仕事の仕分けなどをしているとローザさんがやって来る。
「やあ、デレク、元気?」
「はい。えっと、今日は何か?」
「ダズベリーに行くって聞いたからさあ」
「げ。誰に聞きました?」
「サスキアに」
しまったあ。
「あたしも一緒に行きたいんだけど、いいよね。ほら、例の温泉の話も進めないといけないしさあ」
「そうですね、そろそろ春になりますから……」
いやいや、それはまずいなあ。
「チジーも行くって聞いてるから、あたしと、それからエステルも一緒に行ったらいいかなって思ってるんだ」
エステルはアデリタと同様、ゾルトブールで麻薬農園から救出した女性のサポートをしていた。今はローザさんのRC商会で働いている。
「はあ。でも馬車に乗りきれるかどうかは……」
「えー? いいじゃん。レイモンド商会としてゾルトブールのゴーラム商店に挨拶に行くということだったら、テッサード家ともう1台、レイモンド商会の馬車があって然るべきではないかしら?」
「それをなぜローザさんが決めるのか、というところが疑問ですが」
「いいじゃないの。費用が必要ならある程度出すわよ」
「それは当然と言えますよね」
「じゃ、よろしく」
「……はあ」
これ、絶対に転移を使ってサボった旅行ができないじゃん。
身代わりと入れ替わって途中で抜けるとかは可能だと思うが、馬車自体を転移させるという手抜き旅行はできない。
そしてさらに状況を悪化させる事態が発生。
ストラスが書斎にやってきて言う。
「馬車で旅行に出かけると聞きました」
「うん、ゾルトブールまで」
「あたしも一緒に行きます。ベリアル様からのご指示です」
「げ」
「旅行中は時間がたっぷりあるだろうから、デレクと色々話ができそうだな、よろしく、とのことです」
「げ」
……これ、断れないやつ?
という話をリズにしたら、大層困惑している。
「えー。ストラスが一緒? それはデレクが危なくないかな?」
「俺、信用ない?」
「相手はサキュバスでしょ? 人間の意志の力では到底勝てないという可能性も考えておいた方がいいんじゃないかなあ」
「なるほど」
「でも、あたしはペールトゥームにいる、もしくは聖都で絵の勉強中、という建前になってるから、ゾルトブールに一緒に旅行に行く理由がないよね」
はっきりは言わないけれど、リズ自身は長距離の馬車の旅は嫌そうだ。
「だからねえ、そうだなあ、デレクは夜はこっちに帰ってきて寝なよ」
「でも、状況によっては無理なこともありうるよ?」
「じゃあ、夜はストラスと一緒にならないように、ナタリー、エメル、ノイシャに目を光らせてもらおう」
「エメルはずっとニールスにいて疲れてると思うから、どこか途中まではサスキアに御者をやってもらおうかと思ってたんだ。でも、馬車が2台になるならサスキアにもずっと頼むか、もしかしたらストラスにもお願いするかなあ」
「ストラスは大丈夫かな?」
「前の馬車の後ろをついていくというくらいは大丈夫だろう」
「そっか」
「それと、ダニエラが言うには、ラシエルの使徒が襲撃してくる可能性があるとか。狙われてるのは俺らしいけど、同乗者は守らないといけないよな」
「じゃあ、護衛役をもう1人くらい付けようよ。サスキアをエメルに交代するタイミングで護衛役も交代したら負担が少ないんじゃない?」
「まあ、そこは臨機応変ってやつで」
想定外の大人数になりそうである。
急いでナタリーとゾーイを呼んで、馬車をどうするかとか、数名がいない間の屋敷の仕事の分担などについて検討してもらう羽目になる。
ナタリーは実家に旅行だというので嬉しそうだけどな。
結局、俺とチジー、ナタリー、ローザさんとエステル。それにストラス。御者としてノイシャとサスキア、護衛としてシトリーというメンバー。途中のポルトムあたりでサスキアとシトリーは、エメルとジャスティナに交代してもらおうと考えている。
ここにさらに、ダニエラが馬か馬車で付いてくるらしい。ダニエラがひとりだけということもないだろうなあ。
なんか直前になってバタバタと決まったが、まあ何とかなるでしょ。
転移の方が楽だけど、旅行自体は色々楽しい。
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