グロピウス傭兵団

 昼食を食べてから、ゾーイ、ダニエラ、さらにシアラと一緒にシャトル便でクロチルド館へ向かう。


 クロチルド館では、やっぱりタンクトップのプラガ・ポラード氏と、もうひとり男性が待っていた。フィアニカのダンジョンでも見かけた、比較的普通の服装の人物である。

「やあ、デレクくん、久しぶり。こちらはフィアニカでも会ったと思うけどライオネル・バウマン」

「ライオネルと呼んで下さい」と握手を求められる。デカい身体に分厚い手のひら。

「デレクです。ライオネルさんも冒険者なんですか?」

「うん。でも船員の仕事をしていることも多い。何と言っても収入が安定しているからねえ」

「へえ」


 シアラとオーレリーについては、エスファーデンの王宮から逃れてきた、とだけ説明しておいた。


 全員で丸テーブルを囲んで座ると、早速プラガが本題に入る。

「さて、ゾーイから聞いたけど、傭兵団のことを知りたいとか?」

「ええ。ダズベリーに戻ったときにケニーから、海賊が揉め事に介入する時に傭兵団の力を借りると聞いたものですから」

「なるほど。じゃあまず、現在世界的に活躍、というか暗躍している傭兵団について知っていることを説明しようか。現在最大の兵力を持っているのはグロピウス傭兵団だ」


「グロピウス傭兵団の名前は聞いたことがあります」とシアラが言う。


「ガッタム家は、というかスケラ・ガッタムはグロピウス傭兵団という組織を仲間にして、自前の海賊団だけで対応できない国家間の争いに介入しているんだ」

 ゾーイが尋ねる。

「その傭兵団って、本拠とかは分かる?」

「ミロキア・デビア連合王国の、ミロキア側だね。ギルスピーズという港町があるけど、そこが本拠だという話だ」

「その辺りの地理はあまり詳しくないわね」

 ゾーイはミドワード王国までは行ったことがあるらしいが、ミロキア・デビア連合王国はさらにその隣の隣である。


 船員をしているというライオネルが教えてくれる。

「ミドワードの東隣のカティーナ王国は面積こそ大きいものの大半が不毛のカティーナ高地なわけだ。そこから南に下って海に突き出たあたりがデビア王国、その沖にあるいくつもの島がミロキア王国だね」

「へえ。……何で連合王国という形になってるんですか?」

「デビアとミロキアの間はミロキア海峡と言われていて、南大海の聖王国側からデーム海に向かう際の航路となっている。ここを通る船から徴収する通行料がかなりの収入になるんだけど、この取り分で揉めるくらいなら王様をひとりにして統治すれば争いも起きないだろうというのが理由らしいよ」

「へえ。外洋を回ってデーム海に向かうことはないんですか?」

「あの辺りは潮の流れが速かったり、補給できるような寄港地もなくて航海が難しい。外洋を回ると遠回りの上に危険なので、通行料を支払った方が結果として安上がりなんだよ」

「なるほど」


 オーレリーが質問。

「傭兵団の規模はどんなもんなんだろう?」

「戦闘がある時だけ構成員に給料を払うわけだから、かなり流動的だと思うけど、最大で数千人規模と言われている」

「小国の軍隊くらいはあるのか……」


 プラガが驚くような話を始める。

「グロピウス傭兵団が世界で最も戦闘力が高いと言われているのには理由がある。この傭兵団は別名、魔法傭兵団とも言われていて、魔法による戦闘能力が高い構成員が多いらしいんだ」

「え? 数千人が全部魔法士なの?」とゾーイが驚く。

「それはないと思うけど、各国から能力のある人を集めていて、能力の高い人物には高い報酬を与えるようにしているらしい」

「ということは、例えば冒険者としてギルドに登録してみたけれど、あまり儲からないから傭兵としても登録しておいて、有事の際には傭兵として荒稼ぎ、みたいなこと?」

 ライオネルが答える。

「そうそう。俺が船員をやってるみたいに、冒険者だけではちょっと食って行けないという連中が集まってるんじゃないかなあ。だから常時、数百人、数千人がどこかに常駐しているというわけじゃないと思う」


 俺から質問。

「グロピウス傭兵団は、数年前のミドワード王国の内乱にも関係してたんですか?」

 プラガが答える。

「してた、してた。俺たちの所属してた傭兵団はその内乱の後、数年くらいで雲散霧消、消滅しちゃったけど、グロピウス傭兵団は海賊と手を組んで着々と勢力を増してるね」

「へええ」


 オーレリーからエスファーデンの件について質問。

「ところで、現在のエスファーデン王国の内乱に、そのグロピウス傭兵団が関わっているという情報があるのだが、本当か?」

 シアラも話を聞き逃すまいと真剣な表情だ。

 プラガがライオネルの方を見ながら答える。

「そうらしいね。そう判断できる理由は2つ。まず1つはデビアとミロキアから傭兵団の船団がマミナクに集結していることだ。これはライオネルが直接確認している」

 ライオネルは頷いている。


「え? マミナクはゾルトブールの、しかもダンスター男爵の領地でしょう? なんで傭兵が集結するって話になってるんです?」


「これは極秘情報だけど」とプラガが話を続ける。


「エスファーデン王国がゾルトブールで内乱を扇動するのに失敗しただろう? あれには傭兵団は関係していない。あの内乱は、あくまでも奴隷の反乱が大きくなったという形をとっていたから外部から兵力を入れることはしなかったんだな」

「そうなんですか」

「その後でスートレリア、つまりダンスター男爵側が参戦するわけだが、ダンスター男爵はゾルトブールの当時の王宮にだけ狙いを絞っていたため、自らの所領であるマミナクの守りは結果的に手薄になった」

「え。もしかして」


「そう。ダンスター男爵はグロピウス傭兵団に、マミナクの防衛を任せたのさ」

「うわぁ……。そんなことがあったんですか。あの時、どうして自分の所領であるマミナクに直行しなかったんだろうってずっと不思議に思っていました」


「エスファーデンとしては、ゾルトブール王国にマミナクを割譲させるという目論見があったから、本来ならマミナクは占領されていたはずなんだ。それが何事もなく済んだのは、まず1つには騒乱を大きくして街や港が破壊されたら自国領に編入する旨みが半減するという判断からの躊躇と、もうひとつがグロピウス傭兵団が睨みを利かせていたことなんだな。結果、反乱は自然消滅して何事もなく済んだんだ」

「そうだったんですか……」

「ほら、ダンスター男爵が率いるスートレリア軍がナイワーツ川の下流から王都のウマルヤードに向けて進軍しただろう? あの時の進軍はゾルトブール国民に対するデモンストレーションの意味もあったから傭兵が混ざっているのはよろしくない。一方、マミナクの治安を守るだけなら傭兵で十分だ」


「いやあ、ダンスター男爵、タダモノではないと思っていましたが……」

 ダンスター男爵の行方がしばらく掴めなかった時期があったが、あの時にそういう策略を巡らしていたのだろう。


「で、ゾルトブールの内乱が終わって、今度はエスファーデンだ。ダンスター男爵との契約はもう切れていると思うけど、その時の恩義があるから、グロピウス傭兵団がマミナクの港を使ってエスファーデンに入るのは黙認しているって話だ。傭兵が港に来ればそこにお金も落としてくれるしね」

「うーむ」


 ゾーイが質問する。

「さっき、エスファーデンの内乱にグロピウス傭兵団が関わっていると判断できる理由が2つあると言ってたわよね? もうひとつは?」


 プラガが言う。

「これの情報源はちょっと秘密にして欲しいんだが、実はガッタム家は旧ナリアスタ国のナルポートが崩壊して以来、金欠なんだ」

「はあ」

 まあ、よく知ってるけど。


「これまでにもガッタム家はグロピウス傭兵団にちょこちょこ世話になってて、戦費の支払いをしないといけなかったんだが、ナルポートの崩壊以降、支払いが滞っていてだね」

「それと内乱とどういう……」

「前から肩入れというか傀儡かいらい政権同様だったエスファーデンだが、王家に公然と反旗を翻す勢力が出てきたのをいいことに、これも内乱に持ち込んで、そこにグロピウス傭兵団も一枚噛んで、エスファーデン王国に莫大な負債を作らせようと。それで、傭兵団への支払いに当てようという話らしい」


「何だと?」とオーレリーの表情が険しい。

「つまり、本来は国内の貴族間の小競り合いくらいで済む話だったところに、ガッタム家と傭兵団がしゃしゃり出て、火に油を注ぐようなことをしてる、というわけだ」


「王家側から離反する貴族が次々と出ているのに内乱が終わらない、というのはそういうことか」

「そうそう。できるだけ戦いを長引かせて王家側の借金を増やすと同時に、反対派もあぶり出してじわじわと潰して行くって作戦だ。最終的には、エスファーデンを将来に渡って借金漬けにして今まで以上の傀儡かいらい国家にしようというわけだ」


「なんてことだ。借金のツケを払うのは国民ではないか」

 オーレリーは憮然としている。


「では、反王家側は負けることが決まってるんですか?」とシアラが言う。少々顔が青ざめているようにも見える。

 プラガが答える。

「今のままのシナリオならね。ただ、俺の個人的な見解だが、戦いを長引かせるために戦力が拮抗するような状況を作っている、というのが裏目に出る可能性がある」

「どういうことです?」

「ガッタム家は内乱の全体をコントロールできているつもりかもしれないが、戦いというのは多くの要素が絡み合う複雑なものだ。何か予想もしない事態が起きて、ガッタム家の目論見通りに行かなくなる可能性もないわけじゃないと思う」

「すいませんが、その多くの要素というのは……」

「もちろん、食料や兵力などの兵站、天候や災害、食料事情や時には想定外の疫病が起きることもあるだろう? そして結局、戦いというのは人間がやっていることだから、士気が上がるとか下がるようなことが起きるとそれも影響する可能性がある」

「なるほど。よくわかりました」


「しかし、よくそんな情報を知ってるわね」とゾーイが感心している。

「まあね。昔の傭兵仲間で、グロピウス傭兵団に関係してるヤツもいるし」

「まだ傭兵をやってるってこと?」

「いや。そいつはもう足を洗って今は武器屋をやってる。武器屋はどっちが買っても負けても儲かるだろ? 武器の発注があったら、どこでどのくらい使うのかくらいの情報は入ってくるからね」

「確かにうまい商売かもね」


 あ、これは聞いておかないと。

「あの、エスファーデンの反王家勢力に、ゴーレムを使う魔法士が3人くらいいるんですけど、あれって何かの組織ですか?」


 プラガがちょっと小首を傾げる。

「うーん。それはちょっと情報がないなあ。確かに反王家の側に加勢してる傭兵団がいるらしいんだが」

「それも傭兵団ですか」

「そうらしいよ。ゴーレムを使う魔法士なんてこれまでに聞いたことがない。どこからやって来たものやら」

 こっちは謎のままか。

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