メローナ女王

 ピクトンに到着した翌日、セーラ一行はまず、ピクトンに停泊している海軍の船などを見学。海軍の様々な船の大きさや種類、そしてそれらの迫力に改めて圧倒される。

 海からの風はまだ冷たいが、晴れ渡った青空をバックに何本もの船のマストが立っているのはなかなか美しい光景である。


 案内役として同行してくれている女性に尋ねる。

「ピクトンというのは軍が専用で使う港なんですか?」

「ええ、主にそのような目的、つまり軍港として作られて、海軍が全体を管轄しています。このように間も無く出航する船や補給のために停泊している船もありますし、定期的な整備のためにドックに入っている船もあります」

「なるほど。聖王国には海軍というものがありませんから、そういう知識もありませんでした。軍の船にも何種類もあるようですね」

「はい、まずは物資や海兵を運搬する船、パトロールのための船、実際に戦闘の際に動き回る船、それに司令官の乗る船などがありますね」


 さて、いよいよセーラたち一行は王都レプスートへ。馬車に乗り込んで海辺の道を走る。馬車には案内役の女性が同乗して、道中の話し相手になってくれる。そういった雑談のあれこれも、ヘレンは熱心にメモを取っている。


「四方を海に囲まれているということは、漁業も盛んなんですか?」

「ええ。ここからも海の上に漁船が見えますでしょう? ゾルトブールとの間のこの海は一年を通して潮の流れがありますが、季節によって様々な回遊魚などが群をなしてやってきます」

「海でとれる魚も、季節によって違うのですか。それは知りませんでした」

「魚の種類も違いますし、漁の仕方も違います。網を仕掛けたり、魚によっては一本釣りといって竿で釣り上げたり、ですね。今沖に見えるのは定置網を仕掛けている漁船だと思います」


 馬車に2時間も揺られると、大きな港が見えてくる。

「これがレプスート港です。交易とか人々の往来のための船が集まってきます」

 その規模はミドマスやアーテンガムにも引けを取らないように見える。

「すごく活気がありますね」

「はい。ゾルトブールからは穀物などが大量に入ってきますし、こちらからは綿花や麻、コーヒーや砂糖、油、そして加工した魚などを輸出しています。港のそばには倉庫ですとか、製品を加工する工場もあります」


 以前、デレクがコンテナという話をしていたな、と思い出す。ああいう規格を国際的に統一したら物流はもっと盛んになるのだろうか。


 港から間も無く、視界いっぱいに広がる街が見えてくる。

「いよいよ王都レプスートです」

 実はセーラは来たことがあるわけだが、素知らぬ風で感想を言う。

「大きな街ですねえ」

「ええ。ただ、大きな建物を建てる技術があまり発達していませんので、2階建てまでの建物が多いですね」

「確かにそうですね。どうしてでしょうか」

「建物の多くは木造でして、石造りの大きなものはあまり作りません。ご覧のように、奥に見えて来たのが王宮ですが、これも縦方向には階数はほぼ2階までですね。時々地震があるせいもありますし、文化的なものもありますね」


「街は運河が発達しているのですね」

「ええ。港に着いた荷物をあちこちに配送したりするのはもちろん、街の中で大きな荷物を運ぶのにも活用しています」


 馬車は川沿いの大きな道を進み、やがて丘の上にある王宮が目の前に迫ってくる。


「まずは宿舎として使って頂く建物にご案内致します。その後、今から1時間半ほどしてから歓迎の昼食会を開催する予定です。これはあくまでもこちらからの挨拶程度と考えております。夕刻は王宮主催の晩餐会を予定しておりますが、昼食から後の時間はご自由に過ごして頂ければと思います」

「えっと、昼食会には女王陛下はご臨席でしょうか」

「はい、もちろんです。晩餐会の方はスートレリア王国の王宮並びに議会と聖王国の友交関係を構築して参りましょうという外交的な意味合いがありますので王宮の主催、一方、昼食会は女王陛下がセーラ様と個人的に友誼を深めたいというのが主旨ですので女王陛下の主催、と承っております」

「……どう違うのかしら」

「簡単にいえば、昼食会には女王陛下もお顔を出されますが、比較的気楽にして頂いて構いません、ということです」

「なんとなく分かりました」


 案内された宿舎というのは、王宮の中の別棟で、セーラは2階の見晴らしの良い部屋に案内された。

 セーラは窓からの風景に息を飲む。

「これは! これは素晴らしいわ! レプスートの街の全景から沖の方までが一望できるわね」

「はい。ただ、北東向きの部屋ですので、日中は日差しはあまり入りません。一長一短ですが、南向きのお部屋がよろしければ……」

「いえ、ここがいいわ。こんな風に遥か遠くまでの見晴らし最高の風景を毎日見られるなんて、すごい贅沢よね」


 スーツケースから衣装や日用品を出したりしているうちに昼食会の時刻。


 案内されたのは王宮の中の見晴らしの良い2階の部屋。聖都よりは少し暖かいそよ風が窓から入って来る。

 案内役の女性が言う。

「昼食会は気楽にやりたいと女王陛下が仰せですので、侍女の方、護衛役の方など含めまして、皆さんご着席下さい」

 へえ。デレクの屋敷みたいなことを言い出すのね、とか思っていると、やがて部屋の扉が開いて、メローナ女王と、リリアナ殿下が入室。


 メローナ女王、リリアナ殿下はどちらもウェーブのかかった見事な金髪で、姉妹揃って輝くような美貌である。一瞬双子かと思ったが、先に入室した方がメローナ女王で間違いないだろう。

 2人は穏やかな笑みを浮かべながらゆっくり歩いて来る。2人とも少々豪華なガウンを羽織っているが、柔らかい素材の風合いが早春の陽だまりのような暖かさを感じさせる。


 一同立ち上がって一礼をすると、メローナ女王が口を開く。

「私の招きに応じ、遠路はるばるようこそおいで下さいました。心より歓迎致します。……あ、昼食会は気楽にしたいと思っておりますので、皆様ご着席下さい」


 皆が着席すると、女王はセーラの方を見ながら言う。

「皆様もご存知のように、昨年、我が国とゾルトブールの間に不幸な軋轢がありました。この国難とも言うべき事態に際し、陰で我々を支えて下さった方々の存在を、私は存じ上げております。いくら感謝をしてもし尽くすことはできません。そのような思いをこれからの未来に少しでも生かして行くことが、私たちが真に成すべきことである、と考えております。今後の両国の友好関係の発展のため、そして、セーラさん。私たちは是非、友人として、何でも語り合える仲になれたらと希望しております。どうか、よろしくお願い致します」


 セーラは少々ドキッとする。

 この挨拶の「陰で我々を支えて下さった方々」のあたりは、明らかにゾルトブールでのシャデリ男爵の件であるとか、麻薬農園からリリアナを救出した件であるとか、その後のあれこれのことを指している。

 しかし、セーラに同行したメンバーは、外務省関係の数名も含め、何を意図したものかは分からない様子で、何気なくスルーしている。


 次にリリアナが立ち上がる。

「メローナの妹のリリアナと申します。私事ですが、ゾルトブールで内乱などの騒ぎがありました折、私はゾルトブール側におりました。結果、色々な体験をしなければならないようなことにもなりましたが、真に勇気あふれる方々の助けによって、生まれたこの地に、愛する家族のいる家に戻ってくることが出来ました。今、姉のメローナが申しましたように、聖王国とスートレリアが末長く友人でいられますように、心から祈っております。そして……」


 リリアナの目から、不意に涙が溢れ出る。


「……。あ、大変失礼しました。当時のことを少し思い出してしまいました。ごめんなさいね。でも、セーラさん、あなたに会いたかったです。今日は本当に嬉しく感じています」


 挨拶が終わって、出席者一同から拍手。

 きっと出席者は、内乱の時の大変なことを思い出したんだろうなあ、くらいに思っているだろうが、セーラはもちろん知っている。やはりリリアナはあの時にセーラがそばにいたことを確信しているのだ。これはまあ、しょうがないな。


 初っ端から少し攻めてこられた感じがするが、まあ想定内ではある。


 セーラも立ち上がって挨拶をする。

「セーラ・ラヴレースです。この度、女王陛下直々にお招きを頂き、この上ない名誉と感じております。歴史上の謎を探求したいという女王陛下と同じ思いを私も抱いております。共同で研究を進めることで、新しい発見があるものと期待してここにやって参りました。また、歴史は過去のことばかりではありません。これからの新しい歴史を作って行くのは、正に今を生きている私たちに他なりません。両国が手を携えてより明るい未来の歴史を作って行けるよう、微力ながら力を尽くしたいと思っております。どうかよろしくお願い致します」


 出席者から拍手。やれやれ、何とか挨拶できたかな。しかしまだ続きがある。


 セーラ、さらに続けて言う。

「実は、メローナ陛下、リリアナ殿下に私からささやかなプレゼントがございます。どうかお納め下さい」


 スザナに合図をして、包みを持ってこさせる。それをメローナ女王のお付きの侍女が受け取って女王に渡す。

 包みを開けてメローナ、リリアナ共にが驚いたような表情を見せる。

「これは……」

「はい。ラヴレース公爵家に伝わるお香インセンス風帰香ふうきこうです。先代の女王陛下にお贈りしたことがあったと聞き及んでおりますが、今回、友好の記念にとお持ちしました」


 リリアナ、また目から涙が溢れる。

「セーラさん。本当に、本当にどうもありがとう」

 

 もちろん、フィロメナに聞いていた話を知っていますよ、ということを言葉ではなく、示すためのプレゼントである。


 このようにして、メローナ、リリアナ、そしてセーラは、他の出席者に気づかれることなく、ディムゲイトの『秘密』を共有する仲になったのである。

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