ロングハースト別邸

 時刻は1時半。

 俺は海賊の拠点を監視しながら喫茶店で時間を潰しているが、そろそろ国境守備隊に通報しておくか。もちろん、俺とかが直接出かけても信じてもらうまでに時間がかかるだろうし、そもそも面倒だ。

 安直だが、キーン・ダニッチのお使いでカラスくんに出動してもらおう。


 喫茶店のイスに座ったまま、カラスと感覚を共有。

 国境守備隊の詰め所は、クレセント・ホテルから川ぞいの道を少し南に行ったあたりだそうだが、……あ、発見。

 詰め所の裏手で、馬の世話をしている数名の隊員がいる。


 カラスが厩舎の屋根に止まる。

「キーン・ダニッチの使いの者だ」

 急に女性の声(CV: 葵由紀)がしたので、キョロキョロする隊員たち。

「キーン・ダニッチの使いの者だ」

 どうやらカラスの方から声がするというので、こちらを指差して驚いている。


「商店街のトーパーシャヴィという薬屋の前のやさぐれた居酒屋が海賊の拠点だ。地下に麻薬が隠してある。夕方までに運び出す相談をしているから、すぐに踏み込んで欲しい」


 同じ文句を2度言って、カラスの感覚共有を切る。

 午後に運び出すかどうかは知らないが、そう言って急かしておけば踏み込まざるを得ないだろう。これで踏み込まないようなら国境守備隊も腐ってるってことだ。



 さて、モスブリッジ邸もロングハースト別邸も、特に状況は変化せず。

 そろそろ2時。突入の時間だ。


 計画通りうまく進みそうかな、と思っていたら、イヤーカフにゾーイから連絡。


「あの! 想定外の事態です」

 ゾーイは珍しく慌てている様子。

「え? 突入がバレたとか?」

「いえ、ホテルにやってきたのがタチアナではなく、ザカリー・キッカートと名乗る男なんです。ひとりで来ました。この男、『耳飾り』の通信員じゃなかったですか?」

「え!」


 なんでそうなる?

 タチアナは馬車に乗った、と報告があったよな?


 ガッタム家の意向に従って動いているはずのタチアナが、持ち場を離れても食いつくであろう話題は何か。ナルポートから無くなったバグダールの財宝、というのはかなりのインパクトがあるネタだろう。

 そこで、ゾーイが作り話とともに金貨とインゴットを見せ、ホテルの従業員を信じ込ませて使いに出す。タチアナが『読心』のスキルで読み取るのは、ホワイト男爵からの使いとしてのゾーイが語った沈没船の話である。従業員は信じていてもいなくてもいい。ナルポートのものではないかと思われるインゴットを見た、という記憶さえ読み取ってもらえば十分である。

 『読心』のスキルに自信のあるタチアナは、真偽を確認するため、自分で乗り込んで来るに違いない。


 うまく行くと思ったんだけどなあ、「ポインタのポインタ作戦」。


 失敗した理由はわからないが、対応を検討しなければ。

 当初、タチアナがノコノコやって来たら、その場で捕縛するなりストレージに格納するなりしておしまい、という予定だった。

 だが、ザカリーはまずい。『耳飾り』を持っているからな。


「もしもし、ヒナ?」

「はい。ヒナ・ミクラス、チャットGTZです」

「ニールスの通信員のザカリーから、金貨とか金塊について、ガッタム家に連絡が行っていないかな?」

「今のところ、そのような報告は上がっていません」

「ありがとう」


 これは推測するに、バグダールの財宝がガッタム家にとってかなりナイーブな話題なので、ガセネタを報告したりすると叱責される、というような事情があるのかもしれない。自分で確認してから報告を上げるつもりだろう。


「ゾーイ」

「はい」

「ザカリーにはインゴットの話は一切しないで、引き上げたのは金貨だけだ、と言って欲しい。もしインゴットの話を聞いたとか言われても、とぼけて突っぱねて欲しい」

「それでいいんですか?」

「うん、金貨だけならよくある難破船の話、で終わりだ。インゴットの話は決して口にしてはダメだ。それと、沈没船は数年前のものらしい、と匂わせておいて」

「了解です。で、ザカリーは捕縛しますか?」

「いや、いつガッタム家と通信するか分からないから捕縛はしなくていい。20分くらい適当な話をしてから帰ってもらっていいよ」

「はい」

「話のついでに『聞き出し上手』という魔法で、タチアナがどこに行ったか、聞き出してくれないかな?」

「それも了解です。デレク様は?」

「海賊たちに動く気配はないのでいったん泉邸に戻る。それぞれの現場でまずいことが起きそうだったら駆けつける予定にしている」

「わかりました」


 泉邸に戻る。


 しかし、タチアナが突入の前に持ち場に戻ってたりしたらまずいなあ。

「アミー。タチアナがホテルに来ないで帰っちゃったらしいんだけど」

「はあ? 馬車に乗ったのは確かに確認しました。その後、こちらに戻って来てもいませんよ?」

「こっちにもそれらしい女は来てないわよ」とセーラ。


 おいおい、どこへ行ったんだ?


◇◇◇◇◇


 クレセント・ホテルで、ウェイトことゾーイとシトリーは少々緊張している。


 タチアナという女性が来るとばかり思っていたところが、ガッタム家の『耳飾り』の連絡員、ザカリーが来たのだ。


「お待たせしました。私、ウェイトと申します。モスブリッジ家の方でしょうか?」

 取り繕ったような笑顔で問いかけるゾーイ。


「あ、えっと、モスブリッジ家の屋敷で業務の調整役をやってるザカリー・キッカートと言います」

 業務の調整役って何よ、と思いつつ、ゾーイは用意してあった作り話をする。


 ザカリーはこちらが言った内容を繰り返しながら会話をしている。どうも『耳飾り』の通信相手にも聞こえるように受け答えをしているらしい。


「ウォローズ岬のあたりで沈没船が見つかったんですね」

「ええ」

「引き上げたのは金貨だけですか。他にはないんですか」

「はい。金貨だけですね」

「沈没船は新しいものでしょうか?」

「いえ、引っかかった船体の木材から見て、数年は経過している模様です」

「ほう。なるほどねえ」


 どうも、ザカリーは沈没船への興味を失いつつあるらしい。


 ここでゾーイは『聞き出し上手』でタチアナの行く先を聞いてみる。

「ところで、ホテルの方に伺った話ですと、モスブリッジ邸からは女性の方が馬車に乗られたようなのですが?」

「あー。それ、スラットリーという担当者ですけど、ここに来る途中で急用を思い出したというんで、私、この近所に住んでいますんで、代役です」

「失礼ですが、どのような用件かお分かりですか?」

「大至急、屋敷に戻ると言ってましたけど、内容までは聞いていません」


 結局この後、どこにもタチアナの姿を確認することはできなかった。


◇◇◇◇◇


 2時。

 ロングハースト男爵が別邸として使っている古い屋敷の門の前に、武装した9名の男女が現れた。


 別邸の管理をしているという、少々小太りで目つきの悪い男性が出てきて応対する。

「何事でしょうか」


 騎士の制服姿の女性が、威厳に満ちた声で宣言するように言う。

「私は聖王国騎士隊のシャーリー・チェスター、こちらはマーカス・ブレントだ。こちらの屋敷の住人に、聖王国に対する重大な反逆行為の疑いがある。これより騎士隊の権限により、立ち入って調査を行う。なお、この調査を拒否することはできないし、拒否する者は公務を妨害した罪に問われる。門を開けなさい!」


 応対に出た男性はたじろいでいる。

「あ、いえ、そのようなことを急におっしゃられても、あの、男爵様の許可を……」

「聞こえなかったのか? 調査を拒否することはできない。妨害する者は直ちに捕縛、もしくは討伐する。門を開けなさい」


 騒ぎを聞きつけたのか、武装した体格の良い男性が2名、屋敷の方から走って来た。この屋敷の警備員だろう。

「騎士隊の者だと? 偽物ではないのか? その後ろの連中は何だ。お前らは騎士隊ではあるまい。どういう身分や立場で男爵家の屋敷に立ち入ろうというのだ?」


 するとシャーリーの後ろに控えていた大柄な男性が一歩前に出て言う。

「私は広域公安隊、ニールス分隊の隊長、ヒノック・リックウッドだ。貴族領をまたぐ犯罪の捜査、検挙が我々の職務だ。騎士隊の方の調査に協力するのも任務であると心得ている。中に入るぞ」


 警備員が突然のことに対処できず、一瞬うろたえていると、小太りの男性がさっさと門を大きく開ける。

「あ、何をして……」と警備兵。

「これ以上の厄介ごとは、私はごめんです」

 男性はそう言い捨てると屋敷から走り去る。……逃げた、のか。


 開け放たれた門からシャーリーたちが中に入る。


 泉邸でこの様子を見ていたセーラが言う。

「シャーリーたち、中に入ったわよ」

 俺は塔のてっぺんに転移して、見張り役をストレージに格納してすぐ戻る。モスブリッジ邸へ知らせを送るのはこの見張り役の任務に違いないからだ。


 一行がエントランスに近づいた時、3階の窓から顔を出した若い男がヒステリックに叫ぶ。

「お前ら! そいつらを叩きのめせ! 相手は高々9人だ。こっちの方が圧倒的だろう? 高い金払ってるんだから働けよ! おい、見張り! あっちへ知らせを出せ!」


 遠巻きに様子を見ていた数名の警備員たちは、意を決したように剣を抜いて走り寄って来る。さらに屋敷の中からは、明らかに警備員ではない、怪しい風体の男たち。こちらは剣の他に棍棒なども持っている。

 その数、およそ16名ほど。


 たちまち、エントランス前で乱戦が始まるが、騎士隊、広域公安隊の鍛えられた剣術の前には、我流の剣術など役には立たない。男たちの中には魔法で攻撃しようとする者もいるが、魔法は起動できない。うろたえているうちにあっさりと切り倒されてしまう。

 マーカスは威力のありそうな両手斧を持っている。『破魔の戦斧』である。振り回すたびに棍棒を持った男たちもバタバタと倒されて行く。


 数分の後、警備員も怪しげな男たちも倒された。

 塔から煙などが上っている様子がないことを確認し、一行は建物に入っていく。

「捕らわれているのは3階の真ん中の部屋だそうだな?」

 マーカスはそう確認して、ずんずんと階段を上がり3階へ。


 3階の廊下には屈強そうな男が2人、剣を持って立ち塞がっている。

「邪魔だ! どけええ!」


 マーカスが戦斧を力任せに振り回すと、男たちは剣ごとなぎ倒されてしまう。


 真ん中の部屋には鍵がかかっている。

 戦斧をドカッと振り下ろしてドアを壊す。


 室内に入ると、剣をこちらに向けて震えながら立っている男が一人。ひょろっとした身体つきの男は、立派な剣を持つのがやっとのような有様。

「く、来るなー! 俺はロングハースト男爵家の者だ。俺に手を出すと……」


 言い終わらないうちに、マーカスは戦斧を一閃。男の剣は弾き飛ばされてしまう。

「あ、た、助け……」

 マーカスは男に近づいて胸ぐらを掴むと、顔面にパンチを1発、2発。

 男はそれだけで失神してしまったようだ。

「ふん、人間のクズだな」


 室内を見回すと、壁際のベッドの上に縛られている少女を発見。少女は顔を隠すようにうつ伏せになっている。


「オリヴィア、か?」

「……はい」

 小さな、震えるような声で返答がある。


「ああ! オリヴィア!」

 マーカス、大股で近寄ると、オリヴィアを抱き起こす。

「助けに来た! もう安心だ!」

 縛っていたロープをナイフで切る。


「……でも、あたし。……ここで酷いことを……」

 オリヴィア、その後は言葉が続かず、目からは涙が流れるのみ。

 マーカス、両目からポロポロと涙を流しながら言う。

「全部終わったんだよ。オリヴィア。これからは俺が守る。もう泣かないで」


 マーカスが抱きしめると、オリヴィアは初めて安心したのか、胸の中で号泣する。

「うわああああん。マーカス、マーカスぅ」


 部屋の入り口にはいつの間にかシャーリーが立っている。2人の様子をドアの陰に隠れて見ているシャーリーも、どうやらもらい泣きをしているようだ。

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