モスブリッジ邸に突入
12時半を回った頃。
ホテルでの昼食も終えたので、俺は海賊の拠点に行くことにする。
「海賊の拠点で『指示書』ってやつをゲットして、そのあとは拠点を監視しておくよ。ゾーイとシトリーは部屋でしばらく待機してて」
「了解です」
俺はまず、魔法管理室に転移。
モスブリッジ邸とロングハースト別宅、さらに居酒屋で取得しておいた海賊のリストを使って、そこに含まれていた魔法士の能力を無力化しておく。中には魔法レベル3とか
次に海賊の拠点になっている、例の居酒屋へ。この時間から飲んでる奴もいるが、さすがに人数は少ない。
あれ? この居酒屋の名前は何だ? 店の前を眺めてみるが看板らしいものもない。
俺はイビル・ディストーションで見咎められないようにしつつ店の奥へ。
スキンヘッドのオボリスが教えてくれた貴重品入れは、店の奥。客の座席からは死角になっている所に銀食器がしまってある棚があって、その中にさらに隠しスペースがあるらしいが……。あ。あった。
革製の書類フォルダーが隠してあるので、それごとゲット。
店の客、というか海賊だが、飲みながら噂話をしている。
「オボリスの姿が見えねえなあ」
「大金が入るアテがあるとか言ってたから、遊び歩いてるにちげえねえぜ」
「うひゃあ。俺もどこかに押し込もうかなあ」
オボリスならストレージの中だ。君たちも間もなくお縄になる予定だから、せいぜい勝手なことを言って騒いでいればいいよ。
俺は商店街の中にある喫茶店のテラス席から居酒屋の様子を監視する。屋敷に救出が入るまでに海賊の拠点に動きがあれば、やむを得ず、力づくででも妨害するつもりだ。
1時を少し回った頃、喫茶店でぼんやりしている俺にイヤーカフから連絡。
「アミーです。タチアナが馬車に乗って出かけました」
「お! よしよし。誘い出し作戦は成功だな」
「こちらにはそれ以外の動きはありません」
「引き続き監視を頼む」
「了解です」
「セーラだけど。ロングハーストの別邸には動きはないわよ」
「それは何より」
セーラには泉邸からロングハーストの別邸を監視してもらっているのだ。アミーとセーラは同じ部屋にいるはずだから、双方の屋敷の動向は互いに把握できる。
「あたしも突入に参加したいなあ」
「ダメ、絶対」
ジャスティナに念話で聞いてみる。
「今、どこで何してる?」
「広域公安隊の詰め所の前です。何をしているかと問われるなら、峠の秘湯で見た素敵な大胸筋などを思い出してボーっとしていました」
「あのな」
「えっと、広域公安隊から合計10名を出してもらって、予定通りに2時に突入です」
「それぞれどういうグループ?」
「モスブリッジ邸にはヴィオラとあたし、エメルです。ダンジョンに行った仲間ですね。それから広域公安隊から6人。もう1グループはシャーリーとマーカス、従者3人と広域公安隊から4人です」
「懸念材料だった『読心』の
「もちろんです」
「あと、きっちり同じ時刻に突入する必要があるけど?」
「マーカスが『時刻の腕輪』を持っていたので、それとこっちの時計で2時ちょうどに突入予定です」
「わかった。じゃ、手筈通りよろしく」
「はい。あたしたちも順次出発します」
◇◇◇◇◇
2時。
モスブリッジ邸の前に、突然、武装した6、7名の男女が現れた。
海賊のボス、パラス・レクサガンは1階の部屋から状況を見ているが、まだ少々余裕がある様子。
「何だあれは。人の屋敷に勝手に入るなと追い返せ。……タチアナはどうした?」
「さっき、何やらホワイト男爵からの使いが来て、重要だからと出かけました」
「ふーん」
パラスが門のあたりを見ていると、門番は追い返すどころか2人の男に押さえつけられ、後ろ手に縛られている。
さらに門は大きく開かれ、武装した5名ほどがこちらに走ってくる。
パラスもこれは想定外だ。大きな声を張り上げる。
「まずい。おーい! お前たち、エントランスで迎え撃て! 2階の守りを固めろ! 向こうの屋敷に合図を送れ!」
パラスの声に応じ、屋敷のあちこちから10名ほどの男たちが刀や棍棒を手に駆けつける。パラスも手下とエントランスに出てくる。
「何だ! 貴様ら」
侵入してきた部隊の先頭に、騎士の姿をした若い女性がいる。
女性は剣をこちらに向けて大声を上げる。
「お前たちを強盗殺人、監禁の容疑で捕縛する。武器を捨てよ! 抵抗する者は容赦無く成敗する」
「おいおい、人の屋敷に入り込んで何を……」
「お前が海賊の幹部、パラス・レクサガンであることは調べがついている。私はヴィオラ・モスブリッジ! この屋敷の者だ」
うーむ。ヴィオラの行方が分からないと報告はあったが、まさか武装した一団と乗り込んで来るとは。しかもこちらの名前まで調べがついているのか。
しかし、お嬢様だな。正面から堂々と乗り込んで来るなんてのは甘すぎる。
「ははは、勇ましいことだな。だが、お前の家族はこの2階で丁寧に面倒を見てやってるんだ。お前が下手なことをしたら……」
すると意外にもヴィオラは余裕の笑みを見せる。
「2階の窓を見ろ。お母様たちは無事に救出されたようだ」
ハッとして窓を見ると、2階で監禁に使っていた部屋の窓は開け放たれ、監禁していたはずの奥方たちがヴィオラに向けて手を振っているのが見える。
パラスの顔色が変わる。
「だが、お前の妹の……」
「ちょうど今、ロングハーストの別宅にも私の仲間が乗り込んでいる! オリヴィアが救出されるのも時間の問題だ」
何だって? そんな作戦が進行していたのか。
どこからバレた? どうやって攻略された?
エスファーデンの特務部隊に
やむを得ない。強行突破して逃げるしかない。幸い、相手は10人もいない。
手下の海賊たちに号令をかける。
「お前ら! 敵を突破して逃げるぞ!」
手下は一斉に武器を振りかざし、相手に攻撃を仕掛ける。
パラスはヴィオラ目掛けて魔法を発動。
「食らえ! ウォーター・カッター!」
だが、パラスが突き出した右手には、ウォーター・カッターどころか魔法陣も出現しない。
「え!」
初めてのことに狼狽するパラス。
「万策尽きたようだな、パラス!」と剣を構えて近づくヴィオラ。
周囲の部下にも、魔法が出せず、あえなく切り倒されている者がいる。
「くそ!」
腰のナイフを手にヴィオラに飛びかかり、精一杯の抵抗をするパラスだが、剣の扱いに秀でた騎士隊のヴィオラにかなうわけもない。たちまちナイフを弾き飛ばされ、右腕に斬りつけられてしまう。
「う!」
思わず片膝をついたところを、男性隊員が素早く組み伏せ、慣れた様子で後ろ手に縛り上げる。
「貴様ら、どこの者だ!」
「俺たちは広域公安隊だ! 聖王国の平安を守るのが仕事でな」
何だって?
この作戦では、広域公安隊はバカ正直に犯罪者の調書をせっせと作るだけの役目だったはずだ。どうしてあたしたちを捕縛にやって来るんだ?
周りを見ると、部下たちも次々に捕縛され、あるいは倒されてもう動かない。
ことごとく、何もかもが一瞬にひっくり返されてしまった。隊員に引っ立てられながらもパラスは呆然とするしかない。
「……ひとつ聞いてもいいか?」とパラスはヴィオラに尋ねる。
「何だ?」
「見事な作戦だった。あたしの完敗だ。この作戦は誰が……」
ヴィオラ、誇らしげに言う。
「もちろん、白鳥隊、騎士隊の厚い友情の賜物よ。そして、キーン・ダニッチさんの支援もあったと聞いているわ」
ガックリとうなだれるパラス。
……キーン・ダニッチ? そんな人物は単なる噂に過ぎないと思っていたが。
◇◇◇◇◇
ヴィオラたちが正面から敷地内に入るのと同時に、ジャスティナ、エメル、そして広域公安隊の女性隊員のリネット、計3名は警備が手薄な裏門から中へ侵入する。
リネットはピンクの髪をボブにして、鍛えられたスリムな身体つきをしている。今日は主に監禁されている被害者の救護にあたることになっている。
ジャスティナたちは外階段を上り、2階に通じるドアの前へ。ジャスティナがドアのノブに手をかけると「バキッ」と金属が破壊されるような音がして、あっけなくドアが開く。リネットは一瞬呆気に取られているが、ジャスティナたちは構わずに中に入る。
2階の廊下には4名の海賊がいたが、廊下の反対側、建物内の階段のあたりに集まっている。外階段から入ってくるとは想定していなかったらしい。
「何だ貴様ら!」
廊下のあちらから武器を持った海賊たちが走ってくるが、エメル、ジャスティナは怯むこともなく海賊に立ち向かって行く。廊下はそれほどは広くないため、2人が並んで海賊を迎え撃つと海賊たちが何人いても廊下のこっち側にやって来ることができない。
時々、2人は手で触れるだけで相手をダウンさせている。
恐ろしく強い。
2人が海賊と戦っている間に、リネットは2階の部屋のドアを次々に開けて行く。
部屋の中に、2名の女性を発見。
「あ! 大丈夫ですか。助けに来ました」
女性はジミー卿の2人の奥方、マルリーンとリディと判明。
「ああ、ありがとう。外でヴィオラの声が聞こえましたが?」
「ええ。先頭に立って助けに来られています。ジミー卿はどちらに?」
「隣の部屋に。グレッグも一緒だと思います」
マルリーンたちは窓を開け放つと、エントランス付近にいるヴィオラを見つけて手を振っている。
リネットが廊下に出ると、2階の海賊たちは既に討伐された後で、結局7名ほどが倒されたり、捕縛されたりしている。
リネットは隣の部屋に入ろうとするが、ドアの廊下側に、明らかに後付けの無骨な錠前が取り付けられている。
「任せて!」
ジャスティナが錠前に手をかざすと、これまた、金属製の錠前がバキッと壊れてしまう。
ドアを開けて中へ。
「うっ!」
部屋の中は異様な匂いが立ち込めている。強烈に甘いハーブのようでもあり、鼻につく青臭い飼い葉のようでもある。
「何この匂い?」とエメル。
「これは麻薬の煙の匂い。急いで窓を開けて!」とリネットが2人に指示。部屋の四隅に置かれていた香炉に水をかけて匂いの元を消す。
部屋のベッドには、手首を縄で縛られた男性が2人。
「ジミー様ですか?」
「グレッグ様?」
呼びかけても2人はぼんやりしている。
隣の部屋からマルリーンとリディもやってきた。
「ああ、なんてこと」
「ジミー。グレッグ。ねえ、大丈夫?」
やがて、ヴィオラが部屋に飛び込んでくる。
「あ、お父様! グレッグ!」
リディがヴィオラに言う。
「ヴィオラ! オリヴィアは?」
「大丈夫! シャーリーとマーカスが助けてくれたわ」
「本当に? ああ、ああよかったわ」
安堵して泣き崩れるリディ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます