救出計画を練る

 ヒルダが帰って間もなく、今度はハワードがノイシャと一緒にやって来たと言う。


「どうします? こちらにお通ししますか?」とゾーイ。

「えーと……」

「ま、いいんじゃない? ハワードも知ってるんでしょ?」とセーラ。

「でも、セーラがここにいることは知らせてないぞ」

「いいじゃん。3人で考えればいい知恵も出るわ」


 案の定、部屋にやってきたハワードは入り口で固まっている。

「あ? ……なんでセーラがいるんだ?」


「ごめん、ハワード。船酔いが酷くて死にそうだと言うもんだから、船に身代わりを置いてこっちに帰ってきたんだ」

「なんだ、デレクの仕業かぁ。船が遭難して幽霊になって戻ってきたかとか思って、一瞬、頭が真っ白になったじゃないか」

「何よそれ。酷くない?」

「いやいや、普通はあり得ないだろ?」

「幽霊とか思う方があり得なくない?」

「……っていうか、身代わりって何? ちょっとずるくないか?」

「ハワードは船酔いのあの地獄を味わってないからそんなことが言えるのよ」

「えー。……確かに、誰に迷惑をかけているわけでもないし、うーん」


 ハワードは今ひとつ納得できない様子だが、まあ、いいじゃん。

 ハワードの後ろから部屋に入ってきたノイシャは終始笑っている。


 ハワードはソファに座ると話を切り出す。

「まずデレクから聞いた、ロングハースト男爵の裏金の疑惑なんだが」

「うん」

「例の魔王討伐の記念行事で、ロングハースト男爵は無名戦士の墓を新しく作り直す工事、そこに至る参道の改修、さらにそれらの工事への寄付金の取りまとめを担当していたことが分かった」

「あー。モロに怪しそうだな」


「寄付金は、集まったはずの金額よりも帳簿上の金額がかなり少ない気がする、と王宮の担当者が言っている。ただ、金額の大半は数多くの名前の分からない個人から寄せられているわけで、追跡のしようがない」

「うーん」


「一方の工事費用。これはトレヴァーや王宮にいる知り合いにも協力してもらって調べたところ、費用の水増し、二重発注、架空請求などが次々に明らかになっている。合計の金額はかなりのものだろう」

「そんなのがよくバレなかったわね」とセーラも呆れている。

「式典関係の金の流れば膨大だからね。今回、ロングハースト男爵に限定して洗い出したから判明したけど、他にもあるのかもしれないなあ」


「でも、それは会計責任者のミスで、ワシは知らん、とか言われないのかしら」

 優馬の記憶でもニュースでそんな定型句をよく聞いたな。

「これはね、いくつかの経路を通って、ゾルトブールの両替商の口座にプールされているらしいことが分かっているんだ。だからその口座の主が知らないわけがないんだな」

「え、仕事が早いな」


「うん、別件でね。外国との資金のやり取りにかかる税金を逃れている可能性があるっていうんで、外務省が前から調べてたんだ。それが今回の不正の調査で、金の流れの上流と下流がつながった感じなんだ」

「となると、取り調べや立件は時間の問題なのかな?」

「ただねえ、証拠はあっても、その手続きを進めようとするとあちこちから妨害が入ることが予想されてね。法廷に引っ張り出すまではなかなか難しい気がする」

「そんなの正しくないわよね」とセーラは憤慨している。


「裏金の現状はこんなところだ。ニールスの様子はデニーズ経由でも聞いているが、あれからどうなった?」


 そこで、オリヴィアが監禁されている場所がロングハースト家の別宅であると判明したこと、エイシー・ロングハーストという人物が監禁場所にいることを説明。

「え。それってロングハースト男爵の長男だな。これはますますヤバいなあ」


 さらに、モスブリッジ邸とロングハーストの別宅が互いに監視し合う位置関係にあるため、救出が困難であることを説明する。


「えーと、つまりどちらかの屋敷に突入すると、もう一方にいる人質が危険ということか。こりゃ困ったな」

「それぞれの屋敷にいる監視役はそれぞれ十数人程度で、あらかじめ魔法を封じておくことも可能だから、あとは両方に同時に突入する兵力が少しあればいいかな、と思ってるんだけど」

「魔法を封じられるってところを問いただしたい気分だが、それは置いておいて……」


「あ、そうそう。シャーリーとマーカスがニールスに駆けつけてくれてるんだ」

「え! 何だって? そういうことは早く言えよ」

「すまん。人質のことでちょっと頭がいっぱいだった」


「2人には会った?」

「いや、俺は会ってない。ヴィオラとメイドたちが今一緒にいる」

「そもそも、どうしてニールスに?」

「ヴィオラが急にいなくなって、これはニールスで何かあったんじゃないか、と当たりをつけたらしいけど」

「あー。まあ、マーカスはそうかな」

 ……え? マーカスの方?


「で、セーラがうまい救出作戦があるらしいんだが」


 セーラが張り切って説明してくれる。

「まず、モスブリッジ邸とロングハースト別宅に、不意打ちで同時に突入するんだけど、この時の兵力は広域公安隊から出してもらうのよ」

「広域公安隊? 広域公安隊は海賊に通じていないのかな?」とハワードが危ぶむ。


 そこで俺から、海賊に尋問して得た情報を伝える。

「広域公安隊は自分たちに与えられた任務に真面目に取り組んでいるらしくて、どうやらそこを海賊や警ら隊に利用されているんだ」

「なるほど。そこを逆に利用するのか。しかし、情報が漏れるのを防ぐためにも、作戦を伝えるのは突入の直前にすべきだろうな。で、どういう名目で突入に協力してもらうんだい?」


 セーラが引き続いて計画を説明する。

「モスブリッジの屋敷は、屋敷に犯罪者が立てこもって家族が監禁されている、とヴィオラが申し立てれば広域公安隊は手助けするわよね」

「家族の一員が言うのだから間違いないな」


「一方のロングハーストの別宅なんだけど、こちらは貴族の館なので普通は広域公安隊が踏み込むことはできないわよね」

「だな」

「そこで、騎士隊の一員として知られているシャーリーとマーカスが、聖王国に対する謀反の疑いがある、内部を改めさせよ、と調査権を行使すればいいわ」


「ああ、なるほど。それはいい方法だな」とハワード。

「調査権?」

 俺には分からないんだけど?


 ハワードが教えてくれる。

「騎士隊は王族の護衛が任務だから、王族や聖王国全体への反逆行為を取り締まることができるんだよ。海賊と手を結んで他の貴族に危害を加えるのは、明らかに聖王国の秩序を損なう犯罪行為だろう?」


「なるほど。でも、一般論として言うなら、気に入らない貴族の所に無闇に踏み込むと困るよね?」

「それは民間の犯罪に対応する警ら隊と一緒で、容疑者を捕縛した後は検察が証拠調べをして、裁判をするという手順が決まっている」

「じゃあ、騎士隊が調査権を行使するのはいいとして、それに広域公安隊が同行するというのはいいのかな?」


 セーラ、ここぞとばかりに説明に熱が入る。

「ほら、広域公安隊はまだ業務内容もちゃんと決まっていない、立ち位置があやふやな組織でしょ。だから、聖都から来た騎士が『領地をまたぐ犯罪に対処するのが君たちの仕事だろう?』と言ったら、元は警ら隊だし、犯罪捜査には協力してくれるに違いないわ」

「あー、確かにそうかもしれない」

「犯罪を目の当たりにして、何もしてくれないっていう方がおかしいよな」

 俺とハワード、納得。


「最大の目的は、とにかく犯人グループを討伐、あるいは捕縛して、人質を解放することよね? だけど、そこに広域公安隊が同行してくれていたら、その報告書も内務省に上がるはずよ。現行犯だったら証拠の点も問題ないでしょうし」

「あ、なるほど!」

「そうなると、モスブリッジ家が裏で怪しいことをしていました、というこれまでの報告書の内容も、実は海賊の仕業でした、って全て覆すことができると思うのよ」

「一石二鳥ってやつだな」とハワード。


「敵方の魔法が封じられているなら、広域公安隊からはそれぞれ4から5名程度でいいんじゃないかしら」


「いやあ、セーラ、船酔いから生還したばかりとは思えないなあ。感心したよ」

「ふふふ。ありがとう」


 ハワードも感心している様子だ。

「いい計画だと思う。重要なのは短期決戦か」

「そうなるな」


 セーラが言う。

「ただ、心配なのは例の『読心』のスキルを持っているという女の存在なんだけど」


 すると、ハワードがドロシーの例を説明してくれる。

「これはドロシーの場合ということで、その女性がどうかは分からないんだが、『読心』のスキルを使っても、特定の人物の考えは、その人の表情が分かる程度まで近くに行かないとはっきりとは分からないらしい」

「ほう」


「ただ、そこにいる何人もが似た感情を持っている場合、例えば皆がパーティーを楽しんでいる状況とか、犯罪発生の知らせを聞いて皆が不安に思っている状況とか、そういう場合は多少離れた位置からでも楽しいとか不安とかいう感情を感じるらしい。だから、これから突入だ、と奮い立った何人かが近づいたら気付かれる可能性が高いんじゃないかな」

「それはまずいわね」


「デレク、それについての対策はあるのかい?」

「うん、これなら大丈夫だろう、というプランが固まってる」

「ほう。ちょっと聞かせてくれないかな」

 そこで、考えているプランをざっくり説明する。


「なるほど、それなら行けそうだな」とハワード。

「これを明日、突入の時刻より少し前に実行しようと思うんだ。今のところ、ゾーイに頼もうかなあ、と考えてるけど」

「なるほど、ゾーイなら貫禄というか、雰囲気はぴったりかも」とセーラ。


「ただ、この計画は突入するチームには一切知らせない方がいいと思う。どこから知られてしまうか分からないからね」

「なるほど、そうだな」


 ソフトウェア開発でいうと、それぞれのモジュールの実装が互いに依存してしまわないように、実現方法の詳細は見えないようにしておくわけだ。情報の隠蔽とかカプセル化ってやつだな(違うような気もする)。


 その後、ハワードはノイシャと一緒にラヴレース邸に帰って行き、俺はセーラと一緒に救出計画を文書にまとめる。明日の朝、ヴィオラたちに渡せばいいだろう。

「本当はあたしも一緒に救出に向かいたいところなんだけどなあ」

「それは絶対ダメ」


 海賊の拠点になっている居酒屋を制圧する必要もあるだろうか。「指示書」ってのを回収しないといけないからな。

 そういえば、例のスキンヘッドのオボリスが、居酒屋の地下に麻薬が隠してあるって教えてくれたから、制圧自体は国境守備隊と検察に頼もう。これは突入の後でいいな。


 夕食の後、ゾーイとシトリーに来てもらう。


「2人にお願いがあるんだけど」

「まあ。いよいよ今夜……」

「はいはい。そっちじゃないよ」

「うふふ」

 もはやお約束かよ。


「明日、昼くらいから午後にかけて、ゾーイとシトリーにやってもらいたいことがあるんだ。時間を空けておいてくれる?」

「はい。構いませんが、どういった……?」

「それはその時に説明するけど、ゾーイには、貴族の使いで来た行政官、みたいな感じの格好をお願いしたい。シトリーはそのお供兼護衛って感じで」

「ほほう。怪しい役目なんですね」

「あー。否定はしないが」

「ふふふ。了解です」


 さあ。すべては明日だ。

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