パジェット鞄店

 シャーリーとマーカスの前に現れたカラスは、実はジャスティナが感覚共有しているカラスである。ただ、カラスの声は声優の葵由紀さんの声を合成したものなので、誰がしゃべっているかは分からない。

 ジャスティナはパジェット鞄店の場所を知っているので、キーン・ダニッチの使いと名乗って、シャーリーたちを誘導するように頼んだのだ。


 その間に俺、ヴィオラ、エメルで急いでパジェット鞄店に移動。


「うわ。想像以上に荒らされてるわね」とエメル。

「あーあ。この店で子供の頃、ポーチなんかを買ってもらったのになあ」

 ヴィオラは少々ショックを受けている様子だ。

 エメルが店の奥を見てきた。

「荒らされてるのは店が中心で、住居として使っていた奥の部屋はほぼ無傷です。裏庭があって、馬車も止めておけます」


「じゃあねえ、俺はとりあえず、ジャスティナと感覚共有してここの様子を見聞きするようにするよ。意見や指示はジャスティナに念話で送る。それでいいかな?」

「了解です」


 カラスくんがシャーリーたちをパジェット鞄店の近くまで誘導したところで、ジャスティナをパジェット鞄店に転移させて、俺だけ泉邸の書斎に戻る。


 やれやれ。めちゃくちゃ焦ったよ。


 俺はソファに座って、パジェット鞄店にいるジャスティナと感覚共有。

「じゃ、よろしくね。ジャスティナ」

「はい、デレク様のご期待を裏切らないように頑張ります」

 いや、そんなに気張らなくていいんだが。


 隣にセーラがやってきて密着。セーラはセーラで、ネコか何かでパジェット鞄店の状況を見ているらしい。


 ヴィオラは、まるで今までそこにいたような顔をしてパジェット鞄店から外へ。

「あ! ヴィオラじゃない!」

「シャーリー! マーカス! わざわざ来てくれたの? ありがとう」

 駆け寄って抱き合うシャーリーとヴィオラ。


 シャーリーたち一行は、シャーリーとマーカスの他に、馬車の御者が1名、馬に乗ってやってきた従者が2名。

 とりあえず馬車と馬を店の裏手に止め、店内に入ってもらう。


「さて、何が起きているのか、教えてはくれないかな?」とマーカス。

「そうそう。キーン・ダニッチの使いっていうカラスがここを教えてくれたわよ。もうビックリよ。何がどうなってるのよ?」


 そこで、ヴィオラはモスブリッジ邸が海賊の陰謀によって乗っ取られていること、オリヴィアが人質に取られていて迂闊に動けないこと、さらには警ら隊が海賊の言いなりになっている状況を説明する。


 シャーリーとマーカスの顔色が変わる。

「え。そんなことに……。聖都ではそんな情報は聞かなかったわよ?」


「この情報は実はハワードに教えてもらってね。あたしは居ても立ってもいられなかったから、どうしてもニールスに戻る、って言ったのよ。そしたら、騎士隊やその他の兵力を動かすと大事おおごとになって家族が危険に晒されるかもしれないから、隠密裏にテッサードの屋敷のメイドたちと一緒に行ったらどうかということになって」

「あ。それで君たちがここにいるのか。デレクのところのメイドは腕が立つと評判だからな。なるほど」とマーカス。


「デレクは?」とシャーリー。

「えっと、デレク様はセーラ様を送ってミドマスに行っておりましたので、今は聖都におられるはずです」とエメル。

「あ、そうか。そうだったわね」と納得してくれるシャーリー。


「でも、あたしがニールスにいるだろうってどうして思ったの?」とヴィオラ。

「実はね、デニーズを問い詰めたのよ」とシャーリー。

「えー」

「デニーズを責めないでね。何が起きているかは教えてくれなかったけど、まず、あなた自身に何事かがあったわけではないということと、それから、ニールスに戻っているということだけを教えてくれたのよ」

「そっかあ。デニーズにも申し訳ないことをしたかなあ」


 続いてマーカスが言う。

「それでね、シャーリーが俺のところにいきなりやってきて、これからニールスに行くから用意しなさいよ、って。有無を言わさずだ」

「あら」

「それで、まず船でミドマスまで出て、それから俺の領地のグレネラで従者たち3人と一緒になって馬車をすっ飛ばしてここまで来たわけ」


 ミドマスの隣町のグレネラが、マーカスのブレント男爵領だったな。なるほど、聖都からならそれが最短ルートか。


 ところで、ジャスティナの視線が、ヴィオラの胸元とか、シャーリーの横顔とか、ヴィオラのうなじとか、シャーリーの胸元とか、そんな所ばかりに行っているような気がするんだが?

「ご期待に沿えるように頑張っています」

「そういう方面の頑張りかよ。……一応お礼は言っておくよ」

「いえいえ」

 以上、脳内の会話である。


 シャーリーが言う。

「これからどうするの? 妹のオリヴィアがどこかに監禁されているんですって?」

「そうなのよ。ただ、ダニッチさんの助けもあって、どこに監禁されているかは判明しているわ」

「ダニッチさんの助け?」


「うん、それがね、ここから少し行くと橋があって、その向こうがロングハースト男爵領なのよ」

「え! ロングハースト男爵?」

 マーカスとシャーリーは顔を見合わせる。ロングハースト男爵は、海賊との繋がりが噂される人物だからである。


「オリヴィアがロングハースト男爵の別邸に監禁されているのは確認済みなのよ。でも、その別邸とモスブリッジの屋敷は川を隔てて互いによく見える位置にあるのね。だから、どちらかに異変があったことが知られると、もう片方にいる人質が危険なのよ」

「ふーむ。それは厄介だな」とマーカス。


 すると、俺の隣のセーラが耳元で言う。

「あのね、デレク。あたし、さっきまでの話を整理して、いい救出方法を思いついたのよ」

 あ、はい。でも、耳に吐息を吹きかけるのはやめて下さい。全身の力が抜けます。

「でも、そろそろ夕方になるじゃない。突入するなら明るい時間帯じゃないとダメよね」

「そりゃそうか」

「あたしはこのアイディア、いいと思うんだけど、ひとりで考えたんじゃどこかに穴があるかもしれないわ。だから、シャーリーたちにはとりあえず宿でゆっくり休んでもらって、あたしたちは作戦に完璧を期すべく検討を行う、というのはどうかしら。問題なければ明日、突入を決行」

「うーん。そうだな。とにかくシャーリーたちには休んでもらう必要があるよな」

「絶対、強行軍で突っ走って来たんだと思うのよ」

「そうだな」


 ジャスティナの視線は、ヴィオラの豊かなお胸のあたりを凝視している。

「あのー、ちょっと接続を切るよ。それで、そのうちそっちにネコがお使いに行くから待ってて」

「ネコですか。はいはい」


 魔法管理室に移動。

 現在、救出のための計画を詰めているが、今日はそろそろ夕暮れの時間帯なので万全を期すためにも突入は明日にすべきだということと、シャーリーたちは今夜はホテルでゆっくり休んで翌日の作戦に備えて欲しいという内容を文書にして印刷。手書きだと筆跡でバレるからね。


 パジェット鞄店の近くへ転移。

「使い魔たるネコ、我がもとへきたれ」


 近くの茂みから黒いネコが現れる。お使いとしていい感じだな。


「使い魔たるネコ、この手紙をヴィオラ・モスブリッジのもとに運べ」


 するとネコくん、手紙を入れた紙筒を口に咥え、足音もなく鞄店の中へ入り込む。


 イヤーカフから音声だけ聞こえる。

「あ。ネコ」

「何か咥えてるわよ」

「きっとキーン・ダニッチさんからのお使いですよ」とジャスティナの声。

「えー?」


 ヴィオラの声。

「我々で救出作戦を立案中だから、シャーリーたちはとりあえずホテルでゆっくりと英気を養っておけ、的なことが書いてあるわ」

「信用できるのかな?」とマーカスの声がする。

「我々? キーン・ダニッチって仲間がいるの?」

 シャーリーの細かいツッコミ。


 ヴィオラの声。

「大丈夫よ。シャーリーとマーカスたちはかなり疲れてるんじゃないの? 確かに気は焦るんだけど、時間も遅くなってきたし、突入するのは明日にしたらいいと思う」

 シャーリーが同意する。

「ヴィオラがそう言うなら……。で、ヴィオラはどうするの? ここで寝るの?」

「え、まあそうね。あたし、この街では顔が知られてるから」


「いやいや、こんな寒いような所じゃダメよ。ヴィオラはちょっと顔を隠してもらって、メイドが3人います、って感じであたしと一緒に来ればいいわ」

「そうそう。そうすればいいよ」とマーカス。


 シャーリーとヴィオラは相談の上、クレセント・ホテルに宿泊するらしい。


「マーカスも一緒の所に泊まる?」

「いやあ、俺たちは別の所でいいよ」

「じゃあ、ギャスパール亭がいいわ。安くてそこそこな宿だけど、朝ごはんは美味しいらしいわよ」とヴィオラ。

「じゃあそこで」


 相談がまとまって、さて移動、だが。

「あら? ヴィオラたちは馬車はないの?」とシャーリー。……しまったな。

「あ、あの、ちょっと急いで来たせいで故障しちゃってね」

 取り繕うヴィオラ。

「そんなに遠くないなら、俺と従者は歩いて行くから、馬車はヴィオラたちで使えよ」

 マーカス、自分が疲れているだろうに、なんていいやつなんだ。


 さて、セーラと救出計画を検討しようか、と思っていると、ゾーイがやって来る。

「あの。ヒルダ様が来られていますけど」

「え?」


 慌ててエントランスに出てみると、ヒルダが「シナーキアン」を持って立っている。

「これ、昨日出たシナーキアンですけど、もう持っておられます?」

「あ、まだなんだ。いやあ、ありがとう。ほら、セーラを送ってミドマスまで行ったりしてて」

 ニールスの事件で忘れていただけである。

「そうでしたか。近くまで来ましたので、もし買いそびれていたらいけないと……」


「あ! そうだ」

「はい、何でしょうか」

「えっとねえ、これは極秘情報なんだけど」

「はあ?」

「詳細は言えないけど、ここ数日中にニールスで大事件が起きる」

「……なんでそんなことが分かるんです? 予知、とか?」

「そういうんじゃないけど。で、事件の取材記者は辞めちゃったりしてるんだっけ?」

「あ、はい。敏腕な記者さんは他社に行ったり、フリーになったりです」


「その、敏腕なフリーの記者に、ニールスに急行してもらって、これから起きる事件を逐一取材してもらいたいんだ」

「はあ。でもお金……」

「取材に必要な費用なら言い値で出す。なんなら、前金で今渡しておくよ」

「え! そんな重大事件ですか?」


 人質の救出、ロングハースト男爵の息子を含む関係者の検挙、警ら隊の腐敗の告発などを順調に進めたとしても、内務省あたりが事件を揉み消そうとして動く可能性がある。

 それに先んじて、事件の詳細を新聞で報道してしまおうというわけだ。一般の国民まで広く知るところとなったら、内務省も下手な動きはできないのではないか?


 第1報は「シナーキアン」にやってもらうとして、明日あたり、「聖都テンデイズ」にも声をかけておくか。報道管制のような強権が発動される可能性を考えると、複数の新聞社に関係してもらった方がいいだろう。


 何が何やら分からないといったヒルダだが、結構な額を渡して、取材を依頼する。

「とにかく特ダネが待ってるんですね」

「保証するよ」

 聖都からニールスまで、急いでも2日以上かかる。それまでには解決しているはず。いや、解決せねばならない。

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