援軍
「あら! なんでヴィオラがここで泣いてるのよ」
声の方を見ると、セーラ。
あっれー?
「廊下を歩いてたら、なんか泣き声がするから覗いたら、ねえ。これってどういうこと?」
「うわ、デレク様。これはいわゆる修羅場ってやつですね」とジャスティナがニヤニヤしている。
エメルはもちろん、モスブリッジ邸の監視をしていたアミーまで、感覚共有を切って成り行きを見ている。
あー。これは困ったなあ。
セーラの後ろに『混沌の予感の指輪』のイメージが見えるぞ(ズゴゴゴゴ)。
「あたしがいない間に浮気……をしているようには見えないわね。ここに何人も集まって何をしてるのかしら?」
ううむ。いつかはこうなるとは思ってましたけど。
「まあ、ちょっとそこに座ってくれるかな。別に秘密にしようとしてたわけじゃないんだけど……」
ヴィオラも涙を拭いてソファに座り直す。
セーラの様子を伺いながら、これまでの経緯をひとつずつ丁寧に説明する。
「えー? ニールスのモスブリッジ邸が海賊に乗っ取られてるって?」
「そう」
「それで、ヴィオラとハワードにも、デレクが転移魔法とか使えることをバラしちゃってるわけか」
「緊急の場合なので」
「うーん。まあしょうがないけど……。ヴィオラ。あんまりデレクに抱きついたらダメ」
「えへへ」
ちょっと笑顔が戻ったヴィオラ。
「もしかして、キーン・ダニッチ……」
「あ、それももう知ってる」
「なーんだぁ」
一転、ヴィオラがセーラに向かって質問を投げかける。
「っていうか、セーラ。船に乗ってスートレリアに行ったはずよね?」
「えっと。船酔いで死にそうだったから、身代わりを船に置いて……」
「ぷぷっ」
「あ、笑ったわね」
「おやおやぁ? 公式には、船にいるセーラが『本物』よね。だから、ここにいるのは偽物ってことでいいかしら?」
「何よ、さっきまで泣いてたくせに」
「だってえ」
「あたし的にはまだちょっと景色が揺れてる感じがするのよね」
「うふ」
「何よお」
2人はすっかりいつも通りのようで、一安心。
「それで、どうやって人質を救出するか、考えないといけないんだけど」
セーラが言う。
「麻薬農園の時みたいに、デレクがこっそり中に転移して、海賊をひとりずつ倒すなりストレージに格納するなりするのでいいんじゃないの?」
「それが、ボスのパラスって女は『不屈の指輪』をしてて、認識阻害の魔法が効かないんだ。ロングハースト家の別宅にもそういう人物がいないとは限らない」
「うーん。海賊側としては、ロングハースト男爵の別宅に監禁してるってバレていないと思っているんじゃない? だからそっちに先に突入して救出したらどうかしら?」
「それは楽観的な見方じゃないかと思う。海賊のボスのパラスは用心深いみたいだし、この計画自体も極めて用意周到だ。2つの屋敷が互いを監視し合っている可能性はかなりあって、だとしたら、うっかり手を出せない」
「えー」
「でも、この前偵察に行った夜は、塔には誰もいなかったわよね?」とヴィオラ。
「モスブリッジ邸の場合、塔に誰かがいたら向こう岸の建物を見張ってるのが丸わかりだから、3階の窓から監視してる可能性が高いんじゃないかな」
セーラが次々にアイディアを出してくれる。
「じゃあ、ダガーズも含めて人数を2つに分けて同時に救出に入るのはどうかしら」
「ダガーズにゾーイ、オーレリー、サスキアを加えたとしても8人。二手に分けて救出に向かうにはちょっと少ないんじゃないかなあ」
「国境守備隊あたりに手を貸してもらうのはどうかしら。ヴィオラが、家族が監禁されてるって訴えれば、救出に向かわざるを得ないんじゃない?」
「モスブリッジ邸はヴィオラの自宅だからそれでいいかもしれないが、ロングハーストの別宅は人のウチだからなあ。確実な証拠がなければ動いてくれないよね」
「じゃあ、ロングハーストの別宅にはキーン・ダニッチとダガーズが救出に向かえばいいわ。一刻も早くオリヴィアを救出しないといけないでしょう? 麻薬農園の時は、証拠とか言ってないでとにかく救出に向かったじゃない」
「確かにそうだなあ」
俺もその意見に同調しかけた時、意外にもヴィオラが反対意見。
「でも、国境守備隊に海賊の手が及んでいないという保証がないわ」
「う、確かに国境守備隊は積極的に悪事に加担はしていないようだが、まるっきり海賊の影響がないかというと、それは未知数だな」
なかなかうまい救出方法が見つからない。
「救出を一層難しくしてるのが、『読心』のスキルを持っているタチアナという女性なんだよなあ」
「近くまで行っただけで、こちらの意図が分かっちゃうのかしら?」とヴィオラ。
「どの程度なのかは不明だけど、救出に入る前に排除した方がいいと思う」
その時、『
「ちょっといいですか! モスブリッジの屋敷に誰か来ました」
「え?」
「2頭の馬と馬車が1台。馬車から誰か降りてきます。随分と立派な身なりをしています」
「ちょっと待て。俺も見てみる」
床に座り込んで、「
感覚が共有できた。どうやらネコである。視線が低い上に馬車が邪魔で誰だかよく分からない。しかし、門の向こうにいる例の門番と言い合っている女性の声が聞こえる。門は閉じられたままである。
「聖都から来ました。ヴィオラはここにいないの?」
「ヴィオラ様はおられません」
「じゃあ、グレッグに会わせてよ」
「グレッグ様は体調が優れずに誰にもお会いになりません」
「おかしいじゃないの。ご家族の方、誰でもいいわ。奥方様は?」
「奥方様も体調がお悪くて……」
「はあ?」
「ご家族の皆様、ご加減がよろしくありませんので、どうかお引き取りを」
男の声がする。
「では、現在、この屋敷の管理を任されている責任者にお会いしたい」
「ご多忙中ですので、どうかお引き取りを」
「それは管理上どうなのかね? 領主としての責務は誰が果たしていんだね?」
「私にはちょっと分かりかねます」
ちょっと待てよ。この声は……。
ヴィオラが叫ぶ。カラスの視線で見ているらしい。
「あ! シャーリーとマーカスじゃない! どうしてここに?」
「聖都ではヴィオラが行方不明って騒ぎになってるらしいから、何かあったと思って遠路駆けつけてくれたんじゃないか?」
「え。そんな。ああ。ありがとう、シャーリー」
ちょっと涙声のヴィオラ。
「でも、ちょっと待ってね。これはどうするのがいいかな」
「もちろん出迎えて、一緒にこの事件に対応するわ。遠路はるばる駆けつけてくれた友達の厚意を無にはできないわ」
その気持ちはよく分かる。だけどねえ、えーと。
突然の展開に、頭をフル回転。
「まず、えーと、俺がニールスに向かったことを知っているのはロックリッジ家の2人とハワードだけだ。ハワード以外には、ヴィオラはウチのメイドとニールスに向かったという説明をしているから……」
「つまり、誰がニールスにいることにしますか?」とアミー。
「ヴィオラを助けてここまで来たのがエメル、ジャスティナで、どこかに潜んで救出の機会を伺っていたということにしよう。アミーはここで引き続き、屋敷の監視をお願い」
「キーン・ダニッチはどこで登場します?」とエメル。
直接出て行って行動を共にすると、シャーリーやマーカスに見破られる可能性が極めて高いだろうなあ。
「陰からサポート、的な?」
ジャスティナが口を挟む。
「ジャジャーン! キーン・ダニッチ華麗に登場! とか、ないんですか?」
「当面、なしで」
「えー?」
ジャスティナとエメルはつまらなそうだ。
一方、アミーは淡々と具体的な問題点を指摘していく。
「その、潜んでいた場所ってのを確保しておく必要がありますよね」
「あのー、ほら。強盗に襲われた革製品の店があったよね。パジェット鞄店だっけ? あそこをちょっと借りて現地対策本部にしようか」
「了解。少々片付けないといけないかもしれませんね」
モスブリッジ邸の門の前でシャーリー、マーカスが門番と言い争っていると、屋敷から女が出てきた。
『
「私が今、この屋敷の管理をしております、スラットリーと申します。屋敷の皆様はお加減がよろしくありません。流行り病かもしれませんので、面会などはお断りを申し上げております」
「しかし、手紙や使者のメッセージにも答えられないほどの重病なのか?」
マーカスは苛立っている。
「伝言などがおありでしたらお預かり致しますが、お返事がいつになるかは分かりかねるような状況で……」
こんな調子でのらりくらりとはぐらかすタチアナ。『読心』のスキルがあるからなのだろう。相手を怒らせない程度に話を逸らしたり、肝心なことは「分からない」の一点張りである。
マーカスはまだ何か言いたいようだが、タチアナは「では」と会釈をして屋敷に引っ込んでしまう。門番も門の中に引っ込んだ。
「ああもう。イライラするわねえ」とシャーリー。
「ふむ。怪しいのは確かだが、さて、どうすべきか?」
2人が門の前で困惑していると、突然カラスが飛んで来て、馬車の上に止まる。
カラスは女性の声で喋り始める。
「騎士隊のシャーリー殿とマーカス殿とお見受けする。キーン・ダニッチの使いの者だ」
「え?」
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