オリヴィアはどこに?
そろそろ昼だが、セーラを待たせたままなのは申し訳ない。
魔法管理室へ転移して、まずは先日ダークくんが『ライト・キャンドル』を出した時のログから個人IDを取得。これが人間と同じように使えるのかどうか確認しないと。
次に魔法の指輪を作成する。『
書斎にはボーっとしているダークくん。
「ダークくん。指輪をはめて、イヤーカフをして……。うん。それで、屋敷の、どこか使ってない部屋で待機してくれる?」
「了解です」
しばらくしてイヤーカフで呼びかけると、ちゃんと通信できる。よし。
「
すると、使われていない部屋でぼーっとしているダークくんのそばに転移。
うまく行った。これでセーラに使ってもらうことも可能だな。
いったんダークくんを帰還させる。
「セーラ。生きてる?」
「……あだま゙がいだい」
「そばに誰かいる? 転移したいんだけど」
「誰もいないわ。他のみんなも船酔いで、自室で寝てるから」
それはひどい。
「
転移ポッドから出ると、どうやら船室。船はかなり揺れている。
「あ! デレク。会いたかったわ」
よろよろとベッドから起き上がって俺に抱きつくセーラ。
「ううう。……あと3日もこんな状況が続くなんて耐えられないわ」
世の中の人はみんなこれに耐えて海を渡っているんだけどね。
窓から外を窺うと一面の曇り空。波は高く、確かにこれは辛いなあ。
「『
そう言うや否や、腕輪を奪い取って詠唱するセーラ。
「
たちまち目の前に現れる、燃えるような赤髪、全裸の美少女。うわあああ。
「あら。まだ子供ね」
「人の話をちゃんと聞けよぉ。召喚するのはダークくんの方だ。そもそもセーラはヴィクトリアの『親』なんだから腕輪がなくても召喚できるんだ」
話を聞いているのかいないのか、セーラはまじまじと子供の自分を見ている。
「胸もまだ小さいし。へえ、確かに昔の私よねえ。……ま、デレクも目の保養になったからいいじゃないの」
「え。いや、その……」
「可愛いでしょう?」
「……うん」
「それで……。なるほど、召喚するのはダークの方か。よし」
「あのー。ダークくんを召喚すると、今度は今のセーラが全裸で現れちゃうんだけど」
「そんなこと言ってられないわ。お風呂でも見てたから問題ないでしょ?」
ヴィクトリアを帰還させて、改めてダークくんを召喚する。
「
俺の脳内にお知らせが来る。
「セーラが
承諾、と。
すると忽然と現れるもう一人のセーラ(全裸)。……うわあ(嬉)。
セーラはそんな俺にはお構いなしで、着々とスーツケースから替えの衣服を取り出して、ダークくんに渡している。
「あなたはこれから数日間、セーラ・ラヴレースとして過ごすのよ」
「はい」
「毎日、ここでぼーっとしていればいいわ。食事は全然しないと怪しまれるから、適当にそこそこ食べなさい」
「はい」
俺からも注意。
「この指輪とイヤーカフは常に装着しておくこと」
「了解です」
「何かひとりで処理できない事態が発生したらイヤーカフで連絡すること」
「はい」
セーラ、さっきまでとは打って変わって明るい顔で言う。
「さ。聖都に転移しましょ」
「いいけど、人目に付かないようにしてよ?」
「もちろん心得てるわよお」
泉邸に転移。
「あら。……屋敷が揺れてるわよ?」
「今まで船にずっと乗っていたからそう感じるんだよ。半日も経ったらおさまると思うけど」
「へー。デレクは外洋に出たことがないとか言ってたくせに、よく知ってるわね」
うん。優馬が学生の頃、貧乏旅行で何日かフェリーに乗ったことがあるからな。
こっそりゾーイを呼んで、これまた特別に部屋を用意してもらう。
セーラはしばらくそこでゆっくり寝たいそうだ。うん、いきなりモスブリッジの件に首を突っ込むのは色々な意味で大変そうだから、それがいいと思うな。
しかし、どうでもいいことが気になる。
昼食を食べながら、『読心』のスキルを持つタチアナをモスブリッジ邸から排除する方法を考える。
何らかの方法で、強制的にではなく、自発的に屋敷から出るように仕向ける必要がある。ただ、下手に接触するとこちらの意図を『読まれて』しまうだろうし……。
リズがやって来た。
「やっぱり本物のデレクが一番だよ」
「そう?」
「会話をしてもね、正直なんだけど何か面白みがないんだなあ、ダークくんは」
「ダークくんの方が人気が出たら困るけどな」
「
「うーん。
「デレクとよく一緒に出かけるのはエメルとノイシャよね?」
「でも、彼女らは魔法が使えないから、
ジャスティナが
「そもそも天使が
「やってみたら分かるでしょ」
カプセルを2つ、地下室の水を張った桶に入れておく。……名前を考えないとなあ。
『ニールス対策本部』というか、ヴィオラの部屋へ。
「あら。デレク、どこかへ行ってた?」
「船酔いで死にそうなセーラの代わりに、ダークくんを身代わりに置いてきたんだ」
「じゃあ、セーラは?」
「別の部屋で寝てる」
「ニールスの件については……」
「まだ知らない。今日一日くらいは復活しないと思うし、しばらくは知らせないでもいいかなあ、とか」
「あら? うふふ。セーラが知らないうちにデレクと隠密行動って、何かいいわね」
「は?」
「あ、こっちのこと」
ヴィオラに、ロングハースト男爵がガッタム家にまとまった資金を提供するという情報があることを伝える。
「え。そんなことが?」
ちょっと考えていたヴィオラ、ふっと顔を上げるとフィロメナに呼びかける。
「ねえ、午前中の馬車の話だけど。馬車があった場所を詳しく教えてくれる?」
そこで、俺とフィロメナで、モスブリッジ邸からおじさんとてくてく歩いて土手まで行った経路を思い出しながら簡単な地図を紙に描く。
「こんな感じだったかな?」とジャスティナに確認。
「はい、そうですね。ここがパジェット鞄店。で、こっちに土手があって……」
ヴィオラが確認する。
「それで、代わりに来た馬車はどこへ行ったって?」
フィロメナが言う。
「この地図で言うとこっちの方角に橋があって、そっちへ走って行きました」
「あああ。そうか! 分かったわ!」
ヴィオラが大きな声で言う。
「え? 何が……」
「オリヴィアが監禁されているであろう場所と、さらった連中とグルの『坊ちゃん』が誰か、よ」
「どういうことかな?」
「その川の向こう側はロングハースト男爵領なのよ」
あ!
「すると、ロングハースト男爵はニールスへの海賊の侵入を後押ししただけじゃなく、オリヴィアの誘拐と監禁に直接的に関わっているということ? でも、監禁されている場所まで、どうやって特定できるんだ?」
「屋敷に軟禁されているあたしの家族は、『少しでもおかしな動きがあったらオリヴィアの命はない』と脅されているのよね?」
「そうだな。盗聴した時に幹部のパラスが言っていたな」
「その時、そのパラスって女は『そのためにうまい監禁場所を選んだ』と言っていたんだけど、覚えてるかしら」
「ああ、言ってた」
ヴィオラは話を続ける。
「モスブリッジの屋敷には高い塔があるでしょ? あれは昔、川の向こう側にあるもうひとつの屋敷との間で
「え? その屋敷って?」
「今、ロングハースト男爵が別宅として使っていると聞いてるわ」
「なるほど! そこか!」
川の対岸にある2つの屋敷が連絡しあってきたという歴史を、屋敷の者なら知っている。向こう側の屋敷に娘を監禁していると言われたら、確かに迂闊には動けないだろう。
うまい場所と言っていたが、本当にその通りだ。
「よし、じゃあ俺が確認してみよう」
「お願いね。多分、間違いないと思う」
俺はソファーに座り、ひっくり返った馬車のあたりのカラスと感覚を共有する。カラスくんに飛び上がってもらって川の向こうを見渡すと、こんもりした丘がある。生い茂った木々で半分隠されているが、丘の中腹に、確かにモスブリッジ邸と同じような作りで高い塔を備えた屋敷がある。
あそこか。
カラスくんに近寄ってもらうと、塔のてっぺんには男がひとり。見張りだろう。
建物の屋根に止まって見渡すと、対岸のモスブリッジ邸の塔と3階部分がよく見える。逆に、あちらからもこちらは同様に見えるに違いない。
カラスとの感覚共有を切ると、ヴィオラがすがるような表情でこちらを見ている。
「建物は確認した。転移して、建物の中にオリヴィアがいるかどうか調べてみる」
「どうか無事で……」
建物には外階段があり、3階までの各階と塔を繋いでいる。外階段の3階付近に転移。この場所は塔のてっぺんの見張りからは死角になって見えない。
だがまあ、外階段、しかも丘の上なので風が冷たい。
認識阻害の魔法、イビル・ディストーションを起動しておくが、基本的には誰にも見つからないように移動しよう。こっちにもパラスみたいに「不屈の指輪」をしている奴がいたら大変だ。
まずは各階ごとに『
取得したデータからオリヴィアを探すと……。あ、3階にいる!
外階段から3階へのドアは施錠されているが、細い覗き窓があるのでそこから内部を確認。廊下には誰もいない。『
再び『
オリヴィアを救出するだけなら比較的容易だが、モスブリッジ邸の側にこちら側の異変を察知されてしまうと、逆にあちらの家族を危険に晒す可能性がある。
まずは所在が確認できたのでいったん戻ろう。
泉邸に戻る。
「オリヴィアは確かにいる。3階の部屋だ」
そう告げた途端、俺にすがりついて号泣するヴィオラ。
「あああ。よかった。そこにいるのね。……ありがとう、ありがとうデレク」
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