事件の黒幕

 このような用意周到な計画が、ほんの数週間で立案され、実行に移されたとは考えにくい。広域公安隊を利用して濡れ衣を着せるという具体的な方法はともかく、モスブリッジ家を狙う意図は以前からあったのではないだろうか?


 そうだ。ガッタム家の『耳飾り』の諜報員をしていたチャウラやガネッサなら何か知っているかもしれない。


「もしもし、チャウラ?」

「あら。どうしました?」

「実は今、ニールスに海賊が入り込んでいて、そこのモスブリッジ家が大変な状況なんだけど」

「あ、はいはい。諜報部の方からも情報が入っています」

「で、知ってたら教えて欲しいんだけど、モスブリッジ家を狙って何かするという計画は前からあったのかな?」

「ちょっと待って下さいね」


 ガネッサと何やら会話をしているのが聞こえる。

「あたしとガネッサの両方の知っている事をまとめて伝えた方が良さそうなので、こちらに来られませんか?」

「あ、そう? じゃあ、そうさせてもらうよ」


 桜邸に転移。何と、ティッツリーは雪がちらちら降っている。

「うー、寒いなあ」

 お土産に、ちょっといいワインを2本。

「わあ。有り難うございます。さあさあ、暖炉の近くへどうぞ」

 2人は朝の掃除、洗濯などが終わって、ちょうど一息入れるタイミングだったらしく、温かいお茶を出してくれた。メイド服っぽいのを着ているのも、ちょっと可愛い。


 チャウラがまず説明してくれる。

「さて、ニールスを攻略する計画ですが、それ自体はかなり前からあったと思います」

「やっぱりそうなのか」

「ただ、あそこの近くにヘインズ男爵領、ロングハースト男爵領がありますから、ガッタム家としてはそれほど急いで何かをするということは考えていなかったと思います」

「つい最近、ニールスに『耳飾り』の通信員が派遣されたんだけど」

「モスブリッジ領の周りは海賊のテリトリーと言ってもいい状況でしたから、これまでは通信員を派遣するまでもなかったんでしょう」

 その点は俺の見解と一致だな。


 ガネッサが言う。

「モスブリッジ領に侵入を始めたのだとしたら、周辺のヘインズ男爵、ロングハースト男爵あたりがモスブリッジ領を狙ってガッタム家と組んでいると考えるのが自然でしょう」

「モスブリッジ領を手に入れるといいことがある?」

「それはもちろん、ニールスはあのあたりで最大の街ですから、得られる収入も段違いだと思いますよ。モスブリッジ家を失脚させて、領地を接収できたら大儲けです」

 まあそうか。


「それともうひとつ」とチャウラ。

「何か要因がある?」

「ええ、ガッタム家は今、お金がありません」

「あ」

 そうだったね。


「ゾルトブールでは色々悪どい方法で金を稼いでいたようですが、これはダンスター男爵の宣戦布告と王宮の降伏でほぼ終わりました。エスファーデン王国でも王宮から金を巻き上げているのだと思いますが、そもそもあそこはそれほど豊かな国というわけでもありません。しかも今、内乱で資金の調達もどうなっているのか不明です」

「となると?」


「まとまった金を出すと言ってくれる貴族があれば、その貴族の計画に加担するということはあるでしょう」

「あー。そうだなあ。……でも、手持ちの金はないけど、ニールスを手中にできたら将来必ずお支払いします、という契約を交わすみたいなことはあるんじゃないの?」

「それは可能性としてはありますが、ガッタム家としては、それは後回しでいい案件ですよね? エスファーデンがゴタゴタしている状態で別の事案に手を出すとしたら、まとまった金が手に入るアテがあるから、ではないでしょうか」

「ははあ。なるほど」

「あ、あくまでもあたしの意見ですけどね。ガッタム家は大きな組織になってますから、あちこちで分業体制でやってる可能性もありますよ」

 しかし、説得力はある。


 そうそう。海賊のメンバーについて聞いてみよう。

「モスブリッジ家を占拠してる海賊のボスが、パラス・レクサガンという……」

「え! パラス!」

 ガネッサが大きな声を上げる。


「知ってるの?」

「直接会ったことはありませんけど、これまでの通信の中で何度も出てきました。えーとですね、ゾルトブール王国のあちこちに拠点を作るっていう工作をしてたはずです」

「へえ。こちらの情報では、魔法の能力が高くて、怒ると怖い……」

「はいはい、そういえばそんな感じでした。どこでだったか、拠点を作る時にエスファーデンの特務部隊と衝突したことがあって、かなり手ひどくやられたことがあったんです。プライドが高かったので、一転してかなり落ち込んでいたみたいですよ」

「へえ」

 ああ、なるほど。いくつも魔法の指輪をしたりして用心深くしているのは、その時の教訓かもしれないな。


「ニールスのことを任されているとしたら、ガッタム家でも幹部クラスの扱いなんじゃないかと思いますね」

「へえ……。あとはね、タチアナ・スラットリーという女性が『読心』のスキルを持っているんだけど」


「あ、聞いたことあります」とチャウラ。

「手下の話をちらっと聞いたところだと、美人だけど人の心を見透かすようなところがあって怖い、らしい」

「美人かどうかは知らないですけど、『読心』のスキルを持っていたらそんな感じになるのかもしれません」

「この人はガッタム家の関係者なの?」

「えっと、数年前にラカナ公国のモールトンあたりでスカウトされたと記憶してます。ですから一般人ですね。どの程度海賊に協力的なのかは知りませんが、まあ、海賊に目を付けられたら断ることは事実上不可能ですからね」

「ふむ」


 その後、ひとしきりティッツリーでの暮らしぶりを聞いたりしてから泉邸に戻る。


 そういえば、オーレリーがスケラ・ガッタムの周囲を、時々ネコと感覚共有して探っているんじゃなかったかな。何か情報はないだろうか。

 クロチルド館へ転移。


 オーレリーとサスキアを発見。

「あ、デレクじゃないか。最近、朝のトレーニングに出てくるメンバーが少ないんだが、どうなってるんだ?」

「うーん、これは秘密にしておいて欲しいんだけど、聖王国の東側にあるニールスという街がガッタム家の侵入でエラいことになっててなあ。そこに行ったりしてる」

「ニールス?」


 隣にいたサスキアが知っていた。

「ヌーウィ・ダンジョンがあったフラゴルという町から、ラプシア川を下った所にある街じゃなかったですか?」

「あ、そうそう」

「ヴィオラの実家があるとか聞いてますけど?」

「そうなんだよなあ」

 オーレリーが勢い込んで言う。

「それは我々も助けに行かねばならんのではないか?」

「でも、海賊がたくさん入り込んでるみたいだから、オーレリーたちはバレると色々困るだろ? それに人質を取られたりしてるから、暴れたら解決ってわけに行かないんだ」

「ふむ。厄介だな」


「それで聞きたいのは、最近、ガッタム家の偵察に行って、そんな話を聞いたことがないか、なんだけど」

「ニールス、という地名は聞いていないな。もっぱら、エスファーデンでどの貴族がどっちに付いた、みたいな話が多い」

 サスキアが言う。

「あとは資金が足りない、って話ですね」


「そうそう。その資金だけど、どこかからかまとまった金が手に入るみたいな話は聞いたことないかな?」

 オーレリーが思い出す。

「そう言えば何か言ってたぞ。ロングなんとか男爵から手に入りそうだとか」


 え!


「ロングハースト男爵じゃないか?」

「あ、そうそう。そんな名前だった」

「それはどんな種類の資金なんだろう?」

「何かの裏金だとか言ってなかったかな」

「去年の聖王国での何かの催しの時の、と言ってましたが」とサスキア。

 ん?

「具体的には分からない?」

「聖王国のことはよく分からないからなあ。そこまでは覚えていないな」


 昨年行われた、大きな金額が動く何かの催し。考えつくのは、勇者の魔王討伐の記念行事じゃないか? あの時は色々な催しが同時並列で行われていた。その時の経費とか寄付金とかをしたらそれなりの金額になるのかもしれない。


「わかった。有り難う。あとは調べてみる」


 これはハワードと相談だな。……ノイシャはどこにいるかな?

「ノイシャ、あれからどうしてた?」

 イヤーカフで問いかける。


「あ、デレク様。基本的にですね、あれからハワード様と一緒に、馬車で移動したり、デニーズと打ち合わせしたり、といったことをしております。夜はラヴレース邸でご厄介になっております」

「おや」

「ハワード様のおっしゃるには、単身で隠密行動ができるから助かる、とのことで」

「それは良かったよ。で、ハワードは?」

「今、ラヴレース邸です。今、別室でホワイト男爵とご相談ですが、お昼までには終わると……、あ、今、終わったようです」

「そっちに転移したいけど、どこに行ったらいいかな?」


 ノイシャがハワードと話をしているのが聞こえる。

「今、会議室にあたしとハワード様しかおられません」

「有り難う。直行転移ラッシュ・オーバー、ノイシャ」


 転移すると、ラヴレースの会議室。

「いやあ、見るのは2度目だけどやっぱりすごいな」とハワード。

「ニールスは、まだオリヴィアの行方がわからないので動けないんだが、どうやら黒幕じゃないかという人物が浮かんできたので」

「ほう。それは話を聞かないとな」


 そこで、エスファーデンで内乱が起きているこのタイミングで、わざわざニールスに侵入したのは、ロングハースト男爵からまとまった金が入るあてがあるから、という情報を伝える。

「まとまった金?」

「うん、それがね、去年、聖王国で行われた何らかの催しに関係する裏金らしい」

「何だって!」

 ハワード、目を見開いたまま一瞬固まっている。


「何らかの催しって、勇者の記念行事の関係、だろうなあ」

「多分」


 ハワード、頭を少し傾げ、床の一点を見つめて考えている。

 しばらくそうやって考えていたが、やがてこちらを見て言う。

「わかった。これはトレヴァーと、ゲイル行政長官と相談してみる」

「財務関係には?」

 するとハワード、微妙な表情で言う。

「うーん。財務省はねえ、あまり当てにならない、かな」

「ああ、そういう……」


「もし、その話の裏付けになるような何かがあれば、別件でもロングハースト男爵を取り調べることができるかもしれない」

「そっちはお願いできるかな?」

「了解。じゃあ、ノイシャ。またしばらく面倒をかけるけど」

「あ、いえ。喜んでお供します」とノイシャ。


 2人は急いで会議室から出て行った。

 そっち方面でも出るかもしれないな。

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