広域公安隊の役目
オボリスの尋問を終えて、アミーとエメルにはひと足先に泉邸に帰ってもらう。
宿に戻るともう真夜中過ぎ。
用のないフィロメナと、監視を終えたらしいジャスティナはベッドでグーグー寝ている。ヴィオラもベッドに横にはなっていたが、俺が帰ってくるとむくっと起きる。
「あ。ごめん。起こしちゃったかな?」
「いえ、ウトウトしてただけ。それより、どうだった?」
「まず、そこで寝ているフィロメナとジャスティナは置いておいて、俺たちは泉邸に帰ろう。宿の隣の部屋に声が聞こえるのも困る。明日の朝食もここじゃなくて泉邸でとった方がいいだろうしね」
ヴィオラと泉邸の書斎に戻る。部屋にはダークくんがぼんやり座っている。
「あ! あれ? デレクが2人いるわ!」
そりゃあ、ヴィオラは驚くよねえ。
エメルとアミーも書斎にやってきた。
「あ。これがダークくんか。へー」
「ダークくん、元気?」
「まだ頭がぼーっとします」
言われたことをしっかり守るダークくん。
「この人、ダークくんっていうの? ……どう見てもデレク、よね?」
ヴィオラはちょっと離れた所から俺とダークくんを見比べている、
「これは実はモンスターの一種の
「え? ダンジョンにデレクそっくりな人間がいるの?」
「いやいや、召喚したらその人とそっくりになるし、記憶なんかもほぼ同じだ」
「ふーん」
半信半疑の様子のヴィオラは恐る恐るダークくんに話しかける。
「こんにちは」
「こんにちは、ヴィオラさん」
「あら。あたしのこと知ってるんだ。へー。あたしのこと、どう思う?」
「ヴィオラさんはとてもプロポーションが素敵で、いつも見惚れてしまいます。キーン・ダニッチが好きだという話を聞くにつけ、他人のような気がしません」
「ちょ、ちょっと待て。今のは……」
途端に、今までの緊張した顔がほころんでしまうヴィオラ。
「あら。あらあら。なんだあ。そうなのかあ。ふふふふ」
「いや、その、ね」
ダークくん、ちょっと喋りすぎ。やばいことは言っていないが、通常の社交辞令やお世辞よりもちょっと踏み込みすぎではないか?
エメルが呆れている。
「デレク様。そうだったんですか。へえー」
アミーが突然、ダークくんに聞く。
「あたしのことは、どう思う?」
「アミーは行動力と発想力があって、ダガーズの中でも頼り甲斐があるなあ、と思っていますよ」
「あれ? それだけ?」
「メイドのひとりとしてはもちろん、これからも一緒にいて欲しい可愛い人です」
「あら。うふふ」
うわあ。
隣でエメルがすっごく何かを聞きたそうな顔をしている。やばい。
「はいはい、ダークくんをあまり困らせない。これで質問タイムは終わり」
強引に割り込んで終わりにする。困っているのは俺だけどな。
しかし考えてみると、「あたしのこと、どう思う?」なんてストレートな質問を本人にすることって、あまりないよなあ。本人とそっくりの
……だが、ダークくんの答えが危ういなあ。
ヴィオラにはソファに座ってもらって、さっきの海賊の尋問で判明した、悪だくみの仕組みについて整理して伝えることにする。
「かなり用意周到な計画だったことが判明したんだ」
「ええ」
「まず、さっきも夕方あたりから強盗が連続して起きていて、しかも犯人はすぐに釈放されていただろう?」
「そうだったわね」
「まず、海賊たちは長い時間をかけて警ら隊の大半を抱き込んで癒着構造を作り出した。現状、警ら隊のほとんどの構成員はモラルのない奴らか、実は犯罪者や前科者ばかりらしい」
「本当に?」
「実際に、強盗犯がすぐ釈放されているところを見ると、そうなんだろうな、と思わざるを得ない」
「なんてことかしら」
地元の警ら隊の腐敗という話に、少なからぬショックを受けている様子のヴィオラ。
「さて、それで計画が用意周到だというのはここからなんだ」
「え? 警ら隊を抱き込んだだけじゃないの?」
「警ら隊が腐敗していても、それはこの領内の治安が悪いというだけであって、聖王国として、というか王宮が関与するような話にはならない」
「そうね」
「内務省や検察から調査や指導などが入ったとしても、それは警ら隊に対して、だ。モスブリッジ家に監督責任はあるだろうが、それが理由で失脚まではしない」
例えばダズベリーの警ら隊の一部に不正があったが、その後、テッサード家と検察が協力して組織の刷新を行なって解決している。
別の例ではマッドヤードの件。あれもかなり酷かったが、多分同様に事後処理が進んだと思われる。領主である王家が責任を問われたという話は聞かない。
「ここで広域公安隊が出てくる」
「どういうこと?」
「警ら隊の真面目な隊員は嫌がらせを受けたりして次々に辞めているから、現在、警ら隊はかなり人手不足らしい」
「なるほど」
「広域公安隊は聖都やその近郊の警ら隊から選抜されてきているそうだから、つまりは元警ら隊職員だ。ニールスの警ら隊は自分たちでわざわざ人手不足の状況を作り出しておいて、その人手不足の穴埋めを広域公安隊に依頼してるんだ」
「……意味が分からないわ」
ヴィオラは当惑の表情である。
「具体的には、パトロールや事件の捜査など、地元の土地勘とか人脈とかがないと対応が難しい部分を警ら隊が担当し、事件の取り調べと調書の作成を広域公安隊に依頼しているということなんだ」
「特におかしな話ではなさそうだけど」
「そうだろう? 警ら隊が腐敗していることを知らなければ、ありそうな話、だ」
「そうよね」
「だが、広域公安隊の仕事って、何だったかな?」
「貴族領をまたぐような犯罪を捜査すること、よね?」
「つまり、その活動報告は……」
「あ。モスブリッジ領でこんなことが起きています、という報告が内務省あたりに上がることになるの?」
「そうなんだ」
「え。何か嫌な予感がしてきたわ」
「海賊と警ら隊が現在やっていることは、具体的にはこんなことだ。まず、ニールスの街のあちこちで窃盗や強盗やらの事件を起こして、半ばわざと捕まるわけ。それで取り調べで、実はモスブリッジ男爵が関係している犯罪に加担しているんです、みたいなウソの供述をするんだ」
「え? でもそれだと犯人はそのまま捕まって罪に問われるじゃない?」
「ところがここもまた巧妙というか、やり口が汚いんだが、取り調べを行うのは広域公安隊だが、留置場を実際に管理してるのは警ら隊だろ?」
「あ」
「そうなんだ。計画では犯罪を好きなだけ起こして、捕まらなくてもいいし、捕まってもいい。捕まった場合でも、広域公安隊が取り調べを行って、裏で糸を引いているのが領主であるモスブリッジ男爵家でした、という調書が出来上がって内務省に報告が行く。ところが、当の犯人たちは書類上は留置場に入って裁判を受け、刑罰に処されたことになっているが、実は釈放されて何の刑罰も受けない」
ヴィオラがちょっと考えてから質問する。
「……ニールスの検察が黙ってないんじゃないの?」
「それが、広域公安隊という組織は法律上の裏付けがしっかりできていないもんだから、刑事事件としての取り調べと書類の作成は代行して行うけれど、実際に地元の検察との間でやり取りを行うのは地元の警ら隊なわけ」
「うわあ……。広域公安隊はその仕組みに気づいていないのかしら?」
「どうやらね、広域公安隊は実に真面目に仕事をして、きっちり報告書を作って内務省に上げているらしい」
「……。内務省の方はどうなのかしら」
「そこまでは確証がなくて分からないんだが、おそらく、海賊と内務省にパイプのある人物がいて、内務省のトップの方は薄々知ってるんじゃないかな」
「それ、許せないわ」
ヴィオラは拳を握りしめている。
「海賊の言う『仕込み』と、その裏にある巧妙な仕組みはどうやらこういうことだ」
「それを考えたのは誰なのかしら?」
「さっき捕縛したオボリスって奴は、それが誰なのかは知らないが、計画の指示書ってやつがあって、アジトになってる飲み屋の貴重品入れに保存してある、って教えてくれた」
「ねえ。さっきから気になってるんだけど、捕まった海賊はなんでそんなにペラペラと内情を教えてくれるの?」
すると黙って聞いていたアミーが言う。
「ふふふ。キーン・ダニッチの怪しい魔法ですよ」
「え?」
「ヴィオラも、うっかりしてると乙女の秘密を聞き出されちゃうかもよ」とエメルがニヤニヤしながら言う。
「いやいや、そんなことしないし」
「ま、信用はしてますけど」とエメル。
「確かにこれまで悪用したことはなさそうで、……考えてみたら、デレク様、偉いですよね」とアミー。
「だろ?」
ちょっと笑顔になってヴィオラが言う。
「でも、あたしの秘密ならいくらでも教えてあげるわよ」
「あのー。そういうことは軽々に口に出さない方が……」
「うふふ」
「ヴィオラには、デニーズから何か連絡はないの?」
「えっと、現時点までのところ、内務省にも王宮にも目立った動きはないらしいわ。ただ、これは確定した情報じゃないんだけど、最近ニールスから聖都のモスブリッジ邸にやってきた行政官補佐のウィカリースというのがいるんだけど、デニーズの言うにはこの人物が怪しいらしいわ」
「そのウィカリースという人物はヴィオラも知ってるの?」
「その人、聖都に来てまだ日が浅いから、顔を知ってるという程度ね」
「怪しいというのはどういうこと?」
「本当にニールスのお父様の指示で派遣されて来たのかが、まず怪しいらしいわ」
「ほう。ということは海賊の手先?」
「その可能性があるから身辺や動きを探っているそうよ」
「デニーズにも、さっきの広域公安隊を使った悪だくみについて伝えておいてくれる? それとね、リリカの実家があるレディチの街にも親衛隊がいるという情報がある」
「わかったわ」
海賊は手駒に過ぎないだろう。この悪だくみの仕組みを考えて実行に移した人物を探し出さなければならないな。
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