犯罪天国

「どういうことだろう? その飲み屋が悪党の溜まり場ってこと?」

「海賊の拠点じゃないですか」

 そっか。ザカリーたち2人は酒を飲みに店に入ったんじゃなくて、いや飲んでるかもしれないけど、拠点に帰ってきたってことか?


 アミーは何か違和感を感じている様子。

「でも、海賊が強盗を働くのは想定内ですけど、仲間が捕まったという割には、逃げる様子も、捕まった仲間を助けに行こうという様子もありません。普通に店に来て、入り口で仲間らしいのと普通に会話してますね」

「そうね。何か変な感じ」とジャスティナも同意。


「うーん、これは直接確認に行かないといけないかな?」

「ガラの悪そうな連中がたくさんいますよ? 大丈夫ですか?」

「まあ、近くに行ってみるよ。……エメル、ついてきてくれる」

「あ。はいはい」

 エメルは魔法が使えないから、「遠隔隠密リモートスニーカー」で監視ができない。監視はアミーたちに継続してもらう。


 アミーのネコに、人がいない路地に移動してもらう。

想起転移リコレクト・リープ

 ネコのそばに転移。


 問題の飲み屋のそばに行くと、どうにも女性連れで入れるような雰囲気ではない。

「ちょっと遠くから見ててくれるかな」とエメルに言う。

「はい、気をつけて」


 よし、また「使い捨てワンユース盗聴器バグ」を用意。さらに「変装ディスガイズ」で別人の顔になってから店に潜入。

 ……と思ったら入り口で止められてしまう。


「おっと、兄ちゃん。ここは入っちゃダメだ」

「あれ。居酒屋ですよね?」

「ふふん。ここは会員制のバーでな。センスの高い選ばれた客しか入れねえんだなあ」

「ありゃ。……この服装がダメってこと?」

「あははは。服装はともかく、一見いちげんさんはお断りだ」

「それは残念。『このへんでしつれいします』」


 気づかれないように、盗聴器の魔石を店の中に放り込んで帰ってくる。

 ついでに、店にいる連中の情報を「人物探知ソナー」で取得しておこう。


 遠くで見ていたエメルが笑っている。

「あはは。デレク様は『センスの高い選ばれた客』じゃなかったんですねえ」

「ほっとけ」


 ギャスパール亭の部屋に戻って、盗聴器の音声を聞く。


「両替商からふんだくって来た金はどのくらいある?」

「ここにほら。金貨20枚くらいはあるっス」

「ギャハハハ。大儲けだなあ」

「しかも捕まっても無罪放免って、本当っスか?」

「本当、本当。もうじき帰って来るって」


 盗聴できた中で犯罪などに直接関係ありそうなのはこれだけ。なんだろうなあ。


 小一時間経った頃、店を監視しているアミーが言う。

「あれ? さっきの強盗犯2人ですよ。店にやって来ました」

「え? どういうこと?」

「警ら隊が捕まえたはずですが。……釈放したってことですよね」

「さっきの盗聴でも『無罪放免でもうじき帰って来る』とか言ってたな」

「確かに。冗談かと思ってましたよ」

「これがさっき奴らが相談してた『仕込み』と関係あるのかな?」

「意味が分からないわ」とヴィオラ。


 海賊と警ら隊が結託して、犯罪を犯した者も罪に問うことなくすぐ釈放している、ってこと? 地元の治安は悪くなる一方だろうから、モスブリッジ家の評判は悪くなるだろう。ただ、それは地元の警ら隊の腐敗でしかない。それが元で男爵が失脚するようなことになるだろうか。


 アミーが言う。

「別な男が2人、店から出て来ましたけど……。ナイフを隠し持ってる様子です」


「エメル、ちょっと後をつけてみようか。ここにいても情報がないし」

「そうですね」


 再び商店街に転移。

 2人組の男たちが何かをボソボソ話しながら、商店街を歩いて行く。しばらく後をつけていると、そのうちに歩く速度が遅くなる。男たちよりも前を立派な身なりの老人がゆっくりした足取りで歩いているが……。

「あの人を狙ってるのかしら」と小声でエメルが言う。

 どうもそのように見える。


 そのまま商店街を抜け、すっかり暗くなった住宅地に入った辺りで、いきなり男たちが老人に走り寄る。

 ひとりが老人の前に立ち塞がり、もうひとりが逃げられないように後ろに立っている。男は懐からナイフを取り出す。

「大声は出すなよ。分かってるよなあ、金さえ出せば助けてやるぜ」

「な、何なんだ、あんたたたちは」と震える声で答える老人。


「いかん、助けに行くぞ」

「はい」


 駆け寄って叫ぶ。

「やめろ!」

「あー、この爺さんがどうなっても……」

「イビル・トラップ!」

 闇系統の魔法である。相手を硬直させ、無理に動くと身体に損傷がある。

「あれ? 身体が動かねえ」

 などと言っている間に、エメルがナイフで切り付ける。

「うわ。ひでえ。話が違うじゃねーか」


 は? 何言ってんだ?


「ご老人、早く逃げて!」

「あ。うん。有難う」

 老人は小走りにその場を立ち去る。


 抵抗できなくなった相手を素早く後ろ手に縛り上げる。

 ひとりはエメルに切り付けられて、右腕からかなり血が出ている。


「何だよお、オメーら警ら隊じゃねえのかよお。くっそー」

 何か様子がおかしい。


 『尋問上手』を起動。

「警ら隊だったとしたらどうなるはずだったんだ?」

「普通なら捕まって牢屋送りかな。俺たちは無罪放免だけどな」

 え?

 さっきと同じようなことを言ってるが?


「そんなわけないだろ。警ら隊で取り調べられて、その後は裁かれて牢屋なり、鉱山送りなり、だ」

 すると男が言う。

「ここしばらく、俺たちは好き勝手に何でもできるんだぜ」

「意味が分からんが」

「捕まったら大人しく警ら隊の本部に行くだろう? それから取り調べはある。でも、しばらく我慢してたら、そのあとは釈放されるって話だ。強盗でも強姦でもやりたい放題って天国みたいな街だぜ」

「何を言ってるのかしら? 頭おかしいの?」とエメルも困惑している。


 しばらくしたら、さっきの老人が通報したのだろう。警ら隊と思われる制服の2人組が駆けつけて来た。

「あれ? あなたたちは?」と問われるので答える。

「国境守備隊の者ですが」


 その時、隊員2人のうちのひとりが舌打ちをしたのが聞こえた。

 もうひとりは取り繕ったような顔で言う。

「それはご苦労様でした。お怪我はありませんか」

「ええ、問題ありません。警ら隊の詰め所まで同行しましょう」

「いえ、それには及びませんよ」

「いえいえ、犯人は怪我をしていますし、状況の説明をする義務があるでしょう?」

 再び、もう一人がむこうを向いて舌打ちをしている。


「いえ、今日はさっきも強盗があったりと、人手が足りないのです。状況は分かりましたのでもう結構です」

 頑なに同行を拒否される。

 実は、本当に詰め所まで行ったら俺の名前と所属を明かさないといけないから行く気はなかったんだけど。それにしてもおかしい。


 警ら隊の2人が犯人を連れて遠ざかって行くのを見送って、また宿に帰る。


「どうでした?」とアミー。

「強盗の現場を捕まえたんだが、駆け付けた警ら隊の隊員は、俺たちが国境守備隊を名乗ったらあからさまに嫌そうにしてたんだよなあ」

「それってどういうこと?」とヴィオラ。

「詰め所に一緒に来られたら、すぐ釈放するのがバレるから、かなあ?」

「犯罪し放題だとか言ってたわよねえ。何か変よ」とエメル。


 うーん。

「……あ。あのスキンヘッドのオボリスって奴が、今夜10時に押し込み強盗に行くってわざわざ教えてくれてたな」

「え? どこで?」

「エメルたちと行った、昨日の定食屋に奴がいて、そんなことを相談してた」

「へー。デレク様はよくそんなことまで聞いてますね」とエメルに感心される。

「いやいや、あの定食屋には情報収集に行ったんだぜ?」

 ジャスティナも言う。

「そうだったんですか。あたしは肉と玉ねぎが美味しかったことしか覚えてないです」

「……まあ、いいけどさ。幹部っぽいオボリスを捕まえて聞いてみよう」


 そう言うわけで、しばらく休憩させてもらってから、10時近くに三度めの出動である。


 だが、オボリスはなかなか店から出てこない。海賊が正確な時計などを持っているはずもないので仕方ないが、かなり時間が過ぎてからやっと3人組が出てくる。一杯やっていたのか、いい気分のようである。


 後をつけるのは俺とエメル、アミーである。

「本当にこれから強盗ですか? はしご酒か、そうでなければ帰って寝そうな雰囲気ですけど?」とアミー。

「まあそうだったとしても捕まえて尋問すればいいよ」


 男たちは夜道をしばらく歩いて、住宅街の中にある立派な邸宅の前までやって来た。時刻はすでに11時近く。邸宅の明かりは消えており、あたりも真っ暗。住人は既に就寝しているのだろう。

 男たちは邸宅の裏手に回り、通用口のあたりで何やらゴソゴソしている。

 間もなく錠前が開いたらしく、扉を開けて中へ入って行く。


「よし、俺たちも行くぞ。ホワイトアウトを使うつもりだから気をつけろよ」

「はい」

 通用口の脇に立って、用心深く中の音に耳を澄ませる。


 中で声がする。

「おい、起きろ」

「わああ、何ですか! あなたたち」

「命が惜しければ……」


 中に飛び込む俺たち。

「お前たち! そこまでだ! フラッシュ!」

 その途端に目も眩む閃光(のはず)。俺たちは目を閉じているが、まぶたを通しても強い光を感じる。


 男たちと住人らしい男女は目が眩んで一瞬動きが止まっている。

 その隙に俺たち3人で一人ずつに飛びかかる。

「な、なんだおめえら」

 男たちは目が眩んでいるなりに反撃しようとする。だが。

衝撃波ショックウェーヴ!」

 ダガーズの指輪の魔法である。これは魔力のないエメルも起動できる。


 2人の男は1発で失神。オボリスは1発目の衝撃波ショックウェーヴは堪えたようだが、2発目で失神。


 住民の年配の男女は呆然としてその場にへたり込んでいる。

「お怪我はありませんか」と問うと、言葉も出せずにコクコクと頷くのみ。


「我々、国境守備隊の者です。犯罪者を発見して追跡して参りました。何も被害がないようで何よりです」

 それから3人を縛り上げて、そのまま引きずって邸宅から出る。

 もちろんそのまま引きずるほどの腕力はないので、「重力制御グラヴィティ・コントロール」を使っているのだが、その様子だけ見たら驚くほどの怪力に見えるだろう。


「どうします、」とエメル。

「うーん。そこまで考えてなかった。宿に連れ帰るわけにもいかないしなあ」

「尋問するなら、誰も来ない場所じゃないとダメですよね」

「もういっそ、ナルポートあたりでどうです? なんなら悲鳴を上げられても誰も助けに来ませんよ」とアミー。

 悲鳴、って。

 しかし、他にいい知恵もないので、ノビている連中をストレージに格納してからナルポートへ転移。


 その後、酒臭いオボリスに丁寧にお話を伺った結果、海賊たちの周到な計画が明らかになったのだ。

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