カラスのお使い

 オリヴィアの消息に関する情報がなかなか入手できない。


「そろそろお昼ですよ、デレク様」とエメルに言われる。

「え? エメルたちが朝食を食べた時間はこの中で一番遅いんじゃないの?」

「いえいえ、決まった時間にお腹って減りますよね」


 とはいうものの、ヴィオラが部屋から外に出るのはまずい。


「あ。ピンと来ました。念話でゾルトブールのカレーが呼んでます」とジャスティナが何か言ってる。

「……しょうがねえな」


 まあそれも悪い案ではないので、まず俺とエメル、ヴィオラでアーテンガムに転移。

「うわ。ここがアーテンガムなの? 話には聞いてたけど、大きな街ねえ」

「もう内乱の影響も全然感じないな」


 食事が終わって、次にジャスティナ、アミー、フィロメナだが……。

「リズ。アーテンガムにカレーを食いに連れてってくれるかな?」

「うわ。カレーかぁ。行く行く」


 そんな感じで予想外のカレータイム。

「アーテンガムって初めて行ったわ。ちょっと感動」とヴィオラ。

「カレー、美味しかったでしょ?」とエメル。

「いいわねえ、また行きたいわ」


 昼食の間中、どうやって屋敷の情報を得ようかと考えていたが、ちょっと試してみたい方法を思いつく。


 時刻は午後2時過ぎ。屋敷に男が2人やって来たという。

「えっと、片方はザカリー・キッカートという男、大柄な方はオボリス・キャニーワイズという名前ですね」と見張り当番のジャスティナ。


「ちょっと試したいことがあるから行ってくるよ。多分すぐ戻る」


 屋敷から少し離れたあたりへ転移。男2人がやってくる。

 あれ? 片方の大柄な男はスキンヘッドにコウモリのタトゥー。定食屋で強盗の相談をしていた男じゃないか。こいつがオボリスって奴か。


 昼になって天気も良くなり、屋敷のあちこちの窓は開け放たれている。

「カラスの視線で見てる人、青い髪の女はどこにいる?」

 ジャスティナから返事。

「はいはい。1階の、エントランスの右隣の部屋ですね」


 ザカリーたちが屋敷に入って行くのを見届けて、魔石というか、石英の大きめのかけらを取り出す。

「盗聴器生成!」


 これは『使い捨てワンユース盗聴器バグ』を作る魔法である。この魔石の大きさなら多分、5分くらいの盗聴が可能だろう。

 盗聴器の機能を起動する詠唱。

「このへんでしつれいします」


 次。

「使い魔たるカラス、我がもとへきたれ」


 魔法システムの中にあったが、意味がわからなくて放ってあった魔法『使い魔使役』だ。クラリスに教えてもらったやつ。カラスやネコにお使いを頼める。


 カラスが1羽、バサバサと降りてくる。目の前で見ると案外デカい。ハヤブサカラスだな、どうやら。

 しゃがんで、手のひらにさっきの魔石を乗せて再度詠唱。

「使い魔たるカラス、この魔石をザカリー・キッカートのもとに運べ」


 するとカラスくん、魔石をクチバシに咥えてバサバサと飛び立つ。屋敷の方向へ飛んで行くと、そのまま見事な滑空を披露して1階の部屋に突っ込んだ。


「うわ! おいおい何だ、カラスが飛び込んできたぜ?」

「ちょ、ちょっと何?」

 イヤーカフからは、魔石で盗聴している音声が聞こえる。


「やだ、早く追い出してよ」

「わ、わぁ」


 ドタバタと音がして、数秒の後、部屋から出てきて悠々と大空に戻っていくカラスくん。お仕事ご苦労さん。


 どうやら魔石は部屋の中に落ちているらしい。誰かが歩く足音が大きく聞こえる。拾って捨てられる様子もない。よし、うまくいった。


 転移して宿に戻る。

 一部始終を見ていたジャスティナとアミーも驚いている。

「何ですか、あれ。カラスとも友達だったんですか?」とジャスティナ。

「さすがにブレードウルフは呼べませんからねえ」とエメルも呆れている様子。

「え? ブレードウルフ?」と事情が分からないままのヴィオラ。

「ふふ。魔法使いみたいだっただろ?」

「そこ、突っ込まないといけませんか?」とジャスティナ。


 さて、耳元をトントンと叩いて、盗聴内容をみんなで聞く。


「さて、今日の定時報告を聞かせてもらおうかな」と男の声。これがザカリーだな。

「特に変化はないわね」と女の声はパラスだろう。


「ジミーの旦那と息子は生きてるか?」

「今は2階に閉じ込めて、麻薬の煙の中で夢を見てもらってるわ」

「それってどうなるんだ?」

「例えば国境守備隊とか警ら隊が指示を仰ぎに来るじゃない。でも、人質で脅してあるし、薬で朦朧としてるから、教え込んだ通りの受け答えをしてくれるわ。そっちの仕込みの方はどうなのよ?」

 すると、別な太い男の声がする。これがオボリスだな。

「もう何日も、着々とやってるぜ。なかなか楽しい任務だな」

「広域公安隊は?」

「あいつらには情報は漏れていない。きっと真面目にいい仕事をしてくれるぜ」


「気になってたんだが、人質のお嬢ちゃんは?」とザカリーの声。

 それに対して再びパラスの声。

「秘密の場所に監禁してるわ。多分、坊ちゃんのいいオモチャになってるだろうさ」

 坊ちゃん?

「でも、ここで何か起きたらすぐ対応できるのか?」

「そりゃ、そのためにうまい監禁場所をちゃんと選んでるからね。それはここの屋敷の奴らも分かってる。少しでもおかしな動きがあったらお嬢ちゃんの命はないよ、って脅してあるからこっちの言いなりさ」

「ふーん」


「そっちは聖都あたりから何か情報はないのかい?」

 ザカリーが答える。

「あ、そうそう。昨日の夜から、モスブリッジ家のヴィオラの姿が見えないって話だ。こちらの動きに気づいたかな?」

「いなくなったのはヴィオラだけ? 誰かと一緒とか?」

「いや、ヴィオラだけいなくなったという話で、ちょっと騒ぎになってるらしい」

「ふーん。男としけこんでるじゃないの」

「オメーじゃねえんだからさ」

「はあ? でもひとりで乗り込んで来たって何もできやしないさ」

「おめえの計画だと……」


 ここで音声が途切れる。


「ありゃりゃ。時間切れか」

「でも、かなり有益な情報が得られたわ」とヴィオラ。

「坊ちゃんって、誰だろう?」

「分からないわ。ああ、酷い目にあってるかもしれないのに監禁場所が分からない」

 ヴィオラは下を向いて唇を噛んでいる。


「結局、今の話はどういう内容だったんですかね?」とアミー。

「海賊勢力が気に入らない貴族を失脚させる時のやり口のひとつだと思う。実際にあった方法としては、領内に麻薬だの密輸品を運び込んでおいて、それを貴族ぐるみの犯罪みたいに見せるんだな。冤罪を被せるわけだ」

「広域公安隊がどうのこうのと言ってましたが?」

「多分、何も知らない広域公安隊に摘発させるという筋書きじゃないか?」


「しかしオリヴィアさんの行方が分からないと下手に動けません」とエメル。


「とりあえず、今の男2人が屋敷から出たら、カラスか何かの視覚を使って行方を追跡してくれないかな」

「あ、じゃ、それはあたしがやります」とアミー。

「途中で巻かれるといけないから、追跡はアミーとジャスティナで。ヴィオラは屋敷の監視にあたってくれないか」


 ザカリーたち2人にもオリヴィアの監禁場所は知らせていないらしい。しかし、追跡して冤罪の「仕込み」についての情報が得られるかもしれない。


「あ、2人が出てきました」とジャスティナ。

「はい、あたしも後をつけます」とアミー。2人ともカラスと感覚共有しているらしい。


 そのまま男2人は歩き続け、商店街に入ったという。

「あれ? 昼間から飲み屋に入っちゃいましたよ?」

「は? 今日の仕事はもう終わりか?」


 それからしばらく経つが出てこない。「仕込み」がどうこうって言ってなかったか? どういうことだ?


 聖都の動きをヴィオラに聞いてもらう。

「デニーズ? ヴィオラだけど」

「あ、ヴィオラ。そっちの様子は?」

「オリヴィアが人質に取られてて、居場所が分からないのよ」

「うーん。こっちはねえ、あなたがいなくなったからって少し騒ぎになってる」

「あー。……でもニールスにいると言うわけにも行かないわよねえ」


「それから、ハワードとロックリッジ男爵で対応を協議してるんだけど、まずは現地の状況が不明なことと、海賊や警ら隊、広域公安隊の様子が分からないので困っているという感じ。現状は信頼できる貴族の人たちに少しずつ情報を流して、いきなりモスブリッジ家が陥れられることがないように対応しようとしてるわ」

「分かった。今、徐々に情報を集めてるところなんだけど、相手からの情報が少なくて。分かったことがあればそちらにも知らせるわ」

「よろしく」


 ヒナにも聞いてみる。

「ヒナ、何か新しい動きは?」

「ヒナ・ミクラスです。聖都の通信員からは白鳥隊のヴィオラ嬢の消息が分からないという情報が上がっています。ニールスのキッカートからは、予定通りという報告しか上がっていません」

「それだと何が起きるのか分からないな」

「事前の打ち合わせ通りなのか、具体的な行動内容は現地で決定されているか、ではないでしょうか」


 ううむ。あのパラスという女から情報が引き出せると簡単なんだが。

 カラスのお使いはうまく行ったが、そう何度も使える手ではなさそうだ。屋敷には侵入できないし、『読心』のスキルがある女もそばにいるらしいし、下手なことを仕掛けたら人質が危ない。

 ……どうしよう?


「それから、親衛隊について情報が得られました」とヒナ。

「え、どんな内容?」

「聖都にいるガッタム家の諜報員、ロドルフォ・サズマンからの報告です。現在、聖都以外で親衛隊の活動拠点があるのは、ミドマス、ランガム、ダズベリー、そしてレディチ、この4つです」

「え。ニールスにはないの?」

「話には出ておりませんので、今のところ存在しないと推測できます」

「レディチってどの貴族の所領だっけ?」

「ラッソー男爵家です」


 ラッソー男爵って、白鳥隊のリリカの伯父さんだな。

 レディチは聖都からシナーク川を遡った街で、マシャムとの間に運河ができていたな。リズとあそこでビリヤニを食った記憶がある。

 王家は運河の建設に乗り気ではないが、親衛隊の拠点を作ったというのはその辺りが関係しているのか?


 突然、ジャスティナが叫ぶ。

「あ? 商店街が何か騒がしいです」

 アミーはネコの目で見ているらしい。

「そうね……。あ、強盗! 両替商から覆面をした男2人が出て走って逃げてます」

「えええ?」


 アミーがネコで追いかけているらしい。

「路地から仲間らしいのが出てきて、金を受け取って走って行きます。あ、強盗の2人は周りの人に取り押さえられてます」

「金は持って逃げられちゃった?」

「バンダナで覆面をした仲間らしい男が持って行っちゃいましたね……。2人組は警ら隊が来て連れて行きます」

 治安が悪化してるのかな? それにしては逮捕は素早かったな。


 ジャスティナはさっきの飲み屋の前で監視を続けている。

「あら? ちょっとちょっと。アミー。戻ってきて」

「何?」

「今そこの路地から出てきたバンダナを首に巻いてる男、見える?」

「うん……、あれ! あの変な模様のバンダナは、さっきの強盗の仲間ね」

「飲み屋に入っていくわよ」


 何だって?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る