パラス・レクサガン
その夜のうちに、フィロメナとアミーに、翌朝に出かけられるように準備をしておいてもらう。
ヴィオラ用に指輪を調整して、あとは死んだように寝る。
早朝。
「デレク、朝だよ」
耳元でリズがささやく。
「え。もう朝か。……何で一緒に寝てるかな」
胸元がはだけてて、朝からヤバいじゃないか。
「うふ。ダメだよぉ、ダガーズとばっかり遊んでたら」
「いや、遊んでるわけじゃないけど……」
長いキスで口を塞がれ、ぎゅっと抱きしめられる。
あー。朝から幸せ。……。
いやいや。
意を決してベッドから抜け出すと急いで朝食を済ませる。
書斎に入ると、ダークくんがイスに座ってぼんやりしている。
「調子はどうだ?」
「頭がぼーっとします」
ああ。そういう設定だったな。
作業着風の服に着替えると、リズが呆れて見ている。
「いや、もう何も言わないよ。それがダニッチってことだよね」
「そういうわけでもないんだけど……」
ヴィオラには好評である。
「13番地事件の時は上下とも黒い服装だったわよね。あれも素敵だったけど、この格好も味わい深いなあ」
この服装を褒められたのは初めてじゃないか?
ヴィオラを連れてニールスの宿へ転移。
「ありゃ。まだ寝てやがる」
ベッドの上で抱き合って寝ているジャスティナとエメル。
「こら。早く起きて朝飯を食ってこい」
「あ、すんません。朝食当番でしたっけ?」と寝ぼけているジャスティナ。
その後、リズに頼んでフィロメナとアミーを連れてきてもらう。
「ヴィオラ。こちらがアミー。魔法も使えるし、頼りになるんだ。それからフィロメナ。彼女は特殊なスキルがあるから、何が起きたかを調べるのに役立ってくれると思う」
「あたしの領地のトラブルに協力してもらって感謝します。よろしく」
「いえ、もうこれが仕事みたいなもんです」とアミー。
「えっとね、ヴィオラはエメル、ジャスティナと一緒にダンジョンに行ったこともあって、フランクに呼び合う仲なんだ。だから、アミーもフィロメナもここでの活動中は敬語とかなしでいいよ。……いいよね、ヴィオラも」
「もちろん。よろしく、アミー、フィロメナ」
「あ、はい」とは言うものの、いきなり貴族のお嬢様を呼び捨てにするのはちょっと無理がありそうなフィロメナである。
「で、偵察なんだけど、わざわざ現地に行かなくてもいい魔法があって……」
ヴィオラに指輪を渡し、「
ベッドに腰掛けてヴィオラが言う。
「あ、本当。屋敷が見えるわ」
「視点が低いならネコ、高いならカラスだと思う」
「これはカラスね。へえ」
そして、残飯あさりなどの注意事項も忘れずに伝えておかねばな。
しばらく、ヴィオラとアミーに、「
「誰か来たら、『ネームプレート』っていう魔法を起動したら、名前が分かるよ」
「了解」
そうこうしているうちに、朝食を済ませたジャスティナとエメルも戻ってくる。
「俺はフィロメナと屋敷の近くに行ってみるから、ジャスティナとエメルは待機。動きがあったら連絡して」
フィロメナと一緒に、昨日と同じ場所に転移。今日は昨日より天気がいい。
「へえ。ここがニールスの街なんですか」
「俺も昨日来たばかりだけどね」
「ゾルトブールと比べると、同じ港の近くの街でもなんとなく洗練された感じです」
「ゾルトブールの人って、看板にしても店のメニューにしても、くどいよね」
「そうなんですよ」
屋敷のそばまで行ってフィロメナに尋ねる。
「数日前くらいに、このあたりで何かトラブルめいたことはなかったかな?」
少し目を閉じているフィロメナ。
「いえ。ここでは何も感じません」
ふむ。
ちょっと小芝居でもしてみるか。
「リズ、済まないけど書斎に廃棄予定の書類がまとめてあるよね? 王宮から来たどうでもいい行事のお知らせとかなかったっけ?」
「え、ゴミでいいの?」
「うん」
しばらくしてストレージに、王宮から来たどうでもいい書類。
「何ですか、これ」
「うーんと。『古典を愛好する貴族師弟の定型詩鑑賞朗読会のお知らせ』、だな」
「はあ」
屋敷の門に向かうと、門番をしている男が面倒そうに出てくる。
「何か用かい?」
「グラウス男爵家から使いで参りました。この書類をお嬢様のオリヴィア様にお渡ししてご返事を承るようにとのことです」
「はあ?」
男は書類を受け取るものの、どうやら文字が理解できないらしい。門番失格。
ちなみに、グラウス男爵なんて男爵はいない。貴族の屋敷のものならそのくらいは分かるはずで、こいつは他所から来た海賊か何かの下っ端に違いない。
「ちょっと待て。これ、どういう書類?」
ここで『尋問上手』を起動。
「オリヴィア様が文学に関心がおありとのことでしたので、お誘いに参ったようなわけです。詳細はそこに書かれている通りです。オリヴィア様はどちらにおられますか」
「オリヴィア様なら、ご在宅なので取り次ぐことはできるけど。だけど本当はここにはいないんだぜ」
「どちらにおられますかねえ」
「在宅だって言ってるだろ。俺は知らないけど、ここじゃないどこかだ」
「パラス・レクサガンさんって誰ですか」
「さあ、そんな人は知らないけど、俺たちのボスだ。ちょっと怖いんだぜ」
「タチアナ・スラットリーって人は?」
「屋敷にいるよ。綺麗な姉ちゃんでさあ。俺、密かに狙ってたんだけど、人の心を見透かすようなところがあって、別な意味で怖いんだ」
へえ。そりゃ大変だな。
「ザカリー・キッカートって人は知ってる?」
「そんな人も知らないけど、ザカリーはガッタム家との連絡係だ。1日に1回は来るな」
ほほう。
ここで『尋問上手』をキャンセル。
「とにかくお返事をお願いします」
「うんうん。分かったからここで待ってろ」
門番の男は書類を手に屋敷に入って行く。
その間に周りを見渡すものの、警備が厳重とかそういうことでもなさそうだ。ただ、屋敷のあちこちの窓から、こちらを見ている視線を感じる。
「何ですか、今の」とフィロメナ。
「言っちゃいけないことをうっかり喋っちゃう魔法だ」
「うわ……。あたしにはかけないで下さいよ」
「わかってるって」
門番の男と一緒に、もう一人、アゴヒゲをしたちょっと太った男がやってくる。
グラウス男爵はウソだけど、書類自体は王宮から来た本物だからな。文字がちゃんと読めて、それに応じた対応ができる奴が出てきたんだろう。『読心』のスキルがあるタチアナという女に出て来られたら厄介だと思ったが、そうじゃなくて一安心。
「あの男について、過去に何かなかったか調べられるかな?」
「やってみます」
アゴヒゲ男が言う。
「グラウス男爵家からのお使い、ご苦労様です。オリヴィアお嬢様は少々風邪気味でして、今回は失礼させて頂きたいとのことです」
「左様ですか。了解いたしました。では、私どもはこれで」
一礼してその場を後にする俺たち。
「どうだった?」
「アゴヒゲの男は、この屋敷に乗り込んで、何人もの人を殺しています」
「うわ。悪い予想が当たったな」
「お嬢様の行方についてはちょっと分かりません」
しかし、魔法が使えるパラス・レクサガンという女がボスで、連絡係のザカリーがそのうちやって来るということが分かったのは収穫だ。
宿に戻る。
狭い宿の部屋は結構キツキツである。これはもうひと部屋取るか、広い部屋に移動した方がいいかなあ。
「連絡係のザカリーという奴がそのうち来るらしい。それと、屋敷の食糧とかはどうしてるんだろう?」
「出入りの業者が食材を持って、毎日午前中に届けに来るはず。もうそろそろくる頃合いじゃないかしら……」とヴィオラ。
突然、イヤーカフにセーラから。
「デレクぅ」
「あ。セーラか」
「今日もまた苦行というか、拷問の時間が始まるのよ」
「何日かしたら慣れると思うんだが」
「とりあえずあたしは生きてるってことだけを知らせておくわ」
それだけ伝えると通信が切れる。
「セーラが船酔いで死にそうだって言ってる」
ヴィオラがちょっと笑う。
「ふふ。さすがのセーラも船酔いには勝てないか」
「ヴィオラは船酔いは?」
「あたしはミドマスとニールスの間を船で行き来することがあるから、外洋に出ても比較的平気かな」
その後、交代でネコやカラスの視点で監視を継続していると、アミーが言う。
「ロバが荷車を引いて来ました。あれが厨房に出入りしてる業者じゃないですか?」
「あ、じゃあ俺がちょっと侵入を試みてくる」
「大丈夫ですか?」と心配するヴィオラ。
「これまでもあちこちに入り込んでるから、大丈夫だと思うけど……」
また屋敷のそばに転移。おじさんとロバが引く荷車が、丘を登って屋敷の方向へ行くのを発見。荷車には野菜や肉、酒類などが沢山積まれている。
認識を阻害する闇系統の魔法、イビル・ディストーションを起動してさりげなく荷車の後ろを付いて行く。業者のおじさん、すんません。
通用口から中に入る。厨房の勝手口が開いて女性が出てくる。
「あ。あれは屋敷の厨房の係です。あの人は無事なんですね」とイヤーカフからヴィオラの声がする。カラスと感覚共有して見ているらしい。
厨房には男が突っ立っているが、酒や卵などを運ぶ女性を手伝おうともしない。どうやらこいつは監視役だな。
女性と業者のおじさんが、野菜の入った大きなカゴを荷車まで取りに行くというので、監視役の男も一緒に外に出る。
勝手口に誰もいなくなった隙に厨房の中に入り込もうとすると、奥から女性がやってくるのが見える。
「おい、お前何してる!」とデカい声で呼び止められる。
え? なんで?
イビル・ディストーションは起動中のはず。認識阻害の効果がない?
『
パラスはボサボサの青い髪、グレーの瞳。かなりキツい感じの顔立ちである。さっきの門番が怖いって言っていたが、確かに怒らせたらめっちゃ怖そうである。
とっさに、そこにあったカボチャを持って、パラスに手渡す。
「今日は野菜が多いから、手伝いに呼ばれまして。ほら、重いですから気をつけて」
「あ、うむ」
差し出されたカボチャを何となく受け取るパラス。指にいくつか指輪をしている。
「う、確かに重いな、これは」
カボチャを渡しながら『
「自由の指輪」と「不屈の指輪」である。
これはヤバいな。
「不屈の指輪」をしていると、イビル・ディストーションをはじめ、認識を阻害したり混乱させたりする魔法が効かない。
俺は魔法士の個人情報を書き換えて魔法を使えなくすることができるが、「自由の指輪」をしている相手の場合、ダガーズの「
「ちょっと大根とかも持って来ますね」
などと言いつつ、勝手口から退避。
いやー、ダニッチ風の服に着替えておいてよかった。
「え? デレク、どうしたの? 内部に侵入してみるって……」とヴィオラの声。
「今、厨房にやってきたのが、ボスのパラス・レクサガンだ。魔法を一部無効化する指輪をはめていてね、うまく侵入できなかった」
「それってまずい相手ですよね」とアミーの声が聞こえる。
「うん、用心深い、多分抜け目のない相手だと思う。他にも魔法を制御する指輪をしてたから、もし戦闘になった場合は俺が相手をしないとまずいだろう」
侵入は失敗。さて、どうしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます