モスブリッジの屋敷

 ヴィオラと一緒にニールスの宿、ギャスパール亭に転移。

 俺と一緒に出現したヴィオラを見て、エメルとジャスティナが驚く。


「あれ? ヴィオラじゃない」

「デレク様、いいんですか?」

「うん、この非常事態で細かいことは言ってられないだろ?」


「ジャスティナ! エメル! あたしもキーン・ダニッチと一緒に戦うことになったのよ。よろしくお願いね!」

「えーと、今回はダニッチなんですね?」とエメル。

「あ。うん。泉邸にはダークくんを置いてきた」

 途端にジャスティナが失笑。

「ぷぷ。ダークくんって」


「あ、でもな。もうすっかり成長したから、見た目は俺とまったく同じだ」

「そうなんですか。後で見てみたいですね」

 話が分からないヴィオラはきょとんとしている。


「ともかくだ。内務省が裏にいるかもしれないから、デレクとして動くのはまずいかな、という判断なわけ。何かやらかしてもキーン・ダニッチだったら問題ないだろ?」

 エメルがニヤッと笑う。

「何かやらかす前提ですね、分かりました」


 さて、これからの行動について相談。

「昼間、俺たちで屋敷のそばへ行ってみたんだけど、特に変わった様子は見られないんだ。屋敷の中で軟禁状態ということらしいんだが」

「そうですか。別な場所で監禁されているというオリヴィアのことも気になります」

「その場所に心当たりは?」

「いえ、まったく見当がつきません」


 時間は夜9時近くか。

 今夜は空に半月がかかって、真っ暗ではないが薄曇りでかなり暗い。そして少し風があって寒い。

「じゃあ、これから屋敷の偵察に行こう。ヴィオラは今すぐにでも突入したい気持ちかもしれないが、オリヴィアがどこにいるか分からない現状、軽率に動くとまずい」

「そうね」


「で。ジャスティナは空が飛べるんだ」

「はあ?」と意味が分からないらしいヴィオラ。

「いや、秘密の魔法でね、空をふわふわ飛べるから、上空から屋敷の様子を窺うことができると思う」

「本当に? あ、確かにダニッチも上空から現れたわよね。へえ……」


「夜、上空から偵察が来るとは思っていないだろう。屋敷全体が見渡せる場所はどこかにないかな?」

「屋敷は丘の中腹に建ってるけど、木々がかなり茂ってるから一望できるような場所って思いつかないわね。……屋敷の中なら塔があって、全体が把握できるけど」


「その塔は連中が見張りに使っているかもしれないなあ」

「でも寒いし、一晩中誰かがいるとも思えないわ」


 とりあえず行ってみようということで、2回に分けて、屋敷のそばの路地に転移する。

「屋敷は3階建てなんだけど、お父様の書斎は1階、お兄様とお母様の部屋は2階なのよ。今見た感じだと、部屋にはまだ明かりがついているわね」


 ストレージから「ナイトスコープ」を出してジャスティナに渡す。

「おお。すっごく明るく見えますねえ。魔法みたいだ」

「で、ジャスティナ。まずはあの高い塔のてっぺんに誰か見張りがいるか調べて来てくれないか?」

「了解」


 そう言って、ジャスティナがふわっと上空へ飛び上がる。

「うわっ。本当に飛べるんだ……。エメルも飛べるの?」

「あー。残念ながらねえ、魔法が使えないとダメなのよねえ。ヴィオラは魔法のレベルが3あるから、余裕で飛べるようになるわ」

 ……おいおい。余計なことは言わなくていいぞ。

 期待に満ちた目でこっちを見るヴィオラ。

「えっとねえ、その人専用の魔法の指輪が必要なので、今すぐは無理」

「じゃあ、そのうち是非!」

「うん」


 あー。相変わらず美人に弱いなあ、俺。しっかりしろ、俺。


 イヤーカフからジャスティナの声。

「誰もいませんよ」

「よし、じゃそこに待機してて。転移する。……直行転移ラッシュ・オーバー、ジャスティナ」


 転移してみると、塔のてっぺんには屋根もなく雨ざらしで、本当に見張り台といった感じ。真ん中に火を焚くような場所があるがしばらく使われていない様子だ。

「ヴィオラはここに来たことは?」

「子供の頃から危ないから登っちゃダメって言われてたわ。だから初めて登ったけど、確かに落ちたらまずい高さね」


 さて、屋敷の様子を窺う。塔は他の建物の屋根より高いので、斜め上から部屋の窓を見下ろす感じになる。

 ヴィオラが「ナイトスコープ」をかけて目を凝らし、部屋の中を見ている。

「うーん……。人影は見えるけれど、誰かまではよく分からないわ」

「じゃあ、俺が中にいる人を調べてくるから、ちょっと待ってて」

「……え?」


 ふわっと飛び上がって、上空から屋敷に近づく。

人物探知ソナー


 2階の明かりのついた部屋にいる人物の情報を取得。


 ジミー モスブリッジ ♂ 47 混乱

 Level=0


 グレッグ モスブリッジ ♂ 25 混乱

 Level=0


 マルリーン モスブリッジ ♀ 45 正常

 Level=0


 リディ モスブリッジ ♀ 37 正常

 Level=0


 パラス レクサガン ♀ 29 正常

 Level=3.1 [水*]


 戻ってきて、ヴィオラに報告する。

「ジミー、グレッグ、マルリーン、リディ、この4人が家族?」

「ああ。4人は生きてるのね?」

「でも、ジミー卿とグレッグさんは状態が『混乱』になってるな……。何らかの魔法か、あるいは薬物で朦朧としている可能性がある」

「ええっ……」

「マルリーンさんとリディさんって?」

「マルリーンはあたしの母です。リディはイヴリンとオリヴィアの母」

 エメルが尋ねる。

「え? 奥さんが2人いるの?」

「ええ。そうですけど」

 ……そうですけど、ってあっけらかんと言われてしまった。

 普通、別宅とか、その、ねえ。その辺りを聞いてみたい気もするが、それは後で。


「えっと、パラス・レクサガンって女性がいるんだけど」

「知らないですね」

「水系統レベル3の魔法士で、しかも非詠唱者ウィーヴレス。このパラスってのが幹部クラスじゃないかな?」


 エメルは、麻薬農園でも俺がこの「人物探知ソナー」の魔法を使ったことを知っている。

「デレク様、今の魔法で屋敷にいる人数とかが分かりますよね?」

「うん、わかる。データを集めてから、屋敷の人と外部から入り込んでいる人を整理してみようか。もしかしたらどこかにオリヴィアさんが捕えられている可能性もある」


 もう一度、ふわふわと飛行して屋敷の上空へ。

 屋敷は大きな本館と、2つの別棟に分かれている。それぞれについて「人物探知ソナー」でデータを取得しておく。


 また塔のてっぺんに戻る。夜が更けるに従って風が寒くなってきた。

 屋敷の部屋の明かりも消え始める。

「寒いし、どうやら動きはないから、いったん戻ろう」


 宿の部屋に転移。

「あー。寒かった」

「オリヴィアはどこかに?」とヴィオラ。

「ちょっと待ってね……」

 屋敷の中にいる人物は全部で30人近く。そのデータを1つ1つ見ていくものの、オリヴィアの名前はない。

「いないね。……これは迂闊に突入とかできないな」

「どこにいるのかしら。ひとりで監禁されてるなんて可哀想に」


 リズに連絡を入れる。

「リズ。俺が今『人物探知ソナー』で取ってきたデータを『モスブリッジ邸のリスト』という名前でファイルに保存するから、印刷できるかな? 印刷したら、共通のストレージに入れて欲しいんだけど」

「あ、はいはい」


 しばらくして連絡がある。

「できたよ」

「ごめん、あと、ペンが1本欲しい」

「鉛筆を一緒に入れておくよ」


 俺が何もない所から印刷された数枚の用紙と鉛筆を取り出すのを、ヴィオラは驚いて見ている。


「さて、これが現在屋敷にいる人の名簿」

「えー。凄い。まるで魔法よ」

 はい。魔法です。


「この中で、元々屋敷にいた人って分かる?」

「最近雇われた人がいたとしたら、その人については分からないんだけど……」

 そう言いながら、ヴィオラは名簿に鉛筆でチェックを入れて行く。


 どうやら、メイドが6人、厨房担当が3人。それ以外は全員知らない人たちだと言う。不審な人物の中には魔法が使える者が4名いる。

 あ。スキル『読心』を持ってる女性がいるな。タチアナ・スラットリーか。これは注意しないとまずい。


「本来はもっと……、多分20数名はいたはずなんだけど、執事さんや警備担当の人も見当たらない」

「追い出されたか、そうでなければ最悪……」

「あ」

 深刻な顔のヴィオラ。

「そうよね。単に追い出したとしたら、情報が街に広がる。そうなってはいないのだから、始末された可能性が高いと考えないといけないわ。なんてこと……」


 ヴィオラの声は少し震えている。部屋は暗くてよく分からないが、ヴィオラは高ぶる感情を必死に抑えているようだ。


「なんとかして、オリヴィアさんの居場所を突き止めないと次の行動に移れないわね」とエメル。

「うーん。……そういえば、屋敷にはザカリーってヤツはいなかったな」

 ザカリー・キッカートはガッタム家からニールスに派遣された連絡員だ。


「ザカリーという情報員も含めて、屋敷には何らかの人の出入りがあるはずだ。これを見張ることにするか」

「そうですね。そしたら後を付けたり、で情報を聞き出せます」とジャスティナ。


「ただ、ヴィオラはこの街では顔が知られてると思うから、この部屋からはあまり出ない方がいいよな。とりあえず、俺はいったん戻ってヴィオラ専用の指輪を作っておく。エメルたちと同じような魔法が使えるようにね。それから、明日になったら聖都から応援を連れてくることにしよう」

「お願いね、デレク」

「うん。じゃあ、この部屋で4人は狭いから、俺は聖都に戻って寝る」

「えー」とジャスティナ。

「旅先でのお楽しみですのに」とエメル。

「いやいや。ヴィオラもいるのに、それはダメだろ」

って何?」とヴィオラ。


「あ。いいこと思いつきましたよ。ヴィオラはやっぱりお嬢様だからフカフカの柔らかいベッドがいいに決まってます。ヴィオラが泉邸で泊まればいいんですよ」とジャスティナ。

 反論しようとしたが、いや、待てよ? 朝食を食べたりもしないといけないが、それだと宿の人間にヴィオラの顔を見られてしまう。それはまずいな。


「よし、じゃあ、ヴィオラは泉邸で一泊。明日の朝早く、ここに戻ることにしよう」

「デレク様は?」

「俺、わざわざここに戻って寝る理由がないんだけど」

「えー」と不満そうなエメルとジャスティナ。だが、遊んでいる暇はないわけだ。


 ヴィオラを連れて泉邸へ転移。

「あ。ここは、聖都の屋敷ですか? 凄いですね」

 ゾーイを呼んで、部屋を1つ用意してもらう。

「朝食は、部屋へ持っていってあげて」

「了解です」

「ヴィオラ。心配だと思うけど、今夜は良く寝てよ。明日からが勝負だ」

「あの……」

「ん?」

 急に俺に抱きついて、胸に顔を埋めるヴィオラ。


「……ごめんなさい」

 ヴィオラは小さな声でそう言い残して、部屋に入っていく。


 ちょっと呆然としてしまう。……あー。美人に弱いなあ、俺。

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