ベヒモス
試練というよりアギラとの取り引きを終えて元のボス部屋の前に戻る。
「どんな試練だった?」とセーラがワクワクした感じで迎えてくれる。
「うーん。結局、専従ガイドのアギラさんというのが対応してくれて、この指輪に対応する公式な『試練』はありません、という話だったよ」
「はあ?」
「で、アギラさんと仲良くなって、記念品をもらって帰ってきた」
そう言って指輪を見せる。
「アギラさんって、ホムンクルス?」
「そうだね」
「変わった友達を増やすのが得意なのねえ、デレクは」
セーラに呆れられる。
「さて、ボス部屋に挑戦するか?」とオーレリーはヤる気だ。
「俺としては、『試練の指輪シリーズ』が一通り試せたから、それほど深く潜る必要性は感じないんだけど」
しかしセーラもまだ満足していない様子。
「デレクはそうかもしれないけど、折角なんだし、あたしはもうちょっと奥まで行ってみたいわ」
セーラのリクエストでこのダンジョンに挑戦することになったわけだし、セーラが行きたいならもう少し進んでみるか。
俺とセーラでボス部屋の石の扉を押し開ける。
壁面の明かりが次々に点灯し、部屋の様子が明らかになる。かなり大きな円形の部屋で、直径が40〜50メートル近くあるだろうか。
石の扉を閉じると、部屋の中央に黒い霧が現れ、次第に巨大なモンスターの姿になっていく。
モンスターは、一言で言うならば2本足で直立するゾウである。身長は5〜6メートルはあろうか。
長い鼻にそり返った巨大な牙。ただし、手足は実際のゾウよりは長く、両手には巨大な戦槌を握っている。そしてゾウと明らかに異なるのは、ゴツゴツした硬質な鎧のような表皮が胴体全体を覆っていることである。
「これは……?」
セーラはその大きさと威容に言葉を失っている。
「ベヒモス……か?」
多分ベヒモスと呼ばれるであろう、巨大なモンスターは地響きを立て、戦槌を振りかざしてこちらへ向かってくる。まるで装甲車か戦車が突っ込んでくるような恐怖を感じる。
「ファイア・ウォール!」
セーラがいきなりでかい魔法を起動。ベヒモスの顔面近くに直径3メートルはあろうかという炎の壁が出現するが、ベヒモスはあっさりと振り払い、何事もなかったかのようにこちらへ近寄って来る。
これはいかん。オーレリーの『斬魔の剣』でもどのくらいダメージを与えられるか分からない。
「エンジェル・ブレイド!」
高出力のレーザー光線による攻撃。
レーザー光線がベヒモスの胴体をなで斬りに、……するはずだったのだが。
「ああ?」
魔法が起動しない。
とうとうベヒモスが間近にまで近づき、アミーに向けて戦槌を振り下ろす。ドカンと凄い衝撃音。
「うひゃあ!」
ギリギリで回避して床を転がって逃げるアミー。
その隙を狙って、ベヒモスの斜め後ろにオーレリーが近寄り、『斬魔の剣』を振るう。しかし、何らのダメージもない様子のベヒモス。
「ヘル・ケイヴィング!」
空間を切り取る魔法だ。これなら……。あれ? 発動しない?
「デモニック・クロー!」
発動しない。
光系統と闇系統の魔法が禁止されている模様。こりゃあ参ったな。
俺がモタついている間に、セーラが次の魔法を発動する。
「
ファイア・バレットが立て続けに5発、ベヒモスの顔面近くに炸裂。
「ブフォー! ブフォー!」
ベヒモスは長い鼻を振り上げ、けたたましい鳴き声を上げて怒っている。ただし、魔法攻撃はほとんどダメージがない模様。
攻撃目標をセーラに変え、ドスドスと近づいて行く。
毒ガスを出すポイズン・ジェイルのような技では我々まで死んでしまう。じゃあ、窒息魔法か?
「
酸素を含まない空気(多分窒素)で相手を取り囲んで窒息させる、風系統レベル4の魔法だ。これなら……?
あ。長い鼻で顔面から遠いところの空気を吸ってやがる。くっそー。
その時である!
突如、ベヒモスの長い鼻が、ほぼ根元からスパッと切断された。吹き出す血飛沫。
「ブフォ! ブフォ!」
明らかに痛がってメチャクチャに戦槌を振り回すベヒモス。
何が起きた?
この機を逃さず、もう一度、窒息魔法だ。
「
長い鼻がなくなったベヒモスは息ができなくなり、手の戦槌も取り落として前へ後ろへと歩き回る。やがて力尽き、スローモーションのようにゆっくりと床に倒れ込む。「ドォーン」というものすごい地響きがして、やがて黒い霧になり、光りながら消えていった。
「やれやれ。今回も『透明人間』に救われたな」とオーレリーの声。そしてふわっとオーレリーの姿が見えるようになる。
「透明になって、飛行魔法であいつの頭上から攻撃したんだ」
「なるほど。急に何が起きたのかと思ったわ」とセーラ。
「この場所は光系統、闇系統の魔法が禁止されてるみたいで、攻撃の決め手に欠けてたからどうしようかと思ったよ」
「あたしはもう、何もできなくて逃げ惑うばかりでした」と、アミーはまだちょっと顔が青ざめている。
セーラが言う。
「あの馬鹿デカくて頑丈なモンスターは、他にはどんな方法で倒せるのかしら」
するとオーレリーもその点は不思議に思っているらしい。
「ブラッディ・ハンマーで岩を叩きつけることもできたかもしれんが、あれは地上からの高度がある程度確保できないと威力がないから、この狭い場所では無理だなあ」
案外正解なのは、2、3人の犠牲はやむを得ないと割り切って、数人がかりで繰り返し攻撃を加えてダメージを蓄積させる、というやり方なんじゃないかな。
そういう戦略を見越してか、ドロップアイテムはいくつもの回復薬の小瓶と「回復の指輪」。この指輪は、ある程度の傷なら回復できるというものだ。ただし、ダンジョンの中でのみ有効。
さて、初めて見るアイテムが「封縛の鎖」というチェーン。相手の動きを封じ、魔法攻撃を阻害するという。これはオーレリーに。
そして「
「え。あたし逃げ回ってただけですけど?」
「これを使うと魔法のレベルが3に到達するから持っておけばいいよ」
あとは、金貨が8枚落ちていたので4人で山分け。
ボス部屋の奥の石の扉を開けると、「攻略おめでとうバッジ」が4つ置いてある。
「これ、フィアニカにもあったけど……。ちょっと形が違うかな?」
「第2階層にはなかったわね」
第4階層へ続く狭い石の階段を降りて行く。
やがて第4階層の入り口の前に出る。
折角、ということで言えば、もうちょっと『試練シリーズ』を試してみたい。
「もう一度、さっきと違う『試練』をやってみない?」と提案する。
「いいわね。あたしも自分の『
「あたしはゴーレムが
2人にそれぞれ指輪を渡す。
「試練を我に!」
2人の姿が消えて、またアミーと2人きり。
「ねえ、デレク様。『秘宝館』ってそもそも何ですか?」
「えー。俺、まだ純真な子供だから何のことだか分からないなあ」
「またまたあ」
「そういうアミーは実は詳しいんじゃないの?」
「えー。あたしも可憐な乙女なので何のことなのかさっぱりですけど?」
二人でニヤニヤする。
ふっとセーラの姿が現れる。
「うわあ」
「
「うん、それはゲットできた」
「それはめでたい」
セーラの試練は、鬱蒼とした森の中でギガントエイプを倒すというもの。
「あれ? それって俺が前にフィアニカでやったステージじゃないかな?」
「そうかもしれないわ。物陰から石やら木の実やらを投げ付けてくるのよね。で、攻撃してきた方を見るとサッと隠れちゃう」
「あれ、頭に来るよなあ」
「でも話を聞いてたから、『正鵠の弓』を使って倒せたわ」
「あー。『正鵠の弓』を先にゲットしておいてラッキーだったな」
「本当にそう」
オーレリーも戻ってきた。
「何だありゃ!」
何やら怒っている。
「どうだった?」
「立派な屋敷でパーティーをやっててな。パーティーの参加者のうち3人が襲ってくるとか言うんだ」
「それ、俺と同じ試練じゃん」
「そうみたいだな。で、お飲み物をどうぞ、とかメイドに勧められるからワイングラスを手に取るだろ?」
「はいはい」
「で、片手が塞がってるところを棍棒を使って襲いかかって来る奴がいたから、ワインをそいつの顔にぶっかけて、もう片方の腕で殴り倒してやった」
「ほう、これで1人か」
ワイルドだな。
「次にな、乳○が透けて見えるような白いドレスを着た女が近づいて来て」
「へえ」
「結び目がどうとか、状態が振動するとか、意味の分からん話を延々するから、あー、もうそんな話は結構、って言ったらパーティーの主催者のオヤジが出てきて、失礼なことをしたからこの試練は終わり、だってさ」
「あ。失敗しちゃったか」
「ああいう
オーレリーは珍しくプリプリと怒っているが、まあしょうがない。
次にアミー。それほどレアでなくていいので魔法の指輪をゲットしたいとのこと。
俺はオーレリーがゲットした『運命の指輪』に挑戦してみるか。
「試練を我に!」
気づくと、そこは20メートル四方くらいの石造りの部屋。壁には等間隔で松明が灯されている。何だかボス部屋って感じだが……。
部屋の中央に黒い霧が集まり、やがて5メートルほどの巨大な鳥になる。
コカトリスじゃん。
羽の色は茶色と赤と黒のまだら模様で、尻尾は蛇。コカトリスは耳をつんざくでかい声で鳴く。
「クワーーー、グワッグワッ。クワーーー、グワッグワッグワッ」
俺を認識するや、何かの液体、多分毒液を水鉄砲のように吐きかける。
「うわ!」
すんでのところで避けると、こちらへ突進してきた。これはもう、以前に使った方法でとっととやっつけよう。
「ダーク・グレイヴ!」
自重が数倍になる魔法である。コカトリスはつんのめってその場に倒れる。
今度は闇系統の魔法も使えるようで一安心。
「エンジェル・ブレイド!」
レーザー光線でなで斬りにする。
コカトリスは羽を力なくバタッと動かしてから、霧になって消えた。
気づくと元の場所。足元には腕輪がある。
「あれ? これは……」
鑑定すると、「
へえ。このアイテムは聞いたことがない。
そもそも「障壁魔法」は禁忌だとか言ってなかったかな? いいのか?
アミーも戻ってきた。
「どこかの暗い洞窟の中で、10匹近いジャイアント・バットをひたすら倒してきましたよ。もうねえ、ずっと上を向いてましたから、かなり疲れました」
「首尾よく倒せたってことか」
「まず、ダガーズの指輪に『ホーリー・ライト』っていう、周りを照らす魔法があるじゃないですか。あとは『火の指輪』の『ファイア・バレット』を撃ちまくりです」
拾得できたアイテムは「不可知の指輪」。
「あ、これは前にセーラもゲットしてなかったか?」
セーラが嬉々として教えてくれる。
「そうそう。インセンシファイ、って詠唱すると、対象物が他の人から認識できなくなるのよ。例えばお皿のクッキーが残り1枚、とかいう時にさりげなく使うといいのよねえ」
「……使ってるの?」
「……さあ?」
絶対使ってるな。
「それはいいですね」とアミーは嬉しそうである。
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