ぬっぺふほふ

「ゾーイとサスキアはダンジョンの外にいるはずよね? 寒くないかしら?」とセーラが少し心配している。

「もし先にダンジョンから脱落リタイアしたら、イヤーカフでダガーズの誰かを呼んで、リズに迎えに来てもらうようにして、と言ってあるからきっと大丈夫」


「なるほど。じゃあ、安心して第4階層に挑戦できるわね」

 そういう方向の心配?


 俺とオーレリーで第4階層への石の扉を開ける。

 そこは、粗末な木造の家屋がまばらに建っているだけの、街道沿いの街といった風景。ただし、人がいる気配はない。

「ゴーストタウンといった感じだな」とオーレリー。

「あそこら辺の家から何か出て来そうよね」とセーラ。


 するとセーラの言うように、あばら屋から何だか変な奴らがゾロゾロと現れる。大人の背丈くらいで、肉の塊に手足が生えたような形態をしており、その肉塊の表面に妙にでかい顔らしいものがあるような、ないような。


「……ぬっぺふほふ?」とつぶやく。日本の妖怪じゃないか?

「ぬっぺ……何ですって?」とセーラが聞き返す。

「何か……、肉の腐ったような匂いがしませんか?」とアミー。


 ぬっぺふほふは、次から次へと出て来て、今や総数20体以上。明らかにあばら屋に潜んでいたとは思えない数である。

 ぬっぺふほふはやがて、密集したままヨタヨタとこちらへ近づいてくる。


 オーレリーが先制攻撃。

「ストーン・スウォーム!」


 石つぶてが雨あられとぬっぺふほふたちに降り注ぐ。だが、畳んだ布団に石を投げつけたように、ポフッと衝撃を吸収されて石はその場に落ちてしまう。

「全然効かないな」


 今度はセーラ。

「ファイア・ストーム!」

 火炎放射である。だが、ぬっぺふほふたちは強烈な炎をものともせず、そのまま前進を続けてくる。

 俺も攻撃してみる。

「エンジェル・アロー!」

 レーザー光線を短時間照射する攻撃。だがやはり何のダメージも与えていない。

「何なんだ、こいつら」


 いよいよ間近に迫ってきたところで、オーレリーが「斬魔の剣」で切り掛かる。

 さすが「斬魔の剣」、ぬっぺふほふの身体が真っ二つに!

 ……と思ったら、ビデオの逆回しを見ているように元に戻っていく。

「えええ?」


 オーレリーがイラついたように言う。

「ブラッディ・ハンマーを試してみるから、ちょっとどけ!」

「げ」

 俺たちは慌てて退却。


「ブラッディ・ハンマー!」

 オーレリーが叫ぶと、頭上10メートルほどの位置に空中に直径2メートルはある巨大な岩石が出現。岩石は恐るべきエネルギーで地表に落下し、ズドン、という地鳴りと共に、そのあたりにいた不幸なぬっぺふほふたちを下敷きにする。

「やったか?」


 しかし、20体以上いる連中のほんの数体である。全部を殲滅するには程遠い。

「あ。ちょっと何よ」とセーラが叫ぶ。


 さっき、巨岩の下敷きになったはずのぬっぺふほふが、岩の下からヌルヌルと姿を表して、十数秒後には元通り。

「どうやって倒すんだ、これ?」


 闇魔法を試してみる。

「デモニック・クロー!」

 ……効果がないみたいだ。


 空間魔法。

「シェルター。“敵”を回収フェッチ

 ……。あれ? 効かないな。ここでは空間魔法が使えないらしい。


「きゃー」とアミーの叫び声。

 4、5体のぬっぺふほふに囲まれてしまったらしい。

「しまった!」


「ウォーター・ジェットポンプ!」とアミーの必死の抵抗。


 すると意外なことが起きる。

 アミーが発動した魔法の水流がぬっぺふほふを拍子抜けするほど簡単に押し流して、そして流されながらぬっぺふほふたちが泡を出しながら溶けて行く。


「え? 水に弱いのか!」


 そこで俺もウォーター・サーペントを出して、あたりでウロウロしているぬっぺふほふを押し流す。

 マシュマロのように水に流されるぬっぺふほふは、やがて全て泡となって消えて行く。


 やっとのことで、ぬっぺふほふから解放されたアミーはまだ呆然としている。

「大丈夫か?」

「はあ。何とか……」


「弱点は意外だったが、難敵だったな」とオーレリー。

「水系統の魔法が使える魔法士がいなかったら、取り囲まれて窒息死してたかしら?」とセーラも少し動揺している。


 ドロップアイテムは「光輝の槍」と、「混沌の予感の指輪」、金貨が2枚に魔法スクロールが1つ。


「『光輝の槍』はアミーにあげるよ。『斬魔の剣』と同じような効果があるはず」

「ありがとうございます。ところで、『混沌の予感の指輪』って何ですか?」

 するとオーレリーが突然言う。

「いでよ! 死の下僕げぼくども!」

 オーレリーの背後に、大きな鎌を持った死神、亡者の群れ、恐ろしげな魔獣のようなイメージが見える。前に拾った「死の予感の指輪」である。

「きゃあ!」

「こらこら、アミーを怖がらせたらいかん」


「ちょっとあたしにやらせてよ」とセーラ。今拾った指輪をはめて詠唱。

「見せてやろう! 混沌を!」

 セーラの背後に、火を噴く火山、巨大な雲の渦、稲光や荒れ狂う海などのイメージが見える。


「つまり何ですか?」とアミー。

「今見えたような、相手を驚かすようなイメージが見える、というものだ」

「何のために?」

「ハッタリだな」

「はあ。……使いどころが分かりません」

 確かにその通りである。


 魔法スクロールは、厳正なるコイントスの結果、オーレリーが担当。

「しょうがないな。行くぞ。静寂と神秘と暗闇の……」


 ……何も起こらないな。


「また次の戦闘で何か起きるんじゃない?」とセーラ。

「それは期待しちゃうね」とジョン。

「とりあえずこの道を先に進めばいいんでしょうか?」とアミー。

 オーレリーは何か浮かない顔である。

「何かおかしくないか?」

「何が?」

「だって、さっき金貨を分けた時は……」

「あの時はゾーイとサスキアがいたでしょ?」とセーラ。

「えーと。……あれ?」

「まあ次に行ってみようよ」とジョン。


 さっき入ってきた扉と逆の方向へ道を進む。しばらく進むと、森の中にレンガでできた高い塀と門が見えてくる。


「この門を通って行くのかな?」

 オーレリーが木でできた門を押してみる。

「開かないぞ?」

 ジョンが門を遠慮なく叩く。

「もしもーし。誰かいませんか?」


 すると、塀の上から衛兵のような男が顔を出す。

「ここは一度に3人までしか通れない決まりだ」

「はあ」

 仲間内で相談。

「どうする?」

「まず、オーレリーとアミーとジョンで行ったらどうかしら?」とセーラが提案。


 門が開いて3人が中へ入る。開いた門から中を見ると、特に何があるということはなく、森の中に道が続いているだけだ。

 再び門が閉まる。

「何で人数制限してるんだろう?」


 セーラが考え込んでいる。

「えっと……。今、3人入って行ったような気がするんだけど」

「そうだね、オーレリーとアミーと、……あれ?」

「誰かが一緒に入って行ったわよね?」

「何かおかしいぞ」


 門をドンドンと叩く。

「すいません、我々も入れてくれませんか」

 また衛兵が顔を出す。

「人数制限があるって言ってるだろ?」

「今入って行った3人ですけど……」

「は? 2人しか入ってこなかったぞ」

「え?」


 はっと気づく。

「あ。さっき使った魔法スクロールのせいじゃないかな?」

「どういうこと?」

「きっと、『もうひとりいる』というネタ魔法だ。メンバーが誰かひとり増えてるんだけど気づかないらしい」

「誰? 増えてたかしら?」

「全然覚えてない……。凄いな、これ」

「何か実害はないのかしら?」

「ネタ魔法だし、ひどいことにはならないと思うけど」


 そしてこういう時に限って「不屈の指輪」をしていない。逆に、「不屈の指輪」をしていなかったから『もうひとりいる』の魔法スクロールがドロップしたのかもしれない。


 他にすることもないので、門の脇に座り込んで入れるようになるまで待つ。

 空を見上げると、ダンジョンの中とは思えない澄み切った青空に雲が流れて行く。今は冬のはずだが、暑くもなく寒くもない。木々は初夏のような新鮮な緑色をしている。


「変な空間だよな、ダンジョンって」

「そうねえ。どこなのかしら、ここは」

「さっき誰かがいたのに気づかなかったみたいに、本当はこんな空間はないのに、存在しているように思わされているんじゃないかなあ」

「だとしたら、病気や災害なんかのない、悪人もいない、そんな理想的な世界を作ってそこに住むこともできるかしら?」

「うーん。……もしかしたらオクタンドルってそういう世界なのかなあ?」

「でも、病気でたくさんの人が死んだり、魔王が出てきて大混乱に陥ったりするわよね? 理想的な世界というわけじゃないわね」

「確かにそうだけど、破滅的な天災や人間を滅ぼすような破壊兵器の開発に歯止めがかかっているらしいから、その点では何もない世界よりマシなのかもしれない」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ」


 塀の上の衛兵から声がかかる。

「おーい。次の2人、入っていいぞ」


「オーレリーとアミーはどうしたかなあ」

「これってきっとグループを分断する仕掛けだから、どこかでモンスターと戦っているんじゃないかしら」


 門が開いて中に入り、森の中の道を進む。

 森の中を散歩するのにちょうどいい気候である。

「モンスターさえ出なければ、何だかピクニックにでも来たみたいだ」

「本当に。ふふふ。楽しいわね」

 そう言ってセーラは手を繋いでくる。


 森の中の道は緩やかにカーブを描き、多少上ったり下ったりしながら長々と続く。道の途中には一里塚のような石碑、何かを祀っているのか小さな祠、木こり小屋のような質素な建物。いずれも風景に溶け込んでのどかな佇まいである。

「平和が一番と言いつつも、何も起こらないのではダンジョンに来た意味がないなあ」

「そうねえ」


 森の中の、少し開けた草原に出た。草原のただ中に、誰か立っている。


 白いローブのような衣、右手に数珠、左手には杖、長く黒い髪はボサボサのままで、マンガの幽霊が頭に付けるような白い三角のやつをつけた人物が立っている。つまり、仏式の「死に装束」である。


 まあ、セーラは知らないわけだ。

「何、あの白い三角の……、ティアラ?」

 そんな華麗で優雅なものではないぞ。

 昼間の明るい日差しの中、森の中に死に装束の人物。えも言われぬ不吉さがある。


 少し距離を保って死に装束の人物の様子を窺っていると、顔を隠すかのような長い前髪の間からこちらに視線を向ける。顔色の悪い女だ。


 女は右手の手のひらを下に向けたまま少し持ち上げて、ゆらり、と振った。


 途端に、俺とセーラを襲う強烈な衝撃。

「きゃあ!」


 セーラの右腕、俺の左腕にざっくりと大きな傷。溢れ出る鮮血。

 え?

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