アギラと戦う
最後の『試練その12』を指にはめる。
「俺もちょっと行ってくるよ。試練を我に!」
一瞬、周囲が白いモヤに霞んだ、と思ったら、どこかで見たような薄暗い部屋。
「あれ?」
「またあなたなのぉ?」
アギラに呆れられる。
さっきよりは余裕が出たのか、アギラはスタイルがいいなあ、なんて思う。仮の姿だろうけどね。本体はどこかの培養液の中か?
「えーと。この『試練』は簡単なヤツかと思ったんだけど」
「まさかこの『試練』に挑戦しに来るとは思わなかったわ。魔法システムの仕組みを使ってるのよね?」
「そうなんですけど……。かなり難しい試練なんですか? としたら、専従のガイドもいるのかな?」
「ガイドは、強いて言えばあたしだけど」
「じゃあ、早速……」
「いや、そうじゃない、そうじゃないのよ」
「は?」
アギラ、ちょっとキレ気味でまくしたてる。
「だいたい、この『試練』の存在なんてどこにも書いてないし、正攻法では挑戦できないはずなの。それを、魔法システムの仕組みを使って、言ってみれば裏ルートで挑戦して来るってどうなのかしら」
つまり、プログラムの上からは「○○攻略ルート」みたいなのが用意はされてはいるが、正式にリリースされたバージョンでは実行できないはず、というようなことか。
「そこを言われるとちょっと弱いんですけど」
「でしょう? デレクは今日はもう帰って、人間の女の子たちと有性生殖にでも励んだらいいんじゃないかしら?」
……何言ってるんだよ。
気が付くと、いつの間にかすっかり砕けた口調になっているアギラである。
「じゃあ、諦めて帰りますけど、もしこの『試練』が実装されてたとしたら、どんなアイテムがゲットできるんですか?」
「『大地の腕輪』ね」
「初耳です」
「自分の好きな土地に、ダンジョンを誘致できるわ」
え? ディ○ニー○ンドを誘致するみたいに? それ、すごくない?
「是非欲しいですね」
「いや、だから企画はあったけど実装してないんだから、腕輪も存在しないのよ」
「あれれ、ないんですか」
がっかりである。
「でも、……そうねえ」とアギラは何か考えている。
「せっかく挑戦しに来てくれたから、お土産くらいは渡してもいいかしらね」
「変な呪いはやめて下さいよ」
「あら、それも一興ってやつかしら」
「うえー」
「冗談よ。でもあたしのお願いも聞いてくれるかしら」
「はあ」
「ウルドが外の世界を見に行ってるようじゃない。なんか友達ってやつもできてるみたいでね。あたしもああいう風にできないかしらって思うのよ」
「えっと。……ウルドの場合は名前が付いてなかったので、命名者として召喚できるようになったわけなんです。アギラさんはもう名前がありますよね」
すると、アギラはちょっと悪い顔になって言う。
「これは秘密なんだけどさ」
「はあ」
「モンスターに名前を付けると召喚できる、というのは公式なルールみたいだけど、ホムンクルスにそもそも名前を付けることができたり、さらにそれで召喚したり念話が通じるようになる、というのはルール上の抜け穴らしいわ。ウルドが多分最初の例みたいだけどダンジョンの運営側は把握してないし、多分問題にもしないと思うのよ」
「運営って、何ですか?」
「あたしたちもよく知らないけど、時々、と言っても数十年に1回くらいだけど、あたしたちの仕事のやり方を変更したり、指示を出してくる存在がいるわね」
「それって、ザ・システムを作った誰か、ですか?」
「多分違うわね。現場のことしか知らないから」
「へー」
クラリスが言っていた「門番」の話を思い出す。謎研修所やホムンクルスの培養にもあるらしい「定期保守」みたいな感じなのかな?
アギラが興味深い話を続ける。
「で、モンスターの場合の命名とか召喚可能になる条件についてルールを調べてみたんだけど」
「それはどこかにルールブックがあるんですか?」
「規範文書ってやつの隅っこに書いてあるわ」
「げ。そうなんですか」
結構膨大だからさすがに全部は読んでいない。そんなことも書いてあるのか。
「規範文書って、このオクタンドル世界のありようが書いてあるんですよね?」
「いえ、あたしたちがアクセスできるのは、ダンジョンとかホムンクルスに関する部分だけよ」
現行のバージョンが見られるかと思ったのだが。ちょっとがっかり。
「モンスターの名付け親がすでに存命していない場合に限るんだけど、モンスターと戦って勝利した人間はモンスターに新しい名前を付けることができるのよ」
「へー。それは知りませんでした」
「だからあたしと勝負しなさい」
「へ?」
唐突な要求をぶつけてくるアギラ。
「どんな勝負がいいかしら。武器や魔法で戦うと怪我しそうよね」
「えーと、ちょっと待って下さい。まず、アギラという名前は誰が付けてくれたんですか。その人が生きてたら意味ないですよね?」
「百年以上前になるけど、試練のガイドをしてた時に、冒険者に『名前がないと呼びにくい』という理由でアギラと呼ばれるようになったというだけね」
「なるほど。つまり名前を持ってるホムンクルスは、専従のガイドをしてた時にたまたま誰かに名付けてもらった、みたいなことですか?」
「そうだと思うわ。ノピカもそうね、確か」
「勝負だったら、たとえばカードとかでもいいんじゃないですか?」
「いいけど、きっとあたしが勝つわよ」
あ。ホムンクルスの知能は人間を軽く凌駕しているっぽい。シャッフルされた全てのカードの順番を把握するなんて芸当を簡単にやりかねないな。
「うーん」
「じゃあ、武器、魔法なしで体術で勝負よ。言っておくけど、あたし、強いわよ」
「え。あの……」
そのシースルーのドレスはやめて下さい、と言おうと思ったら、アギラが指をパチンと鳴らし、一瞬で周りの風景が切り替わる。
どこかのただっ広い草原の真ん中。一面に牧草が生い茂っており、爽やかな初夏の空気といった感じ。牧草を揺らして風が吹き抜けて行く。
気がつくと、アギラがトレーニングウェアっぽいピッタリとした服に着替えている。いや、着替えているだけならいいんだが……。
「さっきより明らかに筋肉が多いですよね?」
そしてさっきは有り余っていたお胸が(以下自粛)。
「さっきのは内勤用のボディ。こっちは外回り用のボディ」
「はあ?」
サラリーマンがスーツを着替えるんじゃないんだからさあ。
「さて、戦ってデレクが勝ったら、こう言うのよ。『負けを認めるか』。するとあたしが『はい』と可憐に悲しそうに答えるから、『では名前を付けてやろう。これからアギラと名乗るがいい』と言うのよ? オッケー?」
「結局、アギラなんだ」
「命名者を登録し直すだけだからね。で、その後、組み伏されたあたしに、好きなように種付けしてもいいわよ」
「……ホムンクルスだから妊娠とかしませんよね?」
「ふふ。真面目に答えちゃうデレクは可愛いなあ」
「もし、俺が負けたらどうなるのかな?」
「ふふーん。あたしが主人としてデレクを使役できるようになるわ。種付けしてホムンクルスの苗床にしちゃおうかしら」
「げ」
「嘘に決まってるじゃない」
そう言って楽しそうに笑うアギラ。……一瞬本当かと思って焦りましたけど。
「さあ、勝負よ!」
そう言って右足を半歩引き、両腕を胸元で構えるアギラ。……ん?
全然隙だらけじゃん。
とか思っていたら。
「せいやぁ!」っと瞬時に距離を詰めて目にも止まらぬパンチが俺を襲う。
「えええ?」
辛うじて紙一重でかわす俺。
どゆこと?
「どっせぃ!」っと今度は当たったら死にそうなキック。
なんだこりゃ。構えも攻撃も素人丸出しだが、攻撃が速すぎる。
……あ。そっか。
人間よりパワーのあるボディを使ってるから、攻撃だけは速いのか。そこを見極めればなんとかできそうかな?
「おりゃあ!」っとパンチが来たところで、必死にかわしつつ腕を取り、足を払ってアギラを倒す。取った腕を離さずにそのまま関節技へ。
「あいたたたた。ちょ、ちょっと。もう、もうダメ」
ジタバタしているアギラ。
「負けを認めるか」
「はいはいはいはい」
「では名前を付けてやろう。これからアギラと名乗るがいい」
「はい、喜んで」
そこで力を緩める。
「あー。痛かったわよ。人間の身体って、関節が曲がる方向じゃない方へ力をかけたら痛いのね。知らなかったわ」
「知らないで戦ってたのかよ」
「とりあえず、筋肉がたくさん付いてたら絶対強い、とか思ってたわ」
「そんなことはないぞ」
ふー、とため息をつくアギラ。
「なかなか楽しかったわね。あわよくばデレクを使役しようと思ったんだけど」
「え?」
「嘘だってば。で、これでデレクが名づけ親になったから、あとはウルドと同じようにあっちの世界が見れるようにしてくれないかしら?」
「いいけど。……お土産をくれるとか言ってなかった?」
一瞬の沈黙。
「……忘れてたわ」
「なんだよお」
「じゃあねえ、魔道具として存在はしているんだけど、ドロップアイテムに登録し損なっているらしいレアな逸品をあげるわ」
「え、つまり世の中で誰も持っていないってこと?」
「そうそう。ちょっと待ってて」
アギラがパチンと指を鳴らすと、またさっきの薄暗い部屋。
ちょっと待つと、奥のドアからアギラが出てくる。
「げ」
「人の顔を見ていきなり『げ』はないでしょ?」
「いや、服を着ませんか」
「あ。……まあいいじゃない。これはボディのひとつに過ぎないわけだし」
「えー」
「人間の男はこう言うのが嬉しいって聞いてるわよ」
話が進まない。
ふと気になって後ろを振り返る俺。ん? 何もないな。
アギラが指にはめた指輪を示す。
「はい、これが誰も知らない魔道具『振り向く指輪』です」
「何ですか、それ」
「今、デレクは振り返ったわよね」
「はあ」
「この指輪をはめて、『あの人、振り返らないかなあ』って念じたら振り返ってくれます」
「は? ……どういういいことがあるの、それ」
「可愛い女の子があっちにいます。さりげなく自分をアピールしたいんだけど、こっちを見てくれません、みたいな時よ」
「……はあ」
確かに、そんな指輪の情報は見たことはないな。レストランでウェイターを呼ぶ時に役立つ、……かな?
「何よ、もっと喜びなさいよ」
「わあうれしいなあ(棒読み)」
「喜んでもらえてよかったわあ(棒読み)」
二人で顔を見合わせて笑う。
「そんな感じの魔道具って他にもあるんですか?」
「あたしも全部は把握してないけど、いっぱいあるはず。でも、大半はゴミね」
「それは楽しそうだなあ。……勝手に俺に渡したりして大丈夫ですか?」
「ドロップアイテムを勝手にプレゼントしたら明らかに業務上のルール違反だけど、これは管理物品じゃないし、問題ないわ」
「業務って。……あとから怒られませんか」
「大丈夫、大丈夫。ここ数百年、ホムンクルスの仕事ぶりのチェックはしてないみたいよ。大半のホムンクルスは自我が希薄だから、言われた通りに仕事をしてると思ってるんでしょうね」
「そういえばウルドが、ホムンクルスとしての自我以外に、何者かだった自分、っていう記憶があるような気がすると言ってましたけど」
「あ、ウルドもそうなのか。あたしもなのよ。あたしねえ、大勢の人を前に何かをする仕事をしてた記憶があるのよ」
「へえ……」
漠然としているが、誰かの記憶の断片なのか。
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