フレッド帰る

 今日、セーラの原稿執筆がひとまず終了した。

「お疲れ様でした」

「論文の執筆とはまた違った苦労があったけど、達成感があるわね」


 ヒルダは自作の執筆が少々遅れ気味だそうである。

「それは申し訳なかったねえ」

「いえ、セーラさんとの原稿は共著ですから、どちらも私の仕事です。そもそもこの話をお願いしたのは私ですから」

「そういえば、『街猫』は遠くエスファーデンの王宮でも読まれているみたいだよ?」

「え、そうなんですか」

 セーラに突っ込まれる。

「デレクはなんでそんなこと知ってるのよ」

「あ、まあ」


 そんな話をしながら少々くつろいでいると、フレッドたちがヌーウィ・ダンジョンから帰ってきたと連絡がある。

 エヴァンス伯爵邸で夕方から慰労の食事会が行われ、俺とセーラにも出席して欲しいとのこと。


「今回は、エヴァンス家にも『耳飾り』の担当者を置くことにしようという目的よね? ハワードが2名追加したのは聞いたけど、肝心のエヴァンス家からはどんな人が派遣されたのかしら?」

「俺からは、今回は急用で一緒に行けません、と断っただけだから、こちらに情報は来ていないんだけど」


 夕方、セーラと馬車でエヴァンス邸へ。

 到着して食堂に通されると、すでに探索隊関係者とアンソニー以下のきょうだい4人が揃っていた。

 今回のメンバーは騎士隊からフレッドとブライアン、白鳥隊のリリカとアガット。ハワードが追加したスザナ・ニデラフともう一人の女性。さらにエヴァンス家の所領であるランガムの警ら隊から2名。……あれ? この2名も女性なの?


 やや遅れてルパート卿と奥方のソフィーが登場。


 ルパート卿、メイドにワインを注いでもらいながらフレッドに問う。

「やあやあ、今回はご苦労だったなあ。で、肝心のは入手できたかな」

「はい、問題なく成功しました」とフレッドが答える。

「おお。ではまずは成功を祝して乾杯と行こうか」


 乾杯の後、警ら隊からの2名が自己紹介。

「レオナ・リカートンです。ランガムの警ら隊に所属していました。今回のような任務は初めてですが期待に背かぬように頑張ります」

「イシュカ・ホーケットです。同じくランガムの警ら隊の所属です。よろしくお願いします」

 レオナは金髪で水色の瞳。少々小柄だ。一方のイシュカは青い髪で黒い瞳。体格的にはレオナと同じくらいだが、鋭い視線が印象的だ。


 俺は隣に座っているアンソニーに小声で尋ねる。

「なんで『耳飾り』のペアはまた女性になったのかな?」

「あれ? 母上と相談したんじゃないの?」

「知らないけど?」

「えっと、テッサード家の屋敷にご厄介になるから、ロックリッジ家なんかと同様に女性の方がやりやすいでしょ、という話を聞いてるよ?」

「え? ご厄介になる? ……という話も初耳なんだけど」

「あれ? ロックリッジ家の2人と同じようにすればいいわよね、って……」


 ソフィーの方を見たら、いたずらっぽく笑っている。

「あ、母上、きっとデレクに伝えるのを忘れてるね、あれは」

「えええ?」


「本当に忘れてたのかしら」とセーラがボソッと言う。


 ……まあ、ソフィーはじめ、エヴァンス家の方々には聖都に来た時からずっとお世話になりっぱなしなので、いいんですけどね。

 あ、その代わり、寝具なんかが余ってたら貰い受けたいかな。


 スザナとニコラも自己紹介。

 ニコラはラヴレース家の警備担当だそうで、黒髪にグレーの瞳、ちょっと小柄ながら精悍な顔つきの女性である。


 ソフィーがスザナに話しかける。

「ハワードからの依頼で急遽参加ですって? それってつまり、セーラがスートレリアに行っている間の連絡係ということ?」

「ええ。セーラ様がご不在の間、公爵様がご心配されるのではないか、と……」

「うふふふ。フランクは心配するに決まってるわよねえ。さすが、ハワードはいいところに気がつきましたね」


 ルパート卿がフレッドに尋ねる。

「ヌーウィのダンジョンは、フレッドも初めてだろう? どうだったんだね?」

「前回のフィアニカの時は経験者が2人おりましたし、内部のガイドブックまで用意されていましたので比較的楽な気分で着々と進みましたが、今回は少々てこずりましたね」

「ほう。ブライアンはダンジョンは初めてだったかな?」

「ええ。人間が相手なのと違って、空中に飛び上がったり、気配もなく襲ってきたりと、最初はかなり勝手が違いまして……」

 リリカも言う。

「あたしとアガットが使える魔法は土系統なんですが、ダンジョン内では火系統が有効なことが多くて、今回はレオナに随分助けられました」


「レオナは火系統の魔法が使えるのかね?」とルパート卿が尋ねる。

「はい、レベル2ですのでそれほど強力というわけではないのですが……」

 するとアガットが言う。

「でも、レオナは非詠唱者ウィーヴレスなので、魔法攻撃が速いんですよ」

「そうだね。今回はかなり助けてもらったよ」とブライアンも言う。


「結局どの階層まで行けたの?」とセーラが聞く。

「やっぱり話に聞いていた第4階層から苦戦しましたね」とフレッド。

 アガットが言う。

「2人ずつに分断されちゃいまして、あたしはニコラと、第4階層で羽の生えた犬みたいなモンスターにやられちゃったわ」

 それってラボラスかな?

 リリカも第4階層でやられたらしい。

「あたしはイシュカと一緒になったんだけど、ダンジョンスパイダーにやられました」


 第4階層のボス部屋まで、フレッド、ブライアン、レオナ、スザナで進んだそうである。

 フレッドはフィアニカでゲットした『破撃の籠手こて』が役立ったそうである。

「今回も第4階層のボスは、棍棒を持った青黒い巨人、オーガでした。オーガ相手に『破撃の籠手こて』が効くのか、少々不安はあったんですが、何回もパンチを打っていると段々弱ってきましてね」

「残念ながら私はオーガが滅多やたらに振り回す棍棒がヒットしてしまいまして」

「あたしもです」

 ブライアンとスザナはそこで脱落リタイアか。


「第5階層はレオナと2人で、トンネルを進んだ末に砂漠みたいな場所に出ましてね」

「前回とは違うのか」

「そうなんだよ。砂と岩が広がる荒野なんだけど、ダチョウに乗った、……あれは何だろうね。変な帽子を被った鼻ばかりでかい連中が小さい弓で矢を射かけてくるんだ」

 何だろう? 鼻のデカい悪魔といえばウコバクとか?


「これがまた予想以上にすばしっこい上に、ダチョウまでこっちを馬鹿にしてかかってくるので頭に来るんですよ。結局、ここでもレオナにかなり助けてもらいました」とフレッド。

「いえ、火系統の魔法と相性が良かったんですよ」と謙遜するレオナ。


「それからまたトンネルを歩かされて、今度は洞窟みたいな所で、出てきたのがカメの怪人」

「そんなモンスターは初めて聞くね」とアンソニー。

「これがねえ、攻撃すると甲羅に閉じこもるんだよ。『破撃の籠手こて』で5回くらい殴りつけると倒せるんだけど、そんなことをしている間に別のやつが後ろから襲ってくるし」

「あたしはもう、非力なんで、あのモンスターにはあっさりやられました」とレオナ。


 結局、到達できたのはそこまで。どうやら、第5階層で出てくるモンスターはそのたびに違うらしい。


「ブライアンは何かゲットできたの?」とミシェル。

「うん。『震撃の腕輪』というのをね。相手にダメージを与えることができるというから、風魔法と組み合わせて使ったら強力そうだ」

 確かに。しかもブライアンはスキル持ちエクストリだから、さらに戦闘能力が増しそうだ。


「ところで、毎度のお楽しみ、ネタ魔法はどうだったのよ?」とセーラ。

 あ。そういえば、今回のメンバーは幸運度を上げるみたいなチートな設定をしてないけど、どうだったんだろう?


「あー。結論から言えば、前回よりひどい」とフレッド。あ、やっぱり。

 ブライアンが言う。

「まず、最初に私がやられたのは、何かしようとするたびに次に何をするか忘れているという呪いで……」

 思い出したのか、リリカが吹き出している。

「あれは酷かったわねえ。急にボケ老人になったかと思ったわよ」

「そうそう、刀をスラリと抜いたと思ったら、何で俺は刀なんか抜いてるんだろう、とか言って鞘に戻したり、また抜いたり」

「急に出口の方へ戻ろうとして歩き出したり。どうしたんだ、って止めようとしたら、あれ? フレッド、なんでここにいるんだっけ、とか」

 話を聞いてミシェルが大爆笑。

 それはひどい。『鳥頭の呪い』だな。


 イシュカが言う。

「あ、でも後で妖精みたいなのが出てきて、ブライアンにカッコいいポーズを伝授してくれたじゃない。あれは効果がちょっと上がってたわよね」

 それはまさに『カッコいいポーズ』ってやつだ。ポーズを決めるとその直後に出す技の効果が1.4142倍になるらしい。

 だがブライアンは冴えない表情である。

「あの時は確かにカッコいいと思ってたけど、ダンジョンから出てやってみたら……」

「そうそう。不思議よね。ダンジョンでは抜群にカッコいいと思って見てたけど、後から見たらダサいと言うより、情けない、みたいな」とリリカ。

 そっか。カッコよく見えるのはダンジョンの中だけなのか。


 フレッドが言う。

「前回、俺が引っかかった『人形の呪い』。今回はアガットがやってくれたよな」

「そうそう。変な人形が出てきて言うのよ。『あなたに、目上の人とドレスが丸かぶりする呪いをかけてあげるわ。じゃあ、頑張って』だって」

「あの呪い、忘れた頃に本当になるから気をつけろよ」

「え? マジで? ヤバいなあ」


 話を聞く限りでは、ドロップアイテムにもあまりレアなものはなかったようである。

 一番レアなのは、レオナがゲットした『貪欲の腕輪』かな? 前回、オーレリーもゲットしていたが、相手の魔力を奪って自分のものにできるらしい。


 ちょっと聞いてみよう。

「肝心の『試練』はどんな感じだったのかな?」

 イシュカが答えてくれる。

「えっと、レオナと2人で、どこかの廃墟の広いボールルームみたいな所に飛ばされたわよね?」

 レオナが思い出しながら答える。

「そうそう。薄暗い感じの広い部屋で、部屋の隅から骸骨武者がわらわらと出てきたんだけど、幸い、あたしはその前の戦闘で『小さな土の指輪』というのを拾ってたんで、土系統の魔法が使えましたね」

「あたしは『豪腕の棍棒』というのをゲットしてたので、それで殴りまくりました」とイシュカ。

 『豪腕の棍棒』は初めて聞いたが、『剛勇の槌』のようなアイテムかな?


 スザナも教えてくれる。

「あたしとニコラは、廃墟みたいになった集落で、あちこちの物陰からゴブリンが襲ってくる、ってやつでした。特別な魔法は必要なくて、とにかくひたすらに剣で倒した感じですね」


 まあ、楽しく行って来れたようで何より。

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