日帰りダンジョン旅行

 探索隊からの報告がひと段落して、アンソニーが言う。

「明日から、レオナにはテッサード家の屋敷に詰めてもらって、情報の収集に当たってもらう予定だ。イシュカはランガムに戻って、警ら隊の業務の傍ら、レオナと情報交換をすることになる」


 ソフィーがにこやかに言う。

「ちょっとデレクに伝えておくのを忘れてましたけど、そんな方針でよろしいかしら?」

「はい。今後は緊密に情報をやり取りして万一に備えたいです」

「そうね。よろしくね」


 ルパート卿からも念押しされてしまう。

「うむ、デレクのことは信頼しておるが、相手がどんな悪巧みをして来ないとも限らん。くれぐれもよろしくな」

「はい」

 信頼には応えないといけないな。頑張ろう。


「ところで、本来の外務省の方の話はどうなってるのかしら?」とセーラ。

 フレッドが答える。

「そっちはホワイト男爵とかが着々と人選しているみたいだ。近いうちにまたダンジョンに行ってくれ、って声がかかるかもな」

「ダンジョンって、そんなに何度も繰り返し入ったら身体を悪くするって聞きますけど、どうなんですか?」とレオナ。


「それはどうやら俗信というか、根拠はなさそうなのよ」とセーラ。

 マリリンが発見したゾルトブールの昔の報告書の話を披露する。

「ほう、そうなのか。それならダンジョンの専門の係になっても良さそうだなあ」とフレッド。ダンジョンで戦うというか暴れるのが段々楽しくなってきたらしい。


「えー。遊びに行ってばかりだと、きっとランドルフ隊長に怒られるわよ」とリリカ。

 ブライアンもニヤニヤしながら言う。

「確かに。隊長の逆鱗に触れるのはオーガとサシで戦うより怖いんじゃないか?」

「あ。……まあ、そう、とも言う」


 まあ、ほどほどにな。


 次の日から早速、レオナが泉邸にやって来る。

「よろしくお願いします」

 レオナはランガムの出身だそうで、コリンさんの娘さんがやっているパン屋のことも知っていた。

「え、あそこの方なんですか。あそこ、ここ数年ですっかり繁盛店になりましたよね」

「娘夫婦が頑張っていますので、これからもどうかご贔屓に」

 ランガムの地元ネタで談笑するレオナとコリンさん。レオナは笑顔がキュートだなあ。


 早速、『園芸部アプサラス』と顔合わせをして、警ら隊の新組織やら親衛隊の怪しい動きなんかの情報を共有する。

「ネーズビー社って所が、ウチの庭の作業にも来そうになったから止めてもらったんだけど、そんな調子であちこちの情報を集めている可能性があると思う」

「なるほど、抜け目ないですね。……クロチルド館の関係者に、ネーズビー社の情報があったら寄せてもらうようにしましょう」とチジー。


 イヤーカフにAIチャットのヒナから連絡。

「ヒナ・ミクラスです。お知らせです」

「はいはい」

「まず1つ目は、聖都に諜報員のロドルフォが来たと言う情報です」

「どこにいるか分かる?」

「ネーズビー社という人材派遣会社のようです」

 やっぱりな。

「他には?」

「はい。『裏技』の指輪が機能しなくなったという情報があります」

「ほほう」

 あれから3回、『試練』に挑戦したってことだな。

「『試練』をクリアしてるのかな?」

「ログをチェックしましたが、1組が新たに『耳飾り』を取得している模様です」

 ふむ。1勝2敗か。しかし、これでしばらくは『耳飾り』の諜報員が増員されることはないだろう。



 さて、セーラの希望で行くことになったザンディーン・ダンジョンだが、今回は『試練』への挑戦を何度か試してみたい。そうなると、何人かで一緒に行った方が、各メンバーに『試練』に挑戦してもらえるから良さそうだ。

 前に考えた案だと、俺とセーラ、ゾーイだったが、あと2、3人いてもいいかな? 試練によっては難易度が高いのもありそうだし、魔法が使えるアミーと、さらにオーレリーとサスキアにも声をかけるか。


「そりゃもちろん行くさ。ふふふ」

 不敵な笑いを浮かべるオーレリーである。

「今回は深い階層に潜るよりも『試練』に挑戦してもらいたいんだが」

「それに挑戦するとどうなるんだ?」

「フィアニカでマーカスが『破魔の戦斧せんぷ』と言うアイテムをゲットしてたけど……」

「ああ、オニワリ丸な」

 そんな名前だったかな。

「そういうアイテムや、この世界に数個しかないレアなアイテムがゲットできる可能性があるんだ」

「それは興味深いな」

「ただ、行き先はミドワード王国のザンディーン・ダンジョンなので、もしダンジョンの周りに人がいたら顔を隠すとかして欲しい」

「そうだな。ミドワード王国には行ったことはないが、あのあたりには海賊がいそうだ」


 そういうわけで話がまとまって、次の日の朝から出かけることに。


 朝、まだ寒いうちから泉邸に集合。

「これって、デレクの関係者の中では最強メンバーに近いんじゃない?」とセーラ。

「そうだねえ。あと、レベル3の魔法の使い手としてはジャスティナがいるけど、彼女は前回ヌーウィに行ってるからね」

 アミーは初めてのダンジョンに期待いっぱいという感じ。

「ゾーイさんと出かけるって、随分前のマッドヤードの件以来ですね」

「そうね。あたしは久しぶりのダンジョンだけど、やっぱりワクワクするわね」

 アミーもゾーイも、今日は動きやすい服の上からコートを羽織っている。

「あれ? もしかしたら、ダンジョンが初めてなのはあたしだけ?」とアミーが今更ながら気づく。

「大丈夫よ。襲ってくるモンスターをひたすら倒すだけだし、こっちが怪我したり死んだりすることはないから」とゾーイ。


 ゾーイにザンディーン・ダンジョンの場所を思い浮かべてもらって、まずは俺とセーラ、アミーで転移。俺が転移ポッドで連れて行けるのはせいぜい2人までなので、何回か転移を繰り返す必要がある。次にオーレリーとサスキア、最後にゾーイと一緒に転移。


 ザンディーン・ダンジョンは、湖というか溜池を見下ろす山の中腹にあった。神殿の遺跡のような建物が建っている。周りには誰もいない。

 周囲はもう明るくなって来たが、山から見下ろす平野にはうっすらと朝霧がかかっている。

「ちょっと寒いけど、こっちは聖都よりも暖かい気がするわね」とセーラ。

「そうだな。山に雪もないしな」


 そんな話をしながら、ダンジョンの入り口へ。

 石造りの門に手を触れて「表示デスクリプション」と唱えてみる。


 ダンジョン: ᛃ𐌳ᚮᚤ𐌳

 階層: 5

 特性: 土 風 水


 お? 確かにダンジョンの階層についての情報が得られる。特性って何だろう?


 門をくぐると、山の中へと続く狭いトンネルである。トンネルはやがて右に折れ、左に折れ、そして石造りの部屋に出る。

「地下には潜らないけど、他のダンジョンと似たような感じだなあ」

 そして例によってトイレタイム。


 ゾーイに聞いてみる。

「第1階層はどんなモンスターが出る?」

「その時々で多少変わるけど、他のダンジョンとあまり変わらないんじゃないかしら。あたしが入った時は骸骨の群れとか、ゴブリンとか、イノシシとかでしたよ」

「ガリンゾ・ダンジョンと同じようなラインナップだな」


 全員が揃ったところで、俺とオーレリーで正面の石の扉を押し開ける。

 中は真っ暗だったが、手にした松明を松明立てに置くと、内部に次々に明かりが灯る。

 内部はボールルームのような広い部屋である。


「へえー」とアミーが感心している。


 部屋の隅に黒い霧が出てきたと思ったら、間もなく甲冑武者になって襲って来た。全部で8体。

 しかし、オーレリーが難なく2体を瞬殺。他のメンバーも剣を振るったり、魔法攻撃を加えたりして着実に倒している。


「案外簡単に終わりましたね」とアミー。

 ドロップアイテムは治療薬の小瓶が2つと、いきなり魔法スクロール。


「これはもう、アミーに読んでもらうしかないわねえ」とゾーイ。

 アミーも、ネタ魔法の話はエメルやジャスティナから聞いて知っているらしい。

「えー。新人イジメですかぁ? 次のスクロールはゾーイさんが読んで下さいよ」

 などと言いながらも楽しげな表情で魔法スクロールを詠唱するアミー。

「……あれ?」

 何も起きない。

「次の戦闘で何かが起きたりすることもあるから気をつけた方がいいぞ」

「そうなんですか?」


 特に疲れたという程の事もないので、部屋の奥の扉を開けて次へ進む。

 今度も広い部屋だが、天井が低い。


「これでは剣が振るいにくいわね」とセーラが言うと、サスキアが言う。

「こんな感じの低い天井はヌーウィのダンジョンにもありましたよ」

「ああ、そうだった。あの時はジャイアント・バットだったかな」とオーレリーが言う間もなく、部屋の暗がりからジャイアント・バットではなく、10体以上のゴブリンが湧き出すように現れて襲ってくる。


 ゴブリンはナイフを手に、1体の背中に飛び乗って別のヤツが襲って来たり、数体で同時に別の方向から襲って来たりと、身軽にヒョイヒョイと動き回る。

 そんなことにお構いなしに、オーレリーは「オニギリ丸」こと斬魔の剣で数体を同時に薙ぎ払っている。

 アミーは水系統の、ゾーイは風系統、サスキアは土系統の斬撃技で攻撃。セーラもファイア・バレットで着々とゴブリンを仕留めている。

「ダンジョン内は魔力の消耗が大きいから気をつけろ!」

 と俺が言った時には、もうゴブリンは全滅。あれ? 俺、1体も倒してないじゃん。


 ドロップアイテムは「火の指輪」と「妖精の明かり」。あと、魔法スクロールが2つ。


「あ、あたし『火の指輪』をもらってもいいですか?」とアミー。

 他のメンバーはそれなりに魔法のアイテムなんかを持っているので、アミーにあげることにする。これは本来水系統の魔法しか使えないアミーでも、火系統の魔法が使えるようになるという優れものだ。


 魔法スクロールの一方は「ヒール」と名前が表示された。だが、もう1つはネタ魔法である。


「さあ、魔法スクロールが出ましたよ」とアミーがゾーイに押しつける。

「うーん、しょうがないわね」

 ゾーイが渋々ながら魔法スクロールを詠唱。

 すると、ゾーイの頭にニュッとロバの耳が生える。

「あはははは」

 全員爆笑。

 これは『お前様の耳はロバの耳』だ。フィアニカでマーカスがこれに引っかかったな。

「うふ、ふふふ。ゾーイさん、可愛い」とアミー。


 本人だけはすん、とした表情である。

「えー。これ、いつまでこのままですか?」

「このフロアをクリアするまではこのままらしいよ」

「うーん。まあ我慢しましょう」


 あれ? そういえばアミーがさっき詠唱したやつはどうなったんだろう?

「アミーはさっきの魔法スクロール……」

「あ、いえ。なんでもないです」と挙動不審なアミー。


 ……なんか怪しいな。

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