ダンジョンに行きましょうよ
昼食を食べ終わる頃に、いつものようにセーラがやってくる。
「はい。新しい『シナーキアン』よ」
「お、連載第5回か」
「例によってデレクは影が薄いけど、次回あたりからちょっと出番を増やすようにしてるわよ」
「そんなに気を使わなくてもいいんだけど」
「でもほら、フローラたちにも言われたじゃない。デレクを控え目に描き過ぎるのもバランスが悪いかなってちょっと反省したのよ」
「まあ、確かにそうかもね」
「それでね、毎日ここで頑張って原稿を書いていたおかげで、そろそろ連載の最終回分に到達できそうなのよ」
「おお、それはめでたい。しかし、長い話だから推敲とか大変じゃない?」
「それはそうよ。でも、推敲って始めるときりがないのよね。あとから考えるとどうでもいいようなことで長い時間悩んだり、逆に文章の前後がつながっていないのにずっと気づかないままでいたり」
「なるほど」
「だから、ヒルダとヘレンに読んでもらって、問題なければそれでよし、って感じにして先に進まないと」
「でも、推敲もだけど、毎週の掲載前には校正も必要だろう?」
「それはヒルダにやってもらうってことで話がついてるから、やっと原稿作成からは解放されそうなのよ」
「そっか。そうなると15日には心置きなく出発できるという感じだな」
「それからね、スートレリアに出かけるにあたっての人員選抜なんだけど、結局、この前ダズベリーに行った時と同様に侍女としてイヴリン、護衛役はニデラフ兄妹。それから調査業務のサポートでヘレン」
「うん。そこまでは想定内かな」
「で、フレッドがヌーウィ・ダンジョンに出かける時、デレクが同行を断ったでしょ?」
「うん」
あの時は『裏技』という想定外の話が湧いて出たので急遽取りやめたのだった。
「それでハワードが思い付いて、実はスザナともう一人、ウチの警護をやってるニコラ・ローリングっていう女性を同行させてね、『耳飾り』をゲットさせる予定なのよ。予定通りなら今日あたり、ダンジョンにいるはずね」
「スザナがスートレリアにいる間、こっちにいるニコラといつでも通信ができるようにしておくというわけか」
「そうそう。それでお父様も安心ってわけね」
「ふむふむ。なるほどね」
ハワードは妹のことはもちろん心配しているだろうが、多分、フランク卿が毎日毎日セーラのことをあれこれと過剰に心配するのが目に見えているから、その予防策に違いない。数週間放っておいたら、フランク卿自身が船に乗って出かけるとか言い出しかねないからなあ。
「あとは外務省から3人、ラヴレース家から3人で合計10人という予定」
「なるほど。まあ、そのくらいが妥当なのかな」
「でね、あと2日もあれば原稿のかたがつくので、出かける前にちょっと時間ができるのよ」
「確かに出発が15日だとすると、数日程度は自由に使える感じ?」
セーラ、ぐいっと身を乗り出し、俺の顔を覗き込んで言う。
「あたしたちでダンジョンに行きましょうよ」
「え?」
「普通に馬車に乗って出かけると時間がかかるから、どこかのダンジョンにいきなり転移して行くことにすれば1日でいいわけよね? 次の日に休養は必要かもしれないけど」
「まあ、そりゃそうなんだが……」
ちょっと考える。確かに『試練』の魔法を試してみたい気もするし、セーラの言うように転移していきなりダンジョンにだけ挑戦するなら2日程度予定を開けておけばいいだろう。魅力的な提案である。
「じゃあ、原稿が書き上がったタイミングで相談しようか」
「え! 行けそうなの?」
「試してみたいこともあるしね」
「よーし。これは一層頑張らないとね」
ヒルダとヘレンがやって来て、今日はいつにも増して張り切って原稿作成に取り掛かるセーラである。
さて、俺としては、どこのダンジョンに行くのか、どういうメンバーで行くのかを考えないといけない。紅茶のお代わりを頼んで考える。
ヌーウィ・ダンジョンには、エメルとジャスティナに行ってもらっている。シトリー、アミー、ノイシャのうちの誰かということになるだろうか。3人一緒に連れ出したらメイドの仕事が滞るのでゾーイに怒られそうだ。
……っていうか、ゾーイだってかなりな戦闘力があるよな? 風系統のレベル3、しかも
最近、どういう訳だか俺への圧力を強めている感じがするが、たまには発散したら良くないだろうか?
「何かお呼びですか?」と背後からゾーイの声。
うひゃ!
「……何か口から出てた?」
ゾーイ、背後から俺の肩に手をかけて言う。
「はい。あたしと秘密のプレイをして若いモヤモヤを発散したい、と」
「そんなことは言っていない」
「あら。おかしいですね。ふふふ」
ゾーイはそう言いながら、イスを引いて隣に座る。
「あのね。……ゾーイは最近、トレーニングとかしてる?」
「はい。毎日」
「え? そうなの?」
「毎朝、一番早い時間に筋トレなどをしてるんですよ」
「それは知らなかったなあ」
「さらに夜は、いつベッドに呼ばれてもいいように身体の清潔にも気を配っています。これも重要ですよね」
「……あの」
「冗談ですよ」
どこまでが冗談なのか分からんが、この手の話に深入りするのは危険だ。
「ゾーイはダンジョンって行ったことある?」
「実は、あります」
「それは意外」
「結婚する前に護衛の仕事をしてたことがありますけど、その時に」
「へー。どこのダンジョン?」
「ラカナ公国にロトロップというダンジョンがありますが、そことか」
「えっと、グロブウッドとフレスタムの近くあたり?」
「そうですね。でも、今の季節は雪が深いので行くのは無理です。凍えます」
「そうなのか。ロトロップ以外だと?」
「ミドワード王国のザンディーン・ダンジョンです」
「へえ。ミドワード王国に行ったことあるんだ」
「ええ。あたし、こう見えても冒険者ギルドに入っていますから」
「げ。それも初耳なんだけど」
「護衛の仕事をしてたんですから、ギルドには入ってますよ」
そうなのか。……ゾーイ、謎多き女。
「いや、ゾーイもたまにはダンジョンとかに出かけて、身体を動かしたら良くないかな、とか考えたんだけど」
「いいですね。お供させて頂けるなら、是非」
じゃあ、たまにはゾーイと出かけるか。ゾーイは魔法も使えるしな。
「もしそうなったら、ザンディーン・ダンジョンを案内してくれる?」
「ええ。行ったのはもう何年も前になりますけど、内部は一緒ですよね?」
となると、ダンジョンの場所をゾーイに思い起こしてもらって転移する必要がある。ゾーイにもダガーズと同じ指輪を作って渡しておけばいいか。
「この前シトリーが、ミドワード王国の商人から聞いたという話をしてたけど、ミドワードってあんな感じなのかな?」
「ええ。良く言えば地域の団結力が凄いんですが、悪く言うと排他的ですね」
「ザンディーン・ダンジョンってどこにあるの?」
「王都ゴフィスよりもさらに南にキゼフという町があって、そこから川沿いに遡ったあたりですね」
「結局どこだか分からないけど、普通の交通手段で行くなら国境を越える街道を?」
「あ、いえいえ。聖王国とミドワード王国の間にまともな街道はありませんから、ミドマスかニールスで船に乗って王都ゴフィスまでとか、直接キゼフまで船で行くのが楽ですね」
そういえばエルスウィック卿も、ミドワード王国との国境は人も住んでいない荒れ地だと言っていたな。ちなみに、ニールスはラプシア川の下流の港町だったと思う。
「ニールスっていう港町は栄えてるの?」
「ミドマスほどではありませんが、ラプシア川の水系では最大の町じゃないでしょうか」
「へえ。国内だし、一度くらいは見ておこうかなあ」
世間話モードになって聖王国の東側の地方のあれこれを話していたら、ナタリーとカリーナに連れられて子供たちがやって来る。
わ! 全員が「学校の制服」である。紺のブレザーには金ボタンが2つ。青いチェックの膝丈スカートに紺のソックス。胸元には赤いリボン。
勢揃いすると、中学生が職場体験に来たみたいに見える。……おっと、アラサーのおじさん視線になっちまったぜ。
「どうですか?」とナタリー。
「すごいなあ。これ、自分たちで作ったんだよね?」
「ええ。ミシンの使い方も一から勉強しました」
全員、自分でやり遂げたという満足感が表情に溢れている。いいねえ。
「でも、この季節だと外で着るには寒くないかな?」
「一応、春に間に合わせることが目的だったんですが、案外早めに完成しました」
これを見ていたゾーイがぽつり。
「可愛いわねえ……。あたしにも作ってもらおうかなあ」
「え」
……それはちょっとどうだろう?
そりゃ、あっちの世界とは違うから、年齢に関係なく着ればいいんだけど。
ちょっと動揺しているのをゾーイに見透かされてしまう。
「あら? あたしがこれを着ると何か困ったことでもあるんですか?」
「あ、いやいや、清楚で可愛くていいと思うよ」
俺の表情を観察しながら、ゾーイが追撃。
「うーん。それよりはカリーナが時々着ているメイド服にしようかしら?」
……何かバレてないか?
夕方になって、コリンさんが例の地下室の周囲の整備について報告してくれる。
「造園業者に依頼して、数日後くらいから勝手口あたりを整備することになりました」
「了解。どうもありがとう」
「それでですね」
「ん? 何か」
「今回は庭木の手入れとかではありませんで、比較的力仕事がメインなので、下請けと言いますか、人材派遣会社から何人かを呼んで作業を手伝ってもらうのだそうです」
「それは何か問題?」
「費用が安く上がるという点は好ましいのですが、造園業者が直接は知らない作業員が何人もお屋敷の敷地に入ることになりますから……」
「あ。そうだね……。ちょっと待てよ。その人材派遣会社ってどこだか分かる?」
「確か、ネーズビー社と言っておりました」
「え!」
ネーズビー社か。うーむ。
屋敷の建物の中にまでは入らないとしても、数日間通えば、警備の様子であるとか、住人がどのくらいいるかなどの情報は手に入る訳だよな。
「すまないけど、ネーズビー社はねえ、事情があってちょっと避けたい」
「左様ですか」
「うん。人材派遣を使ってもいいけど、他の所にしてくれるように頼めるかな?」
「はい、それは可能と存じます」
もしかしたらこんな調子で、あちこちの貴族の邸宅なんかの様子も探っているのかもしれない。これは油断できないな。
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