ダニエラ・ホルスト

 明日くらいにはノイシャがローザさんと戻って来るかなあ、とぼんやり考えているとセーラに言われる。

「フローラの誕生日パーティーが近いんだけど、プレゼントは考えてあるの?」

「げ。忘れてる。どうしよう」

「シェフを派遣する話もあったよね?」

「うんうん。そっちはもうジョリーに頼んであるから大丈夫。サポートでズィーヴァについて行ってもらう」

「ズィーヴァはメイドになってから日が浅くない?」

「いやいや、実は彼女のメイド歴が一番長い。心配はいらないよ」


 フローラの誕生日パーティーは1月28日。今日は23日だからあと5日しかないぞ。さて、どうしよう。


 次の朝。

 トレーニングに行くと、なんとエメル、ジャスティナに加えてマデリーン、フリージアとデニーズがいる。

「あれ?」

「デレク様。最近来てなかったでしょ。マデリーンとフリージアはもう何回も来てますよ」とジャスティナに言われる。

「今日はデニーズもトレーニングに加わりたいと言うので」とエメル。

「時々来てもいいですか?」とデニーズがにっこり。

「あ、全然問題ないです」

 女の子に弱い。とことん弱いな、俺。


 で、女の子の前でエメルに投げ飛ばされる無様なデレクくん。

「あれ? 勝てないじゃん、俺」

「もっとしっかりして下さいよお」とジャスティナにも言われる。


 これはもう、少年マンガにお約束の「秘密の特訓」しかないな。

 だが、秘密の特訓で何をしたらいいかが分からないぞ。


 で、なんだか大人数で、最早恒例となった朝のパンケーキを食う。

「美味しいですね、このパンケーキ」とデニーズ。

「今日はカリーナが焼いてくれたの?」

「はい。最近は人数が多いですけど、毎日がんばってます」


 げ。今日のカリーナのメイド服はじゃん。

 俺の目線に気づいたのか、カリーナはこちらをちらっとみて微笑む。うわあ。


 ナタリーが紅茶を入れてくれる。

「ダメとおっしゃられましたけど、スカートも完成間近ですよ」

 ……え?


 色々な衝撃に呆然としたまま書斎にいると、訪問者の来訪を執事補助のマリウスが取り次いでくれる。


 『ジュリエル会』から派遣されて来た、ダニエラ・ホルストである。


「あれれ。本当に来たんだ」

「はい、これからよろしくお願いします」


 ダニエラが聖都に来るのはいいとして、毎日どのように行動するつもりなのだろうか。

 勝手に護衛すると言っていたが、まさか屋敷の門の辺りでずっと待つわけでもあるまい。俺がどこかへ出かける時はどうするのだろう? 例えば馬車で出かけたとして、平安時代の下人ではないのだから、走って後を追って来るわけはないよなあ。


「護衛って言うけど、具体的にどうするの? もしや、毎日俺をつけ回す……」

「まさか。『使徒』の動向を探っている別働部隊が聖都におりますので、そちらから情報を受けつつ、デレクさんに接触したり、危険が及ぶ可能性がある場合に護衛をする、という予定です」

「あー。なるほどね。毎日、門の辺りでウロウロされたらどうしようかと思ったよ」

「いえ、特に行動予定のない日はそのようにすることもあると思います」

「ええ? それはやめて欲しいなあ」

 不審者、もしくはストーカーじゃん。


「で、俺としては具体的にどうしたらいいのかな?」

「では、ご相談なんですが」

「はい?」

 真剣な表情でこちらに視線を向けられると、正直、ドキッとする。


「可能ならこのお屋敷に住み込みで……」

「それはちょっと……」

「では、門番の方に、フリーパスで入れて頂けるようにご指示をお願いします」

 フリーパスでないとしたら、いちいち警備から執事に訪問の許可を取り次ぐことになって、それは手間が無駄なだけだなあ。

「うーん。まあ、いいか」

「有難うございます。では、早速ですが、ひとつ情報がありますのでお伝えしておきます」

「え? 何かな」


「カルワース家の次男のグリフィスですが、ラカナ公国から密かに出国して、現在はゾルトブールのアーテンガムに潜伏しているらしいとのことです」

「へえ。……長女のレイラはどうしてるのかな?」

「レイラはラカナ市内で、監視付きながら次女のジェニファーと一緒に普通に生活していると聞いています」

「『使徒』と関係があるはずだって聞いてるけど、そうなの?」

「以前は関係があったのですが、最近はそのような様子は見られないとのことです」


 いきなりテロリストと化して襲ってくるような事がないならそれでいいんだが。

 時々でもいいから、祖母のフリーダにも会いに行って欲しいなあ。


「ところで、今日はこの前みたいなローブじゃないんだね」

「はい。あれはジュリエル会のメンバーであることを周囲にアピールするために着用するもので、何らかの会合とか、旅行中に着用します」

「旅行中に着用しておくと何かいいことがあるのかな?」

「ええ。初対面同士でも情報交換が可能になりますから」

「だから国境や街道でジュリエル会の人をよく見かけるのか。なるほど。ある意味合理的だなあ」


「さて、本日はこれで失礼します。これから時々お邪魔させて頂きますが……」

 その時、閃いた。

「あ、ちょっと待った」

「何でしょう?」


「さっき言ってたような身辺警護の必要がない時って、もしかしたら結構ヒマなことはないかな?」

「まあ、そうですね」


「体術の師範役はできるかな?」

「はい。大丈夫です」

「そしたら、明日の朝、この屋敷の裏手にトレーニングスペースがあるんだけど、そこに来てくれないかな? ちょっと特訓したいんだ」

「いいですよ」

 よし! 秘密の特訓だ。


 ……と意気込んではみたものの。


 翌朝、トレーニングスペースへ行くと、オーレリー、サスキア、アミー、そしてダニエラ。別に秘密でもなんでもないじゃん。


「デレク様。ダニエラさんに特訓してもらうんですって?」とアミー。

「え、まあ」

「うふふふ。あたしたちも一緒に特訓してもらうから、結局変わらないことありませんか?」

「そこはつまり、特訓と言えば努力と根性、汗と涙がつきものなわけで」

「はいはい」


 しかし、トレーニングウェアに着替えたダニエラは筋肉美が凄い。

「全身がムチのようですね」とサスキアが感心している。


 ダニエラの流儀は、まず呼吸法から入るらしい。へえ。何か古武道っぽい。

 そして基本動作を徹底的に繰り返す。

「これは急には強くならないのかなあ?」

「いえ、呼吸に合わせた動きが自分のものになると、飛躍的に強くなる人もいます」

「……頑張ります」

「これを、サボらずに毎日繰り返して下さい」

「……頑張ります」


 その様子を見ていたオーレリーも感心している。

「いや、その方法は道理にかなってるように思うぞ」

「そんなもん?」

「あたしも少しそのやり方を取り入れようかなあ」

 それ以上強くなったら魔人ではなく、魔神の領域ではないかと。


 その後、オーレリーとダニエラの組み手が行われたわけだが、我々凡夫の及ぶところではない、天上の戦い。異次元の体捌き。

 ぽかんと口を開けて呆然と見守る我々3人。


「ううむ。久しぶりに押され気味だったな。ダニエラさん、手強いな」

 オーレリーがそんなことを言うのは初めて聞いた。


「あの、オーレリーさん、そして皆さんも、あたしのことはダニエラ、とお呼び下さい」

 そう言ってちょっと顔を赤くするのも、なんかギャップ萌えってヤツ?


 そしてパンケーキである。今日はエメルが焼いてくれたらしい。

「しかし、トレーニングが朝だけだと、ダニエラは昼間は暇だよねえ」


 するとダニエラ、意外なことを言う。

「あの。私、料理が超絶苦手なんです。昼間はここで厨房のお仕事を手伝わせて頂けないでしょうか?」

「え? 料理の勉強がしたいの?」

「そうなんです。本当に何もできないので、洗い物とか野菜の皮むきとか、そのあたりからします。あたしの料理は口に合うとか合わないとかいうレベルではないので、基本中の基本から、ちょっとずつしたいんです」

 なんか、すごい真面目。


「それって、給料……」

「生活費はジュリエル会から出ますのでご心配なく」

「うーん。じゃあ、ケイトに頼んでおくよ。ここのメイドも、最初は酷いもんだったんだけど、最近は安心して料理を任せられるレベルになってるから」

 すると、ダニエラ、今までで一番の笑顔になって言う。

「有難うございます。頑張ります」


 というわけで、ダニエラは通いで、トレーニングのコーチと、厨房の手伝いをすることになったのである。


 何も言わずに隣でパンケーキを頬張っていたリズに耳元でぼそっと言われる。

「ダニエラ、可愛いよね」

「うん」

「うふっ」

 あ、しまった。素で答えてしまった。



 昼になって、例によってセーラたちが来る。


 そして午後。そろそろお茶の時間かなあ、と思っていたら。

 ノイシャの馬車が到着。そして、ローザさん、女冒険者のアイラさんが連れ立ってやって来た。


「しばらくぶりね、デレク」

「年末はダズベリーに帰ってたんですか?」

「そうそう。ダズベリーから見える山は雪で真っ白。随分寒いわよ」

「みんな元気ですか?」

「ええ。メロディーはもうすっかり若奥さんって感じでねえ。クリスもデレデレしててさあ。ケイは相変わらずだけどね」

「あれ? 東邸は?」

「普段、ダズベリーに帰った時はあそこに寝泊まりしてるけど、年末年始は実家で過ごしたいじゃない」


「アイラさんもダズベリーに?」

 アイラさん、寒いのでさすがにおヘソは出ていない。

「そうそう。東邸に部屋を貸してもらってね。その前はマフムードまで護衛で出かけたりしてたけど」

 ウマルヤードにはちらっと行ったけど、マフムードにはしばらく行ってないな。

「マフムードはどんな感じです?」

「あそこはもともと内乱の被害はあまりなかったから、以前と変わらないよ。あ、でもほら。奴隷制度を止めたからか、街の雰囲気が明るくなった気がする」

「へえ。なるほど」


 ノイシャがやって来た。

「デレク様。ただいま戻りました」

「いやあ、ほんとにお疲れ。済まなかったねえ」

「今そこでエメルに、あたしが聖都にいない間に、ナリアスタがらみで結構な大事件があったとか聞きましたよ」

「あ、まあ、ね」

「何よそれ」とローザさんが言うので、最近の『聖都テンデイズ』なんかを持ってきて、大統領誘拐事件について説明。


「へー。キーン・ダニッチ、かあ」とアイラさんは興味津々。

「俺は王宮にいたので、キーン・ダニッチは見てないんですけど」

 そう言うと、ローザさんは何かニヤニヤしている。

「ふーん」

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