誘拐事件の真相

 ラインス大統領には怪我もなく、その後の日程は会談も含め、予定通り行われた。


 しかし、国王陛下以下、聖王国関係者はナリアスタ側に平謝りの状態。

 真相の究明と当事者の処罰、及び警備担当の責任の追求はもちろんのこと、ナリアスタの復興に協力を惜しまないとの約束をすることになった。


 最後の挨拶で、ラインス大統領はこのように言ったという。

「今回、私の身を案じ、多くの方々に奔走して頂いたと聞きました。これは何よりも嬉しいことです。聖王国とナリアスタ国が単なる隣人ではなく、互いに信頼し、相手を思いやる間柄でありますように祈念致します」


 ううむ。よく出来たお人ではないか。


 公式日程が終わった後、ラインス大統領とヘミンガム大使がわざわざ泉邸を訪ねて、お礼を述べてくれた。


「この度の事件の早期解決は、全くもってデレク殿とテッサード家の方々の尽力によるものであって、お礼の言葉もありません」

「いえ、大統領閣下に何事かがあれば国際的な大問題です。何を置いても救出と解決に奔走するのは当然のことです」


「しかし、大統領選挙の時から、キザシュとイスナには、聖都でテッサード家に助けられているという話は聞いていました。今回、私自身も助けられることになって、もうナリアスタの大恩人と言うほかありません」

「お言葉ですが、大統領を助けたのはキーン・ダニッチという人物とお聞きしております。あまり私のことを持ち上げるのはちょっと……」

「あ、そうでしたな。しかし、現場で私が以前から知っている女性2人と会った……ような気がしております。あの時は本当に、心から嬉しかったのですよ。これはどうしても申し上げておかなければなりません」


 メイド姿に戻ったジャスティナとアミーは、大統領に向かって笑顔でお辞儀をしている。キザシュ、イスナ、シトリー、そしてエメルも本当に嬉しそうだ。いや、良かった。

 ……あ、ノイシャだけこの場にいないのは、ちょっとまずいなあ。



 その後数日かけて、捕縛された2名とマートン男爵をこってりと事情聴取した結果、事件の真相が明らかになってきた。


 そもそも、誘拐しようと思ったのは大統領ではなく、俺だったらしい。

 えええ?


 大統領の訪問日程が決まった時、大統領との会談に出席するメンバーを見ながら、王太子がこんな「冗談」を言ったというのだ。


「これさあ、出席者に名前が上がってるのに、当日来なかったり、遅刻したりしたら、貴族としては恥さらしもいいところだよね」


 これを聞いたマートン男爵、欠席したら面白いという相手はテッサード家のデレクであろう、と「勝手に」推測し、まず、公式な出席要請の書類を、聖都の屋敷ではなく、実家の方へ送るという姑息な嫌がらせをした。

 だが、これは効果がなく、アホのデレクはよせばいいのに出席の準備をしているらしい。


 では当日、会談の直前に誰にも知られないようにさらってしまって、会談に間に合わないくらい離れた場所に放り出して来たらどうだろう。誰がやったのか分からないように実行すれば、マヌケなデレクが遅刻の理由にあり得ない言い訳をしているぜ、なんて痛いヤツなんだ、としか受け取られないに違いない。これは一層無様で面白い。笑える。


 そこで、朝、何も知らずに王宮にやって来たおめでたいデレクを、まずは人目に触れないように控室とは別の部屋に誘い込む。次に、使われていない会議室で拉致する準備ができたところで、ボンクラなデレクを呼び寄せ、縛り上げ、袋詰めにして楽器ケースに入れて王宮から運び出す。あらかじめ、出入り口担当には、出ていく荷物のチェックはしないように言い渡してある。怪しまれないように、「荷物」は途中で荷馬車に載せ替える。後は、王宮からかなり離れたあたりの廃屋で解放して、拉致実行犯はとっとと逃げ去る。

 置き去りにされた可哀想なデレクは、惨めに泣きながら王宮へトボトボと帰るしかないだろう。ウケる。


 ところが、拉致現場である会議室へ向かう途中で、デレクと大統領が偶然にも出会って立ち話をするというアクシデントが発生。廊下が薄暗かったのと、デレクと大統領の体格が似ていたもので、全然気が付かないまま、大統領の方を拉致して、王宮の外へ運び出してしまった。……らしい。


「という話なのだな、どうも」とフランク卿。


 今日はラヴレース邸にディナーに招かれている俺。


「俺、悪くないですよね?」

「ああ、タチの悪いイタズラというかイジメに巻き込まれそうになった被害者だ」とハワードが言う。


「でもそれって、警備担当のくせにそれを悪用してデレクを陥れようとしてたってことよね」

 セーラはかなり怒っている。


「100%、本当かどうかは分からんのだが、結果として国賓待遇で招いた大統領を誘拐するという大事件を引き起こすことになったわけで、マートン男爵は最低でも爵位の召し上げと、領地の没収は免れないことになる。刑事罰の適用も検討されている」

「実行犯の2人はどんなヤツなのかしら?」

「マートン男爵のところの警備担当らしい」

「主人も使用人も腐ってるね」とジーンにまで言われる。


「当日の警備はマートン男爵だけじゃなくて親衛隊もやってたんじゃないの?」

「そうなんだが、親衛隊がその拉致の計画を知っていたという確証は得られていないのでなあ」

「爆破事件とは関係ないのかしら?」

「今のところ、何の関連も見つかっていないね」


「でも、いいタイミングでキーン・ダニッチがやって来たねえ。どこかで悪事が起きるのを見張ってるのかな」とジーン。

「本当にそうよねえ」とセーラがニヤニヤする。


◇◇◇◇◇


 不意に名前を呼ばれたアミーとジャスティナ、拉致されていた人物をまじまじと見つめる。

「あれ? マスターじゃないですか」とアミー。

「本当だ。マスター、こんな所で何を拉致されてるんですか」とジャスティナ。


 意味が分からないリズが質問する。

「二人とも、知り合いなの? 大統領が誘拐されたって聞いてきたんだけど」


 アミーが説明してくれる。

「この人は、あたしたちがケシャールから聖都に出てきた時に、色々手配してくれた支援団体のエラい人なんですよ」

「へー。ダガーズを助けてくれた人なのか」

「で、どうしてマスターがここにいるの?」と再びジャスティナ。


「実はね、私が大統領のステファン・ラインスなんだ。名前を名乗るのは初めてだね」

「えー。そうなんですか」

「それはびっくりですよ」


「それにしても、助けてくれてありがとう。よくここまで追って来れたね?」

「えっとですね」

「うーん」と言いにくそうにするジャスティナとアミー。


「それから、さっきの戦いぶり。あれは凄いね。何かの魔法だろう?」

「ええ、まあ」


 2人でゴニョゴニョと相談。

「マスターになら説明してもいいかなあ」

「ちょっとデレク様に聞いてみよう」とジャスティナ。


「もしもし、デレク様ですかぁ? ジャスティナです。大統領を無事、発見しました」

「うわあ。ありがとう」

「で、ですね。そのー。大統領が、あたしたちが知ってる人だったんですよ」

「ああ。さっき立ち話で聞いたよ」

「どう説明したらいいですかねえ」

「うーん。大統領は君たちも信頼している人なんだろう?」

「ええ、そうです」

「だったらまあ、普通には知られていない魔法を使って、今回のように人助けをすることがある、程度は説明してもらっていいよ」

「はい」


 リズが質問する。

「で、拉致の実行犯が2人、ここでノビてるんだけど、どうしたらいいかな?」

「そうだなあ。荷馬車はそこにある?」

「うん」

「それに積んで戻ってきてもらうといいかもしれないが……」


 するとアミーが閃いたらしい。

「ねえ、マスター。荷馬車には乗れる?」

「ああ。大丈夫だ」

「じゃあ、この2人を荷馬車に積んで、王宮まで戻ってよ。王宮はあそこに見えてるから真っすぐ行けばいいよね?」

「それはいいが、私を助けてくれたのは……」

「それはね、キーン・ダニッチという人よ」

「は? 聞いたことはあるが……」


 リズが愉快そうに笑う。

「ははは。いいねえ、それ」


「キーン・ダニッチは正体不明なレンキンジュツシってヤツらしいんだけど、時々聖都に現れて人助けをしてくれるのよ」

「ふむ」

「その人が颯爽と現れて助けてくれた、という話にしましょう」

「あ、助手のミルキーさんも大活躍、ね」


「それって、君たちと関係ある人なの?」

「それは秘密です」

「そう、秘密ですよ」と笑うアミーとジャスティナ。


「まあ、いいだろう。じゃあ、その案で行こうか。私が拉致されてここまで来たら、キーン・ダニッチと名乗る人物が颯爽と現れて助けてくれた、と。……その人はどんな外見の人物なのかな?」

「えっとねえ、服装は結構ダサイ」とアミー。

「あはははは」とリズが大笑い。

「でもねえ、声は低くてカッコいいって聞いたわよね」

「ふふふ」

「それからねえ、ミルキーっていう助手の女の子は小柄なんだけど、滅法強い」

「へえ」


 このやり取りはイヤーカフ越しに、俺にも聞こえているわけだ。

 うーん。まあ、いいか。


◇◇◇◇◇


 俺は一度も会ったことがないマートン男爵に陥れられそうになったが、しかしマートン男爵は手下のとんでもない失敗のせいで自身のすべてを失うことになったわけだ。

 マートン男爵は海賊との繋がりがあるとされていたし、表舞台からサヨウナラしてくれて良かったかな。


 その後、事件の顛末がどこからともなく漏れ出ることになり、聖都中がその噂でもちきりになる。例によって『聖都テンデイズ』だの『レキエル通信』だのが、キーン・ダニッチの記事を喜々として一面に掲載したり、明らかにウソだろ、というような「目撃者」の話が特ダネになっていたり。


 さて、誰にも言っていないが、俺だけが知っている秘密がある。


 あの日の朝、『勤勉の指輪』をはめるつもりが、慌てていたせいで『倍返しの指輪』をはめて王宮に出ていたのだ。どちらの指輪も、ミノスの宝飾市で大量に購入した指輪にコピーして作ったので、外見は全く同じ。

 『倍返しの指輪』は、「あなたに害をなそうとする者が、あなたも知らないうちに自滅する。しかもあなたを利する結果も得られる」という効果をもたらすという。


 いや、まさか本当になるとはねえ。『呪い』恐るべし。

 大統領はとんでもない事件に巻き込まれることになって、俺のせいではないけれど、大変申し訳ない思いで一杯である。


 あと、会談の間、ずっと睡魔と戦うハメになったのは、まあ、しょうがないかな。

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