大統領、襲われる
「大統領閣下が行方不明とはどういうことだ!」とフランク卿。
飛び込んできた役人が息を切らせながらも説明する。
「先ほど、控室にご案内してしばらくお待ち頂いておりましたが、途中、お手洗いにお立ちになりました。その際にも当然、護衛役の者が付いておりました。控室にお戻りになる際、ご友人を見つけたのでちょっと立ち話をするから、と護衛役から少々離れられて、立ち話が済んでご友人と分かれた後、控室ではない別の方へ歩いて行かれて、護衛役があわてて後を追いかけたものの、その直後から姿が見えない、というのが現在までに分かっている経緯です」
「その友人というのが怪しいぞ!」とフランク卿が激昂する。
「すいません、それ、きっと私です」とおずおずと手を挙げる。
「は?」
「デレクはラインス大統領と知り合いなのか?」
「いえ、あのー、ナリアスタから誘拐された子供を保護するということを以前からしておりまして、大統領閣下と廊下でバッタリあってお礼を言われた、というだけのことです」
「ふむ、そうなると?」とフランク卿のボルテージが下がった。やれやれ。
「控室ではない方へ歩いていった?」とトレヴァー。
「あ。そういえば、大統領と分かれた後、廊下の向こうで手招きしている人物がいましたよ」
「ちょっとデレク。そこへ行ってみよう」
「うむ。ワシも行ってみる」
そこで、さっき立ち話をしたポイントへ。
ナリアスタの護衛役が泣きそうな顔で立っている。
「あ。さっき立ち話をしていたのはこの方です」
「ええ。でですね、分かれた直後ですが、廊下のそこの部屋に入るように促している人物を目撃しました」
その部屋は普段は使われていない小さな会議室らしい。
ドアを開けてみると、会議机やイスが乱雑に部屋の隅に押しやられており、窓を開けた新しい痕跡がある。床にはロープの切れ端。
「これは……?」
「もしやこの窓から連れ出されたのでは?」
「それは一大事だ。騎士隊に連絡せよ! 王宮の出入り口を封鎖!」
「なんてこった」とフランク卿、そばにあったイスに座り込む。
「大失態。……今日の王宮の警備の責任者は誰だ?」
するとさっきの役人が答える。
「マートン男爵と親衛隊が務めているはずです」
「侵入者が王宮に入り込むのに気づかなかったのか?」とフランク卿がつぶやくが、俺は別の可能性について考えていた。
そもそも、マートン男爵と親衛隊というのが怪しい。マートン男爵は泉邸に入り込んで狼藉に及んだ暴漢に関係している上、ろくな謝罪もしていない。会ったことはないが、俺の中で嫌いな貴族トップ3に入る。
しかし、自分が警備担当の時に、わざわざ分かりやすい悪事を働くだろうか。
馬車だまりにいるエメルに聞いてみる。
「エメル、何か大きな荷物を持った連中が王宮から出ていったりしてない?」
「はい。30分ほど前、楽器ケースみたいなのを運び出して出ていった2人乗りの馬車があります」
それか!
しかしどこへ行ったんだろう?
考えている暇はないな。
リズ、ジャスティナ、アミーに呼びかける。
「大統領が誘拐された。30分くらい前に、大きな楽器ケースみたいなものを積んだ馬車が王宮から出ていったというんだ。すまんが、カラスの目であたりを探してくれないか」
「了解です」
「シトリー。デレクだけど、そちらの状況は?」
するとシトリー、半分泣きそうな声で答える。
「こちらは大混乱で、奥様が泣いてしまって大変です」
「すぐなんとかする。落ち着いて」
しばらくして、アミーから連絡。
「王宮から西の方角へ走っている荷馬車に、楽器ケースみたいなのが積んであります」
「でかした! 誰が乗ってる?」
「2人乗ってます。1人はスキンヘッド、もう一人はアゴヒゲを生やしてます」
え? まさか、さっきのあいつらか?
「とりあえず追跡を頼む」
しかし荷馬車? 王宮から出ていったのは2人乗りの馬車だというから、どこかで荷馬車に載せ替えたのか。
「エメル、あれから、2人乗りの馬車が戻ってきたりしてない?」
「あ、よく分かりますね。楽器ケースを持ち出したのと同じような馬車が、何も乗せないで戻ってきました」
「その馬車の持ち主を確認できないかな?」
「はいはい」
しばらくしてエメルから連絡。
「マートン男爵だそうです」
よし。
何が目的か、さっぱり分からないが、マートン男爵が何かやってる。警備担当なのだから、怪しい荷物を積んでいても出入りするのは容易だ。
「あ、荷馬車が止まりました」とアミー。
「リズ。アミーの見ている場所に、『
「うん」
「そこにジャスティナとアミーを転移させて、荷馬車をおさえてくれるかな?」
部屋の隅でコソコソ何かをやっている俺に、フランク卿が話しかけてくる。
「デレクは何をしておるのかな?」
「えっとですね、マートン男爵の所有する2人乗りの馬車が、大きな楽器ケースを運び出して、しばらくして戻ってきたという目撃情報があります」
「何!」
フランク卿、すくっと立ち上がると、さっきの役人に向かって怒鳴る。
「マートン男爵の身柄を確保しておけ!」
「はいぃ!」
役人が悲鳴のような声とともに部屋から飛び出す。
フランク卿、俺に向かっていう。
「それ、例の『耳飾り』かな?」
「ええ」
「ふむ。緊急の時には実に役立つな」
「今、怪しい荷物を追跡しています。しばらくお待ち下さい」
「ほう」
◇◇◇◇◇
王宮から2キロくらい離れた、街道沿いの廃屋である。
大きな楽器ケースを積んだ荷馬車がやって来て裏庭で止まる。
男たちは楽器ケースを開け、2人がかりで中から大きな袋を出す。
「よっこら、せっと」
袋は地面にドスンと落とされる。袋は分厚い布地でできており、中には何やら動くものが入っている。
袋の口を縛っていたロープを解くと、人の足が見える。
「ほら、立ちな」
ヒゲヅラの男はそう言って袋の中の人物を立たせると、頭の方へ袋を持ち上げる。中から縛られて猿ぐつわをかまされた男性が現れる。手には魔法封じの枷が見える。
1人がナイフを出して男性を脅している間に、なぜかもう1人は男性を縛っていたロープや猿ぐつわを緩める。
ようやく喋れるようになった男性が怒りに満ちた表情で2人の男に言う。
「なんでこんなことをするんだ。ナリアスタに何か恨みでもあるのか?」
すると男2人はヘラヘラ笑いながら言う。
「ちょっとしたイタズラだと思ってくれよ。これで、あんたは会談に間に合わなくて大恥をかくって寸法だあ」とアゴヒゲ男。
「あんたが使える魔法より、俺の方がレベルが上だから、攻撃はしない方が身のためってもんだぜ」とスキンヘッドが言う。
「じゃ、おれたちは帰るから。せいぜいゆっくり戻って来なよ」
そう言うと、男たちは荷馬車に戻ろうとする。
その時。
誰もいなかったはずの廃屋の陰から、女性が3人、現れる。
「あんたたちが誘拐犯ね?」
「何だぁ? おめーたち」
男たち2人は、相手をバカにしたような態度で間合いを詰めてくる。
スキンヘッドの男が何事かブツブツ言い始める。
すると女性の1人がスキンヘッドに向かって言う。
「
スキンヘッドはバカにしたような笑いを浮かべながら、魔法を放とうとする。
「サンド・エッジ!」
しかし、何の魔法も起動しない。
「え?」
その一瞬の隙に、女性が別の魔法を起動させる。
「エンジェル・ライトニング!」
稲光のような光が走ったと思った瞬間、スキンヘッドの男は悶絶してその場に倒れる。
その様子を見ていたアゴヒゲの男、懐からナイフを取り出し、別の女性に向かって斬りかかる。女性はひらりと身をかわし、男の背中に手を触れて言う。
「
男性は見えない敵に打ち倒されたように、全身を痙攣させてひっくり返る。
「あらら、
「これ、骨までイカれてないかしらね」
などと言いながら、女性たちは男2人を後ろ手に縛り上げる。
袋から解放された男性は、その様子をあっけに取られて見ていたが、やがて、はっとしたように言う。
「もしかしたら、アミーとジャスティナじゃないか?」
「え?」
◇◇◇◇◇
国賓として招かれた隣国の大統領が、こともあろうに王宮の中で誘拐されるという前代未聞の事件が発生した。
王宮が大騒ぎになって、約1時間が経つ。
手がかりはほとんどないものの、マートン男爵が警備を任されていたのをいいことに、王宮から運び出される荷物のチェックをしないように指示していたことが判明した。
身柄を拘束されたマートン男爵は必死の言い訳をする。
「怪しいものが運び込まれるのは困りますから、そのチェックは厳重にせよ、と各出入り口の担当には申し伝えました」
チェスター公爵が怒鳴る。
「バカか。王宮から
「おっしゃるとおりですが、そこまで考えが及びませんで……」
「何かを持ち出した馬車の持ち主はマートン男爵だというではないか」
「さあ、それは誰がしたことか分かりません」
「誰だか分からないヤツに馬車を勝手に使わせるのか?」
「……」
すると、王宮の外から大きな歓声が聞こえる。
「何だ? どうしたのだ?」
廊下を走って役人が飛び込んでくる。
「大統領です。大統領閣下が、荷馬車に乗って戻って来られました」
「はあ?」
フランク卿、チェスター公爵ともども、王宮の外を見ると、確かに荷馬車を操って大統領が戻ってきた。
「……どうなっておるのだ?」
荷馬車の荷台には、縛り上げられた2人の男。
国王自ら、王宮の外に飛び出して、大統領を出迎える。
「おお! おお! なんということか!」
「国王陛下! ご心配をおかけしましたが、無事に帰ることができました」
歩み寄って肩を抱き合う国王陛下とラインス大統領。
見守っていた貴族、騎士、王宮のスタッフから割れんばかりの拍手と歓声。
「この2人の者に襲われ、馬車に乗せられて郊外まで連れて行かれたのですが、そこでキーン・ダニッチと名乗る者に救われました」
「なんと!」
周囲の者から大歓声。そして拍手。
「キーン・ダニッチだって?」
「13番地事件のあの怪人だろ?」
「やっぱり正義の味方なんだ!」
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