海賊と世間話をする

 アミーはしばらく部屋の様子を見聞きして、様子を伝えてくれたが、要するにこういう会話だったようだ。

 王宮側とモーズリー家の停戦交渉が不調に終わったせいで内乱が長引き、国民がかなり困窮している。側室2人としては、どうせ自分たちの子供は王位とは無関係だし、国民からの風当たりは強いし、いっそ王宮を出て実家に帰るなり、場合によっては隣国あたりに逃げ出そうか、みたいな。


「それって、本気度はどの程度に感じた?」

「オラリアは王宮には未練はなさそうで、近々本当に出ていくらしいです」

「へえ」

 確か、元々メイドだとか言ってた気がする。全くの平民ではないのだろうが、悪行を重ねていたらしい王の一族と距離を置いた方が得策ということだろう。


「ブライスの方はガッタム家の血縁らしいので、王宮から離れることには消極的ながら、他の側室たちの動向も見てみたい、らしいです」

「なるほどねえ」

 ブライスのネコ、プリーキーは役に立つから、しばらくは王宮内にいて欲しい気がするけどな。


 アミーが言う。

「ちょっと、オラリアのファンになりました」

「意味がわからないんだけど」

「うひ」


 俺の方はというと、古い毛布の上でウトウトしているネコとしばらく感覚共有したままにしていたのだが、しばらくしたら誰かが2人、部屋に入ってきた。

 角度的に、長椅子に並んで座った2人を正面やや下から見る形になる。あ、片方は可愛いメイドのシアラである。

「やっぱりあの紅茶の方が美味しいよ」なんて話をしている。どうやらメイドの仲間と、仕事の合間に休憩を取っているらしい。

 どうでもいい話が延々続いていたが、そのうち、話題が内乱に移ってくる。


 シアラが言う。

「これは秘密なんだけど、キャラハン家がウェドヴァリー家側につくらしいよ」

「え。本当に? キャラハン家ってオラリア様の実家でしょ?」

「オラリア様、近く王宮から実家に引き上げるらしいんだけど、理由はそれっぽい」

「そっかあ。あたしの実家はどうするのかなあ。これまでも今の王家とは距離を置きたいとか言ってたから」

 おや? この子は貴族の出なのかな? 名前はテイマリー・ダンヴァーズと言うらしいが……。

「へえ。そのあたりの意思決定は当主の……」

「いやいや、お父様よりは最近はジャヴァリス兄様が決定権を持ってるわ」

「じゃあ、お兄様とも相談した方がいいかもね」

「そうよねえ」

 そんな話をして2人は部屋から出ていった。


 メイドのこんな世間話から、秘密の情報が漏れていくんだろうなあ。

 感覚共有を切って、イヤーカフをオーレリーにつないでみる。

「もしもし」

「おや? デレクは今どこにいるんだ?」

「今、ラカナ公国だけど。それは置いておいて、ちょっと聞きたいんだけど」

「買い物ならな、昨日、ダンジョンに行ったみんなで出かけて、なかなか楽しかったぞ」

「あ、それは良かったなあ。……それはあとで聞くとして、エスファーデンの貴族は詳しい?」

「名前くらいは知っているかな」


「今、モーズリー家とウェドヴァリー家が手を組んで王家と戦っているわけじゃん」

「そうらしいな」

「キャラハン家ってどんな貴族?」

「キャラハン男爵のところは結構武闘派でな。王宮の騎士団の団員にも関係者が多いな」

「それから、ダンヴァーズ家って?」

「ダンヴァーズ伯爵家は、以前から王家の方針とは衝突することが多かったかな。伯爵家だから影響力は大きいな」

「この2つの家がモーズリー家、つまりコレット側につくとしたらどうだろう?」

「ふむ。かなり具体的な話を持ってきたな。キャラハン家よりもダンヴァーズ家が動くとしたら影響はかなり大きいと思う。同調する貴族も出てくる可能性があるな」

「へえ」


 所詮はメイドの噂話なので、本当にどうなのかは分からないが……。

 いずれにしても、内乱を終わらせるには、現状を変える何かが起きないとダメかもしれないなあ。


 馬車はもうじきバッドビーに到着する。馬車に長時間座っているのも苦痛になってきた。お尻が痛い。

 ちょっと待てよ? 明後日、ナリアスタ大統領の公式訪問があるから、明日はのんびりしていられない。例のウマルヤードの海賊の拠点を見に行ってみるなら今日なのではないか? とするとアミーと出かけないといけないが、馬車を1人でノイシャに任せるのはちょっと不安。

 あれこれ考えた末、サスキアに来てもらって、次の宿場のイークリングまでの御者をお願いすることにした。


「もしもし、サスキア?」

「あれ。デレクさんじゃないですか」

「ラカナ公国で昼飯と夕飯を食べる仕事に来ない?」

「はいはい。行きます」

「じゃ、オーレリーに許可をとっておいてよ」


 予定通りバッドビーに到着。

 バッドビーはこの前来た時よりもさらににぎわいが増していた。


「何か新しい店が多いですね」とアミー。

「この先のザグクリフ峠が今まで通れなかったんだけど、秋に開通して、それで宿場ににぎわいが戻ってきたんだよ」

 ノイシャが言う。

「ザグクリフ峠は『ラシエルの使徒』に襲撃された因縁の場所なんだよ」

「今回はさすがにないですよねえ」

 それ、フラグになりそうだから触れないでおいてくれないかな。


 サスキアを連れてきて、バッドビーで昼食。


「田舎料理みたいなのしかないなあ」

「湖があって魚とかが食べられるからまだましじゃないですか?」とアミー。

「これは聖都の昼ごはんとはまた違って美味しいですよ」とサスキア。

「エスファーデンのごはんと比べたら、そりゃ美味しいだろうけど、ゾルトブールのマフムードで食べた魚料理はもっと美味かったなあ」

「そうそう、ガパックもですよ。あそこら辺はいろいろ努力してますよね」とノイシャも同意。

「プリムスフェリー領はもうすこし努力が必要ってことか」


 午後は俺とアミーでウマルヤードに行ってみる。用事が終わったら適当なところで馬車と合流する予定。

 前回、ラカナ公国やゾルトブールに旅行した時は、どこにいるか分からない馬車のそばには転移できなかったので、いちいちリズに迎えに来てもらっていた。その後、転移魔法の発展型として『直行転移ラッシュ・オーバー』を開発したので、今回ならサスキアのいる場所に俺の方から転移できるようになったわけだ。いやあ、便利。


 ウマルヤードの『ドカ盛り一番』の前に転移。

「さて、ここからだとどう行くのかな?」

「えっと、たしかこっちですよ」とアミーにぎゅっと腕を組まれたまま歩いて行く。


 川の荷上場に近い裏通りに、その『輸入雑貨メルチャー』という店はあった。

「お、それなりに面白そうなものがあるじゃん」

「魔道具もありますかね?」

 仕事に関係なく、店の商品を熱心に物色してしまう。


「いらっしゃいませー。何かお探しですか?」

 そう行って、日に焼けた若い男が出てくる。「ステータス・パネル」で見たが、これはガッツォという男ではない。さて、どうするか。


「冒険者がダンジョンから拾ってきたようなものってない?」

「え? ダンジョンからですか?」

「うん。古びた感じの指輪とか、腕輪とかがあると聞いたんだけど」

「……少々お待ち下さい」

 若い男はダンジョンには入ったことがないので分からないらしい。


「いらっしゃいませ。お客様は冒険者の方ですか?」

 そう言いながら出てきたのは、かなりガッチリした身体つきのいかつい男。言葉遣いが丁寧な割に目つきがヤバそうで、非常に居心地が悪い。

 「ステータス・パネル」で見たら、この男がガッツォで間違いない。


「店員さんも冒険者ですか?」

「ええ、時々行ってますよ」

「俺、ダンジョンには入るんだけど、すぐやられちゃうもんで、外観だけでもそれらしい指輪とかアクセサリーを持っておこうかなあ、なーんて」

「あはは、やだあ」とか言いながら、アミーが指で耳の後ろを撫でる仕草。『聞き出し上手』の起動である。


「よく手に入るのは『妖精の明かり』の指輪ですが……」

「あー。さすがにそれは持ってます」

「では、これはどうでしょう。『小さな風の指輪』です。ただ、ダンジョンから持ち出すと壊れてしまいますので、これは外見だけですね」

「へえ。初めて見ましたが、これはどういうダンジョンにあるんですか?」

 すると、ガッツォは少々自慢げに話す。

「私が入ったことがあるのは、ミドワード王国のザンディーン、ミロキア王国のノルダールといったダンジョンです」

 へえ。そっちの方の出身なのかな?


「噂ではあちらの地方は海賊が出没するそうですよねえ?」

「うーん。海賊をやったり、漁師だったり、農民だったり、冒険者だったり、ってところですよ」

 兼業農家ならぬ「兼業海賊」なのか。


「知り合いが聖王国のミドマスに住んでいるんですけど、最近、ミドマスにも海賊みたいな人がいるって心配してました」

「なるほど。あそこにも拠点があるらしいですね」

 やっぱり。


「ゾルトブールでは、有力な貴族が海賊とべったりだったらしいですね」

「戦争が起きて一掃されたようですけど、いやいや、またそのうち入り込んでくるでしょうね」

「ということは、ミドマスでもそこを足場にして聖王国に入り込むということですか」

「というか、既に入り込んでいると聞いています。ミドマスに拠点を作りましたけど、あれは足場じゃなくて中継地点ですね」


 何だって?


「それはミドマスの人たちも安心して眠れませんねえ」

「ははは。だからミドマスだけじゃなくて、聖都にも海賊はいるんですって。知らないのは聖王国の人だけじゃないですか? ブロムフィールド伯爵家は海賊がバックアップしてますし、マートン男爵、ヘインズ男爵も海賊の手先ですよ」


 うわ。マートン男爵って、泉邸に暴漢を送り込んだヤツじゃんか。


「聖王国のことはあまり分からないですけど、その貴族は王家に近いんですか?」

「ええ。マートン男爵は王太子のお気に入りと聞きましたし、ブロムフィールド伯爵家からは王太子のきさきを出す予定らしいし、ヘインズ男爵はそのうち外務大臣になると聞いてます」

「でも、反対する貴族もいるんでは?」

「ははは。反対する貴族は何も知らないうちに陥れられて失脚ですよ」


 ちらっと見たら、隣でアミーの表情が硬くなってる。


「怖いですねえ。そういう海賊に味方する貴族はもっといるんですか?」

「私が聞いたのはその3つくらいですけど、金品を受け取っている貴族はもっといます。あ、あと内務大臣も海賊の子分ですね。行政長官の後釜を狙ってるロングハースト男爵にも海賊のサポートがありますね」


「店員さん、どうしてそんなに詳しいんですか?」

「私は元々は冒険者ですけど、交易船に乗って、ミドマス、聖都あたりまで頻繁に出かけていましたから、そういう繋がりですね」

「交易船と海賊船は違うんですか?」

「扱っている品物が合法だったら交易船ですよ。私は違法な品物を扱ったことはありませんが、それはつまり、違法な品物を扱うにはそれなりのノウハウというか、場合によってはの人とネゴシエーションが必要なんですけど、私、そういう付き合いが苦手でねえ。はははは」


 ガッツォはいかつい顔で愉快そうに笑う。

 海賊も、コミュニケーションが重要だとは思わなかったな。


 とりあえず、何だか良くわからない腕輪2つを買って、その場を後にする。

「いやあ、ダンジョンのお話、楽しかったです。また来ますよ」

「どうかご贔屓に」


 マジでエラい話を聞いてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る