緊急事態です

 その夜はイークリングに宿をとるが、サスキアとノイシャだけを残して、俺とアミーは泉邸に戻る。


 魔法管理室に転移し、さっきのガッツォとの会話をAIに文字起こししてもらって印刷。

 もう夜ではあるが、急いでラヴレース邸へ向かう。


 セーラが出てきた。

「耳飾りで言ってた、緊急の用事って何?」

「ハワードはいる?」

「ええ、応接室で待機してもらってるわ」


 応接室で、まずはさっきの会話を読んでもらう。

「……何だこれは」

 ハワードも、セーラも絶句している。


「まず、この会話の相手は、ガッタム家から派遣されている諜報員。店番しているところに客を装ってあれこれ聞いてみたわけ」

「しかし、こんなに内情をベラベラ話すものかね?」

 するとセーラがフォローしてくれる。

「詳しいことは省略するけど、ダンジョンで取得したアイテムで、相手の隠していることを聞き出す魔道具があるのよ。あたしも効果を見たことがあるから、嘘を言っているわけじゃないと思う」

「ふむ……」


「まず、俺たちはミドマスにできた海賊の拠点を、聖王国へ乗り込むための足場だと思いこんでいた。つまり聖王国には海賊はいないと思っていたが、そうじゃない。海賊はもう聖都にも侵入していて、そのための中継地点がミドマスだというんだ」

「つまり、ミドマスで海賊の侵入を防ぐという考え自体が無意味ということか」


「それから、海賊の手先であるとか、海賊のサポートを受けているという表現があるんだけど、要するに海賊の意向に沿って動くということだね。そういう貴族の実名がいくつも上がっている。しかも、やっぱりと思い当たるような名前が多いから、100%が本当かというとそこまでは分からないが、相当程度に真実なんだろうと思う」

「確かに。マートン男爵、ヘインズ男爵、ロングハースト男爵、それとブロムフィールド伯爵か。……デレクの言う通り、多分正解だな」


「ただ、証拠があるわけではないし、具体的にどんな悪いことをした、という事実があるわけでもない」

 ハワードは難しい表情で言う。

「ヒメリ湖の事件以前、ナリアスタ王国から一部の貴族に怪しい資金が流れていたらしいのだが、その筆頭に上げられていたのがここにも名前がある家々だ。その他にもそういう貴族はいくつもあるはずだが、金をもらっただけでは犯罪ではないからなあ」


「この、反対する貴族は何も知らないうちに陥れられて失脚、というのもとても不気味よね」とセーラ。

「そうなんだよな。今、マリリンが心配しているようなことにならないといいんだが。しかも、行政長官や外務大臣のポストを狙っているとも言っているし、放置はできないだろう?」


 ハワード、腕を組んで考えている。

「ここに上がっている名前は確かに取り沙汰されている。その点からも確度の高い情報だな。しかし、これをどうしたものか……」


「お父様に相談するの?」とセーラ。

「そこなんだなあ。デレクがこんなものを持ってきました、と正直に伝えていいものかどうか……、だよな?」

「そうね」

 ハワードも、俺が魔法で何か常人ではできないことを色々やっているらしいというのは薄々気づいているらしいが、表面上は普通に接していてくれる。これは実に有り難い。


「逆に考えて、ここに書いてあるようなことを、父上が全く知らないかといったら、そんなことはないはずだ」

「それも、確かにそうね」


 俺もハワードが言いたいことが段々分かってきた。

「なるほど、この内容を知っていたとしても、そうでなかったとしても、我々が取るべき対応策に、基本的には変更がないわけか」

「そうだ。この文書があることで、姿の見えない敵と戦っているという状況よりは戦いやすくなったのは確かだから、……そうだなあ、ホワイト男爵、ロックリッジ家のトレヴァーとマリリンあたりとは情報共有してもいいと思うけど、今から浮足立って騒ぐのはかえって相手に悟られる可能性もあって逆効果かもしれない」


「了解。じゃあ、マリリンには俺から伝えておくよ。ホワイト男爵には……」

「ああ、伝えておくよ。それから、父上には、こういった面々に注意するように、さまざまな場面で伝えるようにする」とハワード。


 夜中の緊急会談はそんな結論に達した。


 ハワードが言う。

「それにしても、明後日にはナリアスタ大統領の公式訪問があるわけだろう?」

「そうなんだよ」

「これまで、ナルポートからの後ろ暗い資金をもらっていた貴族が、ナルポートとは全然関係のない地方だけからなる『新生ナリアスタ』をどう受け止めるかという点は少々心配しているんだ」

「具体的に何か動きがあるの?」とセーラ。


「いや、新しい大統領に何かを要求したりするのとは違うけれど、あからさまに軽んじるような態度に出るとか、そういうことはありうると思う」

「国賓待遇でしょ? そんな態度は貴族としてどうなのかしら」

「だから、少なくとも表面上は平穏に過ぎて欲しいんだけどね……。例の爆破事件も何だか分からないままだし」


「あれは国賓待遇への嫌がらせというか、抗議の意思を表しているのかしら?」

「可能性はあるけど、はっきりそう言わないと抗議の意味がないと思わない?」

「そうねえ」


 何にしろ、不穏である。



 翌日。

 イークリングに転移して、俺とサスキア、ノイシャで峠道を進む。


 今日はノイシャが御者。俺とサスキアが馬車に乗っている。

「変なメンバーになりましたね」

「そういえば、サスキアはエメルとダンジョンに行ってきたよね?」

「はいはい。すっかり仲良くなりました」

「例の『人質作戦』の時にさあ……」

「ああ、聞きました。あたしが殴り倒されて気を失っているのを、デレクさんは放っておいて帰ろうとしたんだけど、エメルがそれはあんまりだって言ってくれたんでしょ?」

「えーと、事実関係はその通りだな」

「いやあ、考えてみると人生最大のピンチでしたよね。今こうしていられるのもエメルとデレクさんのおかげですよ」


「そういえば、一昨日かな? みんなで買い物に出かけたと聞いたけど」

「そうなんですよ。オーレリーさんも引っ張り出してね。冬服を新調したり、春向けの服を見繕って採寸したり。それからフロリアーナってレストランで食事しました。すごいですよね、あそこ。結構みんなで感動して帰ってきました。いやあ、楽しかったです」

「それは何よりだね」


「オーレリーさんがね、あの人スタイルいいし背も高いから、何を着ても似合うんですよ。試着室から出てくるたびに店中の人の目が釘付けでねえ」

「でも、ダンジョンに行ったメンバーはみんな美女揃いだったでしょ?」

「オーレリーさんは別格として、そうですね、今回、胸の大きい人が多かったという印象ですねえ。ヴィオラ、デニーズ、ジャスティナ。あれはいけません」

「何がいけないって?」

「やっぱね、男の人の視線はまず、胸の大きい女の子に行きます」

「え、そう?」

「やだなあ。デレクさんは気づいていないかもしれませんけど、そういうのは確実にありますよ」

「気を付けて直した方がいいのかな?」

「やっぱ本能ってやつですか? 男の人としては意識すらしていないんでしょうから、直すとか気をつけるとかいうレベルの話じゃないんですよ」

「でも、サスキアだって……」

「あー。社交辞令かもしれませんけど、有難うございます」


 そんな下らなくも楽しい話をしているうちに、馬車は山道のかなり上の方まで来た。

「よし、じゃあここで……」


 馬車を止め、人目がないことを確認して、馬、そして馬車をストレージに格納する。

「うひゃー! 魔法ですか?」とサスキア。

「うん、魔法だけど……」


 そして、ダズベリーの近くの、これまた人目のない森の中に転移。馬車と馬をストレージから出す。

「すごいですねえ……。っていうか、最初からこうやって移動すればよくなかったですか?」

「それはその通りなんだけど、色々事情があってだね」


 ノイシャに言う。

「俺が直接出向くと結構面倒だから、ノイシャだけでプリムスフェリーから譲ってもらった馬車の輸送をしてることにしてくれないかな?」

「いいですよ」

「ダズベリーの宿駅で、馬車の補修が必要かどうか点検して欲しいからナッシュ家の人に取り次いで欲しい、と言えばやってくれるよ。あと、馬を2頭、購入しよう」

 ナッシュ家というのは、国境守備隊のカーラの実家である。


「問題があったらイヤーカフで呼んでよ。ダズベリーはテッサードの領地だから、特に問題は起こらないと思うけど」

「馬車の修理が必要となったら?」

「そしたらしょうがないから数日はここに宿泊かなあ」

「えー。1人でですか」

「じゃあ、夕飯の時は泉邸に呼んであげるよ」

「それならいいです。朝は太陽が高く昇るまで寝坊ができます」

「用事が済んだら、今度は転移して聖都に行けばいいよね。馬車の修理がいらないなら、夕方までにはもう転移して帰ろう」

「了解です」


 話がまとまって、俺とサスキアは聖都に帰る。時間はまだ昼前である。

「あー、やれやれ」

「おかえり、デレク」とリズが迎えてくれる。


「セーラはまだだけど、マリリンは書庫にいるよ」

「お、それは好都合」


 気が重い話題だが、例の文書をもう1部プリントして、マリリンと話し合い。


「え、何これ?」とマリリン、絶句。

「つまり、ミドマスの拠点は聖王国へ入り込むための足場じゃなくて、より円滑に色々進めるための中継地点ということらしいですね」

「それから、この貴族の実名……。正直、ああ、やっぱり、と思うけど……」


 話の途中でセーラもやって来た。

「あ、マリリン。その文書なんだけど、昨晩ハワードとも話し合ってね、これが現実だという前提で対策を進めようということになったのよ」

「なるほど。……正直、ショックが大きいわね」


「しかし、我々も諜報部の件を始めておいてよかったと思います」

「そうね。怪しい情報はできるだけ収集して準備しておかないと、足元をすくわれる可能性があるわね」

「お父様には伝えていないけど、ホワイト男爵にはハワードから連絡してもらうことになってるから、トレヴァーに伝えておいてくれないかしら」

「それはいいけど……。この文書、どこから来た、って言われたら何と説明したらいいのかしら」

「えーっと……」


 俺が言葉に詰まると、セーラが言う。

「ハーロックを名乗る人物から送られてきた怪文書、でどうかしら」


 マリリン、にやっと笑っていう。

「万事、了解よ」


 その時である。

 イヤーカフからノイシャの声。


「すいません、緊急事態です」

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