最大の弱点

 馬車溜まりに行くと、ノイシャやプリムスフェリーから来た御者、護衛に混じって、もう一人女性がいる。ジュリエル会の特徴的なローブをまとっている。


 さっき、会議室にいたダニエラ・ホルストという女性である。


 俺たちが近づくと、深々とお辞儀をしてこう言った。


「大導師のイリス・シェリダン様の命で参りました。先程のテッサード殿のご説明を拝聴させて頂き、我々の知らぬ事情にご精通しておられることに深く感服致しました」

「それはどうも」

「しかし同時に、そのことが『ラシエルの使徒』に狙われる危険性を孕んでいるとシェリダン様は大層心配しておられます」

「はあ」

 まあ、そう、かな?


「そこで、不肖私、ダニエラ・ホルストが、ジュリエル会からテッサード様の許に派遣されることとなりました。身辺の警護でありますとか、テッサード家とジュリエル会の間の情報共有のために働かせて頂く所存です。何卒よろしくお願い致します」


「はあ?」

 ちょっとよく分からないんだけど?


「押しかけ警護?」とセーラが言う。


「はい。警護など不要、とおっしゃるかもしれませんが、私としましては勝手に、テッサード様の身辺の不穏な動きを察知し、危険を排除するつもりでおります。あくまでも私が勝手に行うことですので、デレク様は何もお気になさらず、普段通り過ごして頂ければ結構です」


「……えええ?」

「ちょっとデレク、どうするのよ」とセーラ。

「あらあら。デレクがどこかに出かけると可愛い女の子が付いてくるってのは本当だったのねえ」とエドナがニヤニヤしている。


 ちょっと失礼。


 ダニエラ ホルスト ♀ 19 正常

 Level=2.3 [水*]

 補助スキル: 戦闘


「げ。非詠唱者ウィーヴレススキル持ちエクストリ」とうっかり呟く。


 驚いたように俺を見るダニエラ。うわ。切れ長の目が魅惑的。


「テッサード様、もしかしたらただ者ではありませんね?」

「え、いや、その辺にいる普通の人ですけど」

「何を間抜けなこと言ってるのよ」とセーラが突っ込む。


 で、結局、ダニエラはあくまでも勝手に、俺の身辺警護兼、ジュリエル会との連絡要員という立場で聖都に来るつもりらしい。教団のトップに言われたら命令に従うしかないのかねえ。


「住居等はこちらで勝手に手配致します。ただ、もしお屋敷の片隅で結構ですので住まわせて頂けるのであれば、四六時中、身辺警護が可能です」

「ええええ?」

「ほらあ、どうすんのよ、デレク」


「えーと。聖都に来られるというのはまあ我々も拒否できないんですけど、身辺警護を断るという選択肢は……」

「ありません。これは大導師様のご指示ですから、この身に代えても必ず遂行します」


 困ったなあ。

 ずっと監視の目があったら、転移魔法でホイホイとあちこちに出かけられなくなっちゃうじゃないか。


「私も準備がありますので、今日のところはこれにて失礼致します。数日後には聖都にて任務を開始致します。何卒よろしくお願い致します」


 それだけ言い残して、ダニエラは疾風はやてのように去っていった。


 後ろ姿を見送りながらセーラが言う。

「きっとあれが無骨な男性だったら、デレクは断固拒否してるわね」

「あ、絶対そうですね。さすが教団のトップともなると、その人物の急所を一瞬で見抜くんでしょうね」とアミーがおかしなことに感心する。


「いや、あのねえ、君たち」

「しょうがないわねえ、デレクは」とエドナにまで言われる。リズは笑っている。


 あれー? 俺、何も悪くないよね?


「さて、馬車を1台持ってきてもらったけど、これでいいかしら?」とエドナ。

 見ると、6人乗り程度の中型の馬車。乗合馬車風に、座席はベンチになっている。そして乗り降りに便利なようにステップも付けられている。

「これはシャトル便にちょうどいいですね。有難うございます」


 これを持って帰るわけだが……。


 ちょっと待てよ? 馬車ごとストレージに格納して、さっさと転移して帰るつもりだったのだが、ジュリエル会が周辺警護とか称してどこかでこちらの様子を見ていないとも限らない。なんと言っても、前回は国境のザグクリフ峠で襲われている。

 ちゃんと馬車で旅をして帰りましたよ、という風を装わないといけないのではないか?


「うーん、どうしよう」

 頭を抱えているとセーラが言う。

「とりあえず、国境を越えるくらいまでは馬車で行ったらどう? デレクの身辺警護って話は今日急に出てきた話だから、監視というか見守りというか、そういう動きがあったとしてもとりあえずラカナ国内だけじゃないかしら?」

「さっきのダニエラがずっと付いてくるって可能性はないかな?」

「準備があるとか言ってたから、いったん自分の地元に帰るんじゃないの?」

「地元ってどこ?」


 するとエドナが教えてくれる。

「ジュリエル会の本部は、今はベンフリートにあるらしいわ」

「ラカナ公国内ですよね」

「そうね。ボームス川の下流の方ね」


 ゾルトブールとの国境、ナイワーツ川の下流の港町だ。ベンフリートには行ったことがないが、川の向こう側はアーテンガムだ。


「となると、我々が帰る同じ経路をたどることはないかな?」

「そうね。きっと大丈夫よ」


 エドナはさらに意外な情報まで教えてくれる。

「ダニエラ・ホルストと名乗っていたでしょう? ボームス川下流にホルスト男爵家が所領を持ってるから、その関係者じゃないかしら。だとすると、聖王国側のスカーレット辺境伯とも交流があるのかもしれないわ」

「マジっすか?」

 それもあって抜擢されたのかもしれないな。


 エドナたちとはここで分かれ、セーラも聖都に帰る。

「名残惜しいけど、大公陛下にお目通りできたし、良しとしましょう。デレク、羽目を外しちゃダメよ」


 その後、リズ、ディアナも一緒にラカナ市内で夕食。元ラカナ公国民のディアナに、このあたりの人気店を教えてもらって、珍しい料理を堪能する。


 ラカナ市が初めてのアミーは、見るものすべてが珍しいらしい。

「聖都とは違いますけど、ラカナ市も大きな街ですねえ。ディムゲイトは港町っぽい、なんていうかガサツな感じがありましたけど、ここは上品な感じですね」

「上品というか、お洒落という点ではスールシティの方が上かしら」とリズ。

「でもあそこは、裏側が危険でいっぱいという感じだよなあ」


 食事の後、リズとディアナは聖都に帰る。

「馬車の旅は楽しいんだけど、あの馬車は揺れそうだし、きっとお尻が痛くなるよ」

 リズが言うのは正しい。譲ってもらった馬車は長距離の旅行向けではない。峠越えはきっと大変だ。やっぱりどこかで転移魔法を使いたい。

 一方、アミーは馬車での旅をもう少し体験したいと言う。


 そんなわけで、俺、ノイシャ、アミーで国境を越える馬車の旅である。

「ノイシャ、御者が1人だけで申し訳ないが……」

「ダズベリーあたりまでですよね? 問題ないです」


 食事の後、宿で部屋を取ろうとするものの、大部屋しかないと言われてしまう。

「しまったな。食事の前に宿を確保しておくんだった」

「え、いまさら別の部屋を取るつもりだったんですか」とノイシャ。

「セーラにも破目を外しちゃダメ、と言われてるし」

「やだなあ、全然いつも通りのことじゃないですか」

「へー。いつもそんな感じなんですか」とアミーがニヤニヤしている。


 ……まあ、そんな感じで、3人で1部屋。


 朝起きると、アミーが抱きついて寝ている。

 ノイシャは戦いに敗れたかのように、ベッドから落ちて寝ている。

 ……なんだこれ。



 朝早くラカナ市を出立。昼過ぎには、ペールトゥームの1つ向こうのバッドビーの宿場まで行く予定である。


 馬車の中で隣りに密着して座ったアミーが言う。

「何か面白い話をして下さいよ」

「えー。それは無茶振りが過ぎるってもんだろ」

「じゃあ、ネコの視線でどこかを見に行きましょう」

「それはいいな。どこがいいかなあ」

「あたしが行ったことがない場所ですね」

「じゃあ、エスファーデンの王宮なんかが、アミーは案外好きかもしれないな」

「何でです?」

「まあ見に行ってみよう」


 『共有隠密シェアドスニーカー』を使って、エスファーデンの王宮を見に行く。

「あ、あたしのネコはどこかの部屋の中ですね」とアミー。

 俺はメイドの休憩室だ。この前と同じネコに感覚共有したらしい。メイドは皆、働いている時間なのか、誰もいない。

「こっちは誰もいないし、部屋から出られないし、どうしたもんかなあ」


 アミーは誰かの寝室らしい。

「えーっと、今、メイドが入ってきてベッドメークしてますね」

「パンツ履いてる?」

「あははは。デレク様、何言ってるんですか。履いてますよ。あ、さてはこうやって時々王宮のメイドのパンツを見に行ってるんですか?」

「あの、そんなことはないけど、ほら、角度的に、必然的にね」

「はいはい。……それはそうとして」

「ん?」


「あたしたちのパンツは見ようとは思わないんですか?」

「えー? 露骨にそんなことしたら単なる変態じゃん」

「でも、見ようと思えば色々方法はあると思うんですけど、それにしてはそういう素振りはないですよね。そこのところが女子としては不思議なんですけど」

「そうだなあ。例えば通りを歩いている可愛い女の子は『可愛い女の子』以上ではないんだけど、面と向かって互いに話ができるくらいの関係になると、例えばアミーはアミーという人間として尊重しないと、と思うから、かな? 言葉ではうまく説明できないなあ」

「なんだかよく分かりません」

 そんなパンツ談義をしていると、アミーが見ている方の部屋に何か変化があったらしい。


「キレイな服を着た女性が2人、入ってきました」

「ネコの視覚でも『ネームプレート』が使えるよ。誰だか分かる?」

「黒い髪のブライス・レンフィールドと、オレンジの髪のオラリア・キャラハンです」

 あ、またあの二人か。ということは、アミーはブライスのネコのプリーキーと感覚共有してるんだな。


「うわあ」

 アミーが声を上げる。

「どうした?」

「だって、オラリアが」

 ああ。わかる。

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